家族看護

家族看護 事例
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2023年8月29日
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訪問看護師の家族看護 療養者のセルフケア&家族との関わり【事例紹介】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回は、子どもに対する心配が大きく、過干渉になってしまう家族が登場します。訪問看護師はどう対処すればよいか困惑しますが、支援者である自分自身を深く見つめなおすことで状況が変化していきます。 事例紹介 Aさん(10代後半、女性) 有名進学高校に在籍していましたが、友人関係のトラブルが引き金となり、幻覚や妄想などの症状が出現し、統合失調症と診断されました。 数ヵ月の入院生活を経て、現在は休学し自宅療養中。全般的に意欲や自発性の低下が見られるものの、母親の送迎により週2回デイケアに通所しています。母親は日中仕事で不在のため、Aさん一人ではインターホンの対応ができず心配だとして、祖母に来てもらっています。 Aさんは携帯電話やSNSを利用して友人と交流を持ちたいと母親に訴えますが、発症前にSNSでの友人とのやりとりで落ち込むことがあったことを理由に、母親は携帯電話を持つことやSNSの利用を禁止しています。Aさんは残念そうではありますが、母親とぶつかることはなく、漫画を読んだり、テレビを見たりして、ほかのことで気を紛らせています。訪問看護師がAさんへ問いかければ、そつなく返事が返ってきますが、Aさんから積極的に話すことはありません。 家族構成 同居家族は、Aさんの父(50代、会社員)、母(50代、教員)、弟(高校生)の4人。近隣に住む母方の祖母が支援してくれています。母親は管理職のため多忙ですが、仕事の調整をしながらなんとかAさんの送迎を行っています。 訪問看護師の悩み(直面している課題) Aさんが携帯電話やSNSを利用して友人と交流を持ちたいと訴えても認めず、一人で留守番することにも難色を示す母親が、かえってAさんの自立を阻害しているように感じ、違和感を持っています。Aさんの力量をアセスメントして、母親にAさんの自立に向けた方法を提案したいと思いますが、母親がAさんの行動を強く統制しているためそれもできません。 そして、訪問看護師に対する母親の対応が威圧的に感じられ、母親にどのように関わったらよいのか糸口が見いだせず困っています。まだ訪問を始めて日が浅く、結局のところ、「心配だからダメ」という母親の話を一方的に聞くばかりで、深くは踏み込めないままに訪問が続いています。 渡辺式家族アセスメント/支援モデルで考える 検討場面の明確化 Aさんの願いを聞き入れもせず、Aさんを一人で留守番させることもしない母親。そんな母親に対して、訪問看護師は違和感を持っていました。どのように関わったらよいのか訪問看護師が困惑していた、この時期を取り上げて、Aさん、母親、訪問看護師に何が起こっていたのか検討したいと思います。 それぞれの文脈(ストーリー) ■訪問看護師訪問看護師はAさんの自発性を大切にし、Aさんの希望を叶えたいと思っていましたが、結局、母親の話を一方的に聞くという対処に終わっていました。背景にあったのは、Aさんの実際の力量がアセスメントできず、母親を説得する具体的な材料を持っていなかったこと、また母親の言動から考えを曲げようとしない頑なさに圧迫感を覚えていたことが挙げられます。 ■母親母親は、Aさんが携帯電話やSNSを利用して友人と交流を持ちたいという願いに困惑し、娘の願いを聞き入れず、自己のコントロール下に置くという対処をとったと考えます。その背景には、発症の引き金になったのが友人関係のトラブルであり、また同じことが起こるのではないかという不安や、何としても再発だけは避けたい、親として自分が娘を守らなければという使命感があったと思われます。 ■AさんAさんは母親から携帯電話を持つことやSNSの利用を禁止され、仲のよい友人に連絡できないことに困っていました。しかしAさんは、母親に強く不満を訴えることもなく、母親の判断に身を委ね、漫画を読んだり、テレビを見たりして、ほかのことで気を紛らわせています。その背景には、元々反抗期を経ておらず、母親の意見に従ってきた母子関係がありました。また、薬の鎮静効果による眠気や陰性症状による意欲低下があること、「母親が自分のことを心配してくれていることもわからないではない」という気持ちがあったと考えられます。 それぞれの関係性 次に母親、Aさん、訪問看護師の三者全体の関係性を俯瞰してみましょう(図1)。 ■母親とAさん母親はAさんをコントロールし、Aさんはそれに身を任せています。このままでは変化は起こらず、悪循環といえるでしょう。 ■Aさんと訪問看護師訪問看護師は、Aさんの気持ちを引き出そうと問いかけますが、Aさんはそつなく合わせるような対応です。対立や葛藤関係にあるわけではないですが、このままでは関係はなかなか深まらないと思われます。 ■母親と訪問看護師母親は、訪問看護師に対して期待はあるものの、何をどこまで期待できるのかが分からない状況です。再発への不安からとにかく今は自分の考えを通したいと主張しています。 まだ訪問を開始してから日も浅く、母親に対して関わりにくさを感じている訪問看護師は、母親に深く踏み込むことはせず、話を聞きながらAさんの主張に対してしかたなく応じています。訪問看護師は母親へのアプローチの方法を探っている状態だと思われます。 図1 Aさん、長女、訪問看護師の相互関係 パワーバランスと心理的距離 ここでは、母親と訪問看護師を取り上げて考えてみます(図2)。 母親の言動に圧迫感や関わりにくさを抱いていた訪問看護師のパワーは低くなっていたと思われます。一方、再発への不安が強く、何としても娘を守らなければという強い使命感に駆られていた母親のパワーは高いと考えられます。 