疾患知識に関する記事

表皮水疱症の再生医療(自家培養表皮移植)【特別トークセッション 第4回】
表皮水疱症の再生医療(自家培養表皮移植)【特別トークセッション 第4回】
インタビュー
2026年8月12日
2026年8月12日

表皮水疱症の再生医療(自家培養表皮移植)【特別トークセッション 第4回】

国内での実施例がいまだ数十例に留まる、表皮水疱症の「自家培養表皮移植」。先進的な選択肢である一方、未知の治療に対する医療者側の心理的ハードルの高さも課題となっています。本連載では、自家培養表皮移植による再生医療を行う蒲郡市民病院の医師、皮膚・排泄ケア認定看護師、高校2年生の当事者・山崎璃斗さんとお母様をお迎えしたトークセッションの模様を全4回でお届けします。連載最終回は、璃斗さんが経験した再生医療について詳しく伺います。 久保 良二(くぼ りょうじ)先生蒲郡市民病院 皮膚科 部長。日本専門医機構認定皮膚科専門医。専門領域は乾癬、白斑、褥瘡。名古屋市立大学医学部臨床准教授、蒲郡市民病院特定認定再生医療等委員会委員。藤田 順子(ふじた じゅんこ)さん蒲郡市民病院 看護部/皮膚・排泄ケア特定認定看護師。山崎璃斗さんの同院での初めての手術をきっかけに介入を開始。 山崎 璃斗(やまざき りと)さん栄養障害型表皮水疱症の当事者。現在はS高等学校(通信制)の2年生。幼少期より皮膚や粘膜の脆弱性に伴う広範な創傷や、関節の拘縮(屈曲変形)などの症状を抱えながら療養を継続。2020年より蒲郡市民病院にて自家培養表皮による再生医療を複数回受けている。山崎 奈美(やまざき なみ)さん璃斗さんの母 / 看護師・DebRA Japan(表皮水疱症友の会)所属。璃斗さんの誕生直後から日々の洗浄・ガーゼ処置・栄養管理を担ってきた。最新の知見を集めながら、在宅ケアを実践。救命救急受付の仕事に就いている。取材協力蒲郡市民病院株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC) ※本文中一部敬称略※本記事は、2026年6月4日時点の情報をもとに構成しています。 表皮水疱症における再生医療の位置づけ ――璃斗さんは、今回の治療をきっかけにQOLの変化を実感されたと伺っています。まずは、表皮水疱症における再生医療(自家培養表皮移植)がどのようなものか教えてください。 久保:  表皮水疱症において、再生医療は心強い存在になり得る治療法と考えています。流れとしては、治療が決まったらまずご本人の皮膚を小指の先くらい(約2平方センチメートル)採取します。それを再生医療メーカーの担当者さんに渡して約4週間かけて培養してもらうと、50枚ほどの表皮シートができるんです。出来上がる時期に合わせてご本人の入院日やどこに何枚移植するかを調整し、手術を行います。 ――患者様ご本人の皮膚を使用する治療法ということで、特性やメリットがある一方で、今後の普及にあたっての課題などはどのような点にあるのでしょうか。 久保: 現実的にこの治療がそれほど広がっていないのは、患者様に提案する以前に「医療者側が最初の一歩を乗り越えられない」問題が大きいからです。医療者の多くが実際にこの病気を診たことがない上に、再生医療という「やったことがない最先端の治療」を行うわけですから、重い腰が上がらないのです。当院が実践できているのは、病院や行政が再生医療に非常に協力的で、再生医療メーカーが近くにあるという点が大きいでしょう。 再生医療を選択した経緯 ――当時、お母様や璃斗さんご自身には、治療法の選択について迷いや葛藤はありましたか。 山崎(母): 表皮水疱症は症状がつらい病気ですから、なんとか良くしてあげたいという思いでずっと治療は検討していました。DebRA Japan(表皮水疱症友の会)がいつも最先端の医療情報を発信してくれていたので、大変参考にしていました。当時は再生医療のほかに骨髄移植の治験が始まるというお話もあったのですが、海外のデータも参照しながら、リスクと照らしあわせて我が家の場合は見送りました。本人の皮膚を用いた再生医療という新しい選択肢があり、それを地元の蒲郡市民病院で受けられると分かった時は、この治療を選ぶことに迷いはありませんでした。 ――実際の治療の流れや、入院中の璃斗さんの様子はいかがでしたか。 山崎(母): 最初は全身麻酔で、一気に数十枚の移植をしていただきました。まだ子どもだったので私も布団を持って行って、1週間以上一緒に病室で寝泊まりしていましたね。 璃斗: 手術が終わった直後は、移植したところが動かないように全身ガチガチに固められるので、まったく動けなくなるのがつらかったです。あとは、全身麻酔のあとの吐き気や抜糸の痛みもきつかったですね。 久保: 全身麻酔の時は、一度にたくさん移植していたので、抜糸もかわいそうでしたね…。小児科の先生にお願いして、強い鎮痛薬を使ったこともありました。最近は璃斗くんも大きくなって全身麻酔が難しくなり、ご本人も頑張ってくれるようになったので、局所麻酔で1枚〜2枚をピンポイントで移植するスタイルに変えています。 歩けることがうれしい。治療後の生活の変化 ――再生医療を受けて、璃斗さんの日常生活にはどのような変化が現れましたか。 璃斗: まずは手術後に皮膚の状態も落ち着いて、負担を感じず歩けるようになったと思います。気持ちの面でもストレスなく、外に出られるようになったことが、一番嬉しい変化ですね。 山崎(母): 再生医療を受ける前は、膝や足の指を動かすのも大変だったもんね。それが、自家培養表皮移植を受けて皮膚の状態が落ち着いてからは、歩行がとても自然に行えるようになったんです。 久保: 最初に来られたころに比べると、歩き方や歩行の様子がスムーズになり、確かな変化を感じています。また皮膚の状態が安定したことで、栄養バランスも整いやすくなり、身長や体重といった体の成長も感じ取ることができています。 藤田: 初めて会ったときから、約30㎝身長が伸びていますから…本当に大きくなりましたよね。私たちにとっても璃斗くんの成長はとても嬉しいです。 在宅支援のこれから「医療と生活をつなぐ役割」 ――璃斗さん、蒲郡市民病院の医療者の方々にメッセージをお願いします。 璃斗: 僕を担当してくれた久保先生や藤田さん、病棟の看護師さんたちは、血圧を測る時もチューブ包帯を巻いて傷つかないようにしてくれますし、何かをする前は必ず声をかけて確認してくれます。いつもすごく気にかけて優しく声をかけてくれてありがたいです。 ――ありがとうございます。最後に、藤田さん、久保先生、お母様から他の医療者に向けたメッセージをお願いします。 藤田: 私は、表皮水疱症のケアにおいて多職種連携が何より大事だと学びました。看護師1人だけでは絶対にできませんでした。病棟スタッフ、主治医、他の看護師、栄養士、再生医療メーカーの担当者さんなど、本当にいろんな方に助けてもらいました。 訪問看護師の皆さんも、自分たちだけで抱え込まないほうがよいと思います。心配な時は認定看護師の同行訪問などの制度を活用し、専門の看護師を巻き込むのもひとつの手です。表皮水疱症の患者様は、普段のケアを少しストップするだけで一気に悪くなってしまう特殊性もあります。1人で抱え込まずに、みんなで支える体制を作ってほしいです。 久保: 藤田さんも言っている通り、表皮水疱症は多職種で見ていく病気です。医師の場合も、再生医療に取り組みたい場合、1人で始めるのではなく、病院全体を巻き込んだ「チーム」で始めてほしいですね。まずは「お試しで2枚だけやってみよう」というくらいのスモールスタートで、一歩を踏み出してほしいなと思います。 山崎(母): この病気は本当に毎日が痛みの連続です。その痛みを少しでも軽減できる治療があるなら、チャレンジしたいと思う人が多いでしょう。ただ、全国的にはまだまだ治療を行っている病院が少ないので、少しでも多くの医療者の方に理解いただき、「こういう治療があるよ」とご本人やご家族に提案してもらえる世の中になったらうれしいなと思います。 また、我が家は訪問看護を利用するチャンスがありませんでしたが、子どもが小さいころはお風呂に入れるだけでもパニックで、「目を離したら万が一のことがあるのでは」と毎日神経をすり減らしていました。訪問看護師さんが来てくれて、ガーゼを巻くのを手伝ってくれたり、お話を聞いてくれたりするだけでも、ご家族の心はものすごく楽になると思います。「やりに来るだけ」じゃなくて、親の精神を支えてくれるような訪問看護師さんが地域に増えてくれたら本当にありがたいです。 ――大変貴重なお話をありがとうございました。 取材・執筆・編集: NsPace編集部 【参考】 〇難病情報センター「表皮水疱症(指定難病36)」https://www.nanbyou.or.jp/entry/53382026年8月12日閲覧

表皮水疱症の食事&栄養管理【特別トークセッション 第3回】
表皮水疱症の食事&栄養管理【特別トークセッション 第3回】
インタビュー
2026年8月4日
2026年8月4日

表皮水疱症の食事&栄養管理【特別トークセッション 第3回】

全身の創傷から栄養が漏れ出てしまう表皮水疱症において、「食事と栄養管理」は重要なテーマです。本連載では、自家培養表皮移植による再生医療を行う蒲郡市民病院の医師、皮膚・排泄ケア認定看護師、高校2年生の当事者・山崎璃斗さんとお母様をお迎えしたトークセッションの模様を全4回でお届けします。第3回は、栄養障害を補うための医学的アプローチやご家庭での試行錯誤について語り合います。 久保 良二(くぼ りょうじ)先生蒲郡市民病院 皮膚科 部長。日本専門医機構認定皮膚科専門医。専門領域は乾癬、白斑、褥瘡。名古屋市立大学医学部臨床准教授、蒲郡市民病院特定認定再生医療等委員会委員。藤田 順子(ふじた じゅんこ)さん蒲郡市民病院 看護部/皮膚・排泄ケア特定認定看護師。山崎璃斗さんの同院での初めての手術をきっかけに介入を開始。 山崎 璃斗(やまざき りと)さん栄養障害型表皮水疱症の当事者。現在はS高等学校(通信制)の2年生。幼少期より皮膚や粘膜の脆弱性に伴う広範な創傷や、関節の拘縮(屈曲変形)などの症状を抱えながら療養を継続。2020年より蒲郡市民病院にて自家培養表皮による再生医療を複数回受けている。山崎 奈美(やまざき なみ)さん璃斗さんの母 / 看護師・DebRA Japan(表皮水疱症友の会)所属。璃斗さんの誕生直後から日々の洗浄・ガーゼ処置・栄養管理を担ってきた。最新の知見を集めながら、在宅ケアを実践。救命救急受付の仕事に就いている。取材協力蒲郡市民病院株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC) ※本文中一部敬称略※本記事は、2026年6月4日時点の情報をもとに構成しています。 傷から栄養が漏れ出てしまう ――久保先生、「栄養障害型表皮水疱症」において、栄養管理が重視される医学的な理由について教えてください。 久保: 璃斗くんの場合、病名に「栄養障害型」とついている通り、栄養を口から入れたとしても、全身の傷から栄養が外に漏れ出ていっちゃうんですよね。再生医療を始める前は本当に皮膚の状態が深刻で、低栄養、低アルブミン血症、強い貧血症状に加えて、身長・体重も標準偏差から離れていたことが課題でした。 ――入院時は、病院側からはどのような食生活のサポートや栄養指導が行われているのでしょうか。 藤田:入院される時は、当院の栄養士が面談をして、メニューを細かく調整しています。食べられないものがある時は、お母様が外から買ってきてくれた持ち込みの食事で調整してもらうこともありました。 ――ご家庭では、どういった工夫をされていますか? 山崎(母): 水分も皮膚から抜けていってしまうので、便秘にもなりやすく、内科の先生にも相談しながら試行錯誤してきました。この子の場合は、食物繊維があまり効果的ではなく、水分を多めにとることを心がけています。タンパクや鉄、亜鉛を補うために飲む栄養剤も処方されていますが、大変なようです…。 璃斗: おいしくはないです(笑)。がんばって飲んでいます…。 食事による口腔内の傷 ――食事による口腔内の傷にも注意が必要だと思いますが、最近はどういった工夫をされているのでしょうか。 藤田: 基本的には、表皮水疱症の方はお菓子も口の中でスッと溶けるチョコレートやマシュマロなど飲み込むのに負担がないものを用意されることが多いと思います。ただ、最近の璃斗くんはご本人が自由に食べたいようですね(笑)。 山崎(母): そうなんです。小さいころはとても気を付けて対応していました。おせんべいを食べたらかけらがささってしまうことがありますし、海苔巻きを食べさせたら海苔が唇に張り付いて、皮膚も剥がれてしまったという経験もありますし…。おやつはアイスクリームが多かったですね。でも、今は自分で飴をガリっと噛んで食べています。当然血が出ていますし痛いはずですが…。 璃斗: 今は食べたいという気持ちのほうが強いんです(笑)。 見落とされがちな「歯科治療」の壁 ――栄養・口腔ケアの領域で、他に困っていることはありますか? 山崎(母): 実は、どこまで口の中の皮膚がめくれるかわからないために、歯科で基本的に治療をしてくれないんです。これまでの経験上は「口腔内のチェックとフッ素を塗るのみ」が基本でした。 DebRA Japan(表皮水疱症友の会)を通じて他の患者様やご家族との接点もありますが、表皮水疱症で歯科治療ができずに悩んでいる方は多いんです。 久保: そうだったのですね。表皮水疱症の患者様が歯科治療でそれほど困っているというのは、初めて知りました。大きな病院の歯科・口腔外科と皮膚科が連携を取らないといけない領域だと思います。医療者側も気を留めておかなければいけない重要なポイントですね。 ――多職種連携がいかに重要であるかも浮き彫りになりました。ありがとうございます。 最終回となる第4回では、再生医療について伺います。 取材・執筆・編集: NsPace編集部 【参考】〇難病情報センター「表皮水疱症(指定難病36)」https://www.nanbyou.or.jp/entry/53382026年7月30日閲覧

