「前立腺肥大症と前立腺がん」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】
このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を提供します。今回は前立腺肥大症と前立腺がんについて、訪問看護に求められる知識、どんな点に注意すべきなのかを、在宅医療の視点から解説します。 前立腺肥大症 病態生理と疫学 性ホルモンや炎症などにより前立腺が大きくなると排尿障害や蓄尿障害が起こります。前立腺肥大症の定義を国際前立腺症状スコア(International Prostate Symptom Score:IPSS)>7点、前立腺体積>20mL、最大尿流量<10mL/秒のすべてを満たす人とすると、40歳代と50歳代では2%、60歳代は6%、70歳代は12%となり、加齢とともに増加します1)。 症状 排尿障害や蓄尿障害といった下部尿路症状(表1)や尿閉(膀胱内に貯留した尿を排出できない状態)が起こります。 表1 下部尿路症状 排尿障害 尿が出るまでに時間がかかる、力まなければ尿が出ない、尿の勢いが弱い、排尿の途中に尿が途切れる、尿線が何本かに分かれる、排尿後も尿が残っている感じがする蓄尿障害 急に生じる強い尿意、夜間や昼間の頻尿、尿失禁 下部尿路症状は尿路感染症、性感染症、急性前立腺炎、尿道狭窄、前立腺がん、膀胱がんによっても起こることがあります2)。尿閉の場合、抗コリン作用がある薬(抗ヒスタミン薬、三環系抗うつ薬)や麻薬も原因となります。 訪問時における病歴聴取/身体所見のポイント 前立腺肥大症を疑う場合は、下部尿路症状(排尿障害、蓄尿障害)を確認します。飲水量とアルコールやカフェインの摂取量を確認しましょう。頻尿の原因かもしれません。前立腺肥大症のある人がアルコールや風邪薬(抗ヒスタミン薬)を飲むと尿閉になることがあります。尿閉の場合、側面から腹部を観察すると臍から下の下腹部に膨隆を認めます。症状を速やかに改善させるには、尿カテーテルによる導尿が必要です。 診断 下部尿路症状を起こす疾患を鑑別するため、尿検査や血液検査、直腸診、腹部超音波検査を行います(表2)。また、IPSSを用いて下部尿路症状の程度を確認し、QOLも評価します(*1)。 表2 鑑別診断に用いる検査 尿検査(一般、沈渣) 白血球尿、血尿、尿糖を調べる血液検査 腎機能、患者の希望があれば前立腺特異抗原(prostate-specific antigen:PSA)値を確認する*PSA値を測定すると、生命予後に影響がない早期の前立腺がんが見つかり、がん治療による副作用を起こすことがある。検査にあたっては患者との十分な話し合いが必要直腸診前立腺の大きさ、硬さ、圧痛の有無を評価する 前立腺肥大:腫大した前立腺を触れる 前立腺がん:前立腺は岩のように硬くなり結節を触れる 前立腺炎:圧痛がある腹部超音波検査膀胱の残尿量を測定する 残尿量(mL)=〔左右径(cm)×上下径(cm)×前後径(cm)〕/2(memo参照) memo 超音波検査による残尿量の測定方法横断面と矢状断(縦断面)の2つの断面像から左右径、上下径、前後径を測定し、残尿量を測定する。文献3)より転載 *1:「国際前立腺症状スコア(IPSS)・QOLスコア」は日本泌尿器科学会編「男性下部尿路症状・前立腺肥大症診療ガイドライン」(2017)に掲載されています。詳しく知りたい方は以下のURLをご参照ください。https://www.urol.or.jp/lib/files/other/guideline/27_lower-urinary_prostatic-hyperplasia.pdf memo 夜間頻尿について夜間に2回以上排尿があると、不眠の原因になります。健常者では抗利尿ホルモン(バソプレシン)が夜間に多く分泌されるため夜間尿量が減りますが、高齢者ではバソプレシンの分泌が減少するため夜間尿量が増えます。また、前立腺肥大症では膀胱容量の低下により夜間頻尿を引き起こします。 治療2),4) 日常生活に支障がなければ経過観察が推奨される治療の目標は症状の改善です。中程度以上(IPSS>8点)の下部尿路症状があっても、日常生活に支障がなければ経過観察が推奨されます。就寝前後の水分摂取を最小限とし、アルコールやカフェインを避けます。蓄尿障害がある場合は、定期的な排尿訓練が有効です。症状はIPSSを用いて毎年再評価します。 日常生活に支障をきたすようになれば薬物療法を選択一方、日常生活に支障をきたす中程度以上(IPSS>8点)の下部尿路症状では薬物療法が選択されます。主に使用される薬剤を次に示します。