
疥癬とは? 特徴や症状、感染予防策を正しく知ろう【多数の症例写真で解説】
在宅療養者によくみられる皮膚症状を、皮膚科専門医の袋 秀平先生(ふくろ皮膚科クリニック 院長)が写真を見比べながら分かりやすく解説。今回は疥癬(かいせん)を取り上げます。これだけは知っておきたい基本的な知識をお伝えします。 正しい知識で疥癬に備える 疥癬の発生に遭遇した方はいらっしゃるでしょうか。施設や病院ではアウトブレイクする可能性があるため、「疥癬」と聞いただけでパニックになってしまうこともあるようですが、まずは疥癬について正しい知識を身につけましょう。備えておけば憂いなし、です。 疥癬とは 疥癬は、ヒゼンダニ(図1)という虫が皮膚に寄生して起こる疾患です。ダニが咬んでかゆみが出るのではなく、虫の死骸や卵、糞などにアレルギー反応を起こしてかゆくなります。 図2にヒゼンダニの生活史を示します。ヒゼンダニは卵から孵化すると10日ほどで交尾を始めます。交尾したメスは角層の中を、あたかもトンネルを掘るように進み、次々と卵を産んでいきます。孵化した幼虫は角層を破って皮膚の表面に出ていきます。 図1 ヒゼンダニ Aは成虫で前後に各2対の脚を持ちます。Bは幼虫で、後脚が1対です。 図2 ヒゼンダニの生活史 林 正幸:疥癬.寝たきり高齢者の皮膚疾患,メジカルセンス,東京,2000.を参考に作成交尾したメスは角層の中を掘り進み産卵し、孵化した幼虫は角層を破って出ていきます。 図3 ヒゼンダニのトンネルと検出した虫体と虫卵 A:結節に見られた疥癬トンネル(ダーモスコピーによる)B:Aのトンネルから検出したヒゼンダニの虫体と虫卵。虫体の近くにある産卵直後の卵は無構造に見え、離れたところにある卵の中には虫の姿が見えます。 病型によって異なる症状 疥癬には通常疥癬と角化型疥癬の2つがあり、臨床症状が異なります。 通常疥癬 通常疥癬によく見られる皮疹として疥癬トンネル、紅斑性丘疹、結節の3つが挙げられ、それぞれ好発部位があります(図4)。 図4 通常疥癬の主な皮疹と好発部位 疥癬に特異的な皮疹は疥癬トンネルです。ここで、ヒゼンダニの成虫が掘り進めながら産卵します。紅斑性丘疹と結節はアレルギー反応により生じるとされていますが、結節の表面にはトンネルが見られることがあります。かゆみが強く、「夜も眠れない」という訴えがあった場合は疥癬を疑う必要があります。「痒みシュラン」1)三ツ星、つまりかゆみの程度はまさに「耐えがたい」もので、最大レベルです! 角化型疥癬 摩擦を受けやすい場所(手足、肘・膝など)、さらには通常疥癬では皮疹が出ない頭部、頸部などに、灰色や黄色がかった白色の、少し汚い感じのする厚く増殖した角質が見られます(図5)。爪も肥厚し、爪白癬のような症状を呈することがあります。角化が亢進する理由は、よく分かっていません。 図5 角化型疥癬 AとBは同一症例。内科疾患による免疫低下があります。Cは湿疹と誤診されて長期にステロイド外用が行われていた例です。 宿主が免疫能の低下した人であれば角化型疥癬に 通常疥癬と角化型疥癬では寄生しているヒゼンダニは同じですが、宿主の側に違いがあります。(重篤な)免疫不全がなければ通常疥癬、重篤な基礎疾患を有している人、薬剤により免疫能が低下した人などに角化型疥癬が発症します。免疫低下のためアレルギー反応を起こせず、かゆみが生じない場合もあります。 角化型疥癬は、図6に示すように患部からは多数のヒゼンダニが検出され、一説には全身で100万匹以上寄生しているともいわれます。そのため感染力も強く、施設で発生した場合には厳重な対処が必要です。第1例がノルウェーから報告されたため「ノルウェー疥癬」とも呼ばれています。 図6 角化型疥癬の虫体と虫卵 図5のCの患部から検出した多数の虫体と虫卵です(丸いのは空気の泡)。通常疥癬では1つの視野にこれだけ多くの虫体は見つかりません。 診断にはヒゼンダニの検出が必要 アレルギー反応といっても、ヒゼンダニに対するアレルギー検査(特異的IgE抗体検査)は開発されていません。一般に検査されているヤケヒョウヒダニやコナヒョウヒダニの抗原と交差することがあり、好酸球が増加することもありますが、血液検査では分からない、と思っていたほうがよいでしょう。 顕微鏡検査 確実な診断には、病変部から眼科剪刀などで検体を採取し、ヒゼンダニの虫体、虫卵、糞などを検出する必要があります。しかし、在宅や施設で検体を採取した場合、そこで顕微鏡で検査をすることは難しいため、筆者はクリニックに持ち帰っています。感染のリスクを避けるため、検体を2枚のスライドグラスに挟んで周囲をテープで止めたり、小さいビニル袋に入れたりしています。 ダーモスコピー検査 もう一つの診断方法は、ダーモスコピー検査です(図7)。本来は色素性病変を診断するための道具ですが、疥癬トンネルを見つけるのに非常に便利です。ほとんどの場合、あちこちの皮疹をダーモスコピーでのぞき込み、トンネルを探すことによって診断がつきますし、そもそもトンネルの部分を採取しなければ虫や卵などは見つかりません。 図8は湿疹のように見えましたが、実は疥癬であった症例です。体幹を中心に紅斑と丘疹が散在し、手にはトンネルを認めませんでした。ところが、ダーモスコピーでよくよく探してみると左腰のしわの下にトンネルを見つけ、疥癬の診断をつけることができました。しかし残念なことにダーモスコピー検査は疥癬に対しては保険請求できません。 