血管内脱水とは?在宅での観察ポイント
血管内脱水とは?在宅での観察ポイント
コラム
2026年8月4日
2026年8月4日

血管内脱水とは?在宅での観察ポイント

血管内脱水とは、血管の中を流れる水分が不足し、循環血液量が低下している状態を指します。一般的な「脱水」は体全体の水分不足として捉えられますが、血管内脱水では、血管内の水分が少なくなることで、血圧低下や頻脈、尿量減少、意識状態の変化などがみられることがあります。訪問看護や在宅ケアの現場では、利用者さんの口渇や皮膚の乾燥だけでなく、血圧、脈拍、尿量、むくみ、意識状態などをあわせて観察することが大切です。この記事では、血管内脱水の基本的な考え方、起こりやすい原因、在宅で確認したいポイントを解説します。 血管内脱水とは 血管内脱水とは、血管内の水分が不足している状態です。体内の水分は、主に細胞内、細胞と細胞の間にある間質、血管内に分かれて存在しています。血管内の水分が不足すると、全身に血液を十分に送ることが難しくなります。その結果、血圧が下がる、脈が速くなる、尿量が減る、手足が冷たくなるなどの変化が起こることがあります。MSDマニュアルでは、体液量減少が中等度になると起立時の頻脈や低血圧がみられることがあり、重度では頻呼吸、頻脈、低血圧、混乱、毛細血管再充満時間の延長などのショック徴候が起こりうるとされています。ただし、血管内脱水は見た目だけでは判断しにくいことがあります。たとえば、体にむくみがあっても、血管内の水分が不足している場合があります。そのため、「むくんでいるから脱水ではない」と決めつけず、全身状態を総合的に確認することが大切です。 一般的な脱水との違い 一般的に脱水というと、水分摂取不足、発汗、下痢、嘔吐などによって、体内の水分が不足している状態を指します。一方で、血管内脱水は、特に血管内を流れる水分量の不足に注目した考え方です。在宅ケアでは、専門的な分類を厳密に判断するよりも、循環が保たれているかを観察することが重要です。血圧低下、頻脈、尿量減少、立ちくらみ、意識のぼんやり感などがある場合は、血管内の水分不足が関係している可能性があります。 血管内脱水が起こる原因 血管内脱水は、水分や電解質の喪失、血管内から間質への水分移動、出血などによって起こることがあります。代表的な原因には、以下があります。 下痢 嘔吐 発熱や発汗 水分摂取量の低下 利尿薬の使用 出血 感染症 炎症による血管透過性の亢進 低栄養や低アルブミン血症 熱傷 心不全や腎機能低下などの基礎疾患 感染症やDICなどで血管内皮が障害されると、血管内の水分が間質に流出し、体は浮腫状態でも血管内は脱水になることがあります。 細胞外液を補う目的で、等張電解質輸液が血管内や組織間に水分・電解質を補給する輸液として使われることがあります。大塚製薬工場の解説では、等張電解質輸液は細胞外に分布して細胞外液量を増やすため、細胞外液補充液とも呼ばれるとされています。 細胞外液補充液等に反応しない患者、低アルブミン血症があるなど特定の状況下では、アルブミン製剤が使用される可能性もあります。 在宅でみられやすいサイン 血管内脱水では、循環血液量が不足することで、さまざまなサインが現れます。訪問看護や介護の現場では、以下のような変化に注意します。 立ち上がったときにふらつく 血圧がいつもより低い 脈が速い 尿量が少ない 尿の色が濃い 口の中が乾いている 皮膚や舌が乾燥している 手足が冷たい 倦怠感が強い ぼんやりしている 反応が鈍い 食事や水分がとれていない 特に、呼吸困難や呼吸促迫、過度の発汗、意識レベルの低下、低血圧、体温の低下、チアノーゼがみられる場合は、ショック状態を示す重篤な症状の可能性があるため、早急に医師へ報告する必要があります。 ただし、高齢者では症状がはっきり出にくいことがあります。普段より元気がない、食事量が落ちている、反応が遅い、尿量が少ないなど、小さな変化を見逃さないことが大切です。 むくみがあっても注意が必要 血管内脱水で特に注意したいのは、むくみがある場合です。一般的には、むくみがあると「水分が多い状態」と考えがちです。しかし、間質に水分がたまっていても、血管内の水分が不足している場合があります。 たとえば、低栄養や低アルブミン血症、炎症、感染症などでは、血管内に水分を保ちにくくなり、間質に水分が移動しやすくなります。その結果、足や手はむくんでいるのに、血管内の水分は不足していることがあります。 日本腎臓学会誌の解説でも、浮腫は間質に水分が貯留して腫れている状態であり、必ずしも体全体の水分量増加と同じではないと説明されています。 在宅では、むくみの有無だけで判断せず、血圧、脈拍、尿量、体重変化、呼吸状態、食事・水分摂取量などをあわせて観察します。 観察するときのポイント 血管内脱水が疑われる場合は、以下の項目を確認します。 バイタルサイン 血圧、脈拍、体温、呼吸数、SpO2を確認します。特に、普段より血圧が低い、脈が速い、呼吸が速い、発熱がある場合は注意が必要です。頻脈は低容量状態で循環を保つための代償反応としてみられることがあります。 尿量と尿の色 尿量が減っている、尿の色が濃い、排尿回数が少ない場合は、体内の水分不足を示すサインのひとつです。特に、普段と比べて明らかに尿量が少ない場合は、早めに医師や看護師へ報告します。 皮膚・口腔内の状態 口唇や舌の乾燥、皮膚の乾燥、皮膚の張りの低下などを確認します。ただし、高齢者では皮膚の張りがもともと低下していることもあるため、これだけで判断しないようにします。 意識状態 ぼんやりしている、会話がかみ合わない、呼びかけへの反応が鈍いなどの変化がないか確認します。体液量の減少が重くなると混乱などがみられる場合があります。 食事・水分摂取量 食事量や水分摂取量が減っていないかを確認します。暑い日、発熱時、下痢や嘔吐があるときは、普段と同じ量の水分でも不足することがあります。 医師へ報告するときの内容 血管内脱水が疑われる場合は、観察した内容を整理して報告します。一時点の情報だけで伝えるのではなく、経過と普段との差をあわせて伝えると、状態が共有しやすくなります。 報告時には、以下の内容をまとめます。 いつから変化があるか 食事量、水分摂取量 尿量、尿の色、排尿回数 血圧、脈拍、体温、呼吸数、SpO2 立ちくらみやふらつきの有無 下痢、嘔吐、発熱、発汗の有無 むくみの有無 体重の変化 意識状態の変化 服薬状況 利尿薬の使用有無 基礎疾患 普段の状態との違い たとえば、以下のように記録します。 「昨日から食事量が半分程度。水分摂取は約500mL。尿量少なく、尿色濃い。訪問時、血圧92/58mmHg、脈拍104回/分。立ち上がり時にふらつきあり。発熱なし。普段より反応がやや遅い。」 このように書くと、血管内脱水が疑われる状況を具体的に伝えやすくなります。 早めの相談が必要な状態 以下のような場合は、早めに医師や救急へ相談します。 意識がぼんやりしている 呼びかけへの反応が悪い 血圧が大きく低下している 脈が速く、状態が改善しない 尿がほとんど出ていない 強いふらつきがある 発熱、下痢、嘔吐が続いている 手足が冷たく、顔色が悪い 息苦しさがある 出血が疑われる むくみが強いのに尿量が少ない 重度の体液量減少では、頻呼吸、頻脈、低血圧、混乱、毛細血管再充満時間の延長などのショック徴候が現れ、ショックにつながる可能性があります。 在宅では、状態の変化を見つけた時点で早めに相談することが、重症化を防ぐために重要です。 まとめ 血管内脱水とは、血管内の水分が不足し、循環血液量が低下している状態です。水分不足だけでなく、感染症、炎症、出血、利尿薬の使用、低栄養、むくみを伴う病態などでも起こることがあります。 訪問看護や在宅ケアでは、口渇や皮膚の乾燥だけでなく、血圧、脈拍、尿量、意識状態、むくみ、食事・水分摂取量をあわせて観察することが大切です。特に、むくみがある場合でも血管内脱水が隠れていることがあるため、見た目だけで判断しないようにしましょう。 利用者さんの普段の状態を知り、小さな変化を具体的に記録することが、早期発見と適切な対応につながります。 監修:飛鳥馬 沙耶(あすま さや)/訪問看護ステーション 管理者HCU・高度急性期病棟にて約6年間、循環器・心臓外科・脳外科領域を中心とした急性期看護に従事。2023年より訪問看護ステーションの管理者として、在宅医療の現場に携わる。専門領域は、訪問看護・在宅医療、急性期看護。 【参考文献】●NsPace:「血管内脱水」https://www.ns-pace.com/glossary/volume-depletion/,2026/7/30閲覧●MSDマニュアル プロフェッショナル版:「体液量減少」https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/10-内分泌疾患と代謝性疾患/水代謝/体液量減少,2026/7/30閲覧●Cleveland Clinic:「Hypovolemia」.https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/22963-hypovolemia,2026/7/30閲覧●日本輸血・細胞治療学会:「科学的根拠に基づいたアルブミン製剤の使用ガイドライン(改訂第3版)」https://yuketsu.jstmct.or.jp/wp-content/uploads/2024/07/070030406.pdf,2026/7/30閲覧●StatPearls:「Fluid Management」.https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK532305/,2026/7/30閲覧●日本腎臓学会:「浮腫と脱水,濃縮と希釈の考え方」(佐々木成,日腎会誌 2008;50(2):97-99).https://jsn.or.jp/journal/document/50_2/097-099.pdf,2026/7/30閲覧●大塚製薬工場:「水・電解質輸液」.https://www.otsukakj.jp/healthcare/iv/electrolytes/,2026/7/30閲覧

表皮水疱症の医療費助成制度&学校生活における支援【特別トークセッション 第2回】
表皮水疱症の医療費助成制度&学校生活における支援【特別トークセッション 第2回】
インタビュー
2026年7月28日
2026年7月28日