両者の心理的距離はどうでしょう。お互いに関心を寄せていますが、娘を守りたい母親は境界を越えて訪問看護師へ迫っており、ベクトルもやや太くなっています。訪問看護師の方は、母親に対し何とか関わりの糸口を見つけようと、母親へ関心を向けながらもとどまっています。 図2 母親と訪問看護師のパワーバランスと心理的距離 アセスメントをもとに支援の方策を考える まずは、看護師のパワーを上げる必要があります。そのために、経験豊かなスタッフとの同行訪問を実施しました。これまでは母親に圧迫感を抱いていましたが、ベテランのスタッフとともにいることで安心感が得られ、落ち着いて母親の思いをじっくり聴き、話し合うことができました。 訪問看護師は、「友人関係で失敗してそれが再発につながるのが怖い」と訴える母親の気持ちを十分に受け止めるように努めました。そして、折に触れて「失敗はむしろ成功へのヒントになること」を伝え、訪問看護師として「失敗から学んで成長につなげることができるように支援すること」を保証しました。 また、母親に対し、Aさんの状況や母親の役割について繰り返し丁寧に説明しました。つまり、Aさんは病気を抱えつつも親からの自立という大切な発達段階を歩んでいる途上にあること、母親は自分自身の不安に圧倒されるのではなく、娘であるAさんを見守り自立を応援する段階にあることを伝えたのです。 Aさんに対しては、Aさんが自分の意思を尊重できるように「どうしたいのか?」と問いかけることを大切にしながら関わりました。 こうした支援により、母親は徐々にAさんの自立を見守れるように変わってきました。現在Aさんはデイケアに一人で通い、留守番もできるようになりました。一定のルールのもと携帯電話も使いこなしています。母親は過干渉になることもなく、Aさんとの距離感も良好なものとなっています。 事例におけるアセスメントと支援のポイント ●過干渉にならざるを得ない母親の不安の強さをアセスメントし、十分受け止めたこと●母親に苦手意識を感じる自分自身を認め、ほかのスタッフに応援を求めたこと●母親に、失敗は成功のヒントになること、またたとえ失敗しても成長につなげられるように支援すると保証したこと●母親に自立を促す役割の大切さを強調し続けたこと 執筆:株崎 雅子地方独立行政法人埼玉県立病院機構埼玉県立循環器・呼吸器病センター ●プロフィール2010年より「渡辺式」家族看護を学び、2023年「渡辺式」家族看護認定インストラクターを取得。現在は「渡辺式」の普及を目指し、急性期病院での活用や看護管理者への活用に向けて奮闘中です。 執筆:堤 真紀訪問看護ステーションみのり東京支店 所長 ●プロフィール2023年「渡辺式」家族看護認定インストラクターを取得し、現在は臨床だけでなく、家族看護の講義や執筆を行うなど実績を積み重ねています。 編集:株式会社照林社

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2023年8月1日
2023年8月1日

自己流の介護を続ける家族への関わり【家族看護 事例】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回は、体調不良を抱えながら認知症の母親を一人で介護する家族のケースです。さまざまなストレスを抱える中で、支援者の提案や要望を受け入れることができず、自己流の介護を続ける家族への関わりを考えてみたいと思います。 事例紹介 Aさん(80代、女性) 5年前にアルツハイマー型認知症と診断。 現在は体調管理をメインに週1回の訪問看護を利用、緊急時の対応も契約しています。最近、食に対する意欲がなくなり、食べないために痩せが目立つようになってきました。水分摂取も忘れがちで、冬場に脱水症状を起こしたことがあります。そのときは、意識がもうろうとなったところを、訪問看護師がオンコール対応を行いました。 家族構成 Aさんの夫は10年前に他界。娘が2人いますが、主に介護を担うのは同居している独身の長女(60代)です。次女は他県へ嫁ぎ、ほとんど介護に関わることはありません。 訪問看護師の悩み(直面している課題) 長女は昔から体が弱く、両親から大事に育てられてきました。家事はあまり得意ではなさそうで、食事は出来合いの総菜を購入し並べるだけです。掃除や洗濯なども滞りがちになっていました。 訪問看護師は、せめてAさんが十分な栄養を摂れるように栄養剤の購入や水分摂取の声かけなどを訪問のたびに長女にお願いしますが、状況はなかなか改善されません。それどころか「母はこれしか食べてくれないから」と、食卓にはあんパンが山のように積まれるだけになってしまいました。 長女はそのうち看護師が訪問する時間になると自室に引きこもるようになってしまいました。声をかけても「体調が悪い」と言って部屋から出てこようとしません。訪問看護師は、このままでは再びAさんが脱水症状を起こしたり、栄養状態の悪化で体調を壊したりするのではないかと困っています。 渡辺式家族アセスメント/支援モデルで考える 検討場面の明確化 「長女が看護師の提案や要望を聞き流し、自己流の介護を続けている場面」を分析してみましょう。登場人物は、訪問看護師、長女、Aさんですが、ここでは訪問看護師と長女のストーリーを考えてみます。 それぞれの文脈(ストーリー) ■訪問看護師訪問看護師は、長女がAさんに適切な食事の準備や介護をしないためにAさんが体調を崩すかもしれないことを心配していました。 訪問看護師には「Aさんを守りたい」という責任感や、「家族は療養者の体調や生活を改善するために協力すべきだ」という思いがあります。また、長女の大変さを理解できるからこそ、「介護や家事の負担軽減方法を提案することも看護師の仕事だ」という役割意識もありました。 これらの背景から訪問看護師は、長女に必要な介護方法や手立てを提案し、取り組むことを要望するという対処をとっていました。 ■長女一方、長女は今まで自分をかばってくれていた母親が、以前の母親でなくなってしまったという喪失感を抱えていたと思われます。他県に居住し、ほとんど介護に関わらない妹に対する不公平感も抱いていたことでしょう。そして何より、母親の介護や家事に関して次々に訪問看護師から提案されたり、求められたりすることに対し困っていたと考えられます。 長女は、「自分も体がつらく、いろいろ言われてもできない」、「どう対応してよいかわからない」と感じていたと想像されます。また、これまで体が弱く、家族から守られてきた存在であった長女は、困った時には、結局誰かが何とかしてくれていたという過去の体験がありました。今回も長女は、自己流の介護を続けたまま引きこもり、提案や要望を聞き流すという対処をとっていたのだと思われます。 それぞれの関係性 次にAさん、長女、訪問看護師の三者全体の関係性を俯瞰してみましょう(図1)。 訪問看護師は、Aさんを「守る」ために長女に対しさまざまな提案や要望を繰り返し、回答を迫っています。それに対し、長女は「聞き流す」ことでわが身を守っています。訪問看護師が迫れば迫るほど、長女は「聞き流す」という対処を強化し、両者は悪循環にあると考えられます。 図1  Aさん、長女、訪問看護師の相互関係 パワーバランスと心理的距離 長女と訪問看護師について検討した内容を図2に示します。 訪問看護師は現状を変えようとパワーをかなり高くして、長女に提案と要望を行っています。また、Aさんを守ろうと境界を超えて長女に迫っているようです。 疲れて体調がよくない長女はパワーも低く、気持ちも訪問看護師には向いていません。これ以上迫られるのを避けようと、壁を立てて何とかしのいでいるようです。 図2 長女と訪問看護師のパワーバランスと心理的距離 両者ともにパワーの適正なライン(点線)に対して大きく高低差が付いてしまっている。 アセスメントをもとに支援の方策を考える ここまでのアセスメントをもとに、次の2つの支援の柱を考えました。 (1)看護師のパワーを下げる 訪問看護師には、長女に「負担軽減方法を提案することも看護師の仕事だ」という意識と、「家族は療養者の体調や生活を改善するために協力すべき」という価値観がありました。高くなっているパワーを下げるために、まずは支援者がこの「役割意識」から一旦離れ、いつの間にか陥りやすい「価値観を手放す」ことが大事になってきます。 そして、Aさん自身へのアプローチ、すなわち認知機能の悪化による気分障害(うつ状態や意欲・自発性の低下)に対し、在宅医との連携でアプローチの方法を再検討します。 (2)長女のパワーを上げる 低くなっている長女のパワーを上げるために、長女が抱える「母親がもはや以前とは同じではなくなってしまった」という深い喪失感に寄り添います。まずは長女が十分に癒され、周囲の支援を実感できるようにすることが不可欠でしょう。一人で介護する長女が、気持ちを吐き出せるようなアプローチを大切にしたいものです。 さらには、体調が悪いと感じている長女が、身体的精神的にも落ち着いた状態でいられるよう、長女自身の体調管理のサポートも重要です。 事例におけるアセスメントと支援のポイント ●支援者(訪問看護師)の中にいつの間にか醸成されている価値観や役割意識が相手を追い詰めていることがある。支援はそれを手放すことから始める●支援者が不十分に感じる介護も、家族にとっては自分なりにできる精一杯の対応の場合もある。不用意に迫ることは避ける●家族はそれまでと違う療養者の姿に深い喪失感を抱えることがある。家族が変化を起こす前に癒しといたわりを必要としていることがある 執筆:茶谷 妙子訪問看護ステーションひなた ●プロフィール訪問看護認定看護師「渡辺式」家族看護認定インストラクター、個別セッションファシリテーターとして活動。現在は訪問看護師向けの相談業務に従事。 編集:株式会社照林社 

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2023年7月18日
2023年7月18日

治療をめぐり療養者と意見が対立する家族への関わり【家族看護 事例】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回は医師がすすめる治療を家族が強く拒否した場面を取り上げ、支援の方策を検討していきます。 事例紹介 Aさん(80代、女性) Aさんは、心不全末期の状態です。重篤でしたが、これまで治療を続けながら、長男の協力のもと食事療法も熱心に行ってきました。しかし、病状が悪化し入院した際、終末期状態であるという説明とともに、在宅医や訪問看護の導入をすすめられました。 家族構成 Aさんは長男(50代)との2人暮らしです。早くに夫を亡くしたAさんは、長男と2人で支え合って暮らしてきました。長男はAさんの病気がよくなると信じ、毎回仕事を調整し受診に付き添ったり、食事や水分に気を遣ったりしてきました。 訪問看護師の悩み(直面している課題) 在宅チームの介入に対して、回復への期待が高い長男は納得していませんでした。そんな折、Aさんの呼吸困難や体の痛みなどの苦痛症状が増強。Aさんは、薬剤による症状緩和を希望しましたが、長男に強く反対され、何も言えなくなってしまいました。 悩んだAさんから相談された訪問看護師は、医師の力を借りれば長男の気持ちが変化するのではないかと期待し、在宅医による病状説明の場を設けました。ところが、長男は症状緩和のための薬剤調整をすすめる在宅医に激高し、強く拒否。事態は膠着状態となってしまいました。訪問看護師は、このままではAさんが強い苦痛を抱えたまま残された時を過ごしてしまうのではないかと困っていました。 渡辺式家族アセスメント/支援モデルで考える 検討場面の明確化 ここでは、「在宅医が症状緩和のための薬剤調整をすすめたものの、長男に強く拒否された場面」を取り上げ、Aさん、長男、訪問看護師に何が起こっていたのかを検討したいと思います。 