2021年6月8日
医療機関における採用と定着の問題は、過去から続く医療機関にとっての大きな問題です。そもそも診療報酬で縛られた医療機関、そして採用の対象となる医療従事者も資格職であるために差別化が難しく、地域の有力な医療機関以外は非常に劣勢であり、優秀な人材を獲得することが難しい環境が続いてきました。これからさらに少子高齢化で働き手が減少し、医療ニーズも変化あるいは縮小していく中で、医療人材の採用と定着の取り組みはますます重要になっていきます。特に、訪問看護は2045年ころまでニーズは増え続ける見込みではあるものの、地域の人材は圧倒的に不足しています。
近年、一般企業における採用活動は、インターネットの普及や採用ツールの開発、研究によって近年大きな進化を遂げていますが、一方で医療機関の採用活動はまだその進化が及んでいないと言えるでしょう。
私は医療コンサルタントと並行して、東京都世田谷区で在宅療養支援診療所と訪問看護ステーションを運営している組織の事務長として採用業務を10年間以上担当してきました。この採用活動の経験と、進化した一般企業の採用活動を参考にして、採用と定着のための具体的なノウハウをお伝えしていきます。
不利な環境にある訪問看護ステーション
毎年、日本看護協会から「正規雇用看護師の離職率」が公表されていて、2018年度の離職率は10.7%と横ばいでした(※1)。離職率とは、年間の総退職者数を平均職員数で割った値で、1年間に何%の人員が入れ替わったかを把握することができる指標です。値が高いほど悪いことを意味します。
産業別にも公表されていて、離職率の低い産業としては、建設業9.2%、製造業9.6%。医療・福祉業界は14.4%と全業界の中でも高い(悪い)水準です(※2)。
医療業界の中で、正規雇用看護師の離職率を見てみると、病床規模別では病床数が多い程離職率は低く(500床以上で10.4%)、病床数が少なくなるほど高くなります(99床以下は11.5%、病床数無回答で12.4%)。設置主体別に見てみると、公立病院が最も低く7.8%、訪問看護ステーションによく見られる個人事業では14.1%と高くなっています(※1)。つまり、このデータからも分かる通り、病床がなく、個人事業主に近い小規模事業所である訪問看護ステーションはもともと不利な環境にあると言えます。
重要なのは「適切な人材の採用」
ビジネス書としては大ベストセラーの『ビジョナリー・カンパニー』という書籍があります。マッキンゼー出身のジェームズ・C・コリンズなどによって書かれたもので、「永続」している会社がどんな特徴を持っているのか?という謎の解明に挑んだ書籍で、企業の大半の経営者が読んでいると言われる名著です。その中でも「だれをバスに乗せるか」という採用にまつわる章があり、以下のような表現でその重要性について説いています。
・まずはじめに、適切な人をバスに乗せ、不的確な人をバスから降ろし、つぎにどこに向かうべきか決めている。この原則を厳格に一貫して適用する。人材は重要な資産ではない。適切な人材こそが重要な資産なのだ。
・偉大な組織への飛躍には、人事の決定に極端なまでの厳格さが必要なことがあげられる。成長の最大のボトルネックは何よりも、適切な人びとを採用し維持する能力である。
(出典:ジェームズ・C・コリンズ著 山岡洋一(翻訳)『ビジョナリー・カンパニー2飛躍の法則』 日経BP,2001)
ここで注目すべきは、戦略の決定の前に「適切な人の採用が重要」であり、その採用に極端に厳格であるという姿勢です。「優秀な人材」ではなく「適切な人材」と書かれているのは、スキル重視ではなく、組織のカルチャーを重視する姿勢です。カルチャーに合うか、合わないかという面は、優秀であるか否かよりも重視されていることがわかります。このカルチャーフィットの視点は、この連載の中でも詳しくとりあげます。
レベル4以上の人材を集めることを目指す