表皮水疱症の医療費助成制度&学校生活における支援【特別トークセッション 第2回】

表皮水疱症の治療・療養を継続していくためには、社会保障制度の活用が不可欠です。本連載では、自家培養表皮移植による再生医療を行う蒲郡市民病院の医師、皮膚・排泄ケア認定看護師、高校2年生の当事者・山崎璃斗さんとお母様をお迎えしたトークセッションの内容をお届けしています。第2回のテーマは、医療費助成制度や学校生活についてです。 久保 良二(くぼ りょうじ)先生蒲郡市民病院 皮膚科 部長。日本専門医機構認定皮膚科専門医。専門領域は乾癬、白斑、褥瘡。名古屋市立大学医学部臨床准教授、蒲郡市民病院特定認定再生医療等委員会委員。藤田 順子(ふじた じゅんこ)さん蒲郡市民病院 看護部/皮膚・排泄ケア特定認定看護師。山崎璃斗さんの同院での初めての手術をきっかけに介入を開始。 山崎 璃斗(やまざき りと)さん栄養障害型表皮水疱症の当事者。現在はS高等学校(通信制)の2年生。幼少期より皮膚や粘膜の脆弱性に伴う広範な創傷や、関節の拘縮(屈曲変形)などの症状を抱えながら療養を継続。2020年より蒲郡市民病院にて自家培養表皮による再生医療を複数回受けている。山崎 奈美(やまざき なみ)さん璃斗さんの母 / 看護師・DebRA Japan(表皮水疱症友の会)所属。璃斗さんの誕生直後から日々の洗浄・ガーゼ処置・栄養管理を担ってきた。最新の知見を集めながら、在宅ケアを実践。救命救急受付の仕事に就いている。取材協力蒲郡市民病院株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC) ※本文中一部敬称略※本記事は、2026年6月4日時点の情報をもとに構成しています。 指定難病制度・医療費助成の実際 ――表皮水疱症の治療・療養に欠かせない社会保障制度について教えてください。 久保: まず、指定難病制度やお子様の場合は自治体の小児医療費助成制度などが代表的な保障制度になるかと思います。表皮水疱症の患者様は全国で500~1,000名程度と言われていますが、重症度によっては指定難病制度の医療費助成の対象にならないケースもあり、その場合は自己負担が大きくなります。また、使い勝手が良く、ぜひ在宅で使っていただきたい被覆材が現行の制度では処方できないこともあり、そういった部分も改善されていくと良いと思います。 山崎(母): ガーゼ類は診療報酬で上限1,000点(1万円分)と決まっていて、被覆材は上限なしなんですが、実際にはガーゼがその点数分では収まらない現実もあります。 ※表皮水疱症患者等に対しては「在宅難治性皮膚疾患処置指導管理料(C114)」が設けられており、ガーゼ等の衛生材料費が含まれる。 でも、璃斗が幼いころは被覆材もすべて自費でしたし、東京の特定の病院でしか手に入らないものがあって、東京に住む親族に大きな病院で取り寄せて買ってもらう…ということもしていました。今は資材がかなり手に入りやすくなり、保険適用範囲も広がっているので助かっています。今は小児医療費助成制度も使えるので、本当にありがたいですね。 暮らしの中で積み重なる経済的負担 ――医療費以外の「見えにくいコスト」にはどのようなものがあるでしょうか。 藤田: お母様から「今住んでいる地域では、車椅子が借りられなかった」と伺ったときは驚きました。当時、璃斗さんにとって車椅子は必要不可欠なものだったので、そういった支援がいきわたると良いと思っています。 山崎(母): そうですね。車椅子は15万円程度かけて用意しました。当時は再生医療も何もやっていない時期で、皮膚から栄養も出て行ってしまうので鉄分が全然足りなくて貧血がひどく、輸血ぎりぎりの状態でした。すごく疲れやすく、熱も出やすくて、足もうまく伸ばせないので、どこか行くにも車椅子がないと無理でした。でも、「障害」と認定されるほどではないため車椅子の貸し出しや助成金などは出ないという状況だったんです。 あとは、皮膚を掻くことを抑制するための装具をつけていたこともあるのですが、これも保険適用にはならなかったので、数万円単位の自己負担が発生する…ということもありましたね。 在宅療養がご本人・ご家族にもたらす変化 ――保育園や学校での生活についてはいかがでしたか。印象的に残っているエピソードも教えてください。 山崎(母): 自家培養表皮移植手術をするまでは歩行がうまくできなかったので、特別支援学校への進学も考えたのですが、最終的にはなんとか地域の保育所や小・中学校の特別支援学級に通学することができました。我ながら、毎日の送り迎えを、よくやりきったなぁと思います。 保育園時代は、慣らし保育を半年程度行いながら、受け入れてくださって、ありがたかったです。給食も、食材を細かくカットしながら、みんなと同じものを食べさせてくださいました。ただ、おやつについてはおせんべいなどを食べると口の中が切れてしまうので、別メニューのことが多かったです。本人が「僕だけいつもバウムクーヘンだ!」と怒っていることもありましたね…。 あとは、中学校で反抗期にさしかかったときに親子喧嘩をして、「もう歩いて自分で帰りなさい」と言ってしまったこともありました。結局ゆっくり歩く璃斗の後ろからついていっていたのですが(笑)。 璃斗: 保育園の時のことは覚えていませんが…中学校のときに徒歩で帰ったときは、いつもと違って友達と一緒に帰れたので、僕としては楽しい思い出です(笑)。 ――ご本人は楽しかったんですね! お友達と遊ぶときなどに気を付けていたことはありますか? 璃斗: 小学校のときは、積極的に動く子が多いのであまり近づけなくて、基本的に1人で遊んでいることが多かった記憶があります。 山崎(母):年齢的にまだ加減のわからないお子さんもいるし、中には多動傾向にあるお子さんもいるので、先生方も苦労して守ってくださいました。それでも、集団生活ですから誰かに押されたり、物を投げられたりして怪我をすることはあります。普通の子なら怪我に至らないようなケースでも、この子の場合は出血を伴う大怪我になってしまうので、相手の子や先生もショックを受けますし、本人も当然痛いです。 だから「自分から距離を取りなさい」と教え込んできました。なので、急に誰かが動いたときにぶつからないように集団から少し離れたり、階段も最後に登ったり、といったことを今では自然に自分でやるようになっています。 ――中学校に上がってからはいかがでしたか? 璃斗: 中学では、病弱・身体虚弱特別支援学級に3人しか生徒がいなかったんですよ。だからその子たちとはすごく仲が良くなって、教室でトランプとかをして遊んでいました。 山崎(母): 中学校では、璃斗が他の生徒と物理的な距離をとれるように大きなサイズの机を作ってくださったんです。他の子に必要なオストメイト対応トイレも用意されていましたし、とても手厚かったです。校長先生が毎朝送り迎えの時に声をかけてくれたり、何かあれば教頭先生や主任の先生がしっかりお話を聞いてくれたりと、本当にありがたかったですね。 ――現在は通信制のS高等学校2年生とのことですが、現在の生活やお友達との関わりについてはいかがですか? 璃斗: 中学の同級生とも仲が良かったですが、人数が少なかったので、友達付き合いは今の方が断然多いです。チャットアプリで思いついたことを気軽に話したり、アバターをつくってVRChatしたりしています。「いつ見ても接続中だな」という人もいますし(笑)、時間を気にせず遊んでいます。 ――オンラインでいつでも繋がれる環境だからこそ、以前よりもお友達付き合いが増えているんですね。ありがとうございます。 次回は、表皮水疱症の「食事と栄養管理」の実際について、お話を伺っていきます。 取材・執筆・編集: NsPace編集部 【参考】〇難病情報センター「表皮水疱症(指定難病36)」https://www.nanbyou.or.jp/entry/53382026年7月17日閲覧〇今日の臨床サポート「c114在宅難治性皮膚疾患処置指導管理料」https://clinicalsup.jp/jpoc/shinryou.aspx?file=ika_2_2_2_1/c114.html2026年7月17日閲覧

表皮水疱症 在宅ケアの実際と医療者に求められる視点【特別トークセッション 第1回】
表皮水疱症 在宅ケアの実際と医療者に求められる視点【特別トークセッション 第1回】
インタビュー
2026年7月21日
2026年7月21日

表皮水疱症 在宅ケアの実際と医療者に求められる視点【特別トークセッション 第1回】

わずかな摩擦で全身に水疱や創傷が生じる指定難病「表皮水疱症」。地域での対応経験がある訪問看護師は少なく、在宅療養への介入に不安を抱くケースも少なくありません。本連載では、自家培養表皮移植による再生医療を行う蒲郡市民病院の医師、皮膚・排泄ケア認定看護師、高校2年生の当事者・山崎璃斗さんとお母様をお迎えしたトークセッションの模様を全4回でお届けします。第1回は、病院と在宅での視点の違いや、家庭での処置に関するお話です。 久保 良二(くぼ りょうじ)先生蒲郡市民病院 皮膚科 部長。日本専門医機構認定皮膚科専門医。専門領域は乾癬、白斑、褥瘡。名古屋市立大学医学部臨床准教授、蒲郡市民病院特定認定再生医療等委員会委員。 藤田 順子(ふじた じゅんこ)さん蒲郡市民病院 看護部/皮膚・排泄ケア特定認定看護師。山崎璃斗さんの同院での初めての手術をきっかけに介入を開始。 山崎 璃斗(やまざき りと)さん栄養障害型表皮水疱症の当事者。現在はS高等学校(通信制)の2年生。幼少期より皮膚や粘膜の脆弱性に伴う広範な創傷や、関節の拘縮(屈曲変形)などの症状を抱えながら療養を継続。2020年より蒲郡市民病院にて自家培養表皮による再生医療を複数回受けている。 山崎 奈美(やまざき なみ)さん璃斗さんの母 / 看護師・DebRA Japan(表皮水疱症友の会)所属。璃斗さんの誕生直後から日々の洗浄・ガーゼ処置・栄養管理を担ってきた。最新の知見を集めながら、在宅ケアを実践。救命救急受付の仕事に就いている。取材協力蒲郡市民病院株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC) ※本文中一部敬称略※本記事は、2026年6月4日時点の情報をもとに構成しています。 自家培養表皮移植を機に蒲郡市民病院へ ――2020年、璃斗さんが小学校5年生のタイミングで、蒲郡市民病院での自家培養表皮移植をスタートされたと伺っています。当時のことを教えてください。 久保: 2019年から表皮水疱症に対する自家培養表皮移植が保険適用になっており、そのタイミングで主治医の先生からご紹介いただきました。 表皮水疱症は、日常生活のなかで皮膚に加わるごくわずかな摩擦や刺激によって、全身に水疱(水ぶくれ)や創傷ができてしまう遺伝性の希少疾患です。ただし、同じ「表皮水疱症」でも、皮膚の表面のみの軽いタイプから重症なタイプまでさまざまで、患者様によって症状が大きく異なります。 私も大学の専門外来で1年ほど表皮水疱症の患者様を診ていたことがありますが、当時は再生医療がありませんでしたし、症状としても軟膏を塗布して被覆材をお渡しすることに留まることがほとんどでした。璃斗くんのように、全身のガーゼを外して診る機会は初めてだったので、普段の処置のしかたについて、お母様から教えていただいた側面が大きいですね。 藤田: 私にとっては、璃斗くんは本当に初めて担当させていただく表皮水疱症の患者様でした。知識としては知っていても、どうすれば上手にケアできるのか、いちから検討する必要がありました。事前に株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC)(※)の担当者の方が勉強会なども開いてくださいましたが、私も璃斗くんとお母様の「お家ではこうやっていたんだよ」というお話が大変勉強になり、ケアの土台になりました。お母様や璃斗さんとの関係性なくしては、ケアが成り立たなかったと思っています。 ※愛知県蒲郡市に本社を置く再生医療製品メーカー ――症例が少なく、患者様によって大きく症状も異なるため、ご家族からの情報や良好な関係性が不可欠だったのですね。 日々の処置に数時間。表皮水疱症 在宅ケアの実際 ――ご自宅でのケアも、相当なご負担があると伺っています。実際のところはいかがでしょうか。 山崎(母):小さいころは、処置にとても時間がかかりました。特に、2020年ごろまで使っていた被覆材は、体液を吸い込むと皮膚にくっついて固まってしまうものだったんです…。そのため、ふやけて剥がれるまで湯船に浸かって待つんですが、長く浸かりすぎると、自分の皮膚までふやけて症状が悪化してしまうため、バランスを取るのが難しかったですね。被覆材が取れたら皮膚を乾かして、また全身にガーゼをつける。そんなことをしていると、大体3~4時間はかかっていました。 ――そうだったのですね。璃斗さんご本人の負担も相当なものだったかと思います。 璃斗: そうですね。小学校高学年のときに初めて自分で処置をしてみたんですが、背中などがうまく洗浄できていないと熱が出てしまって、それも大変でした。今は被覆材も変わり、当時より早く処置できるようになりましたが、2時間ほどはかかります。 山崎(母): 最近も高校の行事があったのですが、宿泊場所のお風呂は使えないので、別のホテルを一部屋取りました。限られた時間のなかで、私や夫も手伝いながら急いで必死に処置をしてなんとか1時間半というところでしたが、集団生活に参加しようとするとそういった対応も必要になりますね。 ――ご自宅の環境面で気を付けていらっしゃることはありますか? 掃除に気を遣いますね。どうしても痒みから皮膚を掻きむしってしまうので、落屑の量がとても多いんです。粘着クリーナーやハンドクリーナー、掃除機などを使って、こまめに対応しています。 医療者は普段処置している患者様・ご家族の声を大事に ――訪問看護師を含め、これまで表皮水疱症の対応経験がない医療者が介入する際、どのような心がけや視点が必要だと思われますか。 久保: 表皮水疱症の患者様は皮膚に被覆材をたくさんつけていますが、あれを剥がす時はとっても痛いんですよ。ですから、医療者主導で処置をしようと思っても、最初から思ったようにはできません。まずは患者様ご本人や、普段処置をされているご家族のお話が何よりも重要で、しっかりお話を伺ったうえで対応していくことが大切だと思います。 山崎(母): そうですね。私は医療従事者だったので、深い傷にもなんとか対処できる知識が最初からありましたが、一般の方が見たら驚くような傷の深さなんですよね。 看護師さんであっても、事前知識がないと驚いてしまうかと思います。今でもよく覚えていますが、璃斗が産まれたとき、外にでてきた瞬間からどんどんと皮膚が剥がれ落ちていって、産着も着せることができず、ただ裸で置かれて、泣き続けていました。ミルクを飲ませようと思ったら、その刺激で口の中が剥けてしまい、ガーゼを貼ろうとしたらその刺激でまた剥ける…。看護師さんたちもどうしたらいいかわからなかったわけです。 今はネットでさまざまな情報が手に入るので、表皮水疱症について知ってほしいですし、久保先生のおっしゃるように、ご家族とも話し合いをして進めていただけたらと思います。 藤田: 璃斗くんが自家培養表皮移植で入院する際も、どうやって入院中に清潔を保てばいいか、お母様にもさまざまなものを用意いただきながら、試行錯誤していきましたよね。症状や状態によってケースバイケースなので決まった「正解」は最初から見えず、話し合いながら模索していくことも必要だと思います。 ――ありがとうございました。第2回では、こうした療養生活を支えるための制度や、学校生活での工夫について伺っていきます。 取材・執筆・編集: NsPace編集部 【参考】〇難病情報センター「表皮水疱症(指定難病36)」https://www.nanbyou.or.jp/entry/53382026年7月17日閲覧〇株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC)「適応対象:栄養障害型表皮水泡症及び接合部型表皮水泡症」https://www.jpte.co.jp/customers/medical/JACE/blisters/index.html2026年7月17日閲覧

