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特集
2021年12月14日
2021年12月14日

第6回 ハラスメント、育児・介護と仕事の両立支援編/[その2]パワハラとアンガー・マネジメント 自分が加害者にならないために

2019年に改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)が成立し、2020年6月から大企業で施行されました。そして、2022年4月からは中小企業においても本格施行される予定です。前回はセクハラについて扱いましたが、今回扱うパワハラについても、今後は本腰を入れた対応が求められます。本サイトの読者の方々には事業所の管理者層の方も多いかと思いますが、管理者の方が特に注意しなければならないのは「自分がパワハラの加害者になっていないか?」ということです。 ここでは、何がパワハラになるのかをご説明し、さらに「アンガー・マネジメント」という手法をご紹介します。 実は私は、事業所のスタッフの中でどうしても苦手な人がいます。後輩なのですが、私の方針に口出ししてくるんです。それがまた、いちいち正しい指摘なので腹が立ってしまって……苦手意識があるので、その後輩にはできるだけ仕事を与えないようにして、口出しをされないようにしたいなと思っています。これは、許されることでしょうか?いいえ、パワハラに当たる可能性があるのでやめておいたほうがよいでしょう。 パワハラの定義 法的には、パワハラとは、以下の3つの要件をすべて満たすものを指します。 【労働施策総合推進法30条の2第1項】①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより③その雇用する労働者の就業環境が害されるもの ①は、上司が部下に嫌がらせをする場合が典型です。ただし上司よりも部下のほうが専門知識をもっているような場合に、部下が上司に業務上の嫌がらせをすればパワハラになることもあります。 ②は重要です。つまり、業務上の指導が何でもかんでも「パワハラだ」と言われてしまうと、上司は部下に何も注意ができなくなってしまいます。そのため、「業務上必要かつ相当な範囲」の指導は許されます。逆に、そういった範囲を超えた「行き過ぎた指導」がパワハラになるということです。熱心に指導していたつもりが実はパワハラになっていた……なんてことにならないように注意しましょう。 ③は、「それをされたら普通の人だったら嫌だと思うよね」といえるかどうかで判断します。特別に傷つきやすい人が、普通の指導で傷ついたとしても、それはパワハラとはいえません。 パワハラにも6つの種類がある 前回の記事で書きましたように、厚生労働省はセクハラについて詳細な指針を出していますが、パワハラについても詳細な指針を出しています。事業所におけるパワハラ対応は、基本的にこの指針に沿って行うことが求められます。 この指針では、どういった行為がパワハラに当たるのかについて6つの分類をしています。これはとても重要な分類なので、ぜひ覚えておいてください。 【厚生労働省のパワハラ6分類】(1)身体的な攻撃(暴行・傷害)(2)精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)(3)人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)(4)過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)(5)過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)(6)個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)(詳細は以下のURLの3ページ目以降を参照してください。厚生労働省『パワハラ防止指針』https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf) ご質問のケースを6つの分類に当てはめてみよう ご質問のケースでは、「後輩にはできるだけ仕事を与えないようにしたい」ということですが、その理由が「後輩に正しい指摘をされて腹が立つから」というのでは、上司として合理的な理由があるとはいえないでしょう。 そのため、6つの分類の「(5)過小な要求」に該当するおそれが高いといえます。上司であるならば、部下に対して自らの非を認められるだけの器量を持ちたいものです。 なお、パワハラについて事業所が行うべきことは、前回の記事に書きました10個の対処と基本的に同じですので、そちらをご覧ください。 コラム 「アンガー・マネジメント」を学ぼう! 管理職の中には、「最近の自分は、どうも怒りっぽくなったなあ。どうしてこんなに怒ってしまうんだろう……昔はこうじゃなかったのに……」と悩んでいる人もいるかもしれません。 そのような人は、ぜひ、「アンガー・マネジメント」を学んでみてください。これは「自らの怒りをコントロールする手法」をいいます。 「アンガー・マネジメント」で検索すれば多くの書籍が出てきますので、詳細はそちらに譲るとして、ここでは大枠をご説明します。 人は、仕事に慣れて一通りのことができるようになり、自信がついてくると、知らず知らずのうちに、自分の中に「自分だけの常識」を作ってしまいます。「どうしてこれができないの!」「この仕事はこうやって進めるべきでしょ!」「そんなの当たり前でしょ!」「そんなの常識でしょ!」といったことをよく言ってしまう人はいませんか? この「どうして」「べき」「当たり前」「常識」といった言葉を使ってしまう人は、要注意です。自分の中に「自分だけの常識」を作ってしまっている可能性があるからです。 そして人は、この「自分だけの常識」に反することをされると怒りがわいてくると言われています。例えば、あなたが「朝は始業時間の30分前には職場に来ているべきだ」という「常識」を持っている場合には、後輩が始業時間の5分前に来ると怒りがわいてくるでしょう。 ポイントは、このような常識は経験を積まないと作られないということです。つまり、パワハラとは、経験を積んだ職業人にありがちな典型的な落とし穴・症状と言えるのです。 かつてのタバコの煙のように、パワハラ防止法が施行されるこれからの社会においては、「怒りの感情」は、社会から煙たがられ、疎まれる存在になるでしょう。その意味で、アンガー・マネジメントは、今後、必須のビジネス・スキルになると思います。 アンガー・マネジメントの出発点は、「自分だけの常識」が何かを知ることから始まります。ぜひ、一度しっかりと内省し、ご自身の心の声に耳を傾けてみてください。 ・どういった行為がパワハラに当たるのかは厚生労働省のパワハラ6分類を確認しましょう。・自分がパワハラをしないために「アンガー・マネジメント」を学びましょう。 ** 前田 哲兵 弁護士(前田・鵜之沢法律事務所) ●プロフィール医療・介護分野の案件を多く手掛け、『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』(共著)で、医療・ヘルスケア・介護分野を担当。現在、認定看護師教育課程(医療倫理)・認定看護管理者教育課程(人事労務管理)講師、朝日新聞「論座」執筆担当、板橋区いじめ問題専門委員会委員、登録政治資金監査人、日本プロ野球選手会公認選手代理人などを務める。所属する法律事務所のホームページはこちらhttps://mulaw.jp/ 記事編集:株式会社照林社