それぞれの文脈(ストーリー) ■AさんAさんは、日に日に悪化していく体調と、在宅医がすすめる薬剤調整を長男が反対していることに困っていたと思われます。ずっと一緒に病気と闘ってきてくれた長男への遠慮がある一方で、少しでも症状を抑えて楽になりたい気持ちが強く、Aさんは訪問看護師に相談する、頼る対処をとりました。 ■訪問看護師Aさんから相談を受けた訪問看護師もまた、Aさんの苦痛症状が緩和できないこと、長男の意向が優先されAさんの意向が尊重されていない現状に困っていました。そこで、「医師の力を借りて長男を説得する」という対処を行いました。 その背景には、苦痛症状を緩和したいと考える医療者としての役割意識や、アセスメントにより「症状緩和は可能」と考えられること、また「説明は看護師より医師の力を借りた方が効果的である」という判断がありました。 ■長男長男は、回復を信じてがんばっているのに母親がどんどん弱っていくこと、そして回復を目指した治療ではなく、医療者が緩和のための薬剤を使おうとしていることに不満を覚えていたと思われます。 長男には「緩和ケアは最後の手段」という認識があり、それをすすめる在宅医や訪問看護師に対し根深い不信感を抱いていたと考えられます。自分が信じている治療で母親を治したいという気持ちも強くあり、これらが背景となって、「在宅医の提案を断固拒否する」対処をとったのではないかと推察されます。 それぞれの関係性 次にAさん、長男、訪問看護師の関係性を検討してみましょう(図1)。 登場人物二者の関係性では、まず、Aさんと長男の関係に注目してみます。Aさんが「遠慮する」ことで、ますます長男はAさんへの「コントロール」を強め、2人の関係性は悪循環にあるといえるでしょう。同様に、「説得する」訪問看護師と「断固拒否する」長男の関係性も悪循環を招いていると考えられます。 さらに全体を真上から俯瞰してみると、訪問看護師は、Aさんから「頼られ」、それに「応じる」ことでAさんとの距離が近くなっています。その一方で、長男を説得する訪問看護師と断固拒否する長男の間の距離はなかなか埋まらず、「Aさんと訪問看護師」対「長男」のような図式ができあがっていると思われました。 図1  Aさん、長男、訪問看護師の相互関係 パワーバランスと心理的距離 長男と訪問看護師について検討した内容を図2に示します。 検討場面における長男を説得する訪問看護師の情緒的パワーはとても高く、それに対抗するように長男のパワーも上がっています。 心理的距離を見てみると、説得し、翻意を迫る訪問看護師は、境界を越えて長男に近づいています。長男は、何とか踏み込まれまいと強固な壁をつくっており、看護師に背を向けていると考えられます。 図2 長男と訪問看護師のパワーバランスと心理的距離 アセスメントをもとに支援の方策を考える ここまでのアセスメントをもとに、関係性の悪循環を是正することが重要と考えました。そのために、訪問看護師が「説得する」ことをやめるのが、第一のポイントです。訪問看護師は、思い切って長男の説得をやめて、これまでAさんのために長男が取り組んできたことを聞き、今も行っていることについては労うようにしました。長男を知ろうと努めたのです。 その上で、医療者もAさんを大切に思い、Aさんと家族である長男に伴走したいと考えていることを伝え、関係性の構築につなげました。訪問看護師が対応を変えたことで、長男は徐々にこれまでの苦悩やAさんに対する思いを少しずつ語ってくれるようになりました。 このご家族を知れば知るほど、親子でAさんの闘病に取り組んできたことが分かってきました。だからこそAさんは緩和ケアを希望しているにもかかわらず、長男の期待を裏切るようで言い出しにくい気持ちが強いことも分かってきたのです。 同時に、長男にはほかの誰でもないAさん自身の言葉以外は届かないであろうことも見えてきました。そこで訪問看護師は、Aさんに自分自身の言葉で長男に希望を再度伝えるように提案し、Aさんをエンパワメントする側に立つようにしました。 数日後のことです。Aさんから「昨夜、息子に話してみました」と報告がありました。Aさんは、長男への感謝とともに今自分が感じている体調を伝え、医療者に頼っていきたいと話したそうです。長男は、しばらく黙っていたようですが、「分かった」と言ってくれたとのことでした。 その後Aさんは、症状緩和により穏やかさを取り戻し、長男に見守られながら自宅で旅立たれました。 事例におけるアセスメントと支援のポイント ●「療養者-訪問看護師」対「家族」という構図を生じさせることがあるので、療養者の立場に立って家族を説得しようとする対処には慎重になること● 説得の前に、まずは理解。それまでの家族の歴史、家族の強みを知ること● 療養者が自分で家族に希望を伝えることを第一の選択肢とし、療養者をエンパワメントすること 執筆:富岡 里江株式会社ウッデイ 訪問看護ステーションはーと ●プロフィール大学病院勤務の後、1997年より訪問看護ステーションに勤める。2000年から10年間ケアマネジャーを兼務。制度内の訪問看護だけでは支えきれないケースを目の当たりにし、2012年に現訪問看護ステーションに勤務。2013年「ホームホスピス はーとの家 金町」(住宅型有料老人ホーム)の起ち上げに関わった。2015年より東京都訪問看護教育ステーション事業の研修企画運営などを担当している。訪問看護認定看護師。「渡辺式」家族看護認定インストラクター。 編集:株式会社照林社 

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2023年6月27日
2023年6月27日