認知症の緩和ケアがよく分かる スピリチュアルペイン、BPSD、末期の苦痛への対応
認知症の緩和ケアがよく分かる スピリチュアルペイン、BPSD、末期の苦痛への対応
特集
2026年7月14日
2026年7月14日

認知症の緩和ケアがよく分かる スピリチュアルペイン、BPSD、末期の苦痛への対応

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回のテーマは認知症です。東京ふれあい医療生活協同組合 オレンジほっとクリニック 東京都地域連携型認知症疾患医療センター長の平原佐斗司先生に、認知症の緩和ケアにおける課題の中から、スピリチュアルペインへの対応、BPSDのとらえ方、末期認知症の苦痛への支援などを中心に、その考え方や実践のあり方について解説いただきます。 認知症の緩和ケアにおける課題 認知症の緩和ケアアプローチとは、「単に身体的苦痛をとる治療やケアにとどまらず、認知症の行動・心理症状(BPSD)、合併する疾患、および健康問題に対する適切な治療を含む、認知症のすべての治療とケアを意味する」1)と定義されています。ここでいう緩和ケアアプローチとは、緩和ケアに特化していない環境で、日常のケアの中に、緩和ケアの手法や手順を統合するための方法を指します。つまり、在宅で認知症ケアに関わるあらゆる専門職が身に着けておくべき考え方や手法であるといえるでしょう。 わが国における認知症に対する緩和ケアの課題は、以下に示すとおり多岐にわたります。 摂食嚥下障害など食にまつわる課題 末期の肺炎の苦痛に対する緩和ケア 終末期の褥瘡 疼痛など重度から末期の身体的苦痛への対応 合併症・併存症の急性期の痛みや呼吸苦などの苦痛 BPSDとして表出される身体的心理的苦悩への対応 心不全、骨折などの併存疾患のマネジメントと全身管理 うつ、不安、不眠、孤独などの精神的な苦痛への対応 認知症の人がもつスピリチュアルペイン(実存的苦痛)への対応 独居、経済的困窮、セルフネグレクトなど社会的な苦痛への対応 身体拘束を含む医療行為に伴う苦痛への対応や治療負担(treatable burden)への配慮 認知症の人の苦痛の評価法の確立 認知症の告知に伴う苦痛への配慮 本人本位のACP(アドバンスケアプランニング)推進 認知症の人の家族ケア 遺族の悲嘆ケア 経済社会的状況によるケアの格差 など さらに、認知症の緩和ケアのニーズは、2016年から2060年の間に世界で4倍近く、先進国でも3倍以上に増加し、特に日本などの東アジア地域で急増する2)といわれています。このため、ニーズの急増に対応していくことも今後の緩和ケアにおける最大の課題と考えられています。 スピリチュアルペインへの対応 認知症の人の言葉や行動の裏には、その人の心の痛みや苦悩があると理解されるようになり、認知症の人のスピリチュアルペインが注目されています。診断後早期のスピリチュアルペインを和らげることは、緩和ケアの観点からも重要です。 認知症の人は、認知機能の低下による日常生活の失敗から、自尊感情や自己効力感の低下、アイデンティティ(自分が自分らしくあること)の喪失を経験しており、「自己の存在の意味の消滅から生じる苦痛(スピリチュアルペイン)」を感じているのです。 認知症の人のスピリチュアルペインへのアプローチはまだ確立されたものはありませんが、生活障害に対するタイミングのよい支援、その人の視点に立った理解と共感に満ちたコミュニケーション、peer support(同じ立場の方々との交流)などが大切になります。 BPSDを緩和ケアの視点でとらえる BPSDは「本人が現実の世界に適応しようと、もがき苦しんでいる徴候ととらえるべき」と考えられるようになってきています。また、BPSDを認めた認知症の人の3分の2に疼痛が認められ、そのうちのほぼ半数が中等度から重度の疼痛を経験しており、BPSDは認知症の人の病態の変化や苦痛を表すサインであることも少なくありません。 つまり、BPSDの出現や増悪には病態の変化や苦痛の存在、薬物の影響などが要因となっていることが多いため、まずは病態や苦痛のアセスメントが優先されます。BPSDイコール精神科、抗精神病薬という短絡的な対応は厳に慎むべきです。 ご本人のストレスの原因となっている環境を調整するなど非薬物療法を優先させること、その上で薬物療法が必要な場合も、可能な限り安全性の高い薬剤を優先させるといった工夫が必要です。 急性期入院に伴う緩和ケアの視点 認知症の人は、感染症や骨折などの急性疾患を発症しやすく、しばしば入院治療が必要となります。身体合併症を有した認知症の人が急性期病院に入院した場合、疾患に伴う苦痛に加えて、検査や治療に伴う多様な苦痛を経験します。 認知症を有する人は、入院時に2.3~4.7倍せん妄を起こしやすいとされています3)。そして、せん妄発症者の死亡リスクは1.95倍、施設入所リスクは2.4倍で、入院中にせん妄を発症した人の認知症発症リスクは12.52倍に及ぶといいます4)。 また、一般病院に入院した認知症の人、あるいはその疑いがある人の44.5%が何らかの身体拘束を受けています5)。身体拘束は廃用や転倒などの合併症や併存症を生み、認知症の人のADLやQOLを低下させます。 このような入院の害(入院関連機能障害)を考え、急性期においては、まず不要な入院を避け、可能であれば暮らしの場で治療を継続できるようにすることが必要です。仮に急性期に入院治療を行う場合も、身体拘束最小化に取り組んでいる医療機関、治療よりもケアの質がよい医療機関を選択することが大切になります。 末期認知症の人の苦痛評価 アルツハイマー型認知症(AD)の人の疼痛の感受性に関するメタアナリシスなどから、認知症の人も強い苦痛を感じている6)ことが明らかになっています。つまり、重度認知症の人は、痛みを表現することが困難となっているだけであり、決して苦痛を感じなくなっているわけではありません。しかし実際には、進行した認知症の人の苦痛は、しばしば見過ごされたり、過小評価されているために、適切な治療やケア、あるいは緩和ケアに結びつきにくい現状があります。 苦痛の表現が困難な末期認知症の人の苦痛に気付くためには、苦痛の客観的評価法の活用が必要であり、海外では多くの客観的評価法が開発されています。 わが国で客観的評価法を利用するためには、言語妥当性が検証された日本語版が開発されていること、項目数が数個程度等日常臨床で用いやすいことが条件になります。これらの条件を満たす客観的評価としては以下があります。 【痛みの客観的評価】 日本語版PAINAD アビー痛みスケール日本語版 など 【呼吸困難の客観的評価】 RDOS modRDOS-4(図1) 図1 日本語版 modRDOS-4と観察項目 Wong RX,Shirlynn H,Koh YS,et al.:Exploration and Development of a Simpler Respiratory Distress Observation Scale (modRDOS-4) as a Dyspnea Screening Tool:A Prospective Bedside Study.Palliat Med Rep 2021;2(1):9-14.平原佐斗司,鈴木みずえ,金盛琢也,他:言語妥当性が担保された日本語版 modRDOS-4 の開発~在宅ケアや施設で使用できる呼吸困難の客観的評価尺度~.日在宅医療連会誌 2023;4(4):9-15. さらに、われわれは、在宅や施設、病院などで多職種で用いることができる苦痛評価プロトコールを開発しました(図2)。このようなプロトコールを用いることで、認知症ケアにかかわる全専門職が認知症の人の苦痛に早期に気付くことを狙っています。図2 重度~末期認知症の人の苦痛評価プロトコール(改定案) 末期認知症の緩和ケア:食支援、呼吸困難への対応 末期認知症では、食思不振と嚥下障害、肺炎からくる呼吸困難や咳嗽・喀痰などの呼吸器症状、疼痛、長期臥床に伴う褥瘡などの苦痛の緩和が必要になります。 末期の嚥下障害に対してはComfort feeding only(CFO)の考え方に基づく食支援を行います。CFOは認知症末期の経口摂取の在り方として提唱された考え方と実践法であり、食支援の目的を「栄養補給」とするのではなく、「本人の楽しみ」「Comfort(快適さ)」とする考えに立っています。つまり、食べることの目的は、あくまで「食べることが本人にとって快適かどうか」です。不快でないかぎり食支援を継続しますが、不快であればただちに中止し、ほかの心地よいケア(声かけやタッチセラピー、手浴・足浴、音楽、アロマ、こまめな口腔ケアなど)を行います。 末期認知症の緩和ケアのもう一つの課題は、肺炎による呼吸困難です。末期認知症の人の最大3人に2人が、肺炎を合併して死亡していると考えられています。そして、肺炎を合併して死亡した人は、食べられなくなり自然に亡くなった人に比べ、呼吸困難や不快感などの苦痛がはるかに大きい7)ことが報告されています。 末期の肺炎の苦痛緩和に対して輸液や抗菌薬をいつまで継続すべきかについては、エビデンスが不足しているため、個別の状況に基づき判断せざるを得ません。判断が困難な場合、時間を定めて治療を行い、その治療が患者さんの穏やかさに貢献したか否かを判断する方法(Time limited trial:TLT)を試みます。 また、末期認知症の人の肺炎合併時にみられる呼吸困難に対するオピオイドの有効性を示す、質の高い研究は認められませんが、国内外の指針・ガイドラインではオピオイド投与が推奨されています8)。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)略語:フルスペル(日本語)BPSD:behavioral and psychological symptoms of dementia(行動心理症状)ACP:advance care planning(今後の治療・療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセス)ADL:activities of daily living(日常生活動作)QOL:quality of life(生活の質)AD:alzheimer's disease(アルツハイマー型認知症)PAINAD:pain assessment in advanced dimentia(ペインアド)RDOS:respiratory distress observation scale(呼吸困難の客観的評価)COF:comfort feeding only(認知症末期の経口摂取の在り方として提唱された考え方と実践法。食の支援の目的を栄養補給とするのではなく、本人の楽しみ、Comfort(快適さ)とする考え)TLT:time limited trial(時間を定めて治療を行い、その治療が患者の穏やかさに貢献したか否かを判断する方法) 執筆:平原 佐斗司東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センターオレンジほっとクリニック 東京都地域連携型認知症疾患医療センター長1987年に島根大学医学部卒。現在、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター長ならびに、同オレンジほっとクリニック 地域連携型認知症疾患医療センター長として在宅医療、認知症診療に従事。専門は、在宅医療、非がん疾患の緩和ケアで、研修・研究センターでは在宅医療専門医・指導医として、多くの在宅専門医の育成を行う。学会活動では、日本在宅医療連合学会 代表理事、日本認知症の人の緩和ケア学会 理事長、日本エンドオブライフケア学会 副理事長を務めている。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)van der Steen JT, Radbruch L, Hertogh CM, et al.:White paper defining optimal palliative care in older people with dementia: a Delphi study and recommendations from the European Association for Palliative Care.Palliat Med 2014;28(3):197-209.2)Sleeman KE,de Brito M,Etkind S,et al.:The escalating global burden of serious health-related suffering: projections to 2060 by world regions, age groups, and health conditions.Lancet Glob Health 2019;7(7):e883-e892.3)Inouye SK,Westendorp RG,Saczynski JS:Delirium in elderly people.Lancet 2014;383(9920):911-922.4)Witlox J,Eurelings LS,de Jonghe JF,et al.:Delirium in elderly patients and the risk of postdischarge mortality,institutionalization,and dementia:a meta-analysis.JAMA 2010;304(4):443-451.5)中西三春:一般急性期病院における認知症ケア.老年看 2018;23(2):44–48.6)Stubbs B,Thompson T,Solmi M,et al.:Is pain sensitivity altered in people with Alzheimer's disease? A systematic review and meta-analysis of experimental pain research.Exp Gerontol 2016;82:30-38.7)van der Steen JT,Mehr DR,Kruse RL,et al.:Predictors of mortality for lower respiratory infections in nursing home residents with dementia were validated transnationally.J Clin Epidemiol 2006;59(9):970-979.8)国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター:在宅における末期認知症の肺炎の診療と緩和ケアの指針.https://www.ncgg.go.jp/hospital/news/documents/01zaitaku.pdf2026/2/18閲覧

