訪問看護と酸素・人工呼吸療法

在宅酸素療法・在宅人工呼吸療法患者の災害対策~事前準備や停電時の対応
在宅酸素療法・在宅人工呼吸療法患者の災害対策~事前準備や停電時の対応
特集
2025年1月7日
2025年1月7日

在宅酸素療法・在宅人工呼吸療法患者の災害対策~事前準備や停電時の対応

阪神・淡路大震災や東日本大震災に加え、最近では能登半島地震が記憶に新しく、地震や台風などの災害が多く起こっている日本において、国民が抱える災害への不安は計り知れません。その中でも在宅酸素療法(HOT)・在宅人工呼吸療法(HMV)患者さんにとっては、災害時にさまざまなことを考慮する必要があり、事前の準備や連携が重要となります。今回は、HOT、HMV施行時の災害対策について解説します。 災害時に起こりうるリスク(停電時含む) 台風、豪雨、地震、火災、洪水、停電など、災害には数多くのものがありますが、その規模によりさまざまな影響を受けます。台風や地震などの時には停電が起こる確率が高く、機器は電気を要することが多いため、早急な対応が求められます。 機器の取り扱い 酸素濃縮器を使用している場合には、すぐに電源が停止し酸素の供給が止まってしまうため、酸素ボンベにつなぎ変える必要があります。酸素を中断することにより原疾患悪化の可能性があるため、可能な限り安静時の酸素流量で過ごすことが望ましいです。 また、人工呼吸器は充電されているバッテリーに切り替わりますが、充電時間には限度があります。NPPV(非侵襲的陽圧換気)患者さんの場合、その間に可能であれば酸素療法のみに変更したり、TPPV(気管切開下陽圧換気)患者さんの場合には外部バッテリーにつなげたりする必要があります。 酸素ボンベやバッテリーは転倒や落下による被害を受けないように保管場所にも注意を払うことが重要です。使用可能時間を把握した上で業者への連絡を速やかに行います。 感染予防 災害時には劣悪な環境に身を置く可能性が高く、原疾患の悪化だけでなく、感染症に罹患するリスクが高まります。手洗い、アルコール消毒、含嗽、マスク着用などの感染対策を励行することに加え、日頃よりワクチン接種を行っておくことを推奨します。 災害を想定して準備しておくこと 食料品や生活必需品などの準備だけでなく、HOT・HMV患者さんは生命と直結する酸素や電源をどのように調達するのかが最優先となります。停電や緊急時に備えて、患者さん・ご家族が普段から準備しておくとよいことを以下に挙げます。  酸素ボンベは切らすことなく常に余裕をもって配達依頼をする緊急時や停電の中でも落ち着いてボンベ交換や取り扱いができるように日常より練習しておくHMV患者さんはバッテリーを適宜充電しておき、足踏みで行える吸引器や発電機、懐中電灯などを準備しておく鼻カニュラをはじめとした酸素吸入のデバイスや同調器の電池、吸引関連物品なども備蓄しておく災害時は、酸素や人工呼吸器の業者に被災状況を連絡し、ボンベの配送などを依頼すること、業者と連絡がとれない場合は、避難先を明記した貼り紙をどこに貼付するのかなどをあらかじめ業者や訪問看護師と共有しておく避難時にすぐに薬の調達が行える保障はないため、1週間程度の薬(内服薬・吸入薬・貼付薬・軟膏など)とお薬手帳を持参できるように準備しておく 災害時対応で留意すべきポイント 災害時、誰もが優先すべきことは、自分自身の安全の確保です。そのためには患者さん自身のADLやセルフマネジメント能力の程度、ご家族や介護者の有無などを把握しておかなければなりません。 災害の種類や程度によって大きく異なりますが、消防や自治体がすぐに対応できないこともあり、自宅で災害に見舞われた場合には、まず自分たちで行動することを余儀なくされる場合もあります。そういったケースを念頭に置き、避難が必要なときにはどうすればよいかなどを日常からご家族や訪問看護師、協力を求められる人たちで考えておくことも重要です。 災害時は互いの協力が不可欠です。業者や自治体、医療機関で調整を図りながら、患者さんの安全を維持できるよう速やかな現状把握、情報提供、資源提供などを行いましょう。 業者や自治体のフォロー体制と訪問看護師の役割 業者や自治体、医療機関との連携における調整は重要であるため、先行してシステム構築がなされている災害経験地域のモデルを参考に、各地域でもフォロー体制の早急な確立が望まれます(図1)。 図1 大規模災害時におけるHOT患者を取り巻く業者や自治体、医療機関との連携システムのイメージ 業者の役割:来院不可患者への対応とHOTセンターの運営協力 一時的避難でない場合、HOT患者さんには、酸素ボンベでは使用時間に限界があるため、常時酸素吸入できる酸素濃縮器の使用と電気供給が可能な場所が必要です。つまり、どこかの医療機関に避難する必要があります。 ただし、医療機関でも酸素配管があるベッドは入院対象となる患者さんに優先されます。