妻の病状を受け入れらない夫に対する関わり【家族看護 事例】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回から実際の事例をもとに援助に行き詰まりを感じた場面を取り上げ、「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を使って分析。支援の方策を考えていきます。 事例紹介 Aさん(50代、女性) 事務職をしていた半年前に胃がんと診断。すでに腹腔内に転移し、手術ができる状態ではありませんでした。入退院を繰り返し、抗がん剤治療を試みましたが効果は得られず。緩和ケアを中心とした在宅療養の開始と同時に訪問看護が導入され、Aさん自身も治療ができる段階ではないことを理解していました。症状は進行し、現在Aさんはほぼベッド上の生活です。予後も週単位と考えられました。 家族構成 同居家族は、Aさんと夫(50代)、中学生の娘と小学生の息子の4人暮らし。夫は管理職として働きながら、家事や子どもたちの世話を一手に引き受けています。お互いの両親は遠方に住み、高齢でほとんどAさんの自宅を訪れることはありませんでした。 訪問看護師の悩み(直面している課題) Aさんは、苦痛症状も増強。今までは夫に強く主張することがほとんどなかったAさんでしたが、「もうつらい。もう死んでしまいたい。もうがんばったでしょ。お父さん、もういい」と夫に必死に訴えるようになりました。夫は「そんなこと言うな。がんばれ!」と大声で叱責。「妻の気力が落ちてしまったら死んでしまう。一日でも長く生きてほしい」と、ひたすらAさんを励まし続けていました。 Aさんのつらい思いに寄り添いたい訪問看護師は、夫に対し病状を受け入れ理解してほしいと説得を試みますが、夫の勢いが強く、うまく介入することができません。最期の時が迫りつつある中で、どう介入すればよいのか困っていました。 渡辺式家族アセスメント/支援モデルで考える 検討場面の明確化 Aさんが夫に自分の思いを必死に訴えるものの、夫は「そんなことを言うな」とAさんをひたすら励まし続けます。夫の強い勢いを前に、訪問看護師は戸惑い、うまく対応できませんでした。そこで、この場面を取り上げて、Aさん、夫、訪問看護師に何が起こっていたのかを検討したいと思います。 それぞれの文脈(ストーリー) ■訪問看護師訪問看護師は、「もうこれ以上がんばれない」と言うAさんに寄り添いたいと思う一方で、夫がAさんをひたすら励まし続けることに戸惑い、かかわりに困っていました。訪問看護師の「Aさんをかばい、夫を説得する」という対処の背景には、夫にAさんの病状を受け入れてもらい、家族そろって穏やかな終末期を過ごしてほしいとの切なる願いがあります。それと同時に、今のままでは穏やかな終末期が遠のいていくと感じる焦りもあります。そうした状況が介入への困難感の増強につながっていたと思われます。 ■夫夫は、妻の奇跡的な回復を信じているのに、妻が弱音を吐き、医療者が希望のない話ばかりすることに困っていたと考えられます。「自分の行動を正当化し、妻を過度に励ます」という対処の背景には、若くして妻を失うかもしれない現実に直面した夫の予期悲嘆や妻亡き後の不安があったことでしょう。加えて、夫としての使命感、希望を失いたくない思い、病状の進行が早くて気持ちが追いつかない状況、仕事と介護の両立による余裕のなさなど、実に多くの要因があると推察されます。 ■AさんAさんは、夫に身体のつらさ、苦しみを理解してもらえないことに困り、夫に必死に訴えていました。その背景には、夫の気持ちも分かるものの、どうしても自分の体力や気力が伴わない現状があったと考えられます。 それぞれの関係性 次にAさん、夫、訪問看護師の三者全体の関係性を俯瞰してみましょう(図1)。 夫はAさんを「過度に励まし」、Aさんはそのつらさを訪問看護師に「訴え」、それを「受け止める」訪問看護師は夫を「説得」。説得された夫は訪問看護師への「反発」を強め、さらにAさんを励ますという悪循環が生じています。訪問看護師が夫を説得すればするほど、事態を悪化させているのです。 また、Aさんと訪問看護師の関係はうまく循環していますが、夫は孤独な状態にあるといえます。Aさんと夫の関係は悪循環に陥り、夫婦間の緊張・葛藤が高まっている状況です。 図1 Aさん、夫、訪問看護師の相互関係 パワーバランスと心理的距離 夫と訪問看護師について検討した内容を図2に示します。 夫は訪問看護師に対する反発のパワーが高まっています。訪問看護師も夫に分かってもらいたいと思うあまり、夫に向けるパワーが高く、両者は拮抗状態です。 心理的距離を見てみると、夫は境界を越えて訪問看護師側に迫っています。訪問看護師は何とかその場に踏ん張って夫に対処しているものの、夫の詰め寄りに大きな負担を感じている状況です。 図2 夫と訪問看護師のパワーバランスと心理的距離 アセスメントをもとに支援の方策を考える そこで、Aさんに関わるケアチームでカンファレンスを開催し、スタッフ間でそれぞれが抱いていた支援の困難感を共有しました。 これにより、気持ちが楽になった訪問看護師は、「過度に励ます」という夫の対処の背景について話し合い、夫が抱えている実に多くの苦しみに今更ながら気づきました。そして、私たち医療者もつらいけれど、「ご主人はそれ以上にもっと苦しんでいる」と共感の気持ちが沸き上がってきました。それとともに医療者の中に理想の最期を求める気持ちがあり、それがかえって夫を追い詰めている現状も見えてきました。 そのような気づきにより訪問看護師は夫の説得をやめ、「Aさん、今日は痛みもないようで、楽そうにされていますね」、「表情が穏やかで、子どもさんとの会話を楽しんでおられました」といったような、むしろ希望につながる会話を心がけました。すると次第に夫の緊張がほぐれ、夫も訪問看護師に心配事を吐露するようになりました。 そして、夫の病状認識を助ける介入も行いました。夫はAさんの病状の進行が早い状況に大きな戸惑いを感じていました。そんな夫が信頼でき、十分につらさを訴えられるような医師との面談の場を設けるようにしたのです。これにより夫は、今後Aさんが辿るであろう経過についてのイメージが少しずつ明確になったようです。