インタビュー
2021年12月7日
2021年12月7日

同僚や事業所に遠慮しすぎないで、気になる症状があったらすぐに受診を

産婦人科医の稲葉可奈子先生に、訪問看護師として働く女性の健康について語っていただきました。 受診しにくい訪問看護師の仕事環境 在宅の患者さん宅への移動の毎日で、深夜待機も多い訪問看護師は、病棟勤務の看護師とは異なるご苦労があるでしょう。時間に追われる日々を過ごしていると、どうしても患者さんたちを優先し、自分のヘルスケアは後回しになりがちではないでしょうか。女性特有の不調があっても、受診するためには、シフトの調整や申し送りに、何かと手間がかかりますよね。事業所や同僚に自分の都合で迷惑はかけられない、勤務に穴は空けられないという責任感が強く、なかなか受診しにくいのが現状かと思います。 仕事より自分の体。受診をためらわないで ちょっと最近、調子が悪い。でもたいしたことはない、大丈夫。そう自己判断して放置したことにより、重大な病気を見逃してしまうことがあります。 特に放置されやすいのが不正出血です。自分はもともと生理不順だし、不正出血があったが少量だからと様子をみていたところ、実は子宮がんだったということもあります。 もっと早く受診してくれたらと悔やまれるケースは、私の患者さんにもいました。ただの不正出血だと思って数か月放置しておられました。実は子宮頸がんによる出血で、受診したときには手術できないほど進行していたのです。 もちろん、気になる症状でも、問題のないものが多いことは事実です。ですが、問題がないかどうかは受診してみないとわかりません。自己判断も油断も禁物です。 受診の時間を作ることをためらわないでください。事業所に対しても遠慮せずに、まずは相談してほしいと思います。 受診を先延ばしにしたために病気の発見が遅れ、その結果、仕事ができなくなってしまったら、自分の人生にも大きなダメージを与えてしまいます。後悔しないように、気になる症状があったら、できるだけ早く受診することを心がけましょう。 仕事をちょっと休んでも、代わりは誰かがしてくれますが、母親や妻、娘の代わりはいないのです。家族にとって自分がかけがえのない存在であること。それを念頭に置いておくと、セルフケアにも気合が入ります。 生理痛など治療で改善できる症状は多い 生理周期にまつわる症状で困っているなら、ぜひ一度、婦人科を受診してみてください。 生理痛や経血の量が多すぎる、生理前にイライラするなどの症状は、我慢しなければいけないものではなく、適切な治療で改善します。相談に来てくれるだけで、その人に適した治療によって、症状を軽減させることができます。 更年期症状の場合も同様です。更年期が原因かどうかはわからなくても、困っているなら我慢せずに相談してください。 訪問看護師の場合は、仕事柄トイレに自由に行けない場合が多いですよね。経血が多い場合は、ナプキンだけでは何時間ももたないでしょう。日常生活や仕事に影響がある場合は、気軽に婦人科へ相談にいらしてください。婦人科受診はQOLを高め、結果的に仕事のパフォーマンス向上にもつながるのです。 周囲の医療従事者は信頼できる情報源 受診をためらう大きな要因が「婦人科はハードルが高い」と思われているからだと思います。 これは女性全般にいえることですが、医療に携わっている看護師自身も、実は例外ではありません。医学知識があるため、症状に関してある程度判断できるという自信も、なかなか受診しない要因のひとつかもしれませんね。 婦人科受診のハードルを下げるには、まずは身近な人から情報を集めることです。 訪問看護師仲間や看護学校時代の友人、あるいは同じチームのケアマネさん、ヘルパーさんなどに聞いてみれば、受診しやすい先生を教えてくれるかもしれません。婦人科でなくとも、話しやすい医師が身近にいる場合は、症状を相談してみましょう。 訪問看護師の周囲には医療従事者がたくさんいるので、信頼できる口コミが期待できると思います。 オン・オフの区切りをつけることがストレスをためないコツ 働く女性は、仕事をしながら育児と家事も両立させている人が多くいます。時間のやり繰りや、思いどおりにならないことの小さなストレスがたまり、それが体の不調につながる場合があります。体と心は結びついていますから、ストレスをためない工夫をしたいですね。 私は大学院時代に1人、臨床に戻ってから3人の子どもを出産し、現在も育児の真っただ中にいます。「フルタイムの仕事と育児の両立で大変でしょう」と言われることが多いですが、日中は子どもたちを保育園に預けて仕事に集中、夜は子どもたちと過ごす、と生活にオン・オフをつけることでストレスを回避しています。仕事を引きずっていると、知らず知らずに心が疲れていくので、オン・オフの切り替えはとても大切だと思います。 ストレスをためないようにするには、家事を完璧にしようと思わず、適度に手抜きをすることも大切です。ストレスになりそうなことがあったら、夫や友人などに愚痴を聞いてもらうのも効果的です。 仕事による緊張状態から自分を解放してリラックスするために、ヨガやストレッチ、アロマテラピーの時間を作ったり、映画でも読書でも料理でも好きなことをする時間をとったり、腰痛などの改善も兼ねて整体を利用するのもいいと思いますよ。 ** 稲葉可奈子(産婦人科専門医、医学博士)京都大学医学部卒業後、東京大学大学院で博士号取得。現在は関東中央病院産婦人科勤務。四児の母として子育てをしながら、子宮頸がんの予防や性教育などの正しい知識の啓発も行っている。 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2021年12月7日
2021年12月7日

第6回 ハラスメント、育児・介護と仕事の両立支援編/[その1]スタッフをセクハラから守る! 事業所がとるべき10の対処

セクハラというと聞き慣れた言葉ですが、「具体的にどういった行為がセクハラになるの?」と聞かれると、正確に答えるのは案外難しいかと思います。 今回は、何がセクハラに当たるのかを解説し、さらに従業員がセクハラをしたり、利用者がセクハラをした場合、事業所としてどのように対応すべきかをご説明いたします。 若手の女性看護師から、「同僚の男性スタッフから、しつこく食事に誘われて困っています。どうしたらいいですか?」と相談されました。これはプライベートなことですし、恋愛事なので、事業所としては放っておいていいですよね? いいえ。セクハラになり得ますので、きちんと相談にのってあげる必要があります。 セクハラとは? セクハラの法的な定義は次のとおりです。 【男女雇用機会均等法11条1項】①職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、②又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること 少しややこしい言葉が並んでいますが、①の典型例は、上司が部下に性的な関係を要求したところ、部下がそれを「拒否」したため、上司が「逆恨み」して部下を降格するような場合です。一般に「対価型セクハラ」と呼ばれています。 対して②の典型例は、上司が部下の体を度々触るために、部下が苦痛に感じて仕事に行きたくなくなるような場合です。部下が「拒否」していなくても成立する点がポイントです。就業環境を害する点をとらえて「環境型セクハラ」と呼ばれています。 具体的に何がセクハラになるの? セクハラについては、厚生労働省が指針を出しています。 ただ、この指針では「事業所内にヌードポスターを掲示した」といったような極端な例しか挙げていません。そのため、「ここまでやらないとセクハラじゃないのか」といったふうに、セクハラを軽く考えてしまうおそれがあります。 そこで事業所としては、セクハラを撲滅するという観点から、国家公務員に適用される「人事院規則」を参考にするほうがよいでしょう。こちらのほうがセクハラをより厳しくみています。 【人事院規則でセクハラに当たるとされている例】・スリーサイズを聞くなど身体的特徴を話題にすること。・聞くに耐えない卑猥な冗談を交わすこと。・体調が悪そうな女性に「今日は生理日か」、「もう更年期か」などと言うこと。・「男のくせに根性がない」、「女には仕事を任せられない」、「女性は職場の花でありさえすればいい」などと発言すること。・「男の子、女の子」、「僕、坊や、お嬢さん」、「おじさん、おばさん」などと人格を認めないような呼び方をすること。・食事やデートにしつこく誘うこと。・女性であるというだけで職場でお茶くみ、掃除、私用等を強要すること。・カラオケでのデュエットを強要すること。人事院『人事院規則10―10(セクシュアル・ハラスメントの防止等)の運用について』の別紙第1から抜粋https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/10_nouritu/1032000_H10shokufuku442.html なお、セクハラは、上司・部下の関係になくても成立しますし、同性同士であっても成立します。例えば、「男性スタッフが、同期の男性スタッフに対して、卑猥な冗談を言う」といったこともセクハラになり得ます。 食事の誘いはセクハラ? ご質問のケースでは、人事院規則の「食事やデートにしつこく誘うこと」に該当する可能性があります。 ただし、食事やデートに誘うことがすべてセクハラになるということではありません。当然、相手が嫌がっていなければセクハラにはなりません。問題は「相手が嫌がっているかどうか」は主観的で、外部からわかりにくいということです。そこで、誘われた側が「あなたとは食事に行きません」ということを明確に伝えることが重要になります。 とはいえ、そういったことをはっきりといえないからこそ悩んでいるのでしょう。 そこで相談を受けた人が、本人に代わって、先方に対して「食事に何度も誘っているようだけど、本人が嫌がっているから今後はやめてあげて。この注意を受けてもまた誘うようだと、それはセクハラになるから、あなたに対して懲戒処分や配置転換を検討することになりますよ」などと伝えることになります。 事業所としてやるべき10のこと 先に紹介した厚生労働省の指針では、事業所は、スタッフをセクハラから守るために、次の10個の対処を行わないといけないとしています。 ①ハラスメントを許さず、②厳正に対処する旨を周知する。③相談窓口を設置して、④広く相談を受けつける。⑤相談があれば、事実関係を確認し、⑥被害者を支援し、⑦行為者に適切な措置を行う。⑧研修などを通じて再発防止に努める。⑨双方のプライバシーには配慮する。⑩相談したことをもって相談者を不利に扱わない。(詳細は以下のURLの3ページ目にある「4」以降を参照してください。厚生労働省『セクハラ防止指針』https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf) なお、この10個の対処は、パワー・ハラスメントとマタニティ・ハラスメントについてもほぼ同じ内容が求められています。よって、スタッフからの被害相談窓口は、「セクハラ相談窓口」「パワハラ相談窓口」「マタハラ相談窓口」といったふうに別々の窓口にするのではなく、「ハラスメント相談窓口」として1つにまとめておくべきです。被害者からすると、自分が受けた被害がどのハラスメントなのかよくわからないことがあるためです。 相談窓口としては、自らの事業所内や法人本部に設けることもありますが、それですと従業員が気を使って相談できないので、外部の弁護士事務所などに窓口を委託することもあります。法人内において「ハラスメント防止規程」を作ることも検討しましょう。 コラム 利用者からのセクハラにはどう対応する? 利用者(患者)からスタッフに対するセクハラも、厚生労働省の指針における「セクハラ」に含まれるとされています。よって事業所としては、スタッフからそういう相談を受けた場合は、上記の10個の対処を検討しなければなりません。 ここでは特に、「⑤相談があれば、事実関係を確認し、⑥被害者を支援し、⑦行為者に適切な措置を行う」という点が重要です。 ⑤まず、事業所として、相談者から話を聞き、さらに必要であれば利用者からも事情を聞きます。⑥その上でセクハラがあったと思われる場合は、相談者をその利用者の担当から外して、別の男性スタッフに担当させることが考えられます。⑦加えて、利用者に対して、事業所から「今後は、絶対にハラスメントをしないでください。今後も迷惑行為が続くようであれば、契約解除を検討せざる得なくなりますので、ご注意ください」といった内容の通知書を出して反省をうながすことを考えてもよいでしょう。 事業所としてハラスメントに対応することは、これからの時代、必須のことといえます。ぜひ、本稿を参考にして、明日からでも対応を実践してみてください。 ・スタッフをセクハラから守るため、厚生労働省の「セクハラ防止指針」を確認しましょう。・相談窓口は「ハラスメント相談窓口」とし、セクハラだけでなく、ハラスメント全般についての相談を受けられるようにしておきましょう。 ** 前田 哲兵 弁護士(前田・鵜之沢法律事務所) ●プロフィール医療・介護分野の案件を多く手掛け、『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』(共著)で、医療・ヘルスケア・介護分野を担当。現在、認定看護師教育課程(医療倫理)・認定看護管理者教育課程(人事労務管理)講師、朝日新聞「論座」執筆担当、板橋区いじめ問題専門委員会委員、登録政治資金監査人、日本プロ野球選手会公認選手代理人などを務める。所属する法律事務所のホームページはこちらhttps://mulaw.jp/ 記事編集:株式会社照林社