したがって、酸素が確保できれば療養可能な患者さんは、医療機関内に設置されたHOTセンターでの対応となる可能性が高いです。 HOTセンターは、患者さんが使用しているメーカーを問わず、さまざまな業者からの酸素濃縮器を使用して運営されます。災害地外への二次避難でも酸素ボンベが貸し出されるシステム構築を検討しなければなりません。 NPPV・TPPV患者さんにおいては入院対応が優先して検討されると思われますが、酸素同様に契約内容に限られず使用することを念頭に置いた柔軟な対応が求められます。 行政の役割:地域における支援体制の整備 災害時になれば、医療機関は受け入れる患者さんの対応に追われ、自ら患者さんへの連絡を行うのは容易ではありません。患者さんの安否や避難場所の把握など、業者に頼ることが多いと思われます。 2013年以降、災害対策基本法の改正により、災害時に自ら避難することが困難な高齢者や障害者等の名簿(避難行動要支援者名簿)の作成が市町村に義務付けられました1)。名簿を順次更新し、災害発生時には地域だけでなく、医療機関や業者と共有・活用することにより、スムーズな対応が可能となります。そのためにも必要な患者情報の選別や共有・活用できるシステムの構築を行政主体で執り行うことが望まれます。 訪問看護師の役割:患者さん・ご家族の災害への備えの支援 災害への不安はあっても、実際を想定して備えることは困難なため、どのような準備が必要か、利用できる社会資源はあるかなど、患者さん・ご家族への情報提供や対応検討をともに行います。事前の準備や登録が必要なこともありますが、時間経過とともに危機意識も薄まるため、繰り返し相談・実践する機会を設けることが重要です。 事前登録の例を1つ紹介します。大阪府訪問看護ステーション協会では、2年ごとに発電機・蓄電器を管理する拠点ステーションを選出し、訪問看護ステーションを通じて、平時に患者さんからの貸出申請書を受け付けています。発災時には事前登録した患者さんが要請すれば、拠点ステーションに貸出可否の確認がされ、可能であれば貸出が行われます。 災害時に利用できる制度・団体 災害時に利用できる制度や団体にはさまざまなものがあります。一部を表1に示しますので、普段からこういった情報を調べておくとよいでしょう。 表1 災害時に利用できる制度・団体の例 執筆:渡部 妙子地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター慢性呼吸器疾患看護認定看護師監修:森下 裕地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター センター長竹川 幸恵地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター 副センター長編集:株式会社照林社 【引用文献】1)内閣府.「避難行動要支援者の避難行動支援に関すること」(平成25年)https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/yoshiensha.html2024/3/29閲覧 【参考文献】〇3学会合同セルフマネジメント支援マニュアル作成ワーキンググループ他編.「災害対策と対応」,『呼吸器疾患患者のセルフマネジメント支援マニュアル』.日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌 2022;32(特別増刊号):229-236.〇内閣府.「被災者支援に関する各種制度の概要」(令和6年) https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/pdf/kakusyuseido_tsuujou.pdf2024/12/24閲覧〇内閣府.「災害中間支援組織について」https://www.bousai.go.jp/kyoiku/bousai-vol/voad.html2024/3/29閲覧〇大阪府訪問看護ステーション協会 在宅患者災害時支援体制整備事業委員会.「人工呼吸器装着者の予備電源確保推進にむけた災害対策マニュアル」https://daihoukan.or.jp/wp/wp-content/uploads/2024/06/6a0157155302e8e5eea69f00e66de24d-1.pdf2024/12/24閲覧 ■「みんなの訪問看護アワード」エピソード募集中!(~2025/1/24)今回で3回目となるNsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」では、2025年1月24日(金)17:00まで「つたえたい訪問看護の話」を募集中です! 訪問看護にかかわる方であれば、誰もが共有したいエピソードがひとつはあると思います。皆さまのエピソードをお待ちしています!

