地域包括ケアに関する記事

インタビュー
2021年3月30日
2021年3月30日

一人開業から正規の訪問看護ステーションへ/第3回 訪問看護の1人開業・立ち上げ

渡部さんは訪問看護ステーション一人開業の後、2014年に現在のぷりけあ訪問看護ステーションを設立されました。第3回は、自費サービスも含めた幅広い支援を行うぷりけあ訪問看護ステーションの運営についてお伺いします。 地域での訪問看護におけるサービス継続のために ―ぷりけあ訪問看護ステーションの立ち上げ経緯について教えてください。 渡部: 被災地特例の一人開業には期限が定められていて、生き残りの道として看護師2.5人以上の正規の訪問看護ステーションで継続するしかありませんでした。利用者さんもいましたので、ほかに選択肢がなかったんです。 ぷりけあ訪問看護ステーションの基本理念は、生まれてきてくれてありがとう、生きていてくれてありがとう、と言い合える社会の追求です。どんな病状であっても、どんな生活環境であっても、今生きているということ自体、その人ががんばって時間を積み重ねてきた証だと思うので…。それは利用者さんも、働く職員同士も同じです。 人にはみんな生きてきた歴史があって、その人をちゃんと理解するところから始めるという考え方を、訪問看護を通して社会に少しでも広めていきたい、という思いを込めて活動しています。特に石巻は震災で大きな被害を受けて、生き続けること自体がすごくしんどい時期をみんなで乗り越えてきた地域なので、お互いに思いやりを持って、自分たちのできることをやり続けていきたいと思っています。 ―地方は看護師が集まりにくいと言われていますが、スタッフはどのようにして集まってきたのでしょうか。 渡部: 訪問看護は未経験のスタッフがほとんどです。外来などでは患者さんと関わっていたけれど、家での生活が気になるとか、病院の外でももっと深く関わりたいという思いがあるスタッフが集まってくれました。現在のスタッフは、看護師6人、作業療法士(OT)が1人、事務1人です。みんな、もう病院勤務には戻れないと言っています(笑)。 一時期、人材紹介会社に頼んでいたこともありましたが、今はいい具合に知り合いからの紹介などが増えてきています。ほかのステーションの所長さんがそういう方法を取っていると聞いて、常に訪問先でも「知り合いに看護師さんいますか?」と聞いたりして、いい人とのつながりを作れるようにしています。こうした種まきのようなことが、少しずつ実を結んできているかもしれませんね。 利用者さんの生き方を支援する訪問看護の自費サービス 渡部: 現在の利用者さんは、訪問件数では介護保険と医療保険は5割ずつくらいです。(2020年12月時点) がん末期の方や特別訪問看護指示書による点滴や褥瘡の処置、看取り、精神科や障がいのある方もいます。今は小児の利用者さんはいませんが、重症心身障害の20代の若い方もいます。 -自費サービスもされているそうですね。どのようなものでしょうか。 渡部: 今の介護保険や医療保険では2時間が上限なので、それ以上の時間が必要な場合には自費のサービスを紹介しています。 家族のレスパイトや旅行、買い物、また普段は療養型病院に入院している方が外出する際の付き添いなど、お金を払ってでも外に出たいという要望にお応えしています。石巻市外からも、地域内の訪問看護ステーションでは対応してくれる人がいなくて、前はボランティアさんにお願いしていたこともあるけれど、今はいないということで依頼を受けています。病気や障がいであきらめていたこともあったけれど、社会との関わりのため、自分がやりたいことのために、一歩を踏み出す…。こうした貴重な場面に立ち会えるのは看護師としての醍醐味だと思います。 こうしたニーズは、地域で利用者さんと長く関わっていれば、必然的に出てくるのではないでしょうか。利用者さん本人、それに家族も丸ごとサポートしようとなると、医療や治療をメインにした訪問だけではなく、利用者さんの人生のどこに看護師として関わるのか、ということが求められてくる気がします。 今はコロナ禍なので自粛していますが、本当はもっとやっていきたいですね。看護師はもっと患者さんと向き合いたいと思っている人も多いはず。看護師にはこんな世界もあるんだよ、こんな寄り添い方があるんだよと知ってもらいたいし、経験してもらいたいです。 提供サービス 病状の観察、悪化予防 血圧・体温・脈拍などのチェックをし、全身状態の把握。異常の早期発見 在宅療養上のケア 身体の清拭、洗髪・入浴介助、食事や排泄などの介助・指導 薬の相談・指導 薬の作用・副作用の説明、飲み方の助言、残薬の確認など 医師の指示による医療処置 点滴、膀胱留置カテーテル、胃瘻、インシュリン注射など 医療機器の管理 在宅酸素、点滴ポンプ、人工呼吸器などの管理 床ずれや皮膚トラブルの予防・処置 ―― 認知症や精神疾患のケア 家族の相談、対応方法に関する助言など ご家族への介護支援・相談 介護方法の助言、不安の相談など 介護予防、リハビリテーション ―― ターミナルケア がん末期や終末期を、ご自宅で過ごせるような支援 保険外自費サービス 長時間の外出や旅行の付き添い、介護家族のレスパイト等 ** ぷりけあ訪問看護ステーション 代表取締役/保健師・看護師 渡部 あかね(わたなべ あかね)旧姓:佐々木 東日本大震災のボランティア活動で、医療者が地域の中に出向いていかなければ気づけ対応できないニーズが非常に多いことを経験。看護師として、本当に困っている人のそばに身を置いて関わっていきたいという思いから、被災地特例で一人開業し、その後2014年にぷりけあ訪問看護ステーションを開業。