コラム
2021年12月7日
2021年12月7日

訪問看護の社長業~創業経営者 水谷氏から学んだこと 評価についての方針~

第12回は「評価(人事評価制度)についての方針」を紹介します。人が人を評価・査定して給与の昇給額を決定するわけですが、公平・適正・透明性が重要です。評価の項目や基準が明らかで、成果が適切に昇給や昇進に結び付くことが分かれば、社員は納得して目標や業務の達成に励みます。結果として、社員の会社へのエンゲージメント(貢献度)が高まり、また会社の成長・業績へも貢献してくれます。評価制度は社員と会社の成長を促す重要な役目も担っているのです。 好き嫌い判断を最小限にする 1.管理職、専門職、総合職、事務職別の評価シートに基づき、①会社・事業所成績、および個人成果(売上貢献度)による定量評価 ②上司による定性評価③自己による定性評価上記3つの加重平均値を出して、評価ランキングを基準に評価します。 2. 成績、成果等定量による評価が50%、上司からの定性評価が35%、自己評価が15%の割合で評価ランキングを付けます。正社員も非常勤社員も同様に評価します。 3.評価ランキングは、S・A・B・C・Dの5段階に分類します。Sランクが当然一番昇給します。Dランクは相当危惧が大きく、継続困難も視野に入れて対応します。 S=95点以上A=85~94点B=65~84点C=50~64点D=49点以下5%10%70%10%5% 4.クレーム・遅刻などの勤務不良・ご批判・トラブルが多くあるスタッフは、当然低評価になります。 5.昇給原資は、雇用契約内容、事業所の売上・利益計画の達成とも連動します。とはいえ、基本的には、社員各自の労働生産性が向上したかどうか(計画の達成率)を評価することが肝要です。 6.正社員、非常勤社員、時給制社員とも、報酬基準表(等級号俸表)に基づく管理とします。 7.職種別評価判断基準の概要①管理職/管理者   :会社・事業所の経営計画に対しての実績が評価基準            (達成=80点)②専門職       :計画訪問数達成=80点が基準③一般総合職・事務職等:担当事業の計画達成=80点が基準 もともと多くの企業では一般的に年齢や勤続年数に比例して給料や地位がアップする年功序列制度を採用していました。ただし現状は日本型の雇用システムは衰退の一途をたどっています。医療・介護業界の人事評価においても、年功序列型から、仕事の結果や業績、貢献度などで評価する「成果主義」、プロセスも評価する「能力主義」へと変わってきています。水谷氏はソフィアメディ創業当初から一貫して、賞与や細かな手当ばかりで額面を増やす給与体系ではなく、年俸制の給与体系を主軸として採用していましたが、「成果主義」「能力主義」の先駆けだったのではないでしょうか。今後の業界動向(介護保険報酬など)を鑑みても、この評価・給与体系はますます主流になってくるものと思いますので、まずは前述の方針を基本として参考にすることをおススメします。 さて「水谷氏から学んだこと」もいよいよまとめです。絵にかいた餅にならないよう、どのように方針を浸透させていくかが、実はたいへん重要です。次回は「方針の徹底について」お話しします。 ** 一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長  上原良夫 【略歴】2012年ソフィアメディ(株)入社。訪問看護事業の営業開発課長・教育研修事業部長・介護事業統括部長・医療連携推進室長を経て、(株)CUCの支援医療法人の訪問診療事務長、在宅事業企画担当。2020年7月より一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長に就任。訪問看護事業の教育研修企画・ 各種 コンサルティング、業務委託においてアームエイブル(株)ゼネラルマネージャー兼務