在宅TPPV療法中の看護 観察ポイントや呼吸ケア、栄養管理、外出支援
在宅TPPV療法中の看護 観察ポイントや呼吸ケア、栄養管理、外出支援
特集 会員限定
2024年11月26日
2024年11月26日

在宅TPPV療法中の看護 観察ポイントや呼吸ケア、栄養管理、外出支援

呼吸ケアにより生命の安全が確保できると、日常生活は安定していきます。その先にある、その人らしい生活や自己実現に、療養者さんやご家族が目を向けられるよう、在宅での支援を模索し続けることが大切です。今回は在宅でのTPPV(気管切開下陽圧換気)療法の看護のポイントやコツについて解説します。 安全・快適に過ごすための観察ポイント ベッド周りや物品配置などの環境調整 退院当初は、療養者さんの生活の場を考慮してベッドの位置、周辺環境を調整します。よく使用する吸引用具や気管カニューレ、蘇生バッグ(バッグバルブマスク)などはベッドサイドに誰もがわかるように整理しておきます。移動が簡単にできるようカートにまとめて整理されている方もいます(図1)。 図1 ベッドサイドのカートの例 家族の手技や健康状態 退院当初は手技獲得のための支援を行いますが、慣れてくると徐々にご家族のやりやすい方法に変化していきます。ご家族のちょっとした言動や療養者さんの訴えから、「吸引圧が40cmH2Oを超えていた」「吸引時間がやけに長い」「経管栄養注入時間が異様に短い」等に気づくこともあるでしょう。ご家族を否定せず、なぜその方法に変化したのか背景を把握しつつ安全な支援方法に修正していきます。 医療依存度の高い療養者さんの支援は介護負担が大きくなるため、ご家族の健康状態や疲労にも目を向けて観察します。 医療機器の管理状況 安全対策のため、次の点を確認します。 呼吸器回路をはじめとしたチューブ類がギャッジアップ時にベッド柵に挟まったり引っ張られたりしてないか固定方法は安全か吸引器・呼吸器などのコンセントの差し込みプラグがゆるんでないか電源ランプがついているか など 特に呼吸器や吸引器を移動する頻度が多い方は、気付かないうちにコンセントの接続がゆるみ、内部バッテリーに切り替わり、突然電源が切れるといったことが起こり得ます。ヘルパーさんやご家族とヒヤリハットを共有し、事故防止につなげましょう。トラブル発生時の対応や連絡先をすぐ分かるところに掲示する工夫も大切です。 療養者の表情や言動、全身状態、呼吸状態 療養者さんの表情や言動、バイタルサイン、視診、触診、聴診、痰の性状や胸郭の動き、浮腫の有無などの全身状態、呼吸状態を観察します。圧管理であれば、モニター表示を見て、最高気道内圧(peak inspiratory pressure:PIP)、1回換気量(Vt)や分時換気量(Mv)、呼吸数等の実測値を確認します(図2)。発熱や何か苦しさを感じる時には呼吸数の変化やVt・呼吸パターンの変化が生じますが、普段の実測値を把握しておくことで変化に気づけます。 図2 呼吸器のモニター表示の例 圧管理では赤枠で囲んだ項目の実測値を確認する。モニター画面の緑色のバーは気道にかかる圧力をリアルタイムで表示している。青色のラインはPIPを示し、現在の圧力は12.9hPaで吸気中であることを示す 例えば、呼吸器回路のわずかな振動や音、触診による胸骨周囲でのラトリング(胸壁の振動)、Vtのわずかな減少、療養者さんの表情で痰吸引のタイミングが分かることもあります。 また、痰がつまってくるとPIPの上昇やVtの低下が見られることもあります。胸郭や肺が徐々に固くなることでも少しずつPIPが上昇しVtが低下します。呼吸数が上昇しMvを維持しますが、それも徐々に低下していきます。 このような長期的な変化は呼吸器のログデータからも把握できますが、その兆候が分かれば早めに対応策を検討できます。グラフィック波形では気道の状態や呼吸器との同調など今の呼吸状態を推測できます。 人工呼吸療法は、換気量の維持と酸素化の改善により安楽な呼吸を支援するものです。ただ、長期療養により人工呼吸器関連肺損傷(ventilator-induced lung injury:VILI)などの弊害も出てきます。