訪問看護師が一貫して、Aさんの症状緩和と睡眠の確保に努めたことも夫の介護ストレスの軽減につながりました。 当初、夫は訪問看護師に対し反発していましたが、訪問看護師が対応を変えたことによって、訪問看護師との関係が確実に変化していきました。夫は、子どもたちをAさんから遠ざけていましたが、「親子(Aさんと子どもたち)の時間を大切にしてはどうか」という訪問看護師の提案を聞き入れ、子どもたちがそれぞれ可能な介護を担えるように働きかけるようになりました。子どもたちの存在によって夫婦間の葛藤が緩和され、やがて家族間の穏やかな会話も増えました。夫と子どもたちは最期までAさんを在宅で看取ることができました。 事例におけるアセスメントと支援のポイント ● 看護師のパワーを下げ、支援者から変わる必要があると気づけたこと● 叱咤激励せざるを得ない家族の思いや背景をケアチームで話し合うことで、訪問看護師の認識が苦手意識から共感的理解へ変化したこと● 一貫して療養者の症状緩和に努め、夫とは希望をつなぐ会話を心がけたこと● 夫の病状認識を助ける他者の介入を実現させたこと ● 子どもたちを介護に招き入れ、夫婦間の葛藤を緩和して家族全体の力を引き出したこと 執筆:丸岡 留美子長浜米原地域医療支援センター ●プロフィール1989年滋賀県立総合保健専門学校保健学科を卒業。長浜赤十字病院に勤務し、訪問看護を経験する。2006年に緩和ケア認定看護師を取得。緩和ケア推進や相談等のチーム活動を行い、家族や在宅看取りへの支援に力を入れる。退職後、2023年より地域の多職種とともに地域医療に携わる。 2000年に「渡辺式」家族アセスメント支援モデルに出会い、院内で定期的に勉強会を開き、事例検討を重ねてきた。現在、NPO法人家族関係・人間関係サポート協会のセミナーを受講し、インストラクターを目指している。 ▶NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会のホームページ※渡辺式シートのダウンロードも可能です。 編集:株式会社照林社

家族看護総論【後編】
家族看護総論【後編】
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2023年6月6日
2023年6月6日

家族看護 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは【総論 後編】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回は、渡辺先生にこのモデルの特徴や分析プロセスを詳しく解説していただきます。モデルの思考過程をツール化したシートについてもご紹介いただきます。 >>前編はこちら家族看護とは何か、看護職に求められることは【総論 前編】 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは、「援助者が対象者・家族との関わりに困った場面や時期に、いったい何が起こっていたのか、ことの全容を明らかにし、援助の方向性(方策)を導き出すための思考過程」をモデル化したものです。 例えば、「あのお母さん、何度説明しても自己流のケアのやり方を変えてくれない。どうしてなんだろう、困っちゃうな」とか、「本人と家族の思いがズレていて、にっちもさっちもいかない」といったような援助に行き詰まりを感じた場面で効力を発揮します。 モデルの前提にある考え方と特徴 このモデルの前提となっているのはシステム理論、すなわち「ある出来事は、そこに関与する人が互いに影響を及ぼし合って生じる」(循環的因果関係)という考え方です。したがって、「困った」場面を分析する際にも、相手(療養者や家族成員)のことはもちろんですが、自分たち援助者についても客観的に分析します。 家族看護においてもさまざまなモデルが開発されていますが、援助者を分析対象とするのはこのモデルをおいてほかにはなく、大きな特徴といえます。 「人間関係見える化シート®」 渡辺式家族アセスメント/支援モデルでは、その思考過程をツール化したシート(渡辺式シート)が開発されています。 このシートはⅠ:事例情報シートⅡ:人間関係見える化シート®Ⅲ:支援方法、実施、評価シートの3つのパートで構成されています。特に、「Ⅱ:人間関係見える化シート」に沿って分析していくと、複雑な問題も整理されて、支援の糸口を見出せるでしょう。このシートは思考過程を共有できるため、主にカンファレンスやコンサルテーションで活用されています。 図1に、Ⅱ:人間関係見える化シート®を抜粋し示します。 図1 Ⅱ:人間関係見える化シート® 渡辺式シートは、NPO法人 日本家族関係・人間関係サポート協会のウェブサイトからダウンロードできます。 文脈と関係性を解きほぐす(分析のプロセス) (1)登場人物と看護師の文脈(ストーリー)を考える まずは、「困りごと」「対処」「背景」という3つの視点から、個々の登場人物のストーリーを考えます。 事例として、何度説明しても自己流のやり方を変えようとしない母親と看護師との関わりを考えてみましょう。母親はいったい何に困り、どう対処しているのか、その対象の背景になっているものは何かを、母親の皮膚の内側に入ったようなつもりになって考え、シートに記入します(図2)。 看護師からすれば、望ましいとはいえないケアの方法にこだわる「困った」母親は、「看護師から再三指導されること」に困っていて(困り事)、「自分のやり方に固執する」という対処をとっているのかもしれません(対処)。その背景には、「母親としてのプライド」や「このやり方で大丈夫という自負」、あるいは「このやり方が慣れている」、「そこまで手間はかけられない」という母親なりの判断があるのかもしれません(背景)。 こうして母親になり替わったような気持ちで考えてみると、看護師にとっての「困った母親」は、実は看護師の存在に「困っている母親」でもあるという認識の転換が起こることがあります。 