特集
2021年11月30日
2021年11月30日

第5回 賃金・退職・懲戒・解雇編/[その4]遅刻常習者の懲戒処分は可能? 管理者が押さえておきたい懲戒・解雇の注意点

従業員が非違行為(悪い行い)をした場合、事業所としてそれを放っておかずに、懲戒処分を行うかを検討すべきです。懲戒処分が問題になる従業員とは、後々、法的紛争に発展することが予想されるため、法律面をしっかりと押さえた対応が求められます。 あるスタッフが3時間も遅刻をしてきました。理由を聞くと単なる寝坊だということです。このスタッフは日頃からやる気がないので、いっそのこと解雇にしたいと思っています。これまでにこのスタッフを懲戒処分にしたことはありませんが、今回の件で一発解雇ということはできないものでしょうか? これだけの事情では解雇できません。解雇は労働契約法16条によって厳しく制限されています。 一発解雇ができる場合とは 前回の記事「[3]「2週間後に辞めます」でも問題なし? 急な退職申し出を受けたらどうする?」で述べたとおり 、「解雇」とは、使用者(会社)が一方的に雇用契約を終了させるもので、いわゆるクビのことです。解雇には「普通解雇」と「懲戒解雇」がありますが、いずれであっても労働契約法16条が適用され、解雇できる場合は厳しく制限されています。「気に入らないから解雇」ということは認められません。 【労働契約法第16条】解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。 一発解雇ができる場合というのは、典型的には、職務に関連して犯罪を意図的に行ったような場合です。例えば、銀行員が銀行のお金を横領したり、訪問看護のスタッフが利用者様の居宅で窃盗を行ったような場合が挙げられます。 対して、ご質問のケースのように誰もが起こしうるミス・不始末を理由として一発解雇をするというのは難しいです。 悔い改める機会を与えていたか とはいえ、同じようなミス・不始末を何度も行う従業員をいつまでたっても解雇できないということでもありません。ポイントは、「これまでに、その従業員に対して悔い改める機会を与えていたか」という点です。 遅刻をするスタッフがいるとして、最初は口頭で注意し、それでも遅刻することがあるので懲戒処分の中でも比較的軽い「戒告」として反省をうながし、それでも遅刻を繰り返すので今度は「出勤停止」という比較的重い懲戒処分を下して強く反省を促し、それでも改善しないので最終的に「懲戒解雇」にするということは、場合によっては許容されます。 重要なことは、そのように段階を踏んでいったことを裁判所にもわかってもらえるように、証拠を残しておくということです。「致命的なミスや不始末じゃないから、まあ放っておいたらいいか」という対応を続けていると、後々になって解雇をしたいと思っても、何も「積み重ね」がないため解雇できないという事態になりかねません。「解雇をするには積み重ねが必要だ」ということを強く意識していただければと思います。 解雇できる場合は厳しく制限されていますので、一発解雇はなかなかできません。「解雇をするには積み重ねが必要だ」という視点を持ちましょう。 先ほどの遅刻をするスタッフに対して「戒告」の懲戒処分をしたいと思います。どのような点に注意して進めるべきでしょうか?  ①懲戒事由該当性(就業規則上の根拠)、②懲戒処分の相当性、③適正手続きの3要件を満たすようにしましょう。 懲戒処分を行う際に注意すべきことは? 懲戒処分には、譴責・戒告・減給・降格・出勤停止・諭旨解雇・懲戒解雇などの種類がありますが、そのいずれをするにしても、①懲戒事由該当性(就業規則上の根拠)、②懲戒処分の相当性、③適正手続きの3要件を満たす必要があります。1つずつ見ていきましょう。 ①懲戒事由該当性(就業規則上の根拠) まず、就業規則の「懲戒」の章において、今回のミスや不始末が懲戒事由として規定されているかをチェックします。規定されていないならば懲戒できません。 そこで、懲戒事由をあらかじめ網羅的に規定しておくことが必要となるわけですが、すべての事象を予測して規定しておくことはできません。そのため、懲戒事由として、「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき」などとして、包括的な条項を設けておくことが必要になります。 ②懲戒処分の相当性 次に、「比例原則」と「平等原則」を満たすことを意識しましょう。 比例原則とは、軽い懲戒事由に対しては軽い懲戒処分を選択し、重い懲戒事由に対しては重い懲戒処分を選択すべきというふうに、懲戒事由とそれに対する懲戒処分は比例していなければならないことをいいます。「遅刻」という軽い懲戒事由に対して、いきなり懲戒解雇という重い懲戒処分を選択すると、比例原則違反になります。 次に、平等原則とは、同じようなミスや不始末に対する懲戒処分は、社内の他の労働者との間で同じものであるべきという原則です。例えば、遅刻をした労働者が2人いたならば、原則として2人の処分は同じであるべきということです。ポイントは、「過去の懲戒事例と比べても、平等な取り扱いになっているか」ということです。過去には遅刻を黙認しておきながら、今回から急に重い処分にするということは基本的に許されません。そのため、法人内において、過去に、いかなる事例に対していかなる懲戒処分を行ってきたのかを整理して一覧化しておくべきでしょう。 ③適正手続きとは 最後に、懲戒処分を行う前に、一度、本人に弁明の機会を与えましょう。「今回の遅刻に対して懲戒処分を行うことを考えていますが、何か弁明すべきことはありますか?」と尋ねるということです。 就業規則において弁明の機会を与えることになっている場合には絶対に必要ですが、そうでなくても、与えた方がベターといえます。 懲戒処分というと「職場の雰囲気・秩序」を乱すもののように思われがちですが、本来は「職場の雰囲気・秩序」を保つために行うものです。3つの要件を念頭において、時には毅然と対応することを心がけましょう。 懲戒処分を行う際は、就業規則に懲戒事由があらかじめ規定されているか、不始末の事由と処分がつりあっているか、対象者の処分に格差がないか、弁明の機会を与えたかという点をチェックしましょう。 ** 前田 哲兵 弁護士(前田・鵜之沢法律事務所) ●プロフィール医療・介護分野の案件を多く手掛け、『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』(共著)で、医療・ヘルスケア・介護分野を担当。現在、認定看護師教育課程(医療倫理)・認定看護管理者教育課程(人事労務管理)講師、朝日新聞「論座」執筆担当、板橋区いじめ問題専門委員会委員、登録政治資金監査人、日本プロ野球選手会公認選手代理人などを務める。所属する法律事務所のホームページはこちらhttps://mulaw.jp/ 記事編集:株式会社照林社