肝不全の緩和ケアがよく分かる 病態・症状対応・意思決定支援
肝不全の緩和ケアがよく分かる 病態・症状対応・意思決定支援
特集
2026年6月30日
2026年6月30日

肝不全の緩和ケアがよく分かる 病態・症状対応・意思決定支援

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるために、訪問看護師が知っておきたい知識・視点を整理します。今回のテーマは「肝不全」。黄疸や肝性脳症など肝不全特有の症状とその観察項目・対応方法、在宅での意思決定支援における訪問看護師の役割について、梶原診療所の谷田貝 昂先生に分かりやすく解説していただきます。 肝不全とは~病態と終末期のとらえ方~ 肝不全とは、種々の肝疾患により高度の肝機能低下が起こり、黄疸・皮膚掻痒症、肝性脳症、腹水、出血傾向など多彩な臨床症状が生じる状態です1)。肝不全の代表的な原因疾患は肝硬変であり、その背景にはウイルス性肝炎(B型肝炎・C型肝炎)、アルコール性肝障害、非アルコール性脂肪性肝疾患などがあります。 肝硬変は、長期にわたり無症状で経過する代償期を経て、非代償期に移行すると腹水や肝性脳症、食道静脈瘤出血、肝癌などの合併症を呈し、QOLが急激に低下します。 肝硬変の予後を予測する上では「Child-Pugh(チャイルド・ピュー)スコア」と「MELDスコア」が代表的な指標です。Child-Pughスコアは代償期、非代償期の予後予測に優れ(表1、2)、MELDスコアは非代償期の予後予測の精度が高いとされています2)(表3)。特に、MELDスコアが30を超えると3ヵ月以内の死亡率は50%に達するという報告もあり3)、緩和ケアの導入が求められる時期に入ります。 表1  Child-Pugh スコア 判定基準1点2点3点アルブミン(g/dL)3.5超2.8以上3.5以下2.8未満ビリルビン(mg/dL)2.0未満2.0以上3.0以下3.0超腹水なし軽度 コントロール可能中等度以上 コントロール困難肝性脳症(度)なし1~23~4プロトロンビン時間(秒、延長)(%)4未満(70超)4以下6以上(40以上70以下)6超(40未満) 5~6点:Child-Pugh 分類A、7~9点:Child-Pugh 分類B、10~15点:Child-Pugh 分類C文献4)より引用 表2 Child-Pugh スコアと⽣存率 12ヵ⽉24ヵ⽉Child-Pugh 分類 A95%90%Child-Pugh 分類 B80%70%Child-Pugh 分類 C45%38%⽂献5) を参考に作成 表3  MELDスコアと3ヵ月後の患者死亡率 MELD スコア3ヵ月後の患者死亡率<91.9%10~196.0%20~2919.6%30~3952.6%40<71.3%文献6)を参考に作成 MELDスコアはインターネットなどで計算可能。▼MDCalc :MELD(UNOS/OPTN).https://www.mdcalc.com/calc/2693/meld-score-original-pre-2016-model-end-stage-liver-disease QOLを脅かす主要症状とケア・治療の基本 肝不全の患者は、苦痛につながる複数の症状を同時に抱えることが多く、QOLを著しく損ないます。肝不全特有の症状とケア・治療については以下のとおりです。 黄疸・皮膚掻痒症 肝不全による黄疸の症状に皮膚掻痒症があり、皮疹を認めないにもかかわらず、全身性にかゆみが生じます。強いかゆみは日常生活の活動性や睡眠を妨げることがあるため、ケアとして保湿や冷却などを適切に行うことが大切です。抗ヒスタミン薬は皮膚掻痒症に適応がある薬剤ですが、慢性肝疾患患者の症状改善には不十分であったという報告もあり、大規模な臨床試験は報告されていません3)。既存治療が奏功しない皮膚掻痒症に対してはナルフラフィンの投与が検討されます3)。 肝性脳症 アンモニアに代表される中毒物質の代謝・排除障害により発生する精神神経症状です。精神状態の変化や羽ばたき振戦、意識障害などの症状を認めます。便秘や脱水、タンパク質の過剰摂取、感染、消化管出血、鎮静剤の過剰投与などが誘因となるため、排便コントロールや食事・水分の管理などが大切です。家族が最初に異常に気がつくこともあり、訴えに耳を傾けることも重要です。薬物治療は、肝不全用成分栄養剤、合成二糖類(ラクツロース)、難吸収性抗菌薬(リファキシミン)、カルニチン製剤(レボカルニチン)などの投与を行います。 腹水・浮腫 低アルブミン血症や門脈圧亢進などの機序により、腹部膨満感、食欲低下、呼吸困難感などが見られ、会話や歩行といった日常動作にも支障をきたします。これらの自覚症状や体重・腹囲を指標として、塩分制限と利尿薬の調整を行うことが治療の基本です。難治例には、定期的な腹水穿刺・排液が行われることもあります。また、腹水がある患者が発熱した際には、腹腔内の細菌感染である特発性細菌性腹膜炎の可能性も考慮し、抗菌薬による治療を行います。 消化管出血 食道胃静脈瘤や門脈圧亢進症性胃症、消化性潰瘍を有する患者では、出血すると急変する可能性があります。黒色便で発見されることもあるため、便の色や血圧低下、頻脈などを日々チェックします。数ヵ月以上の予後が見込まれる場合には、緊急内視鏡治療によって延命できる可能性があるため、緊急時の体制を整えておくことが重要です。 疼痛 肝不全の患者では、肝がんの合併による疼痛や、腹水による圧迫感が生じることがあります。鎮痛薬はアセトアミノフェンが第一選択です7)。NSAIDsは腎障害や血液凝固障害により消化管出血の原因となる可能性があるため、投与は慎重になるべきです。また、オピオイド系鎮痛薬のほとんどは肝臓で代謝を受けるため、肝不全の患者に対しては投与量や投与間隔を調整して使用する必要があります7)。 訪問看護でできる観察項目と対応の例 訪問看護師は患者の変化を観察し、多職種や家族と連携して病状の悪化を防ぐ上で重要な役割を担います。以下に主要な観察項目と対応の例を示します。 (1)黄疸、皮膚の状態と掻痒感の訴え 【観察項目】皮膚や眼球の黄染、乾燥、引っかき傷、夜間の不眠の訴えなど。【対応】保湿剤や軟膏の使用状況を確認します。引っかいてしまう場合には、爪を切ったり、衣服を工夫したりする(ウールや化学繊維を避ける)とよいでしょう。改善しない場合にはナルフラフィンなどの薬剤調整について医師と相談します。 (2)意識状態と認知機能の変化(肝性脳症の兆候) 【観察項目】会話の受け答えが遅い、言動のつじつまが合わない、昼夜逆転、羽ばたき振戦(手を伸ばして開いた状態で震える)など。【対応】家族に「普段と違う受け答えがないか」尋ねることが早期発見に役立ちます。食事は低タンパク食(0.5~0.7g/kg/日)を検討します。排便回数を確認(軟便で1日2回以上が目安)し、便秘がある場合は医師に報告してラクツロース製剤を中心とした便秘症治療薬の薬剤調整を提案します8)。 (3)腹部の膨満感(腹水貯留)や浮腫の程度 【観察項目】体重・腹囲の増加、下腿~足背のむくみ、歩行が不安定など。【対応】塩分制限(5~7g/日以下)、飲水制限を行います3)。また、体重や腹囲などを参考に医師に利尿薬の調整を相談します。腹水による症状が強い場合には、腹水穿刺も考慮されます。必要に応じて、苦しくないように体位の調整(ファーラー位やセミファーラー位など)を家族に提案することも有用です。下肢の浮腫に対しては弾性ストッキングの装着や足浴、リンパマッサージなどを行います。 (4) 排便・排尿の状況の確認 【観察項目】便の色・性状・回数、排尿回数・尿量。【対応】1日1~2回以上の排便が保てているかを確認し、便秘があれば早めに調整します。黒色便を認める場合には、消化管出血を考えて迅速に医師に報告してください。腹水貯留時には排尿回数と尿量に注意します。 上記の観察項目については、患者・家族にも繰り返し伝え、自己管理を促すことも訪問看護師の重要な役割です。また、精神的・心理的な不安感が強い患者には、傾聴を行い、安心感を提供します。さらに、家族の不安や介護負担にも目を向け、家族の「つらさ」に共感を示す声かけを意識しつつ、介護保険サービスの利用状況を確認し、ケアマネジャーとの連携も欠かせません。 在宅での意思決定支援 肝不全となり多彩な症状を認めるようになると、増悪・寛解を繰り返しながら慢性・進行性の経過をたどります。経過中に肝性脳症を認めて意思疎通が困難となることや、消化管出血などにより急変する可能性もあり、予測困難な経過をたどることが少なくありません。そのため、早期からアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を開始し、患者本人の意思を尊重した療養方針を明確にすることが重要です。 ACPでは、「どこで過ごしたいか」「どのような医療を望むか」「延命治療は希望するか」などを話し合い、多職種で共有することで、本人の価値観・人生観を尊重したケア・介護体制を構築します。 訪問看護師は日々の関わりの中で患者の本音を聞き取り、医師や家族に伝える橋渡し役となります。最期の時間を穏やかに過ごせるよう、ACPの継続的な見直しも含めて支援していきます。 * * * 肝不全の緩和ケアでは、黄疸・皮膚掻痒症、肝性脳症、腹水、出血傾向など、特有の症状が多く現れるため、それぞれの対応をあらかじめ考えて、家族と情報共有することが重要です。特に肝性脳症による意識障害や、消化管出血による急変に備えて、早期からのACPによる意思決定支援が欠かせません。 在宅療養の場では、訪問看護師が生活支援、多職種との連携、心理的サポート、症状緩和、意思決定支援までを担うことになり、その役割は非常に大きくなります。肝不全の患者が「自分らしく生きる」ことを支えるためには、訪問看護師の専門的かつ継続的な関与が必要不可欠です。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)QOL:quality of life(生活の質)MELD:mayo end stage liver disease(末期肝疾患重症度モデル)NSAIDs:non-steroidal anti-inflammatory drugs(非ステロイド性抗炎症薬)ACP:advance care planning(アドバンス・ケア・プランニング) 執筆:谷田貝 昂東京ふれあい医療生協 梶原診療所 医師/医療法人社団 雄昂会 やたがいクリニック 副院長 獨協医科大学卒業後、順天堂大学医学部附属順天堂医院 消化器内科に入局。その後、東京ふれあい医療生協 梶原診療所にて訪問診療に従事。現在は、やたがいクリニック副院長として外来診療・内視鏡診療を行う一方、梶原診療所での訪問診療、ならびに東京都認知症疾患医療センター オレンジほっとクリニックにおいて外来診療を担当している。   編集:株式会社照林社 【引用文献】1)池田健次:ウイルス性肝硬変に対する抗ウイルス療法.日消誌 2010;107:8-13.2)松尾 裕一郎,坂井 正弘:肝不全・腎不全.medicina 2018;55(11):1806-1810.3)日本消化器病学会:肝硬変診療ガイドライン2020(改訂第3版).南江堂,東京,2020.4)肝炎情報センター:肝硬変の程度の分類.https://www.kanen.jihs.go.jp/sick/kinds/kankouhen.html2026/1/23閲覧5)D'Amico G,Garcia-Tsao G,Pagliaro L:Natural history and prognostic indicators of survival in cirrhosis:a systematic review of 118 studies.J Hepatol 2006;44(1):217-231.6)Wiesner R,Edwards E,Freeman R,et al:Model for end-stage liver disease (MELD) and allocation of donor livers.Gastroenterology 2003;124(1):91-96.7)内藤隆文:肝障害を合併する患者の薬物療法マネジメント 疼痛×肝障害.薬局 2020;71(13):3673-3677. 8)吉崎秀夫:肝不全. 日本エンドオブライフケア学会監修,平原佐斗司, 荻野美恵子編:エンドオブライフケア ,南山堂,東京,2022:282-287.