呼吸器を使用しているのに苦しい状態を作り出さないよう呼吸の変化を観察し、異常を早期に発見し対処できるように取り組みます。 呼吸ケア:唾液処理、排痰支援、痰の硬さ調整 気道クリアランスケアにおいて重要なのは唾液処理と排痰支援、痰の硬さの調整です。 唾液を吸引する低圧持続吸引器(図3)や痰吸引器(図4)を活用し、唾液や痰の垂れ込みをできる限り予防します。 図3 低圧持続吸引器 図4 痰吸引器 商品の例:アモレSU1(画像提供:トクソー技研株式会社) 排痰補助装置の使用により、痰の喀出を助け、深呼吸代わりにしっかり肺を膨らますケアにつなげます。神経難病患者では、肺や胸郭の柔軟性を維持するために呼吸のリハビリテーション機器(図5)を活用している方もいます。看護師が訪問した時に積極的に身体を動かし、さらに訪問リハビリテーションによる呼吸リハや身体リハにも積極的に活用します。 図5 呼吸のリハビリテーション機器と実際のリハビリテーションの場面 機器の例:LICトレーナー(R)声をかけて人工呼吸器を外し蘇生バッグで加圧する。圧は医師の指示のもと、40cmH2Oまでかけて息止めを3~5秒実施。その後、呼気ラインを解除し、息を吐いてから呼吸器を装着し、呼吸を整える。1日数回実施している*写真は療養者さんご本人・ご家族の同意を得て掲載しています。 これらの専門性を活かしたケアのほかに、ベッド上で側臥位にしたり、ギャッジアップで身体を動かしたりします。また、車椅子移乗をはじめとした離床は痰を動かし胸郭を広げるケアにつながると考え、生活の中に取り入れるよう提案しています。 痰が硬い場合は、加湿の調整や水分量・薬剤調整を検討します。 できるだけカフ圧計を使用してカフ圧を管理し、合併症を防ぐことも大切です。 長期人工呼吸管理が必要なALS(筋萎縮性側索硬化症)の療養者さんの中には、胸郭の柔軟性低下によりPIP上昇やカフリークといった対応困難な症状を生じる方がいます1)。積極的な呼吸ケアがこれらの症状緩和の一助となり、VILIのリスクを少しでも予防することができるのではと考えケアを継続しています。 栄養管理:過剰な栄養の回避、摂取カロリーの減量 在宅でのTPPVによる人工呼吸管理は、主に慢性期の支援になります。ALSにおいては発症初期〜進行期は体重減少が独立した予後予測因子となりますが、人工呼吸管理期は過剰な栄養の回避、摂取カロリーの減量が必要です2)。TPPV療法の導入後、そのままの栄養量で在宅療養を継続していると、体重が急激に増えていく場合があります。定期的な採血や体重測定などにより、栄養状態を評価し、栄養量を訪問診療医や管理栄養士と相談していくことが必要です。 入浴支援:他職種や関係機関との協働が大切 在宅では、入浴支援は訪問入浴を活用します。入浴スタッフが3名で訪問し、持参した浴槽で入浴をサポートします(図6)。入浴に訪問看護師が同席するわけではありませんが、その時間帯にご家族が休息を希望される場合や、呼吸や全身状態が不安定な状況により入浴スタッフが不安を感じる場合は同席しています。 入浴は療養者さんにとって楽しみの1つですが、特に終末期が近くなると体調が安定せず入浴できる機会が減ってしまいます。療養者さんやご家族の意向を汲み取り、少しでも安楽への支援の1つとなるよう関係機関と恊働しています。 図6 入浴時の様子 呼吸器につないだ状態で入浴の介助を行う。入浴中にご本人の訴えが分かるように文字盤をそばに置くようにしている(写真では机の上にある)*写真は療養者さんご本人・ご家族の同意を得て掲載しています。 外出時の支援:移動方法や物品、人手を確認 外出はご家族やヘルパーさんと行うことが多く、持参物品、機器類の管理、呼吸トラブル時の対応などを想定し指導を行います。 療養者さんが初めて外出する場合、車椅子移乗動作を支援します。ほかに、室内廊下のクランクに車椅子が通るのか、階段の昇降方法など部屋から道路までの動線を確認します。公共交通機関を使用する場合は乗車場所の確認や支援依頼のための事前連絡などが必要となります。 持参物品も人工呼吸器、吸引器などの医療機器類が多くを占めます。