コラム
2021年11月24日
2021年11月24日

COVID-19×訪問看護の最前線から~後編~

COVID-19が世界にとって未知の病気だった2000年初頭。社会全体が恐怖におびえ大きくうねり始めるなかで、いち早く訪問看護師という立場からCOVID-19と対峙し、現在もケアを続けている岩本大希さん。パンデミックのなかで岩本さんが行ったことや、第5波で看たCOVID-19感染者看護の実例、そして第6波に向けての心構えについて寄稿いただきました。後編では、COVID-19感染者看護の実例を中心にお届けします。 ≪ 前編はこちらからご覧いただけます COVID-19感染拡大の最中、命を守れないのではないかと感じることが増えていく 本文医療機関のひっ迫は一向に改善の様子がない。「入院待機者」という人々が在宅領域にもあふれ出し、2021年の8月にはピークを迎えた。1日10件全てコロナの入院待機者への訪問の日があるほどだった。 ・[感染case3]認知症の親御さんと暮らしている50代の方50代で認知症の親御さんと暮らしている方が動けなくなっていた。酸素、点滴を自宅で開始。なんとか酸素飽和度は上がる、でも呼吸回数は落ち着かず、苦しいだろうことが見てとれた。にもかかわらず、「母をなんとか助けてください。母をお願いします」自分より親御さんのことをとにかく心配されていた。ほぼ同時に親御さんも発熱し陽性となり、自宅にいることしかできない状況であった。誰がお世話するのか? 誰もいない。訪問看護師である自分ができることをやるしかない。親御さんは「私はいいから子どもを助けてくださいお願いします」と僕の手を握りしめる。お互いに想い合っていることがわかる。「はい、ちゃんと看ますので安心してください」と握り返す。親御さんも呼吸が悪くなり酸素を始めた。治療も大事だが、それよりも毎日の食べるものが用意できないので、併せて二人の食事を買い出す。重症化リスクも高いため毎日観察しに訪問し、食べやすいようおにぎりやアイス、うどんなどを買って行った。親御さんは顔もわからないような格好をした僕に驚かないどころか、手を合わせて「神様だわ」と言ってくれた。本当の神様だったらもっと色んな人を助けられるだろうが、僕はご飯を買って観察して励まして見守るだけしかできず、入院できるときを毎日待った。 ・[感染case4]家族と暮らす壮健そうな40代の方着いたときには酸素飽和度は80%代で、すぐに酸素開始するが7リットルでも酸素飽和度の上がりが悪い。オキシマイザーを使うとなんとか96%に。一度帰宅し、次の朝イチでまた訪問すると顔色の印象が悪い。呼吸数も多くマズイと冷や汗が出る。でも入院できないのだ。帰り際、小学校低学年くらいのお子さんが心配そうに犬を抱えて僕を見ていた。翌日以降のため、酸素濃縮器7リットル機をもう1台入れて2台連結し14リットルまで増やすため搬入予定とした。そうしているうちに入院が決まった。危機一髪で命を守れてよかったと安堵したことを覚えている。 ・[感染case5]全員がCOVID-19陽性の外国人家族の方40代の方。酸素飽和度が下がり、酸素が玄関先に届けられたと連絡をもらい導入のため向かう。しかし到着したら民間救急車がきていた。「入院が決まりました」とのこと。良かった。「パパどこいくのー??」窓から子ども3人が顔を覗かせていた。搬送される本人に付きそうパートナーを見ると明らかに顔色が悪かった。家族はみんな陽性と聞いていた。パートナーに「体調悪い?」と聞くと、「呼吸は平気だが吐いていて3日食べられていない」と言う。脱水症状だろう。すぐに依頼元から保健所に確認を頼んだが、パートナーは外国の方で日本語はあまり得意ではなさそうだ、聞き取りに工夫がいるため、きっと保健所の電話に的確に答えられておらず、見逃されたのかもしれなかった。この方も入院できるとよい。しかし両親ともに入院になれば、3人の子どもたちはどうするのだろう? どうすればよいかは保健所に任せるしかなく、次の現場に向かった。 ・[感染case6]犬と暮らす50代男性の方50代の男性でお一人暮らし。犬を飼っている。すでに酸素がなければ酸素飽和度は80%台と重症ラインにあった。点滴やステロイドを使って看護していると、保健所から入院の打診が入る。しかしこの男性は、飼い犬の世話があるため入院をお断りしていた。翌日改めて訪問すると、明らかに悪化している。保健所から僕は「どうにか犬の面倒を見られる人を確保してくれ」と言われた。ペットホテルを探したり、友人に頼んだりしたが、犬の面倒を見る人は見つからなかった。このままでは一晩持つかどうか、苦肉の策で「僕が面倒を見るから入院しませんか?」と提案し、無事入院の運びとなった。その日から一人ぼっちの濃厚接触犬へ、毎日トイレとエサ、水の交換のため訪問した。これでよかったのかわからなかったが、人懐こい犬は僕の来訪を毎日喜んでくれた。その様子を見るとやるべきことをやったかな、と思った。 第6波をいつでも迎えられるよう、連携と準備が必要だ 第5波のなかで、僕はこれら数十人と関わった。全員、ワクチンを打てていなかった人たちだった。予約をして待っていたり、1回目が終わっていたりする人たちばかりだった。日本のワクチン接種スピードの加速は諸外国に比べても脅異的で歴史に残るほどだと思う。しかし残念なことに、デルタ株の驚異的な速さに追いつかれてしまった。これから第6波がくることが予想されている。その日をいつでも迎えられるよう、多くの地域と連帯しながら準備を行い、沢山の人たちが予防行動を取れることを祈っている。 ** 岩本大希WyL株式会社 代表取締役 / ウィル訪問看護ステーション江戸川 所長 / 看護師・保健師・在宅看護専門看護師ドラマ『ナースマン』に影響を受け、「最も患者さんに近い存在」として医療に関わりたいと思い、看護師になることを決意。2016年4月にWyL株式会社を創立し、直営で2店舗、関連会社でフランチャイズ4店舗を運営。(2020年12月現在)「全ての人に“家に帰る”選択肢を」を理念に掲げ、小児、精神、神経難病、困難な社会的な背景があるなど、在宅療養のなかでも受け皿の少ない利用者を中心に訪問看護事業を展開している。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2021年11月24日
2021年11月24日

第5回 賃金・退職・懲戒・解雇編/[その3]「2週間後に辞めます」でも問題なし? 急な退職申し出を受けたらどうする?