人工呼吸器装着後の安楽な姿勢とベッド周りの環境整備:当事者の知恵と工夫
人工呼吸器装着後の安楽な姿勢とベッド周りの環境整備:当事者の知恵と工夫
コラム
2026年6月9日
2026年6月9日

人工呼吸器装着後の安楽な姿勢とベッド周りの環境整備:当事者の知恵と工夫

ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。最終回となる今回は、梶浦先生が受けてこられた質問の中で最も多かった人工呼吸器装着後の安楽な姿勢を保つ方法と、ベッド周りの環境整備のコツについてたっぷりご紹介いただきます。 本記事は、医療従事者の指導・管理のもとで行われている在宅医療の一例を紹介するものです。掲載されている医療機器の配置や使用方法を、一般の方が医療者の指示なく参考・模倣することは安全上のリスクがあります。在宅での医療機器管理については、必ず主治医や訪問看護師等の医療従事者にご相談ください。 はじめに ALS当事者や関係者の⽅々から最も多く寄せられた質問が、今回のタイトルです。 気管切開して⼈⼯呼吸器を付ける前のALS当事者にとって、装着後の⽣活がどのように変わるのかを想像することは難しいものです。人工呼吸器をつけても安楽に過ごせるのか。どのような環境整備が必要なのか。こうした情報は、人工呼吸器をつけて生きていくか否かの決断に大きく関わるにもかかわらず、調べてもなかなか出てきません。 私自身、これから⾃分がどうなっていくのかよく分からないながらも、死にたくない⼀⼼で、気管切開と人工呼吸器装着を決断しました。だからこそ、その後の生活で一番考えながら、改良を重ねてきたのもこのテーマだったのです。 ALSという病気は、症状も進行スピードも人によって違います。また、在宅療養環境(⽀援体制や⾃宅のスペースなど)もそれぞれの家庭で大きく異なります。⼀概に「こうしたほうがよい」とは⾔えず、教科書的に一括りにして扱うことが難しいのが実情です。 それゆえに、ALS当事者や関係者たちが、在宅での療養生活で実際に取り入れている知恵や工夫を持ち寄り、それを発信し、「いいな」と思った部分を⾃分の⽣活の中に取り⼊れていくしかないのだと思います。 そこで今回は、私が考えて、実践している⼯夫を紹介していきたいと思います。それぞれの状況に応じて参考にしていただければ幸いです。 安楽な姿勢の基本原則:接触面積を広くとる ⼈⼯呼吸器をつける前のALS患者を含む、重度の四肢体幹障害者に共通して重要なのは、 体と、⾞椅⼦・ベッドとの接触面積を広くとり、浮いている部分をできるだけなくす ということに尽きます。 これにより体圧が1ヵ所にかかり過ぎるのを防ぎ、分散することができ、身体への負担を最⼩限に抑えることができます。 座位での姿勢の工夫(図1) ⾞椅⼦に座るときやベッドの背もたれを起こしたときには、以下を意識します。 腰の部分が浮かないように、できるだけ深く座る 枕と⾸の間に隙間ができないよう、タオルや薄いクッションを丸めて入れる 図1 ベッド上での座位姿勢の工夫 側臥位での姿勢の工夫 クッションを活用し接触面積を広くとりつつ、足の骨同士が重ならないように気をつけています(図2)。 図2 側臥位での姿勢の工夫 ちなみに、私は毎晩、側臥位で寝ています。その際、空圧センサーにつま先を接地しておくようにし、ほんのわずかな⼒でもセンサーを押して、人を呼べるようにしています。センサーを押したら「反対側の側臥位へ体位変換してほしい」という合図です。 人工呼吸器をつけることで大きく変わること 人工呼吸器をつけると、気管孔と⼈⼯呼吸器が回路(ホース)で常につながるようになります。このホースが動いてしまうと、それが刺激になり、むせてしまったり、気管孔周囲に⾁芽組織*を形成する原因になったりします。そのため、ホースはできるだけ動かないように固定しておく必要があります。私がおすすめする固定⽅法は、胸元とベッドの2点で固定することです(図3)。 *肉芽組織:傷の治癒過程や慢性炎症の際に形成される、新しい結合組織と⽑細⾎管のこと。出血を伴うこともある。 図3 ホースの固定方法 ホースを胸元とベッドの2点で固定し、ホースができるだけ動かないように工夫している ホースの動きにさえ注意していれば、⼈⼯呼吸器をつける前と安楽な姿勢はあまり変わりません。私は人工呼吸器を装着したことで、呼吸苦から解放され、大きな安堵を感じました。 ベッド周りの環境整備と物品管理の工夫 ベッド周囲の環境は、部屋の広さやレイアウトによって変わる部分が⼤きいのですが、ここでは私が試⾏錯誤の末にたどり着いた「理想的な形」を書いていこうと思います。参考にしてみてください。 ベッド周りには⼈が⼊れるスペースを確保する 部屋を広く使うためにベッドを壁につけている⽅も少なからずいらっしゃいます。しかし、これは介助者にとっては、とてもやりにくい配置になります。 例えば、先述した側臥位の体位変換を左右均等に行うには、介助者がベッドの左右から行う必要があります。可能であれば、人が1人⼊れるくらいのスペースをどちらにも確保しておくことをおすすめします。 ■介護用電動ベッドとモーター数ちなみに、介護⽤電動ベッドはモーター数によって性能が変わります(表1)。モーター数が多いほど性能がよく、ALS患者のように介護度が高い場合、3モーター以上のモデルが推奨されます。 なお、要介護度によりますが、介護⽤電動ベッドは介護保険を利用してレンタルができます。 表1 電動ベッドのモーター数と機能 モーター数     機能           1モーター   背上げ(または脚上げとの連動)基本的な動作2モーター背上げ+脚上げ標準的な介護に対応3モーター背上げ+脚上げ+高さ高度な介護に対応。ベッドの高さが変えられるため、介護者の負担が軽減される4モーター以上背上げ+脚上げ+高さ+αベッド自体の傾斜が変更できる機能、立ち上がりサポート機能、体位変換機能など、さまざまな機能があり、より個々の細かいニーズに対応。 ベッド周りの物品は「厳選」し「コンパクトに配置」する ⼈⼯呼吸器を使用すると、人工呼吸器はもちろん、吸引器や排痰補助装置など、ベッドの周りに置いておく機器が増えます。限られたスペースの中で効率的に動けるよう、動線を考えてコンパクトにまとめることが大切です。 ■私の機器配置の工夫ここでは私が実際に配置している機器の配置⽅法をご紹介します(図4)。私は必要なものをできるだけコンパクトに置きたいため、1つのワゴンに人工呼吸器、吸引器、排痰補助装置、持続吸引器を載せています。⼈⼯呼吸器の加湿器もワゴンの⽀柱に固定してます。 図4 私の機器配置の工夫(一例として) ■カテーテルの保管方法⼝腔内と⿐腔内の吸引に必要なカテーテルは、洗濯バサミの⽳に通し、ワゴンの取⼿に固定して吊り下げています。気管カニューレ内を吸引するカテーテルは、特に清潔な状態を保つ必要があるため、壁から吊るして、⼈の⼿や身体などが触れない場所に保管しています。 在宅療養環境での一般的なカテーテルの保管⽅法としては、以下の2つが⽤いられることが多いです。私の場合、「(2)乾燥させて保管する方法」を採⽤しています。 (1)清潔な容器で保管する方法清潔な蓋つきの保存容器、または未開封の専⽤パック・滅菌袋に入れて保管する⽅法です。容器を再利用する場合は、十分に洗浄・乾燥させてから使用します。(2)乾燥させて保管する方法(私が採用している方法)風通しのよい場所で自然乾燥させて保管する方法です。カテーテルは水分が残ると細菌が繁殖しやすいため、しっかり乾燥させます。 病院では、基本的に吸引カテーテルを1回使⽤したら捨てるのが原則かと思いますが、在宅医療の現場では、使用できる吸引カテーテルの数が限られています。数日使用してから交換するケースが⼀般的なため、私はこのような方法で管理しています。 ■吸引カテーテルの色分け吸引カテーテルは太さによってコネクターの⾊が違います。私は、緑色の14Frを口腔内用、白色の12Frを気管カニューレ内用、黒色の10Frを鼻腔内用として使用しています。原則「鼻用は黒」など、吸引する部位ごとに色を分けておくと、家族が使うときにも間違えなくてよいかと思います。 ■通水ボトルの管理方法カテーテルを使⽤した後は、カテーテルの内腔に水道水を通して洗浄する必要があります。この時に使う水も、私はペットボトルに入れて、フックを取り付け、ワゴンに吊り下げています。気管吸引用カテーテルを通水する水は清潔な状態を維持しないといけないため、常にペットボトルの蓋を締め、⼝腔用・⿐腔⽤のペットボトルと間違えないようにしています。また、ペットボトルの⽔が半分以下になったら中⾝を破棄し、新しい⽔に交換します。ペットボトル自体は、週1回、新しいものに交換しています。 カテーテルや通⽔ボトルの管理⽅法は、家庭ごとに異なります。ここで紹介した方法は、1つの例として参考にしてください。 「enjoy!ALS 2」最終回の最後に― ALSと診断された⼈は、必ず⼀度は「死」を意識するでしょう。これまでずっと、⽣きることに前向きな情報だけを発信してきた私もそうでした。⼈は死を⾝近に感じたときに、改めて⾃分の⼈⽣について振り返るものです。 それが⼀瞬の出来事であれば「⾛⾺灯」と呼ばれるものなのかもしれません。⾃分の⼈⽣について振り返ったときに、⾃分は⼗分⽣きたのか? ⾃分の⼈⽣は満⾜なものだったのか? という問いについて考えさせられることになります。 当時35歳の私は、医師としてのキャリアも順調で、愛する家族もでき、⼈⽣には「希望」しかありませんでした。それが突然、⾃分はALSという病気であり、あと数年で死ぬかもしれないという予測不能な無慈悲な現実に直⾯しました。そのとき、⾃分の希望に満ちた未来は「絶望」という⾔葉に置き換わりました。絶望の中から⼀筋の希望を探し出し、前向きに⽣きていくことは、⾔葉ではとうてい表現できないほど、とてもつらく⼤変なことでした……。 私は「⼈の役に⽴ちたい」という強い思いから医師になり、医師の仕事が⾃分の⽣きがいでした。私の中の⼀筋の希望は「死ぬまで医師として、誰かの役に⽴てるように⽣き続けていこう」という決意でした。そんな⾃分の希望を守っていくために、さまざまな⼯夫を凝らしながら、もがき続けました。対⾯診療ができなくなったら遠隔診療に切り替え、⼿でカルテが書けなくなったら、⻭でカルテを書いてきたのです。 これからもさまざまな困難に直⾯すると思いますが、そのつど⼯夫を凝らしながら、もがき続けていきたいと思っています。そして、精⼀杯⽣きて、⼈⽣の最後にただ愛する妻と息⼦に「パパがんばってたね! かっこよかったね!」と⾔ってもらえたら、きっと⾃分の⼈⽣はとても有意義で素晴らしいものだったと思えることでしょう。そんな⽣き⽅をしたいものです。 コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

腎不全の緩和ケアがよく分かる 在宅での保存的腎臓療法(CKM)とは
腎不全の緩和ケアがよく分かる 在宅での保存的腎臓療法(CKM)とは
特集
2026年5月19日
2026年5月19日