同様に、看護師のストーリーをあらためて考えてみると、「再三指導を繰り返す」という対処の裏側に、「療養者本人を守りたい」、「本人のために母親にはがんばって欲しい」という願いがあります。それと同時に、「あるべき母親に近づいて欲しい」といった願いもあり、母親をコントロールしたくなる気持ちが見え隠れすることもあるでしょう。 相手の、そして看護師自身のストーリーを深く推察することによって、対象を理解し、自分自身へのさまざまな気づきを得ることができます。 図2 文脈(ストーリー)と相互関係 (2)登場人物間の関係性を考える 登場人物と看護師のストーリーを分析した後、次は登場人物間の関係性を考えます。先の例でいえば、母親と看護師の関係性です。 この場合、看護師が再三指導することにより、母親は抵抗し、ますます自分のやり方に固執するという悪循環が生じているといえるでしょう。また、看護師が何とか母親に分かってもらいたいと思うがあまり、母親に向けるパワーが高くなり、母親もそれに負けじとパワーを高めている状態です。両者の心理的な距離は、知らず知らずのうちに近づきすぎており、両者ともに居心地の悪い関係になっていると考えられます。 シートでは、こういったパワーバランスや心理的距離を三角形の高さや楕円の位置によって表します。具体的には、図3に示したとおり、看護師、母親双方のパワーを示す三角形の高さは、適正ラインよりも高くなっていると考えられます。そして、看護師は母親との距離を近づけようと、矢印が示すように母親にパワーを向けています。一方母親は、看護師にこれ以上距離を詰められないように、看護師に対し、負けじとパワーを向けていると考えられます。 図3 パワーバランスと両者の心理的距離 看護師自身の変化も含め支援の方策を考える さて、登場人物と看護師のストーリー、および関係性を考えた後は、支援方策を検討します。すなわち、どうしたらパワーバランスや心理的距離を改善し、悪循環を是正できるのか、そのためには、看護師自身がどう変化すればよいのか、どのように相手に働きかけたらよいのかを考えます。 先の事例であれば、看護師の「再三指導を繰り返す」という対処から、「母親のやり方を(一旦は)認める」という方向に変化するという道が見えてきました。そうすれば、母親の抵抗のパワーは低くなり、母親と話し合える道が開きそうです。母親のプライドや自負を尊重し、安心感を届けることを意識することも大切でしょう。母親と目標を再度共有し、看護師としての判断も示すこと。そして、ともに目標達成のために望ましく、実現可能な方法を試行錯誤しながら見つけていくことが重要だといえます。表1に「支援の方策」をまとめましたのでご参照ください。 表1 支援の方策 ・母親のやり方を一旦は認め、母親のパワーを下げる・母親のプライドや自負を尊重し、安心感を届ける・母親と話し合って目標を共有する・ともに目標達成のために望ましく、実現可能な方法を見つけていく(考える) このように、分析をひとつの仮説とし、支援方策を考えて実施し、その結果を評価し、さらにアセスメントを繰り返していきます。 * 以上が渡辺式家族アセスメント/支援モデルの概要です。次回からは事例編です。実際に援助に行き詰まりを感じた場面を取り上げ、渡辺式家族アセスメント/支援モデルを使って支援の方策を考えていきます。 また、私が理事長を務める「日本家族関係・人間関係サポート協会」では、「渡辺式」家族看護に関する入門から認定インストラクターの養成にいたるまで、各種セミナーを開催しております。 ▼NPO法人 日本家族関係・人間関係サポート協会 各種セミナーのご案内https://famirela.com/seminar お問い合わせは、当協会までお寄せください。 執筆:渡辺 裕子NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会 理事長「渡辺式」家族看護研究会 副代表 ●プロフィール1982年千葉大学大学院看護研究科修了後、市町村保健師として勤務。その後「家族看護研究所」「家族ケア研究所」を立ち上げ、2022年から現職。長年、患者・家族、職場の人間関係に悩む看護職のサポートを行ってきた。 「NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会」では、「ケアが循環する社会の実現」を理念に掲げ、一般市民を対象とした「かぞくのがっこう」のほか、「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」に関する各種セミナーを実施している。 ▶NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会のホームページ※渡辺式シートのダウンロードも可能です。編集:株式会社照林社 【参考】〇渡辺裕子著.「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」,渡辺裕子監修.『家族看護を基盤とした地域・在宅看護論 第6版』,東京,日本看護協会出版会,2022,p.107-119.〇渡辺裕子著,鈴木和子著.「家族看護過程」,鈴木和子,渡辺裕子,佐藤律子著『家族看護学 : 理論と実践 第5版』東京,日本看護協会出版会,2019,p.98-107.〇渡辺裕子著.「人間関係見える化シートのご紹介」コミュニティケア.21(11),2019,p.38-46.〇垣見留美子,株﨑雅子著.「行き詰まりを打開する、渡辺式家族アセスメント/支援モデル」訪問看護と介護.28(2),2023,p.102-108.〇富岡里江著.「療養者への医療提供を拒む家族」訪問看護と介護,28(2),2023,p.110-117.〇茶谷妙子著.「子の障害に戸惑う家族」訪問看護と介護,28(2),2023,p.118-128.〇堤 真紀著.「療養者に対して指示的な家族」訪問看護と介護,28(2),2023,p.130-138.