スタッフから突然「仕事を辞めたいです」と言われた場合、どのように対応すべきでしょうか。スタッフは何日前から辞めると言えるのでしょうか。また、有給休暇を消化していないスタッフが、退職にあたって一気に有給休暇を申請してきた場合はどうすればよいのでしょうか。その場合に引き継ぎをきちんと行ってもらうためにはどういう方法が考えられるのでしょうか。今回は、退職の際に頭を悩ませる問題について、考えていきましょう。 私の事業所では、就業規則に「従業員が退職を希望する場合は、退職希望日の3か月以上前に申し出なければならない」と規定し、雇用契約書にも同様のことを記載しています。そうしたところ、先日ある正社員スタッフから、「転職をしたいので、2週間後に辞めます。」と言われました。事業所としては、引き継ぎや後任のスタッフの採用も必要なので困ります。就業規則に規定しているとおり「3か月後まで退職を認めません」と伝えていいですよね?いいえ。労働者は、2週間の予告期間をおけばいつでも辞職できます。これより長い予告期間を設定した就業規則は無効とされます。 まず、概念を整理しておきましょう。 図1 雇用契約終了の種類 「解雇」と「退職」の違い 雇用契約が終了する場合というのは、大別して、「解雇」と「退職」があります。「解雇」とは、使用者(会社)が一方的に雇用契約を終了させるもので、いわゆるクビのことです。解雇には「普通解雇」と「懲戒解雇」があります。ポイントは、解雇は労働契約法16条によって厳しく制限されているということです。 「退職」とは 「退職」とは、解雇以外の雇用契約の終了原因を指し、大別して「合意退職」と「辞職」があります。「合意退職」とは、使用者と労働者がお互いに合意して雇用契約を終了させることをいいます。対して「辞職」とは、労働者が一方的に雇用契約を終了させることをいいます。 ポイントは、労働者は特に理由がなくても辞職できるということです。 辞職の際の「2週間ルール」 辞職する時期については、無期雇用(正社員)の場合は、民法627条1項によって、2週間前の予告期間を設ければ、いつでも辞めることができるとされています。ある日突然、「2週間後に辞めます」と言うことが法的に許容されているわけです。 そして、この「2週間ルール」を会社が勝手に「30日前」や「3か月前」などに変更することはできません。 ご質問のケースでは、就業規則の規定は民法627条1項に反しているため無効となります。その結果、同項に基づいて、「2週間後に辞めます」という労働者の言い分が通ることになります。 無期雇用(正社員)の場合は、労働者は2週間の予告期間を設ければいつでも辞めることができるとされています。 ワンポイントアドバイス 民法の改正点 以前は、月給制の無期雇用(正社員)の労働者が、とある月の給与計算期間の終わりをもって辞めたいと希望する場合は、その給与計算期間の前半までに申し出ておく必要があり、給与計算期間の後半に辞職を申し出た場合は次の給与計算期間が終わるまで辞職できないという制約がありました(旧民法627条2項)。 しかし、2020年4月1日から施行された新しい民法においては、そのような制約は撤廃され、月給制の無期雇用の労働者であっても、2週間前の予告期間を設ければ、いつでも辞めることができることになりました。 この点は、法改正があった点ですので、古い知識をアップデートしておきましょう。 なお、有期雇用の労働者の場合は、労働者も「やむを得ない事由」がなければ辞職できません(民法628条)。ただし、1年を超える有期雇用の場合は、1年経過後は、労働者はいつでも辞職できます(労働基準法附則137条)。 Q1で辞職を申し出たスタッフに退職前の引き継ぎをお願いしようと電話をしたところ、そのスタッフから「2週間後に辞めるという意思に変わりはありません。さらに、これまで有給休暇をまったく消化できていなかったので、この際、未消化の有給休暇をすべて申請します。ですので2週間後の退職日までに職場に行くことはありませんし、引き継ぎもしません」と一方的に言われてしまいました。事業所として何か対応できる方法はありますか?「有給休暇の買い取り」を提案することはできますが、強制はできません。このような事態にならないように平時からの備えが大切です。 退職間際の有給休暇の申請に応じなくてはいけないの? 有給休暇の取得条件などについては、連載第4回の「[その4]有給休暇、パートでもアルバイトでも取れます」をご覧ください。 ご質問のようなケースは実務上よくあります。事業所としては、「せめて引き継ぎくらいしてほしい」と考えることでしょう。 しかし、有給休暇というのは労働者に認められた権利です。使用者には「その時期は忙しいから別の時期に取得してください」という時季変更権が一定の場合に認められていますが、退職することが決まっているスタッフの場合には、別の時期に有休休暇を与えることができないわけですから、時季変更権を行使することもできません。よって、申請があったとおり有給休暇を与えることになります。 引き継ぎはどうするの? 従業員が引き継ぎをすべき義務というのは、あくまで就労義務を負う範囲においてのみ負担していると考えるべきです。この点、従業員は、有給休暇を取得した日については就労義務を負っていませんので、引き継ぎを行う義務も負わないと考えることになるでしょう。 そうすると、「2週間後に辞める。それまでの間は有給休暇を申請するから引き継ぎもしない」というスタッフの言い分は基本的には通ることになります。 有給休暇の買い取り こうした場合は、「有給休暇の買い取り」を検討しましょう。つまり、「未消化の有給休暇分の賃金は別途支払うので、出勤して引き継ぎをしてください」とお願いするということです。 この点、有給休暇は、労働者にしっかりと休んでもらうことに意味があるので、「有給休暇を買い取るから出勤しなさい」と強制することは違法です。しかし、退職間際に従業員と合意のうえで未消化の有給休暇を買い取ることは違法ではありません。 ただし、この方法も強制はできず、あくまでお願いベースになります。 普段の事業所運営で心がけておくべきこと そこで、ご質問のケースのようにならないためには、普段から業務の内容を全体で共有しておいて、「特定のスタッフしか把握していない事柄」をできるだけ少なくしておくべきでしょう。 また、退職間際になって有給休暇を一気に申請されないように、普段からスタッフには有給休暇を取得させるようにして、未消化分を減らしておくべきでしょう。 「引き継ぎもしない辞職」というのは、多くの場合は、職場に対する強い不信感や不満からくる対応といえます。そのような事態にならないために、普段からスタッフとの信頼関係を築いておくことが何よりも重要です。 退職間際の有給休暇の申請には応じる必要があります。ただし、従業員と合意のうえで未消化の有給休暇を買い取ることは違法ではありません。 ** 前田 哲兵 弁護士(前田・鵜之沢法律事務所) ●プロフィール医療・介護分野の案件を多く手掛け、『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』(共著)で、医療・ヘルスケア・介護分野を担当。現在、認定看護師教育課程(医療倫理)・認定看護管理者教育課程(人事労務管理)講師、朝日新聞「論座」執筆担当、板橋区いじめ問題専門委員会委員、登録政治資金監査人、日本プロ野球選手会公認選手代理人などを務める。所属する法律事務所のホームページはこちらhttps://mulaw.jp/ 記事編集:株式会社照林社

特集
2021年11月16日
2021年11月16日

第5回 賃金・退職・懲戒・解雇編/[その2]その給与の差、説明できますか? 必読「同一労働同一賃金」の考え方のポイント

「パートタイム労働法」が「パートタイム・有期雇用労働法」へと新しく生まれ変わり、それに伴って、2021年4月1日から、中小企業においても「同一労働同一賃金」への取り組みが求められるようになりました。正社員だけでなく、パートタイム労働者や有期雇用労働者を雇用している事業所は多いかと思います。今回の改正は実務上とても重要なものですので、しっかりと理解しておきましょう。 私の事業所には、無期雇用労働者(正社員)と、有期雇用労働者と、パートタイム労働者がいます。無期雇用労働者(正社員)には自宅からの交通費の実費を「通勤手当」として支給していますが、有期雇用労働者とパートタイム労働者には一律支給していません。皆さん、これまでこの運用で納得してくれているので、特に問題はないですよね?いいえ。そのような取り扱いは不合理な待遇差として許されません。通勤手当は、有期雇用労働者やパートタイム労働者に対しても支給する必要があります。 同一労働同一賃金とは 「同一労働同一賃金」とは、平たくいえば、「同じ労働に対しては、同じ賃金を払いましょう」ということです。 これまでわが国では、「無期雇用労働者(正社員)が上」「有期雇用労働者やパートタイム労働者は下」といったゆがんだ差別意識のようなものがあり、その結果、ご質問のケースのように、通勤手当を無期雇用労働者には支払うけれど、有期雇用労働者とパートタイム労働者には一律支給しないといったような不合理な取り扱いが見られました。 しかし、法改正がされた結果、今後は、このような不合理な取り扱いは認められません。例えば、無期雇用労働者も有期雇用労働者もパートタイム労働者も、電車通勤をしている場合は交通費がかかることに変わりなく、そこに区別を設ける理由はありません。 今回の法改正では、このような視点を、基本給、賞与、手当、福利厚生など広い分野で適用することが求められています。 厚生労働省のガイドライン・マニュアル 厚生労働省は、この件に関して、とても詳細なガイドラインやマニュアルを出しています。 ・ガイドライン『短時間・有期雇用労働者および派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針』 ・マニュアル『不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル(福祉業界編)』 考え方のポイントは? ポイントは、「手当などに差を設けるとして、その理由を合理的に説明できるか?」ということです。 例えば、ある事業所で4名ほどの部下を抱える無期雇用(正社員)のチーフに対して、チームを統率しなければならないという役割の重さに対する対価として「役職手当」を支給しているとしましょう。 他方で、この事業所では、ほかにももう1つチームがあり、そのチームのチーフが有期雇用労働者だったとします。ここで、この労働者が行っているチーフとしての業務は無期雇用のチーフと同じですが、有期雇用のチーフには「役職手当」が支給されていないとしましょう。 そうすると、両者は、チーフとしての責任の重さや仕事の内容は同じなのに、「無期雇用か有期雇用か」という雇用契約の形式的な側面のみをもって、「役職手当」の支給の有無が変わってくることになります。しかし、これでは、手当に差を設けた理由を合理的に説明できておらず、同一労働同一賃金の要請を満たせていないことになります。 手当の性質 手当の支給に差を設けた理由を合理的に説明するためには、まずその手当なりがどういう趣旨で支給されているのかを明らかにしなければなりません。 例えば、「業務手当」という名称はよく聞きますが、一口に「業務手当」といっても、それが何に対する対価であるのかは必ずしも明確ではありません。ある会社では「売上成績への対価」として支払っていることもありますし、ある会社では「固定残業代」として支払っていることもあります。 手当の名称から一義的にその手当の性質が決まるわけではありません。あらためて、事業所で支給しているすべての手当や賞与などについて「どういう趣旨で、どういう条件で支給しているのか」という点を確認しましょう。 支給に差を設ける場合の考慮要素は何か? そのうえで、無期雇用と、有期雇用・パートタイム労働者の役割などにどのような違いがあるのかを確認します。その際、①職務の内容、②職務の内容・配置の変更の範囲、③その他の事情を検討することになります(詳細は上記マニュアルの20頁参照)。 ①について、訪問看護の事業所であれば、チーフなどの責任の重い業務を担当しているか、オンコールに対応しなければならないか、休日・緊急出動をしなければならないか、教育担当か、外部の会議に出席するか、渉外交渉をするか、複雑な患者さんへの対応を求められるかといったことなどを考慮することになるでしょう。 ②については、転勤や昇進といった人事異動や役割の変化の有無などを考慮します。 ③その他の事情とは、①や②以外の事情を指しており、成果、能力、経験などを指します。 具体的に考えてみよう 例えば「オンコール手当」という手当があるとしましょう。 この手当の性質が、「オンコール待機をしてくれたことに対する1待機日あたりの手当」という趣旨だとします。 そして、この事業所では、「無期雇用と有期雇用はオンコール待機をしなければならないが、パートタイムはしなくてよい」とされているとしましょう。そうすると、①職務の内容としては、オンコールに関していえば、無期雇用と有期雇用で違いはありません。 とすれば、この事業所の場合は、オンコール手当を無期雇用と有期雇用に支給しなければなりませんが、パートタイムに対しては支払う必要はないということになるでしょう。 マニュアルを参照してチェックをしていこう このように、手当の性質を考慮したうえで、無期雇用と有期雇用・パートタイム労働者の役割などの違いを踏まえ、その手当を支給しないこと(もしくは、すること)を合理的に説明できるかを検討するわけです。 この検討はかなり手間を要しますので、上のマニュアルを参照しつつ、チェック表を設けて、順次チェック作業を進めていくようにしましょう。 従業員の間で手当などに「差」を設ける場合は次のことを検討します。①職務の内容②職務の内容・配置の変更の範囲③その他の事情(成果、能力、経験など) ** 前田 哲兵 弁護士(前田・鵜之沢法律事務所) ●プロフィール医療・介護分野の案件を多く手掛け、『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』(共著)で、医療・ヘルスケア・介護分野を担当。現在、認定看護師教育課程(医療倫理)・認定看護管理者教育課程(人事労務管理)講師、朝日新聞「論座」執筆担当、板橋区いじめ問題専門委員会委員、登録政治資金監査人、日本プロ野球選手会公認選手代理人などを務める。所属する法律事務所のホームページはこちらhttps://mulaw.jp/ 記事編集:株式会社照林社