図7 ダーモスコピー 記録できるカメラタイプのものもあります。 図8 湿疹のように見えたが疥癬だった症例 湿疹のように見えましたが、左腰のしわの下にトンネルを見つけることができた症例です。右下はダーモスコピーの所見。 疥癬の診断は難しい! ここで宣言?しておきましょう。「疥癬の診断は難しい」です。怪しいと思ってもトンネルが見つからない、虫を確認できない、ということはよく経験されます。どうしても白黒つけがたいケースもあり、そうした思いを共有するためのツールとして疥癬グレード分類(SGグレード分類)2)が提唱されています。 グレードは0~5段階に分けられています。グレード5は「角化型疥癬」、4は「通常疥癬」、3は「症状は疑わしいがヒゼンダニが検出されない」、2は「疥癬の可能性が否定できない」、1は「まず疥癬ではないと思われる」、0は「疥癬を疑う必要はない」という分類です。それぞれの分類で治療方針や隔離の必要の有無などが明記されていますので参考にされてください。後で述べる日本皮膚科学会のガイドライン3)とは若干対応が異なり、やや「念のため」という内容になっていると思います。 「介護人の疥癬」に注意 先述したように、宿主の免疫能が低ければ角化型疥癬になりますが、普通の免疫力があれば通常疥癬になります。もしも、もっと免疫力が強ければもっと軽い症状になる、と考えられるのではないでしょうか。 「介護人の疥癬」という概念があります4)。疥癬の患者さんを介護している家族や職員に発症する疥癬で、典型的な手のトンネルや外陰部の皮疹などがなく、上肢、特に前腕の屈側に少量の丘疹を生じるというものです(図9)。気がつかずにベクターとなって感染を広げている場合があるのだと思われます。 図9 介護者の疥癬罹患例 50代、女性。介護していた父親が疥癬に罹患。上肢にかゆみを感じ、近医を受診するも、手や体幹などには皮疹がなく湿疹と診断されました。ステロイド外用で一時改善しましたが、その後悪化。左前腕に線状の皮疹を発見し、ダーモスコピーでトンネルを確認し、さらにそこから虫体を検出して疥癬の診断がつきました。「介護人の疥癬」と考えられます。 内服薬と外用薬で治療 ベテランの皆さんは、疥癬の治療にγBHC(リンデン)やイオウの入浴剤を使った記憶があるかと思います。前者は2010年の法改正で使用禁止となり、後者は諸事情により発売が中止されました。2006年にイベルメクチン内服、2014年にはフェノトリン外用が発売され、疥癬の治療はずっと楽になりました。ちなみにイベルメクチンは2015年にノーベル生理学・医学賞を受けた大村智先生が発見された物質です。 イベルメクチン、フェノトリンともに卵には効果がありません。一度内服や外用をすると虫を殺すことはできますが、その時に卵であったものが孵化して次の卵を産んでしまいます。そのため、1週間後に2回目の投与が必要です。ただ、筆者の印象としては、3回は内服または外用したほうがよいように感じています(あくまで個人の意見です)。重症の疥癬(角化型疥癬や、それに近いと判断される場合)では両者を併用しますが、通常疥癬に併用すると都道府県によっては保険診療の査定を受ける場合があります。 クロタミトンの全身外用も以前はよく使われていましたが、少なからずかぶれるので注意を要します。 疥癬への4つの対策 疥癬感染の予防策については、日本皮膚科学会のガイドラインに準拠するのがよいでしょう。ガイドラインは学会のホームページから閲覧・ダウンロードすることができます。詳しくはそちらをぜひ閲覧してください。ここでは通常疥癬の対策のポイントをご紹介します。ガイドラインでは以下の4つが推奨されています3)。 (1) 手洗いの励行(2) 診察室や検査室などのベッドにはディスポーザルシーツの使用(3) 洗濯物の運搬時の注意(4) 雑魚寝状態なら同室者や家族などへの予防治療を検討 すなわち、この4点以外は通常通りの対応でよく、個室隔離も不要です。おそらく一般に考えられているよりも「軽い」対策なのではないでしょうか。しかし、角化型疥癬では厳重な対策が必要です。 いずれにしてもいざ発生してしまったときにあわてないように、それぞれの施設でマニュアルを作成しておくことをおすすめします。 >>日本皮膚科学会「疥癬診療ガイドライン(第3版)」は以下のURLより閲覧いただけます。https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/guideline/kaisenguideline.pdf 執筆:袋 秀平ふくろ皮膚科クリニック 院長東京医科歯科大学医学部卒業。同大学学部内講師を務め、横須賀市立市民病院皮膚科に勤務(皮膚科科長)。1999年4月に「ふくろ皮膚科クリニック」を開院。日本褥瘡学会在宅担当理事・神奈川県皮膚科医会副会長・日本専門医機構認定皮膚科専門医編集:株式会社照林社 【引用文献】1)塩原哲夫:痒みシュランとは…….Visual Dermatology 2003:2(9);873.2)浅井俊弥:疥癬の痒み.Visual Dermatology 2017:16(11);1078-1079.3)日本皮膚科学会疥癬診療ガイドライン策定委員会:疥癬診療ガイドライン(第3版).日皮会誌 2015:125(11);2044.4)江川清文:介護人の疥癬-初期病変を見逃さない.西岡 清編,皮膚科診療のコツと落とし穴3疾患Ⅱ,中山書店,東京,2006:130.