インタビュー
2021年3月23日
2021年3月23日

訪問看護ステーションとボランティアを両輪で。補完し合い各地で多様な事業展開

「志」でつながっているという全国訪問ボランティアナースの会「キャンナス」。今回は各拠点の具体的な事業内容について代表の菅原由美さんにうかがいました。 制度事業とボランティア ―菅原代表のところでは、ボランティアとしてのキャンナスと営利法人での訪問看護ステーションの両方をやっていますね。 菅原: キャンナスをはじめて、しばらくしたら介護保険制度ができることがわかりました。制度の事業をするには、法人格が必要で、選択肢としては非営利のNPO法人もあったので、かなり悩みました。大手企業も続々参入する介護保険事業が非営利と思えなかったので、営利法人を別につくって、訪問介護、訪問看護はそちらで始めることにしました。キャンナスは制度の足りないところを埋めるスキマ産業で、制度が充実していけば、なくなると思っていたんです。キャンナスは1時間1,600円ですが、介護保険だと1割負担で数百円。制度が成熟することが市民の幸せだと。結果的には、この時の選択は正しかったのだと思います。両輪だから補い合うことができます。 各拠点での活動内容 ―各拠点で、どのような活動をなさっているのか詳しく教えていただけませんか? 菅原: 本当にいろいろです。細かなところまでは正直よくわからないのですが、よかったら、昨年10月にこの25年の活動を『ボランティアナースの奇跡』(※1)として出版しましたのでご覧ください。 この中では、8ヵ所の拠点のルポもあって、たとえば、キャンナス世田谷用賀は、もともと訪問看護ステーションがあって、患者さんの「普通の暮らしがしたい」という願いをかなえるために6年後にキャンナスを始めました。 キャンナス名古屋の代表は、ALSの患者さんのシェアハウスをやっていて、会社で訪問看護、訪問介護、居宅介護支援を行い、キャンナスは楽しみや人生の目的の支援と位置付けています。 石川県のキャンナス加賀山中は、訪問看護師として働くかたわら、空き家になった代表の実家を拠点に500円でワンコイン入浴をしていて、そこを地域の高齢者の通いの場にもしています。自分の体調も万全ではないのに、引きこもりの若者を引っ張り出して、林業に世話したりと、ひとり暮らしの高齢者の家に雪かきに行ったり飛びまわっていて、これが原点と頭が下がる思いです。 この本に掲載はされていないですが、北海道では、農協と連携して、家族が農作業をしている間に、お年寄りを集めて預かるという事業をキャンナスとしている代表もいます。 みんな違ってそれでいい 菅原: 医療保険、介護保険で足りない部分をキャンナスで補うかたちで考えている方もいれば、サラリーマン看護師として、空いている時間でやっている方もいて本当にそれぞれです。 本では、各拠点に行ったアンケートも紹介しています。回答してくれたのは、34カ所で、右向け右みたいな統制がとれてないところがキャンナスらしいねと笑いましたが、おおむねこんな感じではと思います。併設事業所がないキャンナスだけをやっているところと、併設事業所があるところがだいたい半分ずつ。 キャンナスをはじめようと思った理由も聞いていますが、「訪問看護ではできない暮らしの手助けがしたい」が一番で、次が、「看護師として地域貢献したい」で、その次が「訪問看護の上乗せ」でした。制度の穴埋めがメインの理由ではなく基本的にはみんなおせっかいなおばさん(笑)。 提供したことのある支援では、「通院以外の外出の付き添い」「通院時の付き添い」が多く、「宿泊付き旅行の付き添い」もいれると長時間になる外出系はニーズがある。次に、「喀痰吸引」で「掃除・洗濯」「食事・洗濯」と続いています。利用料は1時間あたり1,500円から3,000円くらいで、支援内容によって差をつけているところもあります。 地方では、他の訪問看護ステーションで対応できない時間帯の摘便に行ってとか、そういう使われ方をすることもあるようです。 ですが、それが地域の信頼を得ている、ということにもつながっているような気がします。訪問看護ステーション+キャンナスがあることで、補完し合い、地域に活かせると思います。 ** 訪問ボランティアナースの会 キャンナス代表 菅原 由美 東海大学病院ICUに1年間勤務。その後、企業や保健・非常勤勤務の傍ら3人の子育て。96年ボランティアナースの会「キャンナス」を設立。98年有限会社「ナースケア」設立。2009年「ナースオブザイヤー賞」、「インディペンデント賞」受賞。 【参考】 ※1:菅原由美著「ボランティアナースの奇跡」