コラム
2021年11月16日
2021年11月16日

COVID-19×訪問看護の最前線から~前編~

COVID-19が世界にとって未知の病気だった2000年初頭。社会全体が恐怖感におびえ大きくうねり始めるなかで、いち早く訪問看護師という立場からCOVID-19と対峙し、現在もケアを続けている岩本大希さん。パンデミックのなかで岩本さんが行ったことや、第5波で看たCOVID-19感染者看護の実例、そして第6波に向けての心構えについて寄稿いただきました。前編と後編に分けてお届けします。 COVID-19という未知の感染症拡大を前に、僕たちの毎日は変わろうとしていた 2020年初頭から国内で流行が始まったCOVID-19。2021年8月に第5波と呼ばれるパンデミックまで僕たちは経験した。僕自身のCOVID-19への対応の始まりは2020年の3月ごろだったと思う。今では当たり前になってしまったが、「緊急事態宣言」という言葉がなにを意味するのかも当時十分にはわからず、「緊急事態宣言ってなんだ? 外国のように都市封鎖がされるのか? 訪問はそもそもいけるのか?」とうろたえていたことを覚えている。でも在宅ケア領域ではまだ直接的になにかCOVID-19の対処することもなく、これから自分たちがどうなるのか、どうすればよいのか、対策をとる必要があるのかも不明な状況だった。そこで、自分にできることを探そうと思った。 緊急時、訪問看護の立場からできることはなにか?の模索が始まった まずは緊急事態宣言下で訪問看護活動はそもそも可能なのか?ということを中央行政に確認する必要があった。なぜなら、訪問看護ステーションにおける現場の対処の指針となるものや、運営に関するガイドラインとなり得る情報がどこにもなかったからだ。通常は学会や職能団体から発信されるものであるが、全国において未知の状況ばかりでまとめようがなかったためそれも当然であった。 そこで僕が始めたのは、正式なものが発信されるまでのつなぎとして、自ら信頼できる同業者たちを集め、有志で現場のためのガイドを作成し、FacebookやTwitterなどで発信していくことだった。僕と同じようにうろたえている人のためになにかできればと思った。 2020年8月、ホテル療養を行うCOVID-19感染者へのサポートをいち早く開始 その直後くらいからだろうか。急激に感染者数が増え始め、訪問看護の現場でもCOVID-19の濃厚接触者となったがん末期の方のお看取りの対応をしたり、沖縄県にあるウィル訪問看護ステーション豊見城では看護協会や保健所と協働して全国でも早い段階でホテル療養者へのサポートを開始したりした。 2021年に入り流行はさらに大きくなっていく。関西において極めて厳しい医療ひっ迫が起き、それに対処した北須磨訪問看護リハビリセンターの藤田愛さんをはじめとした訪問看護師や医師らとともに勉強会などを開きながら、その経験や知恵を取り込み、またWEBメディアや雑誌などで発信することを進めていった。 関西の第4波から少しだけ間をおいて、関東でも第5波が始まると、デルタ株の猛威は強く、医療機関のひっ迫まであっという間であった。入院できずに「入院待機者」という人々が在宅領域にもあふれ出し、保健所をはじめとした行政や医師会や看護協会などの職能団体もその急激な変化に追いつけず、皆が必死にどうにかしようとしていた。 2021年8月、COVID-19第5波はピークを迎え状況は様変わりしていく そのなかの一つに僕たちの訪問看護ステーションもあった。2021年の8月にはピークを迎え、1日10件全てコロナの入院待機者への訪問の日があるほどだった。20代、30代、40代、50代の中等症がほぼ全てを占め、明らかにそれまでの流行とは様相が異なっていた。いくつかケースを振り返る。 ・[感染case1]ご両親と同居している20代の方職場で感染し、毎日嘔吐してしまい数日脱水で苦しんでいた。呼吸も苦しく酸素投与も始めた。点滴で補正しなければ命の危険があるため連日でお伺いする。ご両親の不安もいかほどか、涙されながらの親御さんのお話を伺う。何もできないと思いつめなくても、そばで見守っているだけできっと本人は安心ですよ、と伝え続けた。 ・[感染case2]30代、妊娠初期の方僕と同い年くらいの方へ訪問すると、妊婦さんだった。それに気づいて必要以上に緊張を覚えた。呼吸はまだ平気そうであったが、つわりも重なり食べられず脱水になっていた。ここでも点滴を行う。フェイスシールドと手袋の向こう側で脱水の妊婦さんの血管を探すのは困難で、冷や汗をかきながら集中が必要だった。お母さんはお腹の赤ちゃんのことがとにかく不安であろう、しかし赤ちゃんにコロナがどういう影響を及ぼすのか、僕にはわからず、安心してもらえる言葉を探したいがうまく見つけられなかった。パートナーの方も動揺が強い。点滴して、療養についてできる限りのことを伝える。「来てくれるだけで安心しました…」。ほんとはすぐ入院できればいい、でもそれができない状況だったので、とにかくこれ以上悪化しないことを祈るだけ祈った。 後編では、「認知症の親御さんと暮らしている50代の方」のケースや、「全員がCOVID-19陽性の外国人家族の方」のケース、第6波に向けての準備についてお伝えします。 ** 岩本大希WyL株式会社 代表取締役 / ウィル訪問看護ステーション江戸川 所長 / 看護師・保健師・在宅看護専門看護師ドラマ『ナースマン』に影響を受け、「最も患者さんに近い存在」として医療に関わりたいと思い、看護師になることを決意。2016年4月にWyL株式会社を創立し、直営で2店舗、関連会社でフランチャイズ4店舗を運営。(2020年12月現在)「全ての人に“家に帰る”選択肢を」を理念に掲げ、小児、精神、神経難病、困難な社会的な背景があるなど、在宅療養のなかでも受け皿の少ない利用者を中心に訪問看護事業を展開している。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2021年11月9日
2021年11月9日

第5回 賃金・退職・懲戒・解雇編/[その1]固定残業代、正しく理解・運用できていますか?