呼吸器のバッテリー耐用時間を確認し、外出時間により予備の外部バッテリーの準備、それ以上の時間を要する場合は携帯型の蓄電池を準備します。 また、外出先や外出時間によって支援者の人数がどの程度必要か、ご家族やヘルパーさんと相談します。 コミュニケーションの実際 まずは安全のために誰かを呼べる手段を確立します。手足が動けばスイッチやボタンを設置します。身体を動かせない療養者さんの場合、視線入力装置やピエゾセンサーを活用します。中には呼吸器のアラームを鳴らしてコール代わりにする方もいます。 近年は、さまざまなコミュニケーション手段が増えましたが、ケア中は処置をしながらコミュニケーションをとることが多く、原始的な透明文字盤や口文字盤を活用します。ただ、ALSの療養者さんの場合、病状が進行すると眼球の動きを捉えづらくなります。療養者さんがよく希望されることをまとめた文字盤に切り替えますが(図7)、それも難しくなると「はい」「いいえ」で微かに反応のある方で意思確認を行います。表情や呼吸数、Vt、脈拍などの変化から普段と違う「何か」を読み取ります。 コミュニケーション手段を活用できない療養者さんの意思を汲み取るため、それまでの関係性から、「この場面ではこれを希望することが多かった」「このような反応を示していた」など、推測することも多くなります。療養者さんと支援者の信頼関係の構築により成り立つコミュニケーションがとても大切になると感じています。 図7 文字盤の例 療養者さんがよく希望することをまとめてオリジナルの文字盤を作成している 執筆:温盛 由紀子あい訪問看護ステーション平尾 所長監修:森下 裕地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター センター長竹川 幸恵地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター 副センター長編集:株式会社照林社 【引用文献】1)芝崎伸彦,小西かおる,宮川哲夫.「長期人工呼吸、合併症とその対応(ALSの気管拡張に着目して)」.日本難病看護学会誌 2021;25(3):226-229.2)清水俊夫.「筋萎縮性側索硬化症の代謝異常と栄養療法」.神経治療 2022;39(1):22-26. 【参考文献】〇山本美保.「TPPV管理中の呼吸状態のアセスメントとケア」.みんなの呼吸器Respica 2022;20(6):795-801.〇本間武蔵.「支援経験での気づき」.難病と在宅ケア 2021;26(12):32-36.

TPPV療法 病院と在宅の呼吸器の違いは? 在宅ならではの特徴を解説
TPPV療法 病院と在宅の呼吸器の違いは? 在宅ならではの特徴を解説
特集 会員限定
2024年11月12日
2024年11月12日

TPPV療法 病院と在宅の呼吸器の違いは? 在宅ならではの特徴を解説

病院と在宅で行なわれる人工呼吸療法は、一体何が異なるのでしょうか?例えば、医療従事者が常時いない、ケアの頻度が異なるなど環境の違いは何となく想像できるかと思いますが、使用する人工呼吸器の性能も異なります。いずれにしても人工呼吸療法が行なわれていることに変わりはなく、違いをしっかり理解しておかないと思わぬトラブルに遭遇することも。今回は、気管切開下陽圧換気(tracheostomy positive pressure ventilation:TPPV)療法について、病院で用いられる人工呼吸器と比較しながら在宅に合った機種や設定などを解説します。 人工呼吸療法の種類と適応 人工呼吸療法は図1のように分類されます。今回お話しするTPPV療法は、気管切開下で人工呼吸療法を行う方法であり、侵襲的陽圧換気(invasive positive pressure ventilation:IPPV)療法の仲間です。院内で侵襲的な人工呼吸管理を開始する場合、まずは気管挿管を行いますが、長期人工呼吸管理となる在宅や重症心身障害施設などでは挿管によるデメリット(安全面・感染面)が大きく、気管切開が選択されます。 図1 人工呼吸療法の種類 人工呼吸療法の適応と挿管・気管切開の適応 人工呼吸管理においては、人工呼吸療法の適応と、挿管や気管切開の適応を分けて考えます。