腎不全の緩和ケアがよく分かる 在宅での保存的腎臓療法(CKM)とは

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回のテーマは「腎不全」。その中でも末期腎不全(ESKD)に対する在宅での保存的腎臓療法(CKM)について、東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所の岡田絵里先生に、進行に伴う苦痛症状とその対応、患者さんのQOL向上のために検討すべきことを解説いただきます。 はじめに わが国では、慢性腎臓病(CKD)を有する患者数は約2,000万人(成人の約5人に1人)1)とされ、75歳以上の高齢者における有病率は34.6%(約3人に1人)に上ると推算されます2)。また、ESKDに対して血液透析を中心とした腎代替療法が行われてきましたが、透析導入患者の平均年齢は今や約71歳3)を超え、重度の心不全や認知症など、体外循環がハイリスクとなるケースも少なくありません。 超高齢社会における腎不全治療の在り方が問われており、近年は腎代替療法を選択せず、ESKDに伴う症状緩和を主軸とするCKMを選択する症例も増加しています。本稿では在宅療養下でCKMを選択された腎不全患者さんを対象とした緩和ケアについて概説します。 腎不全とは 疾患の概要 腎不全とは、腎臓の機能が低下し、老廃物や余分な水分、電解質の排泄や調整ができなくなる状態です。高齢腎不全の多くの症例では、糖尿病・高血圧・加齢などを背景に緩徐に腎機能の低下が進行し、ESKDに至ります。このようなケースでは亡くなる1~2ヵ月前まで身体機能が比較的保たれ、末期がんのような病の軌跡をたどることが特徴です。 一方で、腎不全の原疾患や他臓器の併存症によって、腎機能の急性増悪を繰り返しながら段階的に腎機能が低下していく症例もあり、過去の腎機能の推移から今後の経過を個別に予測する必要があります。 進行の特徴と終末期の変化 病期の進行とともに、浮腫、倦怠感、食欲不振、呼吸困難、皮膚のかゆみ、意識障害などが段階的に現れます。糸球体濾過量(eGFR)が10mL/分/1.73m2未満となり終末期が近づくと、尿量の著しい減少、傾眠傾向の増加、せん妄、けいれん、昏睡といった尿毒症による症状もみられます4)。特にCKMを選択される場合は、終末期に向けて症状のコントロールがより重要になってきます。 ESKDに伴う主な苦痛症状とその対応 米国で腎緩和ケアサービスを受けていたESKD患者335 名における5大症状は、呼吸困難(63.7%)、倦怠感(51.8%)、浮腫(48.2%)、疼痛(44.2%)、食欲不振(38.1%)5)であったと報告されています。そのほかの苦痛症状も含め、観察ポイントとケア・対応を表1にまとめました。 表1 ESKDに伴う主な苦痛症状と観察ポイントおよびケア・対応 苦痛症状観察ポイントケア・対応呼吸困難・浮腫・体液過剰   ・血圧・体重・SpO2・塩分制限・在宅酸素療法・ベッドのギャッジアップ・顔に冷風を当てる・利尿薬の増量・薬物治療:オピオイド※、抗不安薬(オピオイド無効時)倦怠感・高度の貧血や心不全の有無・薬剤性(抗ヒスタミン薬、オピオイド※、睡眠薬など)・抑うつ・貧血の是正(薬物治療:腎性貧血治療薬〔ESA やHIF-PH 阻害薬など〕)・原因薬剤の減量・中止:抗ヒスタミン薬、オピオイド※、睡眠薬などによる倦怠感の可能性を検討・抑うつがある場合は抗うつ薬を検討疼痛・NRS(数値的評価スケール)・痛みの性質・増悪寛解要因・神経障害性疼痛の場合:薬物治療(プレガバリン、ガバペンチンなど)・侵害受容性疼痛の場合:薬物治療(アセトアミノフェン、トラマドール、オピオイド※など)食思不振・悪心・嘔吐・食事量・体重・排便管理・食事の少量頻回摂取・薬物治療:制吐薬、六君子湯など・リン吸着薬やカリウム吸着薬などの減量・中止の検討・難治性の場合:薬物治療(オランザピン)せん妄・意識障害・意識レベル・症状の変動・羽ばたき振戦の有無・介入可能な原因検索(電解質異常や感染症、便秘や尿閉など)・せん妄に対する環境調整(日中の覚醒を促す、眼鏡や補聴器の適正使用など)・活動性せん妄に対する薬物治療:抗精神病薬(クエチアピン〔糖尿病患者では禁忌〕、ペロスピロンなど)・臨死期における尿毒症による意識障害は苦痛がなければ介入を行わないことも多い皮膚掻痒・掻把痕・皮膚乾燥の確認・スキンケア、保湿、天然繊維の肌着の使用・薬物治療:抗ヒスタミン薬、ナルフラフィン(抗ヒスタミン薬が効きにくい場合。保存期CKD では適応外)むずむず脚症候群・日内変動の確認・鉄欠乏の有無・薬剤性(抗精神病薬や抗うつ薬など)・カフェインやアルコール摂取を控える・鉄分の補充・薬物治療:プレガバリン、プラミペキソールなど便秘・便の性状・薬剤性(リン吸着薬、カリウム吸着薬など)・原因薬剤の減量・変更:リン吸着薬、カリウム吸着薬・薬物治療:上皮機能変容薬(ルビプロストン、エロビキシバット)、浸透圧性下剤(ポリエチレングリコール)など⇒腎機能低下患者では酸化マグネシウムを避ける(高マグネシウム血症への注意が必要) ※腎不全におけるオピオイドの使用モルヒネは、有害な代謝産物(モルヒネ-3-グルクロニド〔M3G〕)が蓄積し、せん妄やミオクローヌスなどを起こしやすくなるため、eGFR30mL/分以下の場合、使用は原則禁忌とされています。オキシコドン、ヒドロモルフォン、トラマドールは、減量して慎重に投与します。ブプレノルフィンやフェンタニルは腎不全でも比較的安全に使用可能ですが、いずれも内服薬がない点に留意する必要があります。非がん進行性疾患の呼吸苦に対するオピオイドの使用は知見に乏しく、現状はエビデンスが担保されていませんが、一定の効果が得られることもあり、使用を検討します。 患者さんのQOL向上のためにできること ポリファーマシー対策 腎不全患者さんは、高血圧や糖尿病、脂質異常症、心疾患などの多疾患並存を抱える場合、内服薬が多くなる傾向にあります。ある研究によると、CKDステージG4(腎機能が高度に低下した状態)およびG5(ESKDの状態)では、6剤以上のポリファーマシー状態にある患者さんの割合が、それぞれ84%、74%であったと報告されています6)。 CKMを選択される患者さんにおいては、長期的な生命予後よりも、QOLや短期予後をより重視した処方設計が望ましい場合もあります。例えば、便秘になりやすい症例や服薬アドヒアランスに懸念がある症例においては、血清リンのコントロール目標は緩くし、リン吸着薬の減量・中止を検討してもよいかもしれません。高カリウム血症を呈する症例では、アシドーシスに対する炭酸水素ナトリウムを使用することで、カリウム吸着薬による便秘を避けられる可能性があります。 個々の症例に応じて処方を見直し、患者さんの治療負担の低減を図ることができるとよいでしょう。 食事制限は患者さんのQOLを重視 CKDの食事療法に関しては、一般的にタンパク・リン・カリウムなど、多くの制限が提示されます。しかし、高齢CKD患者さんではそもそも食事摂取量が低下し、サルコペニアの合併例も多いことから、栄養指導にも留意が必要です。 『CKD診療ガイド2024』(日本腎臓病学会編)では、サルコペニアを合併したCKDでのタンパク制限の緩和についても言及されています7)。食事はQOLに直結する人生の愉しみでもあり、高齢CKM症例における食事制限に関しても、主治医と相談の上で適宜緩和を検討すべきでしょう。 アップデートしておきたい知識 腎不全の緩和ケアに対する関心の高まりから、令和 8 年度診療報酬改定において緩和ケア病棟の対象疾患として新たに腎不全が加わり、また腎臓病対策推進の一環として緩和ケア提供体制の整備を含めた診療加算が新設されました8)。 在宅で受けることができる透析治療として、腹膜透析(PD)への関心も高まっています。血液透析と比較し、通院負担や体外循環による心血管系の負担が少ないことがメリットである一方、高齢患者さんでは自身での管理が難しいケースも少なくありません。訪問看護師によるサポートで在宅PDを導入・継続するassisted PDの広がりが期待されます。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)ESKD:end-stage kidney disease(末期腎不全)CKM:conservative kidney management(保存的腎臓療法)QOL:quality of life(生活の質)CKD:chronic kidney disease(慢性腎臓病)eGFR:estimated glomerular filtration rate(推算糸球体濾過量(値))SpO2:saturation of percutaneous oxygen(経皮的動脈血酸素飽和度)ESA:erythropoiesis stimulating agent(赤血球造血刺激因子製剤)HIF-PH:hypoxia-inducible factor-prolyl hydroxylase(低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素)NRS:numerical rating scale(数値的評価スケール)PD:peritoneal dialysis(腹膜透析) 執筆:岡田 絵里東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所 筑波大学医学類卒業後、腎臓専門医・透析専門医・総合内科専門医を取得。在宅医として高齢者腎不全診療にアプローチしていきたいと考えています。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)日本腎臓学会編:CKD診療ガイド 2024.東京医学社,東京,2024:ⅳ.2)Kobayashi A,Hirano K,Okuda T, et al.:Estimating the prevalence of chronic kidney disease in the older population using health screening data in Japan.Clin Exp Nephrol 2025;29(3):276-282.3)正木崇生,花房規男,阿部雅紀,他:わが国の慢性透析療法の現況.日本透析医学会雑誌 2024;57(12):543-620.4)鈴木利彦監修,坂井正弘編:腎不全の緩和ケア.東京,南山堂,2025:47.5)Kwok AO,Yuen SK,Yong DS,et al.:The Symptoms Prevalence, Medical Interventions, and Health Care Service Needs for Patients With End-Stage Renal Disease in a Renal Palliative Care Program.Am J Hosp Palliat Care 2016;33(10):952-958.6)坂本愛,浦田元樹,岩川真也,他:慢性腎臓病を有する高齢者のポリファーマシーにおける有害事象の潜在的リスク因子に関する検討.日本腎臓病薬物療法学会誌 2018;7(1):13-23.7)日本腎臓学会編:成人CKD患者への栄養管理.CKD診療ガイド 2024,東京医学社,東京,2024:55-58.8)厚生労働省:令和8年度診療報酬改定について 【医科全体版】 令和8年3月6日版.2026:379.2026/4/27閲覧