インタビュー
2021年3月16日
2021年3月16日

ボランティアナース〜ナースの力はもっと地域に活かせる〜

全国訪問ボランティアナースの会「キャンナス」は、1997年の立ち上げから25年たって、全国に136ヵ所の拠点があります(2020年9月末現在)。ボランティアとして、制度にとらわれない支援ができるのが特徴です。訪問看護ステーションと組み合わせて事業化している拠点もあります。今も活動したいという看護師は後を絶たないといいます。キャンナスの魅力について、発起人であり、現在も代表を務める菅原由美さんにお尋ねします。 ボランティアナースとは? ―キャンナスの理念を教えてください。 困った時はお互い様、地域のためにできることをできる範囲でしようというところから始まっています。キャンナスのキャンナスは、英語の「できる」(キャン)と看護師(ナース)の造語で、「できることをできる範囲で」という意味です。 ボランタリーな精神で無理はしない。そこが25年前も今も変わらない基本的な部分です。 ―キャンナスの立ち上げ時のお話を聞かせてください。 菅原: 97年に住まいのある藤沢で最初のキャンナスを立ち上げた時は、まだ、介護保険制度もなくて、訪問介護事業所も訪問看護ステーションも身近にはりませんでした。家族や休めるようにレスパイトケアや、家での看取りのお手伝いというところから始まって、どこかに遊びに行きたいといった最後の夢をかなえる、保険内ではかなわないその方の生き方をサポートしているような支援も行っています。 私も、仲間も基本的に「おせっかいなおばさん」で、まず体が動いちゃう。だから、何かできることがあるのではいかと被災地にも飛んでいってしまうわけです。 3.11東日本大震災では、避難所に泊まり込んでお手伝いさせてもらいました。あれから、大きな自然災害が続いて、被災地支援に積極的に取り組んでいたので、被災地支援ボランティア団体みたいなイメージをもたれている方もいるようですが、地域での助け合い活動がメインです。 潜在看護師の活躍の場 ―潜在看護師に出てきてほしい、そんな思いがあったのでしょうか。 菅原: 立ち上げた時には、潜在看護師の掘り起こしという思いも強くありました。 私もその一人で、資格を取った後は、病棟に10ヵ月勤務して結婚退職。看護師としては保健所のパートみたいなことしかしてこなかったです。 子育てで仕事を離れていて復職したいけれど病院はちょっとハードルが高い、という人はゴロゴロいました。私でも家族の看取りができたのだから、サンダル履きで行ける範囲で、空いている時間で活動してくれれば、喜んでくれる利用者がいるから出てきてほしい、そんな思いです。ボランティアといっても、無償ではなくて有償。そのほうが出てきてもらいやすいから。 キャンナスの活動にかかわりたいという方からは、SNSやホームページを通じて、毎日のように連絡があります。 ―自分もやりたい、そう思ったらどうすればよいですか? 菅原: 活動に興味があるという方から連絡があった場合、今は全国に拠点があるので、近くの拠点を紹介しています。拠点というと、フランチャイズのような組織で、それだけ増えれば、本部が儲かって儲かって困るんじゃないのと言われたりすることもあるのですけど、本部は何ももらっていません。 拠点の発会式は私が参加する決まりがあって、全部行きましたが交通費は持ち出し。結構な出費ですけれど、楽しいからいいか、と。やりたいと言って手をあげてくださった方とはお話しして、同じ思いを共有できるかは私が確認していますが、事業は、それぞれ自己決定、自己責任。みんな違っていいと思っていますから。 組織ではなく、「志」(こころざし)でつながっているネットワークと考えてもらったほうが良いと思います 訪問ボランティアナースの会 キャンナス代表 菅原 由美 東海大学病院ICUに1年間勤務。その後、企業や保健・非常勤勤務の傍ら3人の子育て。96年ボランティアナースの会「キャンナス」を設立。98年有限会社「ナースケア」設立。2009年「ナースオブザイヤー賞」、「インディペンデント賞」受賞。