もう一つ、人材を見極める上で重要な視点を紹介します。ゲイリー・ハメル教授という最も影響力のある経営思想家トップ50にも選出された研究者で、コンサルタントでもある彼が提唱している考え方です。彼は、人材には6つのレベルがあり、レベル4以上の人材を集めなければ組織は衰退すると言っています。
・企業が繁栄するかどうかは、あらゆる階層の社員の主体性、想像力、情熱を引き出せるかどうかにかかっている。そしてそのためには、全員が自分の仕事、勤務先やその使命と精神面で強くつながっていることが欠かせない。
・レベル1から3は、世界のどこでも雇うことができるので、社員から従順さ、勤勉さ、知識だけしか引き出せないなら、あなたの会社はいずれ経営が傾くということである。
(出典:ゲイリー・ハメル著 有賀裕子(翻訳)『経営は何をすべきか』 ダイヤモンド社,2013)
ゲイリー・ハメルが言うレベル4以上の人材を集めることの重要性は、経営者・マネージャー経験者であれば、感覚的にもわかることだと思います。
スキル重視ではなく、カルチャーフィットであり、主体性、創造性、情熱を持ったレベル4以上の人材を集めることを「採用活動のゴール」と考えて一歩目を踏み出しましょう。
訪問看護ステーションの人材採用
在宅医療と訪問看護のニーズは、多くの地域で今後ますます伸びていき、ほとんどの都心部では2045年がニーズのピークにあたります。ますます増えるニーズへの対応のためにも、人材採用の重要性は高まっていきます。また、訪問看護に欠かせない24時間対応の負担を軽くするためにも、ある程度人員を確保して、大きな組織を目指したほうが安定するでしょう。また、カルチャーフィットした良い人材が採用できれば、実践するケアの質や組織のチームワーク向上、他の職員への相乗効果などポジティブなスパイラルが形成されます。しかしながら、組織に合わない不適切な人材を採用してしまえば、逆に組織全体が悪いスパイラルに陥ってしまうという重大な分岐点でもあります。
採用と定着を改善することは、医療機関にとっても、またそこで働く医療従事者、サービスを受ける患者・利用者にとっても素晴らしい成果を生み出すことになります。他の医療機関に先駆けて、採用と定着に真剣に取り組む医療機関が1つでも多く誕生することを願っています。
次回以降、採用面では不利な立場にある訪問看護ステーションが、病院などに対峙して良い人材を採用するためにはどうすればよいのか、採用活動について改めて考え直すとともに、すぐに取り組める具体的な採用ノウハウを紹介していきます。
**
株式会社メディヴァ コンサルティング事業部 シニアマネージャー/医療法人社団プラタナス 桜新町アーバンクリニック 事務長
村上典由
【略歴】
兵庫県出身。甲南大学経営学部卒業。広告代理店での勤務を経て、阪神大震災を機に親族の経営する商社、不動産管理会社などの経営再建と清算業務に従事。2001年からMBOにより飲食店運営会社を設立し副社長を務める。2009年より株式会社メディヴァに参画。「質の高い医療サービスの提供」を目指して在宅医療の分野を中心に医療機関・企業・自治体などの支援を行なっている。医療法人社団プラタナス桜新町アーバンクリニックの事務長を兼務。2015年度政策研究大学院大学医療政策短期特別研修修了。
【参考】
※1 日本看護協会 2019年 病院看護実態調調査
https://www.nurse.or.jp/home/publication/pdf/research/95.pdf
※2 厚生労働省 -2019年(令和元年)雇用動向調査結果の概況-
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/20-2/dl/gaikyou.pdf
【参考書籍】
ゲイリー・ハメル著 有賀裕子 翻訳(2013)『経営は何をすべきか』 ダイヤモンド社
ジェームズ・C・コリンズ著 山岡洋一 翻訳(2001)『ビジョナリー・カンパニー2飛躍の法則』 日経BP