梅雨バテ 訪問看護師向けケアガイド
梅雨バテ 訪問看護師向けケアガイド
特集
2026年5月19日
2026年5月19日

梅雨バテと隠れ脱水を見逃さないために|1,030人調査×内科医監修の訪問看護師向けケアガイド

梅雨の時期に体調不良を感じる人は約4割——。株式会社リーフェホールディングスが2026年3月に1,030人を対象に実施した調査で、そんな実態が明らかになりました。さらに2026年は3月の寒暖差が例年より大きく、自律神経がすでに消耗した状態で梅雨を迎えるため、例年以上に症状が深刻化しやすいと考えられます。支援が必要な訪問看護の利用者さんにとって、梅雨バテは脱水・転倒・既往症悪化への入口になり得る見逃せない症状です。本記事では内科医の立場から、現場で今すぐ使えるアセスメント・ケアの知識を解説します。 梅雨バテとは——夏バテとの違いを理解する 梅雨バテとは、梅雨の時期に特有の環境変化(気圧の低下・高湿度・日照不足)が複合的に重なることで自律神経が乱れ、心身にさまざまな不調をきたす状態の総称です。「夏バテ」と混同されることが多いですが、発症のメカニズムは異なります。 梅雨バテ夏バテ主な時期6月〜7月上旬7月〜8月主な原因気圧変動・高湿度・日照不足高温・高湿度・冷房による体温調節の乱れ中心症状だるさ・頭痛・メンタル不調・睡眠障害食欲不振・疲労感・体力消耗特徴自律神経の乱れが主体体力・栄養の消耗が主体 この違いが訪問看護の現場で重要なのは、「気温がまだ高くないから大丈夫」という先入観が、梅雨バテや隠れ脱水の見落としにつながりやすいからです。また、気圧変化に伴う不調は「気象病」「天気痛」とも呼ばれ、日本生気象学会の研究によると天気の変化で体調不良を訴える人は全体の約7割にのぼるとされています。 潜在的な患者数は国内に1,000万人以上と推計されており、梅雨バテはその代表的な症状です。訪問看護の利用者さんだけでなく、訪問看護師のみなさん自身にも影響が出やすい時期であることを覚えておいてください。 梅雨バテの症状【1,030人調査データ】 株式会社リーフェホールディングスが2026年3月に実施した「春の不調に関する実態調査」(n=1,030人)では、6月に不調を感じた402人に対して具体的な症状を尋ねました(複数回答可)。上位5位の結果は以下の通りです。 順位割合 割合1位 だるさ 73.1%2位 頭痛・眩暈 60.4%3位 肩こり・腰痛 45.5%4位 無気力 39.1%5位 眠りが浅い 35.6% (株式会社リーフェホールディングス「春の不調に関する実態調査」2026年3月・n=1,030人) 注目したいのは、「だるさ」「頭痛」といった身体症状に加え、「無気力(39.1%)」という精神面の不調が4位に入っている点です。 訪問看護の現場でこうした変化に気づいたとき、それは「異変を察知するきっかけ」になります。ただし、反応の鈍さや意識の変化は脳血管障害・重度脱水・低ナトリウム血症など重大な疾患でも現れるため、まずバイタル測定と意識レベルの確認を行い、重篤な原因を除外することが先決です。そのうえで環境的な背景(梅雨・気圧変化)と照らし合わせ、梅雨バテの関与を考えてください。 支援が必要な利用者さんにとって、梅雨バテの症状は日常生活に直結します。だるさや無気力が続けば活動量が落ち、廃用症候群につながる可能性があります。頭痛や眩暈があれば立ちくらみから転倒につながることもありますし、食欲不振が重なると服薬が不規則になり既往症に影響が出ることも考えられます。「なんとなく元気がない」というサインを早めにキャッチして関わることが、在宅生活の安定を支える第一歩です。 梅雨バテが日常生活に与える影響【調査データ】 同調査で4〜6月に不調を経験した980人に「不調時に本来の自分の何%で動けているか」を尋ねたところ、78.9%が「80%未満」と回答しました。 パフォーマンス割合80〜100%(ほぼ変わらない)21.1%50〜79%(ミスが増える・動きが遅い)57.0%20〜49%(最低限のことしかできない)18.1%0〜19%(休みたい・何も手につかない)3.8% (株式会社リーフェホールディングス「春の不調に関する実態調査」2026年3月・n=1,030人) 不調を感じた人の約6割が「ミスが増える・動きが遅い」状態にあります。訪問看護の利用者さんの場合、このパフォーマンス低下は服薬管理のミス・転倒リスクの上昇・水分摂取量の低下として現れやすく、より深刻な事態に発展するリスクがあります。 また見落としがちですが、介護をしているご家族も同様の影響を受けている可能性があります。ケアの質が全体的に落ちやすい時期として認識しておくことが大切です。最悪の場合、うっかり服薬管理のミスにつながることもゼロではありません。「家族の介護力も季節によって変わる」という視点を持ちながら、訪問時に服薬カレンダーの確認や一包化の提案をさりげなく行うことが、利用者さんとご家族の両方を支えることになります。 梅雨バテの3つの原因——医学的メカニズム (1)気圧の低下による自律神経の乱れ 梅雨は低気圧が長期間持続します。耳の奥にある「内耳」は気圧を感知する精密なセンサーとして機能しており、気圧が低下すると前庭神経が過剰に反応し、自律神経のバランスが崩れます。自律神経には「交感神経(活動モード)」と「副交感神経(休息モード)」の2系統があり、低気圧が続くと副交感神経が優位になりやすく、体が常に「休息モード」に傾きます。これがだるさ・眠気・意欲低下の本質的な原因です。 また、低気圧の影響でヒスタミンという炎症・発痛物質の産生が増えることが知られており、頭痛・肩こりの増悪につながります。 (2)高湿度による体温調節機能の低下と「隠れ脱水」 梅雨時期は湿度が80〜90%に達することもあります。高湿度環境では汗が蒸発しにくく、体内に熱がこもった状態(うつ熱)が続きます。これがだるさや倦怠感の主な原因のひとつです。 さらに見落とされがちなのが「隠れ脱水」のリスクです。「梅雨はまだ涼しいから水を飲まなくていい」という認識のまま、気づかないうちに水分不足が進行するケースが多くあります。高齢者は口渇感が鈍化していることが多く、自覚なく脱水が進むリスクが特に高い点に注意が必要です。 (3)日照不足によるセロトニン・メラトニン分泌の乱れ 太陽光を浴びることで分泌されるセロトニン(幸福ホルモン)は、気分の安定や意欲の維持に不可欠な神経伝達物質です。梅雨の時期は晴天が少なくなることでセロトニンの分泌が低下し、気分の落ち込み・無気力感・不安といった精神症状が現れやすくなります。 またセロトニンは睡眠ホルモン「メラトニン」の前駆体でもあるため、睡眠の質の低下や日中の眠気にも直結します。 訪問看護師が押さえておきたいポイント 梅雨バテは自己申告されにくい症状です。特に高齢の利用者さんは「年のせい」「大げさにしたくない」と思い、体調変化を積極的--に伝えないことが多くあります。以下のチェックリストを訪問時のアセスメントにそのままご活用ください。なお、チェックリストの使用はバイタルサインと意識レベルに大きな変化がないことを確認したうえで行ってください。 【梅雨バテチェックポイント】 表情・言動の変化 いつもより口数が少ない・反応が遅い 「なんとなくだるい」「ぼーっとする」という訴えがある 何もしたくない、外に出たくないという意欲の低下がある ぼんやりしている・会話が噛み合わない 隠れ脱水のサイン 口腔内・口唇の乾燥がある 皮膚をつまんで戻りが遅い 尿の色が濃い・回数が少ない 腋窩に発汗がない(体温調節機能低下の危険なサイン) 血圧低下・脈拍増加がある 生活環境の確認 室温28℃以上・湿度60%以上になっていないか エアコンを使っていない・使い慣れていないか 水分補給がアルコールやコーヒー中心になっていないか 食事量や睡眠に変化が出ていないか 服薬が正しく行われているか 【特に注意が必要な利用者さん】 高齢(口渇感の鈍化により自覚なく脱水が進みやすい)  心疾患・腎疾患・糖尿病などの基礎疾患がある  利尿薬・降圧薬・抗コリン薬など脱水リスクを高める薬剤を服用中  日中独居、またはほぼ動かない生活をしている  エアコンを使わない、または使い慣れていない 1つでも該当する項目がある場合は、梅雨バテの可能性を念頭に置いた観察と早めのケア介入を検討してください。 最新研究に基づく梅雨バテの対策 (1)内耳ケア——耳まわりのマッサージ 内耳は気圧変化を感知するセンサーとして機能しており、血流を改善することで自律神経の過剰反応を抑える効果が期待できます。道具は不要で座ったままできるため、利用者さんへそのまま指導しやすいケアです。訪問時に一緒に実施してみるのもよいでしょう。 やり方(1回約1〜2分) 両手の親指と人差し指で耳全体を軽くつまみ、上・下・横に5秒ずつゆっくり引っ張る 耳全体を後ろ方向にゆっくり5回まわす 耳を折り畳むように前に倒し、5秒キープする 手のひらで耳全体を覆い、後ろ方向に円を描くように5回まわす 雨の日の朝や、体調変化を感じたタイミングで行うのが効果的です。 (2)腹式呼吸——迷走神経を刺激して副交感神経を整える 深くゆっくりとした腹式呼吸は横隔膜を動かし、迷走神経を介して副交感神経を直接活性化します。 座位・臥位どちらでも実践できるため、在宅でのケアに取り入れやすい方法です。 手順:鼻から4秒吸ってお腹を膨らませ、口から8秒かけて吐く。5〜10回を目安に、起床時・就寝前に習慣化する。 (3)適切な水分補給と経口補水ドリンク 水分摂取量は1日の目安として1.5〜2リットルで、時間を決めてこまめに摂ることが大切です(腎疾患・心不全のある方は担当医の指示量を優先してください)。水や麦茶が適していますが、身体がだるい場合には水と電解質を同時に補給できる経口補水液が特に有効です。以下のレシピで自宅でも簡単に作ることができます。 橋本医師考案:手作り経口補水ドリンクレシピ(コップ1杯・約200ml分) 材料分量水200mlレモン汁大さじ1リンゴ酢小さじ1オリゴ糖大さじ1はちみつ大さじ1+小さじ1塩ひとつまみ コップに水を注ぎ、すべての材料を加えてよくかき混ぜるだけで完成です。ビワ・パイン・キウイ・梅・桃・ミントなど旬のフルーツを加えるとさらに飲みやすくなります。なお、アルコールやコーヒー・緑茶には利尿作用があるため、水分補給の代わりとして摂取すると脱水が進む可能性があります。飲み物の「量」だけでなく「中身」も確認することが重要です。 [注意事項]・塩分・糖分の制限がある利用者さんへの提供は、事前に担当医または管理栄養士へご相談ください。・作り置きは雑菌繁殖のリスクがあるため、作ったその日のうちに飲み切るようにしてください。 (4)栄養バランスのとれた食事 梅雨バテの症状を和らげるためには、自律神経のサポートに関わる以下の栄養素を意識した食事が効果的です。 栄養素 期待できる効果 主な食材ビタミンB群 疲労回復・自律神経のサポート 豚肉・玄米・納豆・バナナビタミンC 抗酸化作用・免疫力の向上 レモン・キウイ・ピーマンマグネシウム 自律神経の安定 豆腐・ひじき・アーモンドタンパク質 免疫力の維持・疲労回復 鶏肉・魚・大豆製品発酵食品 腸内環境を整え自律神経に好影響 ヨーグルト・納豆・キムチ 食事の準備が難しい利用者さんには、品数の多い定食や宅配食の活用もご提案ください。腸内環境と自律神経には密接な関係があることが近年の研究で示されており、発酵食品の積極的な摂取は梅雨バテ対策としても注目されています。 (5)生活リズムの維持と室内環境の整備 自律神経の乱れを防ぐためには、規則正しい生活リズムを保つことが基本です。毎朝同じ時間に起床し、雨天でも室内の電気をつけて明るい環境を作ることで、体内時計のリセットを促せます。また37〜38℃のぬるめの入浴は副交感神経を適度に活性化させ、睡眠の質向上にも効果的です。 室内環境については、高齢の利用者さんが「暑くないからエアコンは不要」と判断して室温・湿度が上がり続けているケースが多く見られます。訪問時に室温28℃以下・湿度60%以下を目安に環境を確認し、必要であればエアコンの適切な使用を促してください。 利用者さん・ご家族への現場での活用ポイント 訪問看護の現場では「気持ちの問題だと思っていた」「梅雨だから仕方ない」という声が多く聞かれます。まず「気圧変化による医学的な症状であること」を伝えることが、利用者さんの安心感と行動変容の第一歩になります。現場では次の3点を優先して確認・指導するのが実践的です。 水分補給の中身を確認する:量だけでなく、アルコール・コーヒー中心になっていないかをさりげなく聞く。「1時間に1回コップ半分」を目安として伝えると習慣化しやすい。 室内環境を目で確認する:エアコンの使用状況・室温・湿度を訪問のたびにチェックする。「電気代より命が大事」と丁寧に伝えることが高齢の利用者さんには特に有効。 介護家族にも声をかける:ご家族自身も梅雨バテの影響を受けているケースが多い。「一緒にケアしましょう」というスタンスが介護の持続性にもつながる。 こんな症状は受診を——梅雨バテと他疾患の見極め 「梅雨バテかもしれない」と思っても、他の疾患が隠れているケースがあります。以下の症状が続く場合や、梅雨バテ対策をとっても改善しない場合は、早めに受診を促してください。 症状・所見 疑われる疾患 受診先だるさ・むくみ・寒がり・体重増加が続く 甲状腺機能低下症 内科著明な倦怠感・動悸・顔色不良 鉄欠乏性貧血 内科市販薬が効かない持続的な頭痛・吐き気片頭痛・高血圧・脳血管疾患 内科・神経内科強いめまい・耳鳴り・難聴 メニエール病・突発性難聴 耳鼻咽喉科気分の落ち込み・無気力が2週間以上続く うつ病・適応障害 心療内科・精神科 訪問看護師として大切なのは、「梅雨バテかもしれないが、梅雨バテではないかもしれない」という視点を常に持つことです。症状が想定より強い・長引く・急激に悪化する際は、積極的に担当医師へ報告・相談してください。 まとめ 梅雨バテは「気のせい」でも「年のせい」でもなく、医学的な根拠をもつ体調不良です。適切なケアで症状を大きく和らげることができます。訪問看護の現場で「なんとなく元気がない」利用者さんに気づいたとき、本記事のアセスメントの視点とケアの知識がその一助になれば幸いです。また、皆さん自身の体調管理にもお役立ていただければ幸いです。 【調査概要】調査名:春の不調に関する実態調査実施者:株式会社リーフェホールディングス調査対象:全国の男女有効回答数:1,030人調査方法:インターネット調査 執筆:橋本 将吉現役内科医。『西新宿セルフライフ内科クリニック 』院長。2011年に「医学教育という専門領域から、日本と世界の明るい未来を創造する」という理念のもと、株式会社リーフェホールディングス(旧株式会社リーフェ)を設立。将来の医師を育てる医学生向けの個別指導塾『医学生道場』の運営や、自らが『ドクターハッシー(内科医 橋本将吉)』というYouTubeで健康教育を行う。2022年9月に、健康や医学を医師から学ぶ事のできるサービス『ヘルスケアアカデミー』をリリース。ヘルスケアアカデミー事業の一環として企業や学校などでセミナーを開催している。また、2023年11月には現役の医師目線で日々を健康に暮らすためのアイテムを扱うライフスタイルブランド「ハシモトマサヨシ」を立ち上げ、乳酸菌飲料「乳酸菌V28」や睡眠グッズ「お疲れさまくら」などの商品を展開している。「めざましテレビ」「ホンマでっか!TV」「櫻井・有吉THE夜会」など多数のテレビ番組の出演、「世界一受けたい授業」「林修の今、知りたいでしょ!」など、人気番組の医療監修を手掛け、著書に『薬のトリセツ』(自由国民社)『「老いても元気な人」と「どんどん衰えていく人」ではなにが違うのか』(アスコム)などがある。リーフェホールディングス:https://li-fe.co.jp/医学生道場:https://igakuseidojo.com/ヘルスケアアカデミー:https://healthcare-academy.co.jp/ハシモトマサヨシ:https://hashimotomasayoshi.co.jp/

× 会員登録する(無料) ログインはこちら