インタビュー
2021年3月9日
2021年3月9日

カフェも併設!地域と繋がるステーション

野花ヘルスプロモート(通称 のばな)では、地域住民との交流カフェ「NOBANA SIDE CAFE」や地域の高齢者見守り「みま〜も」を運営し、地域に貢献しています。引き続き、冨田さんにお話を伺いました。 まちの保健室のような本格派カフェ ―のばなさんでは、「NOBANA SIDE CAFE」というカフェも運営されていますよね。どのようなきっかけで始められたのですか? 冨田: 地域の居場所、まちの保健室のようなコンセプトで作りました。 どうしても私たちの職種って、目の前に患者さんやご家族が来られる時には、すでに病気であったり困っていたりする状態のことが多いです。そのため、支援を開始するタイミングが遅くなってしまいます。 そこで、私たちの日頃の仕事を地域の人に知ってもらい「何か困ったら、ここに相談すれば大丈夫や」「ここなら安心や」と思ってもらいたくて、岸和田の商店街のど真ん中にカフェを作りました。 ―カフェがすごくおしゃれで、驚きました。 冨田: 一番大切にしたのは、いわゆるカフェスタイルにすることです。巷では認知症カフェやデスカフェなどもありますけど、本格的にこだわったカフェが作りたかったので、店内のデザインや雑貨はアメリカの古いスタイルのものにしています。 ―カフェはどのような方が来られますか? 冨田: 客層が面白いんです。高齢者も多いですけど、このあたりは喫茶店でモーニングを食べる文化があるのでおしゃれな方もたくさん来ます。周辺でモーニングが食べられる喫茶店が少なくなってきた中で「NOBANA SIDE CAFE」ができたので、憩いの場という役割も担っているようです。 ―カフェではどんな活動をされているのでしょうか? 冨田: カルチャーセンターのような体験活動が定期的にできればよかったのですが、コロナ禍で今はできていないですね。こんな中で地域の方々はどうやって情報を集めるのだろう、と思っていた中で訪問看護だけはずっと直接お宅に伺うことができました。 集まることはできなくても、行って情報を伝えることはできる。これはまさに訪問看護だからできたことかなと思っています。そうはいっても、リアルに集まりたいですね。 本来繋がらないところと繋がれる ―高齢者見守りの「みま~も岸和田」はどのようにして始められたのですか? 冨田: 法人の代表である医師から「地域でできる活動はないか」という相談を受けたんです。みま~も代表の澤登久雄さん(全国に拡大中!地域を支える『みま~も』とは?)と知り合いの看護師がいたので、そのつてでのれん分けをしてもらいました。 みま~もは全国に何か所も活動拠点がありますが、それぞれコンセプトは少し違います。岸和田の場合は高齢者の見守りだけではなく、子どもも交えてスタートしました。 自分が助けてもらいたいときには助けてもらい、自分に余裕ができて助けられるときには助けるという場所を作っています。 ―実際はどのような活動をされているのでしょうか。 冨田: セミナーだけでなく、書道や着付けなど、地域の人が趣味を広げることができるような活動もしています。弊社のスタッフも運営委員として参加はしていますが、地域の人がメインとなってお互い教え合えるように進めています。 運営にはどうしても資金が必要なので、地域の企業に協賛していただいています。協賛企業の中には、この活動から地域のニーズを拾って形にしているところもあります。かゆいところに手が届くような企業は、地域にも愛されるんだなと実感しています。 ―実際に地域のニーズを拾えた例など教えていただけますか? 冨田: 例えば、葬儀屋さんって営業なんてできないですが、エンディングノートの書き方や人の死を悪いものと捉えない面白い話をしてくれたことで、地域の中でファンが増えました。本来だったら繋がらなかったところと繋がることができるんですよね。 ―最後に、訪問看護にかける想いをお願いします。 冨田: 日本全体で看護師の仕事を俯瞰してみたら、働ける場所って昔と比べて変化してきていると思うんです。今まで通りどこの病院でも働けるのは難しくなってくるだろうし、そういう時に訪問看護という選択肢が出てきてほしいです。 病院では「看護師さん」と呼ばれがちですが、訪問看護では「○○さん」と名前を呼んでもらえることで、楽しかったり、使命感だったり、やりがいだったりを感じることができます。自分がどうしたいかではなく、地域に何が必要とされているかを正しく捉えて返していくことですね。 野花ヘルスプロモート代表取締役 冨田昌秀 祖母が看護師だった影響を受けて自身も看護師に。病棟での看護に違和感があり、介護保険施行のタイミングで起業を決意。代表を務める野花ヘルスプロモートは認知症ケアに注力しており、大阪府岸和田市にてケアプランセンター、デイサービス、訪問介護、訪問看護、サービス付き高齢者向け住宅、有料老人ホームを運営。

インタビュー
2021年3月2日
2021年3月2日

地域の強みを活かし合う「見える事例検討会」とは

地域全体の底上げをするため、のばなでは「見える事例検討会」を実施しています。実際にどんな人が参加して、どのように行われているのでしょうか。引き続き、冨田さんにお話を伺いました。 見えることで伝わる思い ー見える事例検討会をはじめたきっかけを教えてください。 冨田: 病床数が減ってスムーズに入院できないこともある中で、在宅生活をどう支えていくかに強く課題を感じていました。そこで必要だと思ったのが、多職種で知恵を共有し連携を図ることです。 どんな方法がいいか試行錯誤した結果、「見える事例検討会」に辿り着きました。 ーどんな試行錯誤をされたんですか? 冨田: これまでは自分たちの活動や思いを可視化できる機会がありませんでした。それが劇場型というか、勉強会という形で「見える」ようにしたことで自分たちの思いが伝わるようになりました。 名刺交換をしたらネットワーク広がった気になることもありますが、名刺交換した人がどういう思いで利用者さんと関わっているかを知る機会はなかなかありません。それが、ひとつの事例を通していろんな意見を出していくと見えてくるんです。 ー名刺交換のお話、確かに!と思いました。参加されている方の反応はいかがですか? 冨田: お互いの考えが見える場所として、同じように実感してくれているようです。 見える事例検討会の目的は「援助技術の向上」「事例の課題解決」「ネットワークの構築」です。参加者は医師、看護師、そのほかの医療従事者、ボランティア、民生委員、お寺の住職、行政の方なんかも来ますが、一番多いのは、訪問看護ステーションさんですね。 ーお寺の住職さんまでとは幅広いですね。訪問看護ステーションにとってはどのようなメリットがあると感じますか? 冨田:参加者が自分たちの意見を出すことにより、福祉関係者や行政の人たちから「この訪問看護ステーションは、こういう考えでやっているのか」と認識してもらえます。まず知ってもらうことで、次の関係に進んでいくことができると思いますね。 多職種の強みと弱みを生かせる地域へ ー見える事例検討会は具体的にどのように実施されているのでしょうか? 冨田: 検討会は「見え検マップ」というマインドマップを中心に進行しています。まずAさんという方に関して病気、家族構成、生活状況、課題などの事例を提供されます。参加者が「ここはどうですか?」など質問をして、答えられた情報をマップに追記していく流れです。 ホワイトボードに書き足していくことで全体像が視覚的に見えるようになります。そして、事例に関わっている方が見落としていた部分や自分たちの強みにも気付くことができます。 ー具体的にどんな気づきがあるのか、聞かせてください。 冨田: 例えば、看護師さんが参加されていると質問内容は薬や持病など医療的なものがどうしても多くなりがちです。一方、ケアマネジャーさんなど他の職種からは地域住民との関わり、経済状況などについての質問が上がってきます。 専門と専門外のように「強みと弱み」を補っていけるような知恵の共有ができていきます。お互いに「ここは協力しなければ」という気持ちになりますね。 ー自分と違う職種の人がいるからこそ、気づけることがあるんですね。 冨田: はい。他にも、権利擁護の使い方が分からなかったケアマネジャーさんに士業の方がアドバイスできたこともありました。地域包括支援センターの方が地域の社会資源を知り、ないものは行政としてどう作っていくか、考える材料として持ち帰ることもあります。 ー見える事例検討会は今後の目標などはありますか? 冨田: 地域力の底上げのためにファシリテートしていければと思っています。 実は見える事例検討会の発祥は横浜なんです。医師と社会福祉士の方が立ち上げ、その方々から研修を受けました。現在は日本全国に見え検トレーナーの養成講座を受けた方がいて、地域ごとに行われています。 ー冨田さんは何年前から、見える事例検討会をやられているんですか? 冨田: 僕たちが見える事例検討会を始めたのは2014年です。開催回数も80回を超えました。在宅を軸に働かれている多職種の方や看護学生の間でもスタンダードになるまで続けていきたいと思っています。 野花ヘルスプロモート代表取締役 冨田昌秀 祖母が看護師だった影響を受けて自身も看護師に。病棟での看護に違和感があり、介護保険施行のタイミングで起業を決意。代表を務める野花ヘルスプロモートは認知症ケアに注力しており、大阪府岸和田市にてケアプランセンター、デイサービス、訪問介護、訪問看護、サービス付き高齢者向け住宅、有料老人ホームを運営。 地域で活躍する訪問看護ステーションについてもっと知りたい方は、こちらの特集記事をご覧ください。