なお、薬物療法で効果が不十分な場合は経尿道的前立腺切除術が行われます。 ●α1 アドレナリン受容体遮断薬(α1 遮断薬)薬物療法ではα1 遮断薬が第一選択薬です。前立腺を縮小させ、尿道を広げ排尿しやすくします。即効性があり、副作用が比較的少ないためよく使用されており、タムスロシン、シロドシン、ナフトピジルが代表的な薬剤です。副作用として起立性低血圧、めまい、逆行性射精(精液が膀胱に逆流)を起こすことがあります。 ●5α還元酵素阻害薬第2選択薬の5α還元酵素阻害薬は前立腺を縮小する効果があり、デュタステリドが用いられます。前立腺肥大症患者にのみ有効で、症状の改善まで最長6ヵ月間の服用が必要です。副作用には勃起不全、性欲減退、女性化乳房があります。 * * * 前立腺肥大を伴う下部尿路症状にはα1遮断薬と5α還元酵素阻害薬を併用することが、どちらか一方の薬剤を単独で使用するよりも効果的です。 ●ホスホジエステラーゼ5阻害薬(PDE5阻害薬) PDE5阻害薬は勃起不全のある前立腺肥大症に使用されることがあります。タダラフィルが処方されますが、低血圧をきたす可能性があるため併用薬(特に硝酸薬)には注意が必要です。 前立腺がん 疫学と危険因子 前立腺がんは、男性で最も多く診断されるがんで、50歳以後に発生率が増加します。しかしながら、死亡の直接的な原因となることは少なく、5)年相対生存率は99.1%です5。危険因子には年齢以外に家族歴や食生活があります。 診断と病期分類 健康診断でPSA値の上昇が確認され、自覚症状がない早い段階で診断されることが最も多いです。排尿障害がみられることがありますが、前立腺肥大症に関連したものであることがほとんどです。骨転移を認める男性では、骨痛または背部痛、下半身の麻痺が症状として現れることがあります。 最新トピックス6)症状がまったくない男性にPSA検査を行うべきかについては議論があります。PSA検査によって過剰診断や過剰な治療が発生するおそれがあるためです。無駄な精密検査や生検が行われる可能性や、治療によって失禁や勃起不全となることがあります。臨床研究ではPSA検査を用いて男性1,000人を13年間スクリーニングしても、前立腺がんで死亡するのを防げたのは1人だけだったことが分かっています。 PSA>4ng/mL、またはPSA値が持続的に上昇している場合には、直腸診で前立腺の大きさや硬さ、結節を確認しMRI検査を含む精密検査が行われます。また、前立腺生検は前立腺がんの診断のために必要な検査です。経直腸超音波検査による画像を確認しながら前立腺の異なる部位から10ヵ所以上の検体を採取し、グリソン・スコアにより予後を推定します。PSA値グリソン・スコア、T-病期により、予後と治療選択肢が決定されます。 治療7),8) 余命が限られている、または重大な内科的合併症がある場合には、経過観察が最も適切です。 監視療法超低リスクと低リスク(または中間リスク)の限局性前立腺がんや生命に関わる疾患を持つ70歳以上の無症状の患者に選択されます。定期的にPSA値の測定や生検、直腸診を行い、症状を観察し、がんが進行した場合は治療を行います。 前立腺がんに対する治療歴のない限局性前立腺がん患者2,155人を監視療法の対象とした研究では、監視療法を受けた人の49%は10年後にも進行や治療の必要がなく、転移は2%未満で、がんによる死亡は1%未満でした9)。また経過観察後に治療を開始した患者の場合も、成績の悪化はみられなかったため、リスクが高くない前立腺がん患者では積極的監視が有効と思われます。 放射線療法体外から放射線を当てる外照射療法と、ヨウ素125I 線源を永久的に前立腺に埋め込む永久挿入密封小線源療法と、一時的に埋め込む高線量率組織内照射法があります。放射線療法の副作用として、頻尿や排尿困難、膀胱炎、腸炎、勃起障害が生じることがあります。 手術療法根治的前立腺摘除術の主なリスクは尿失禁と勃起不全です。中等度から重度の慢性尿失禁の割合は約5~10%で、男性の約40%が手術を受けた2年後に勃起不全を報告しています。 * * * PSAスクリーニングにより限局性前立腺がんが発見された患者を、監視療法、放射線療法、手術療法のいずれかに無作為に割り付けた大規模研究では10年後の生存率に差はみられませんでした。 ホルモン療法放射線療法を受けた中等度リスクまたは高リスクの限局性病変を有する男性では、アンドロゲン(男性ホルモン)遮断療法を追加することで病勢の進行を遅らせることができます。また、高リスク前立腺がんの男性において、全生存期間を改善することが示されています。 アンドロゲン遮断療法には睾丸摘出術、黄体化ホルモン放出ホルモン(LH-RH)アンタゴニスト、LH-RHアゴニスト、抗アンドロゲン薬があります。