「固定残業代」は、適切に運用ができていないと事業者としてとても大きなリスクを負うことになりますが、正しく運用できていない事業所は少なくありません。ある日突然、元従業員から数百万円や、場合によっては1000万円を超える請求がくることもあります。法的に正しい知識を理解して、就業規則や運用の見直しを進めましょう。 私の事業所は残業が多いので、従業員に対して、基本給30万円に加えて、固定残業代として毎月5万円を支給しています。固定残業代を毎月払っているのですから、いくら残業させても問題ないし、残業代の計算はしなくても大丈夫ですよね? いいえ、残業時間は管理しなければなりませんし、固定残業代を超えた分の残業代は必ず支払わなければなりません。 固定残業代とは 「固定残業代」(「みなし残業代」や「定額残業代」とも呼ばれます。)とは、時間外労働や休日労働や深夜労働に対して支払われる割増賃金(これを俗に「残業代」と呼びます。)を、あらかじめ、一定額支払っておく制度のことをいいます。 この「固定残業代」は、ご質問のように、「固定残業代を毎月払っているのだから、いくら残業させても問題ないし、残業代の計算はしなくても大丈夫」と誤解されていることが多くあります。例えていうならば、固定残業代を、携帯電話の「ネット無制限使い放題」のようにとらえているわけです。 しかし、そのような完全な固定残業代制度というものは、労働基準法37条に違反するため許されません。 固定残業代とは、携帯電話で例えるならば、「ネット5ギガ使い放題」のようなものです。5ギガまではネット回線の利用料金は別途かからないわけですが、5ギガを超えて使う場合は、別途利用料金を支払わなくてはならないわけです。 固定残業代の考え方もこれと同じで、例えばご質問のケースのように5万円の固定残業代を毎月支払っているならば、残業代は5万円までは支払わなくてもよいですが、5万円を超える残業をさせた場合は差額を支払わなくてはいけません。ある月に7万円分の残業をさせたならば、2万円の差額を別途支払う必要があるということです。 そのため、いかに固定残業代を支払っていたとしても、月々の労働時間・残業時間はしっかりと把握しておく必要があります。そうしないと、一体いくらの差額が発生しているのか把握できず、差額を支払うことができないためです。 固定残業代制においても月々の労働時間・残業時間の管理は必要です。固定残業代を超えた差額分の残業代は必ず支払いましょう。 私の事業所では、事業所の事務長に対して、基本給として30万円を支払い、職務手当として10万円を支払っています。職務手当は、事務長という重要なポジションについていることに対する役職手当としての意味と、固定残業代としての意味があります。ただし、職務手当10万円のうち、いくらが役職手当で、いくらが固定残業代なのかは明確にしていません。この場合、10万円分の固定残業代を毎月支払っているのですから、それを超える残業代の差額のみを支払えばよいのですよね?いいえ。この場合、固定残業代という制度自体が無効になる可能性があります。 固定残業代が有効になるための要件 これまでに述べたとおり、固定残業代は、その額の分を超えて残業をさせた場合は、必ず差額を支払わなければなりません。 ここから、固定残業代が有効といえるための要件が導き出されます。すなわち、①固定残業代が、時間外労働などの割増賃金の「対価」として支払われていること(対価性の要件)、②その割増賃金部分が、他の賃金と判別することができること(判別可能性の要件)です。 少しわかりにくいと思いますので、具体的に見ていきましょう。 ①について。ご質問のケースでは「職務手当」という名称がついていますが、これだと「固定残業代」とは別の名称であるため、一見して、それが割増賃金の代わりに支払われているということがわかりません。そういった場合、事業所が、「この職務手当は、固定残業代として支払っているのですよ」と主張しても、裁判所に信用してもらえないことがあります。手当の名称ですべてが決まるわけではありませんが、少なくとも給与規程や雇用契約書において「その手当を割増賃金の対価として支払っていること」を明記しておくべきです。 次に②について。ご質問のケースを例にとれば、「職務手当」として10万円を支払っており、その中には、役職手当としての意味と、固定残業代としての意味が両方含まれているということです。この時、例えば「役職手当4万円、固定残業代6万円」のように、固定残業代の金額を、他の賃金から区別することができるのであれば、労働者としては、「固定残業代6万円を超えて残業したら、別途差額を支払ってもらえるんだな」と理解できるわけです。 しかし、ご質問のケースのようにその内訳が不明確な場合は、労働者の立場からすると、「固定残業代は10万円のうち一体いくらで、自分はどれだけ働いたら固定残業代を超える分の差額を支払ってもらえるのか」という点がわかりません。 もしも無効とされた場合は・・・・・・ そうすると、固定残業代制は無効とされるリスクが出てきます。無効となった場合は、割増賃金を算定する際の基礎賃金が40万円(30万円+10万円)に跳ね上がり、さらに、固定残業代はこれまで一切支払っていなかったことになるわけですから過去にさかのぼって割増賃金を払い直すことになるという「ダブルパンチ」をくらうことになります。 その結果、固定残業代が無効と判断された場合は、通常の残業代の未払い案件よりも支払うことになる残業代の額が高額になりがちです(1000万円を超えることもあります)。 現場の対応 そのため、(1)就業規則(給与規程)において固定残業代が割増賃金の対価として支払われるものであることを明記し、(2)個別の雇用契約書において、固定残業代の額と、そこに含まれる時間外労働などの時間数を明記し、(3)さらに、給与明細において、「固定残業代」といった費目を設けて他の賃金と明確に区別して給与を支給し、(4)固定残業代分を超える残業をしてもらった場合には、毎月差額を支払っておく必要があります。なお、(2)について、少なくとも、固定残業代に含まれる時間外労働の時間数は、36協定の延長限度時間である45時間を超えないようにしておくべきでしょう。 固定残業代が有効といえるためには2つの要件が必要です。①固定残業代が、時間外労働などの割増賃金の「対価」として支払われていること(対価性の要件)②その割増賃金部分が、他の賃金と判別することができること(判別可能性の要件)  ** 前田 哲兵 弁護士(前田・鵜之沢法律事務所) ●プロフィール医療・介護分野の案件を多く手掛け、『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』(共著)で、医療・ヘルスケア・介護分野を担当。現在、認定看護師教育課程(医療倫理)・認定看護管理者教育課程(人事労務管理)講師、朝日新聞「論座」執筆担当、板橋区いじめ問題専門委員会委員、登録政治資金監査人、日本プロ野球選手会公認選手代理人などを務める。所属する法律事務所のホームページはこちらhttps://mulaw.jp/ 記事編集:株式会社照林社

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