インタビュー
2021年1月21日
2021年1月21日

地域に選ばれる訪問看護ステーションになる

新規開業した訪問看護ステーションの中には、利用者がなかなか獲得できないステーションもあります。地域ささえあいセンターから見た、頼みたくなるステーションには、どんな特徴があるのでしょうか。引き続き、澤登さんにお話を伺います。  依頼したいステーションの特徴 澤登: 訪問看護ステーションの中には、小児や認知症などに特化しているところもあります。その部分のケアが重点的に必要であれば、こういったステーションに連絡を取ることもあると思います。 しかし、在宅で看ていくと考えた時には、さまざまな多職種連携やサービスによって、その人が地域で暮らしていけるよう支えていくわけです。 その視点からいうと、地域の多職種の方、あるいは多職種連携のコーディネーターとなるような方と顔の見える関係づくりができている訪問看護ステーションは依頼しやすいというのはあります。 ―地域の方と信頼関係を築いていくにあたり、訪問看護ステーションが具体的に取り組むべきことは何でしょうか。 澤登: 信頼関係って抽象的で難しいですが、生活を支えるという具体的な作業を通して、徐々にできてくるものだと思います。 管理者さんなどステーションと地域をつなげる役割の人が、自分たちのステーションがどんなことを大事にしているのか、看護の専門職として何ができるかなどを、多職種の方に明確に伝えていくことが大切だと思います。 例えば、『みま~も』でもデイサービスやデイケアで働く理学療法士さんたちが商店街裏の公園で、元気な人たちを対象にした体操を毎週やってくれているんです。当然ながら、これは本来の仕事ではありませんが、こういう取り組みをしている事業所は地域から信頼され、地域に根差していると感じます。  地域に入り込む方法 ―例えば、立ち上げたばかりのステーションなどは、どのように多職種のネットワークに入っていけば良いと思われますか? 澤登: どこの地域でも多職種が集まる会が、今すごく盛り上がっているなと感じます。そういう場に顔を出していくことが、まず大事だと思います。 その中で、看護師という立場からチームに何が貢献できるか、ほかのサービスの人たちの立場も踏まえることが必要です。 どうしても医療と介護って壁を感じることがある中で、看護師の方から介護に携わる人たちのことを理解しようという姿勢が、関係づくりでも大事だと思います。 ―訪問看護師は、どのように地域に関わっていけば良いと思いますか。 澤登: 専門職が地域に出ていき、元気なころから地域住民に関わることによって、その方が健康でいる時期を長くするためにさまざまなことができます。 そのため通常の訪問看護のように、元気がなくなってしまってから関わるのではなく、もっと早くに地域に出て、関わっていくことも必要だと思います。 元気なころから訪問看護ステーションの看護師が関わっていれば、利用者さんとしても安心できるし、例えば看取りの時期も本人自身では思いを表出できなくなったとしても、その方の生き方を支えていけると思うんです。 また、訪問看護師さんも管理職か現場の方かにもよりますが、毎日毎日、時間単位のケアに追われる仕事をしていたら、いつか力尽きてしまうかもしれません。 そんな時も、利用者の方たちが元気だったころをイメージすると、がんばろうと思える、地域に支えられる面もあると思います。  牧田総合病院 地域ささえあいセンター センター長 澤登久雄 大学時代、児童演劇に夢中になり、舞台芸術を提供する地域の団体職員として8年勤務。結婚し、子供ができたことをきっかけにデイサービスに就職。介護福祉士・ケアマネージャー・社会福祉士の資格を取得後、牧田総合病院に入職。病院内に地域ささえあいセンターを立ち上げ、センター長として地域貢献に尽力している。 地域で活躍する訪問看護ステーションについてもっと知りたい方は、こちらの特集記事をご覧ください。