副作用には性欲減退、ほてりなどが挙げられます。睾丸摘出に対する心理的嫌悪感により、摘出を躊躇する患者はいますが即効性があります。費用対効果の高い方法といえるでしょう。 転移性前立腺がんに対する治療遠隔転移と診断された場合、アンドロゲン遮断療法が行われます。精巣と副腎から分泌されるアンドロゲンの働きを両方とも抑え、より治療効果を高めるために複合アンドロゲン遮断(combined androgen blockade:CAB)療法が行われることがあります。CAB療法では、LH-RHアンタゴニストあるいはLH-RHアゴニスト、または睾丸摘出によって精巣由来のアンドロゲンを抑制し、スピロノラクトン(抗男性ホルモン剤)により副腎由来のアンドロゲンも抑制します。 ビスフォスフォネートまたはデノスマブは、転移性前立腺がん男性の骨疼痛を軽減し骨折リスクを低下させます。ホルモン療法が効きにくい場合や転移がみられる場合は、細胞障害性抗がん剤を用いることがあります。 なお、「国立がん研究センターがん情報サービス」のウェブサイトに「転移のない前立腺がんに対するNCCNリスク分類」の表と「前立腺がんの治療の選択」の図が掲載されていますので、ぜひ参照してみてください。 >>国立がん研究センターがん情報サービス:前立腺がん 治療https://ganjoho.jp/public/cancer/prostate/treatment.html ●前立腺肥大症治療の第一選択薬はα1 遮断薬です。●PSA>4ng/mL、またはPSA値が持続的に上昇している場合、前立腺がんの可能性が高まります。●前立腺がんの多くは数十年かけてきわめて緩徐に進行するため、ほとんどのケースでは直接的な死因とはなりません。 執筆:山中 克郎福島県立医科大学会津医療センター 総合内科学講座 特任教授、諏訪中央病院 総合診療科 非常勤医師、大同病院 内科顧問1985年 名古屋大学医学部卒業名古屋掖済会病院、名古屋大学病院 免疫内科、バージニア・メイソン研究所、名城病院、名古屋医療センター、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)、藤田保健衛生大学 救急総合内科 教授/救命救急センター 副センター長、諏訪中央病院 総合診療科 院長補佐、福島県立医科大学会津医療センター 総合内科学講座 教授を経て現職。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)日本泌尿器科学会編:男性下部尿路症状・前立腺肥大症治療ガイドライン.リッチヒルメディカル,東京,2017:51.2)Chick D,et al.:Benign prostate hyperplasia.MKSAP19 General Internal Medicine2,American College of Physicians, 2022:51-52.3)日本泌尿器科学会編:男性下部尿路症状・前立腺肥大症診療ガイドライン.リッチヒルメディカル,東京,2017:82.4)板金広,上田剛士,矢吹拓編:Common Diseases Up To Date.南山堂,東京,2022:436-447.5)国立がん研究センター:がん情報サービス がん種別統計情報 前立腺.2022.https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/20_prostate.html2024/10/15閲覧6)US Preventive Services Task Force. Screening for Prostate Cancer:US Preventive Services Task Force Recommendation Statement.JAMA 2018:319(18);1901-1913.7)日本泌尿器科学会:前立腺癌診療ガイドライン 2023年版.メディカルレビュー社,大阪,2023.8)Chick D,et al.:Benign prostate hyperplasia.MKSAP19 Oncology,Prostate Cancer,p51-52,2022:26-29. 9)Newcomb LF,Schenk JM,Zheng Y,et al.:Long-Term Outcomes in Patients Using Protocol-Directed Active Surveillance for Prostate Cancer.JAMA 2024:331(24);2084-2093.