家族看護総論【前編】
家族看護総論【前編】
特集
2023年5月9日
2023年5月9日

家族看護とは何か、看護職に求められることは【総論 前編】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。総論前編となる今回は、このモデルの提唱者である渡辺先生に、そもそも家族看護とは何か、ご家族をケアする上で大切なことを教えていただきます。 「家族看護」を整理しよう 訪問看護師である皆さんは、きっとこれまでにどこかで一度は「家族看護」という言葉を聞いたことがあるでしょう。ただ、「家族看護」と一口にいっても、人によってその捉え方はさまざまです。最初に、家族看護とはいったい何なのかを整理したいと思います。 家族という集団を対象に看護する 「家族看護」の「家族」とは誰のことを指すのでしょうか? 多くの方は、「介護者」を思い浮かべるかもしれません。あるいは、療養者と最も近しい関係にある妻や夫、母親や父親などを挙げる方もいらっしゃるでしょう。 これらはいずれも誰か特定の個人を指していますね。実は、家族看護における「家族」とは、特定の個人を指すのではなく「家族」というひとつの集団を指しています。家族という集団、すなわちひとつのチームを対象とした看護が、家族看護なのです。 例えば、80代の片麻痺のAさんが、夫と2人で暮らす自宅に退院してきたとしましょう。近くに暮らす長女がしばらく通って介護や家事を手伝うことになりました。Aさんと夫、長女のこの3人のチームが、最高のパフォーマンスを発揮してさまざまな困難を乗り切っていけるよう支援することが「家族看護」です。 目的は家族のパフォーマンスを上げること 「チームとしてのパフォーマンスを最大のものにする」これが家族看護の目的です。学問的には、「家族のセルフケア機能を高める」といいます。 介護や病、看取りといった課題をもつチーム(家族)が最大のパフォーマンスを発揮するためには、一人ひとりの健康と日々の生活の質がある程度良好に保持されていることが大切です。そして、メンバー間の関係性も鍵になるでしょう。 例えば、Aさんの自宅での療養を支える訪問看護師は、Aさんの健康状態や生活だけでなく、夫や長女の健康状態や日々の生活にも目配り・気配りを欠かさず、介護役割の獲得に向けた支援を行います。さらに、3人の関係性がより良好であるように、少なくとも介護をめぐる緊張や対立が起こらないようアプローチすることでひとつの家族を看護します。 多様なアプローチを組み合わせ看護する それでは、あらためて家族というチームのパフォーマンスを上げるために必要なアプローチを整理してみましょう。 一人ひとりをターゲットにしたアプローチとしては、まずは挨拶をするところから始まります。挨拶を通して、徐々に顔見知りになり、関係を築きます。次に、労をねぎらい、話に耳を傾け、健康を気遣います。そして、上手な気分転換をすすめ、介護やお世話をしながらもその人らしい生活を送れるように支援します。さらに、病気や障害の理解を促し、この先起こり得ることとそれへの対処の方法を示します。 また、ご本人と家族メンバー間の関係性に働きかけることが必要なケースもあります。その場合、中心になるのは、コミュニケーションを円滑にする支援です。ご本人の思いをご家族に投げかけたり、また逆にご家族の思いをご本人に投げかけたり、あるいは話し合いの場を設けたりすることもあるでしょう。今後の療養や治療の方針に対する合意形成の支援などが含まれます。 加えて、ご家族が、周囲の社会に用意されているサポート資源を活用できるように支援することも家族看護の重要なアプローチです。 このような多様なアプローチを組み合わせながら、ひとつのチームの力を高めていくのです。 家族看護に求められる3つのポイント 最後に、家族看護に求められる3つの大切なポイントをご紹介します。 (1)中立性を保持する 例えば、ご本人の支援に一生懸命になるがあまり、協力的とはいえないご家族に苦手意識を持つことはありませんか? 反対に、ご家族の日々の苦労に深く共感し、家族に無理難題をつきつけるご本人に複雑な思いを抱くことはありませんか?  ひとつのチームを丸ごと支援するためには、誰かだけに深く「肩入れ」するというのではなく、等しくだれにも同じように「肩入れ」することが必要になります。つまり、中立性の保持が重要です。 (2)メタ認知を働かせる もし、家族の中の誰かと関わるのが苦手だと感じたら、ご自分の家族観を振り返ってみるのも役に立つかもしれません。 例えば、「妻というものは夫が病気になったら支えるものだ」という価値観が強いと、そうではない妻に寄り添うことが難しいと感じるでしょう。また、自分の母親が長年介護を続け、その苦労を間近に見てきたとしましょう。すると、訪問先で介護を続ける妻と自分の母親が重なって、妻に深く共感し、中立ではいられなくなるかもしれません。 こうしたことに気づくのは、冷静で客観的な判断をしてくれる「もうひとりの自分」がいればこそです。「もうひとりの自分」が、自分の認知や他者の認知について、考えたり理解したりすることを「メタ認知」といいます。中立性を保持するためには、このメタ認知がひとつの鍵になります。 (3)鳥の目と虫の目を使い分ける 家族というひとつのチームを看護するためには、個々を理解するだけではなく、チーム全体が果たしてうまく機能しているのかを把握することが必要です。「全体を把握する」ためには、まるで悠々と空を飛ぶ鳥のように、一段高いところからひとつの家族を見下ろし全体を把握する、つまり俯瞰するという頭の働きが必要になります。その一方で、療養者のケアをする場合には、物事を微細に診て変化に気づく虫の目が必要です。 療養者を含め、ひとつの家族を看護するためには、この虫の目と鳥の目の両者を適切に使い分けることも大切なポイントといえるでしょう。 >>後編はこちら家族看護 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは【総論 後編】 執筆:渡辺 裕子NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会 理事長「渡辺式」家族看護研究会 副代表 ●プロフィール1982年千葉大学大学院看護研究科修了後、市町村保健師として勤務。その後「家族看護研究所」「家族ケア研究所」を立ち上げ、2022年から現職。長年、患者・家族、職場の人間関係に悩む看護職のサポートを行ってきた。 「NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会」では、「ケアが循環する社会の実現」を理念に掲げ、一般市民を対象とした「かぞくのがっこう」のほか、「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」に関する各種セミナーを実施している。 ▶NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会のホームページ※渡辺式シートのダウンロードも可能です。編集:株式会社照林社 【参考】〇渡辺裕子著.「家族について学ぶ」,渡辺裕子監修.『家族看護を基盤とした地域・在宅看護論 第6版』,東京,日本看護協会出版会,2022,p.42-157.〇鈴木和子著.「家族看護学とは何か」,鈴木和子,渡辺裕子,佐藤律子著『家族看護学 : 理論と実践 第5版』,東京,日本看護協会出版会,2019,p.3-25.〇鈴木和子著.「看護学における家族の理解」,鈴木和子,渡辺裕子,佐藤律子著『家族看護学 : 理論と実践 第5版』,東京,日本看護協会出版会,2019,p.27-60.

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