インタビュー
2021年1月21日
2021年1月21日

元気なうちから、地域に出ていこう

地域の高齢者は医療や介護が必要になって初めて、専門職に関わったという方が多いでしょう。しかし、澤登さんはもっと前の元気なうちから、お互いが関わることが大切だとおっしゃいます。 『みま~も』に参加することで、参加者ご自身(『みま~もサポーター』)にどんなメリットがあるのか、お伺いしました。  『みま~もサポーター』のメリット 澤登: 例えば病院に入院して、医療や介護のサービスが必要となり地域に帰るとします。その方たちに医療や介護のサービスだけを提供して、地域で暮らし続けられるかというと、これが難しい。 こちらの平均寿命と健康寿命のデータをみてください。 日本は世界的にみても長寿国ですが、女性の場合には平均寿命約87歳、健康寿命が約75歳で、介護や医療が必要な状態が平均約12年もあるというデータがあります。この約12年というのは、専門職が関わる期間と言ってもいいでしょう。 一方、『みま~もサポーター』は平均加入年齢が72歳なので、活動の中で元気なうちから専門職と関わることになります。 これは健康でいる時間を長くする、あるいは介護になってからも、顔の見える関係の専門職にケアしてもらえるというメリットがあります。  新型コロナウイルスの影響 ―新型コロナウイルスの影響で、できなくなった取り組みも多いかと思いますが、今はどんな活動をされていますか? 澤登: 一部セミナーや公園での体操などはコロナ禍で一旦中止にしています。その代わりに『みま~も』のYouTubeチャンネルを作り、専門職がオンライン上でいろんな情報をあげていています。 コロナ禍で、高齢者の中でも今まで地域とのつながりも十分にあって、自分自身が地域のいろんな活動も積極的に参加していた方ほど、影響がすごく大きいと感じます。 活動などが一切なくなってしまったわけで、そういう中かで精神的に落ち込んでしまったり、うつ症状や認知症が進んでしまった、という話も多く聞きました。 『みま~も』は、2020年8月くらいから今までと同じような活動を再開する予定でしたが、セミナーでもまだまだ人と会うのが怖い、自粛したいという人も多いですし、平行してオンラインでも参加できるものを少しずつはじめて、選択肢を増やしているところです。 ―時代に合わせて地域に合わせて、変化し続けながら活動されているんですね。 澤登: はい。しかし、まだまだ高齢者の人たちにとってオンラインの参加は難しいものがあります。スマホを持っている人は7割ほどいるのですが、多くは電話機能として活用しているだけなんです。 人と繋がる手段としての操作はまだまだできない人たちが多く、高齢者の方たちにもスマホやパソコンなどにも慣れてもらう、つながりを切らさないでいられるような取り組みも引き続きやっていきたいと思います。 コロナの状況になって地域の人の声を聞きながら柔軟に、スピード感をもって新たなことをはじめています。 『みま~も』は自治体や行政などのしがらみにとらわれないから、いろいろなことが可能なのかもしれません。楽しいからこそ、みなさんやっているし、続けていける。それが何より大事なのかなと思います。  牧田総合病院 地域ささえあいセンター センター長 澤登久雄 大学時代、児童演劇に夢中になり、舞台芸術を提供する地域の団体職員として8年勤務。結婚し、子供ができたことをきっかけにデイサービスに就職。介護福祉士・ケアマネージャー・社会福祉士の資格を取得後、牧田総合病院に入職。病院内に地域ささえあいセンターを立ち上げ、センター長として地域貢献に尽力している。

インタビュー
2021年1月21日
2021年1月21日

全国に拡大中!地域を支える『みま~も』とは?

前回、地域を「面」で支えるしくみを作るために「地域ささえあいセンター」が立ちあがったと伺いました。その活動の一つに『みま~も』があります。 ほかの地域からも「真似したい!」と言われる取り組みとはどんなものか、澤登さんに伺いました。 『みま~も』の活動 澤登: 3つの主な活動として「地域づくりセミナー」、「SOS『みま~も』キーホルダー登録システム」、「『みま~も』ステーション」があります。 地域づくりセミナー 澤登: こちらは地域に暮らす人たちに向けて毎月セミナーを開催していて、毎回130人を超える地域住民の方が参加してくれています。 活動資金は賛同してくださる企業や病院、事業所、クリニックなどから協賛という形で募っています。また専門職が多いネットワークなので、セミナー講師を引き受ける形で支援していただくこともあります。 SOS『みま~も』キーホルダー登録システム 澤登: こちらはその方の個人番号、暮らすエリアや地域包括支援センターの電話番号が記載されたキーホルダーを配布する活動です。例えば、認知症の方が徘徊して警察に保護されたケースなどで、身元確認をするのに役に立ちます。 今、大田区では65歳以上が16万人いる中で、高齢者見守りキーホルダーの登録者が5万人います。多くの方の外出時の安心につながっていると思います。 また、この取り組みは大田区だけでなく全国に広がっていて、私が把握する限りですけど、50の自治体で導入しているそうです。 『みま~も』ステーション 澤登: こちらは商店街の空き店舗に活動拠点を作り、さまざまなプログラムを提供する場所として利用しています。元々は、商店街として場所は余っているけれど、どの店主も80~90歳と高齢の方が多く、サービス業などをやる余力がないという状況がありました。 そこで私たちがその場所を借りることで、商店街にとってはお客さんが増え、私たちにとっても活動の拠点ができ、商店街を訪れる人たちにとっても買い物がてら、プログラムに参加できる。三者にメリットがある関係を構築することができました。この活動を始めて、今年がちょうど10年目くらいです。 『みま~も』が広がった理由 ―『みま~も』ステーションでは、子育て世代から高齢者まで幅広いプログラムが多いですよね。 澤登: 立ち上げたときは高齢者向けで活動を始めましたが、活動を続けていく中で高齢者だけを対象にしてもそれは見守り、支え合いとしては広がっていかないと思ったんです。 若い世代、子どもまですべての世代がこのネットワークに参加することで、本当の意味での見守りができると思います。 また、私たちが大事にしているのは、高齢者の人たちを参加者やお客さんにしないということです。ネットワークの作り手として一緒に入ってもらう、健康でいるための運動はもちろん大事だけど、役割や生きがいも大事にしています。 社会参加、地域とのつながりを持ちながら、自分が必要とされていることを感じられる高齢者を増やしていく。 例えば、「元気かあさんのミマモリ食堂」というものがありますが、ごはんを作るのは高齢者の「かあさん」たち。この食堂は地域の中で、ご飯を食べながら何気ないおしゃべりができる心がほっこりする場所になっています。たまに若い「かあさん」が参加したときに、先輩「かあさん」たちが温かい声をかけている光景を見るのも楽しみのひとつです。 ―『みま~も』の活動がこんなにも広がっているのは、 なぜでしょうか。 澤登: 活動を続けていく中で、ひとつ自分を褒めてあげたいなと思うのは、「辞めなかったこと」です。 こういった活動というのは継続性が大事だと思います。最初は様子見でお客さんとして来る人はいるかもしれませんが、何度か参加するなかでいい活動だと思ってくださって、この活動のために自分も協力しようと思えるような、一人ひとりの行動変容につながっていったのではないかと思います。 そしてのれんわけとして、地方版『みま~も』も全国9ヶ所に誕生しています。地域によって課題は異なるため、同じ活動をするというのは難しいと思いますが、協賛の街づくりをしたいということであれば、ノウハウなどを提供するようにしています。 牧田総合病院 地域ささえあいセンター センター長 澤登久雄 大学時代、児童演劇に夢中になり、舞台芸術を提供する地域の団体職員として8年勤務。結婚し、子供ができたことをきっかけにデイサービスに就職。介護福祉士・ケアマネージャー・社会福祉士の資格を取得後、牧田総合病院に入職。病院内に地域ささえあいセンターを立ち上げ、センター長として地域貢献に尽力している。

インタビュー
2021年1月21日
2021年1月21日

これからの病院のあり方

厚生労働省が実現を目指す「地域包括ケアシステム」ですが、その主体は自治体であることがほとんどです。 そんな中、地域包括センターの限界を感じ、全国的に見ても珍しい「病院が主体となったシステムの実現」を試みるのが、牧田総合病院の澤登さんです。地域を守るために、これからの病院の在り方を、澤登さんに伺いました。 地域包括支援センターの現状 ―以前は、地域包括支援センターにお勤めだったと伺いました。当時はどのような課題を感じていましたか? 澤登: 私が以前働いていた地域包括支援センターでは、皆、日々の業務をこなすのが精一杯という状況でした。しかし私は、「これでは地域包括支援センターは本来のセンターの役割を果たせていないのでは?」と思っていました。 まずは、私が考えていたセンターの本来の役割についてご説明する前に、牧田総合病院が受託・運営する地域包括支援センターと大田区が抱える問題について、お話させてください。 大田区では地域包括支援センターが21か所ありますが、その21か所のセンターで月に約1万件の相談に対応しています。 一番多い相談は介護保険に関するものですが、家族問題、経済問題、高齢者の虐待、住まいの問題など、ここ数年で相談件数が急増してきているものもあります。こういった問題に共通する特徴は、全体から見た割合としては少ないけれど、さまざまな相談内容が絡みあっているということです。 さらにいうと、この相談に来た人たちは、ある意味では公的な相談窓口にたどり着くことができ、サービスにつながることができた人たちでもあります。 しかし、地域の中には本当は専門家や各サービスを必要としているけど、自分たちでは声をあげることができない人たちもたくさんいます。 また、私がいた地域包括支援センターのエリアでは、65歳以上の高齢者は9000人いましたが、この9000人を7人の職員で対応しています。少人数の職員体制では、相談に来ることができた高齢者に対して、サービスを提供するだけの対応に終始しがちです。 今後ますます高齢化が進んでいけば、今と同じようにサービスを提供していくのすら難しいでしょう。そして、この現状は全国に5000近くある地域包括支援センターでも、同じかもしれないと思いました。 私は、本来の地域包括支援センターの役割は、対象者本人と組織をつなぐ、組織と組織をつなぐ、組織と機関をつなぐ、こうしたコーディネート機能だと考えています。 今までは、専門職が支援を必要とする人を「点」で支えていましたが、個別支援の限界を感じ、地域で暮らすすべての人たちを「面」で支えるしくみを作りたいと思いました。 このしくみを実現するために作ったのが、地域ささえあいセンターです。 『地域ささえあいセンター』 「地域包括ケアシステム」の具現化をはかる中核の部署として、病院の中に作られた組織。地域包括支援センターや退院調整をしている医療相談室、介護保険サービスのデイケア、居宅介護支援事業所など病院の中でも地域とつながりがある施設や部署が集められている。 ―澤登さんご自身がそのように考えるようになったのは、どうしてでしょうか。 澤登: 実は私は大学卒業後、親子向けの舞台芸術を提供している地域の団体職員をしていました。その後、デイサービス勤務を経て、牧田総合病院内の地域包括センターで働くことになりました。 元々、地域活動をしていたこともあり、病院は「怪我や病気を抱える人たちに来てもらう、受動的な場所」ではなく、「地域に暮らす人たちの、健康を支える拠点」になるべきだと思っていました。 病院は、さまざまな専門職種がいる人的資源の宝庫です。 その病院が治療をするだけの役割のままではもったいないと感じ、病院の中に地域とつながりがある部署を集めた地域ささえあいセンターを作りました。 牧田総合病院 地域ささえあいセンター センター長 澤登久雄 大学時代、児童演劇に夢中になり、舞台芸術を提供する地域の団体職員として8年勤務。結婚し、子供ができたことをきっかけにデイサービスに就職。介護福祉士・ケアマネージャー・社会福祉士の資格を取得後、牧田総合病院に入職。病院内に地域ささえあいセンターを立ち上げ、センター長として地域貢献に尽力している。 社会医療法人社団 仁医会 牧田総合病院 東京都大田区の大森地区にある、地域密着型の急性機病院。昭和17年創設、地域に根ざして90年になる。

インタビュー
2021年1月21日
2021年1月21日

通いの場で、多面的なケア

ビュートゾルフ柏では、地域支援事業として実施する通いの場「ご近所カフェみんなのたまり場」の運営を通して、「訪問看護だけではできないこと」に気づいたそうです。 今後、訪問看護ステーションとして地域の中でどんな役割を担いたいと思っているのでしょうか。 手が届かない部分にリーチする「通いの場」 ―どうして、通いの場の運営を始めようと思ったのでしょうか。 吉江:継続性を重んじるプライマリ・ケア、あるいはアドバンス・ケア・プランニングを考えたとき、要介護状態ではない住民と地域で出会える工夫をしておくことはメリットがあると思っています。 実際、看護に幅が出るようになったのは確かです。 ある高齢女性の例を紹介します。 彼女は足にしびれや痛みがあり、要介護状態で訪問看護を使っていました。病気や障害を根本から解決することはできず、我々看護師がすごく役に立っているかというと、対症的な範囲にとどまっていたと思います。 その彼女があるきっかけから、得意とする布草履づくりを私たちの通いの場で披露し、他のボランティアに教え、そして売るようになったんです。 すると要介護状態ではあるけど、人の役に立つというか、何かを作って社会に貢献するということで、彼女はもちろん、他のボランティアもとても喜んでくれました。 売り上げの一部は、少しではありますが本人の収入と、通いの場の運営費になり、彼女自身もボランティアのひとりになる。通いの場で、ご近所の方との交流もできる。訪問看護だけだとできない、社会的処方の資源としての、通いの場の価値を感じる経験でした。 また、通いの場は住民が誰でも自由に集まる場所です。 利用者さんの友達が来ていることもありますし、誰の子どもと誰の子どもが小学校の同級生だとか、地域住民の方の色々な関係性が見えてきます。 また私たちがそういった情報を多面的にとることができると、今まで保健師さんがやってきた地域の健康を守るという役割を、訪問看護と通いの場によって一部担えるのではないかと思います。 ―通いの場をつくった当初はどのように人を集められたんですか? 吉江: まずは、通いの場の運営に協力してくれるボランティアのコアになるような人を探しました。 私が柏市で長年育っていたら知り合いも多くいたかもしれませんが、実際は大学の仕事で柏市に住むようになっただけなので、その地域を長年知っている人を経由してネットワークを拡げていくことが有効だと考えました。 東京大学の仕事で交流があった柏市役所OBの方に相談したところ、「この地域ならこの人がいい」と民生委員経験者の方を紹介してもらいました。地域のお節介おばちゃんのような方です。 上述した柏市役所OBの方は30年以上柏市民と向き合ってきた方ですから、期待した通り、二つ返事で適切な方を紹介してくれました。 もし、これから通いの場などの住民との接点を設けたいと考えている訪問看護師の方がいらしたら、その地域で長年働いている保健師さん、民生委員さんなどとよくやり取りをして進めていくとスムーズなのではないかと思います。 「住まい」と「子育て支援」 ―最後に、ビュートゾルフ柏が今後、どういうことをやっていきたいか教えてください。 吉江: 「住まい」と「子育て支援」です。 「住まい」については、家族の負担が大きくて入所・入院しましたという人はやはり一定数経験しており、課題意識があります。 ただ、サ高住や有料老人ホームというイメージではなく、さまざまな特性をもった世帯が一定数集まって、お互いがゆるいつながりの中で助けあうようなイメージの住まいを作ってみたいですね。 「子育て支援」については、私が柏市の生活支援コーディネーターの活動している中で、高齢世帯以上に、子育て世帯が困っているという調査結果を見たことがきっかけです。 石川県小松市の「ややのいえ」のような、訪問看護と助産院を組み合わせたステーションができないかな、と思っています。 一般社団法人Neighborhood Care 代表理事 / 東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員 / ビュートゾルフ柏代表 / 看護師・保健師 吉江悟 東京大学に入学後、看護学コースに進学し、看護師の資格を取得。大学卒業後は、大学院の修士課程と博士課程に進学。並行して保健センターや虎の門病院に勤務。大学院卒業後は、東大の研究員や病院での非常勤講師と並行して、在宅医療のプロジェクトに関わるようになる。2015年に、研究として関わっていたビュートゾルフを日本でも展開するプロジェクトとして、ビュートゾルフ柏を立ち上げ、代表に就任。現在も、看護師として現場に関わりながら、研究員としてさまざまなプロジェクトに参加し、臨床と研究の両立を大切にしている。   

あなたにオススメの記事

× 会員登録する(無料) ログインはこちら