人工呼吸療法の適応には以下が挙げられます。 酸素投与だけでは酸素化が不十分な場合自発呼吸だけでは換気が不十分な場合呼吸仕事量の増大を認める場合侵襲的な手術後の管理が必要な場合 など 一方で、挿管や気管切開の適応は自分で気道保護ができない患者さんとなり、例えば、以下のような場合に気管切開が行なわれます。 上気道閉塞自分では喀出できない大量の気道分泌物がある長期の侵襲的な人工呼吸療法が必要(例えば、重度脳性麻痺をはじめとした中枢神経系疾患による中枢性呼吸障害や神経筋疾患に伴う呼吸障害など) など まずは「なぜ人工呼吸療法が必要か?」「なぜ気管切開が必要か?」を常に頭の片隅で考えながら患者さんと向き合っていきましょう。 NPPVからTPPVに移行することも 神経筋疾患では人工呼吸療法の第一選択としてマスクで行う非侵襲的陽圧換気(non-invasive positive pressure ventilation:NPPV)療法が選択される場合もありますが、病態の進行に伴い気道の保護が困難となり、換気不全が増悪します。NPPV療法で換気補助が不十分になってくると、TPPV療法への移行を検討する必要があります。その際には患者さんの状態をしっかりと評価し、適切なタイミングを見極めることが重要です。 在宅用人工呼吸器は家族目線で選択 在宅TPPV療法の場合、日々の管理はご家族が行います。「ご家族でも安全に、簡単に管理できるか」が機器選択のポイントです。ここで紹介する「ソフト面」「ハード面」の双方から十分に安全性を評価した上で、「ご家族の希望に沿った人工呼吸器」を選択していくことが必要です。医療者目線での選択が必ずしも安全なTPPV療法の提供につながるとは限らないため、人工呼吸器の性能もしっかりと理解しておきましょう。 ソフト面の違い ソフト面とは、設定、モニタリング、オプションなどの機能を指します。 病院において、特に急性期の患者さんは呼吸状態が病態に応じて変化します。そのため、変化に応じた設定ができる人工呼吸器が使用されます。 一方、在宅では、基本的にご家族でも管理できるような安定した呼吸状態の患者さんが対象です。患者さんの呼吸に合った設定ができる人工呼吸器を選択することは大前提ですが、院内で使用する人工呼吸器ほどに高性能なものは必要ありません。 表1に、病院と在宅で用いられる人工呼吸器のソフト面における違いを示します。 表1 病院(ICU、一般病棟)と在宅で用いられる人工呼吸器のソフト面での違い ハード面の違い 次に、ハード面の違いを見ていきます。ハード面とは、電源・バッテリー、酸素供給の方法などの設備を指します。 近年、想定外の災害も頻繁に起こっており、電源の確保は特に重要です。在宅には病院とは異なり一般的なコンセント(商用電源)しかありません。この商用電源は、電力会社からの電力供給が停止すると、電気が止まってしまうため、その際は、人工呼吸器の内部バッテリーのみの稼働となります。明確な基準は示されていませんが、人命救助のタイムリミットとされる72時間程度は無停電装置や自動車のシガーソケットから電力確保ができるようご家族と定期的にシミュレーションを行っておくと安心です。 表2に、病院と在宅で用いられる人工呼吸器のハード面における違いを示します。 表2 病院(ICU、一般病棟)と在宅で用いられる人工呼吸器のハード面での違い 回路構成の違いを押さえトラブルを予防 人工呼吸器関連のトラブルの多くは、実は人工呼吸器本体より呼吸器回路(以下、回路)や加温加湿器などの付属品で起こっています。不適切な使用は患者さんの呼吸に影響を及ぼす恐れがあるので、付属品の機能や役割を習熟している必要があります。 特に付属品は、メーカーごとに取り扱いのできる種類が異なります。患者さんが使用する人工呼吸器のメーカーが、どのような付属品を取り扱っているのか、事前に情報収集しておくことが重要です。ここでは、回路と加温加湿器について理解を深めていきましょう。 回路の違い まずは病院用の人工呼吸器がどのように患者さんに空気を送っているのか見ていきましょう(図2)。 病院用の人工呼吸器は、本体の内部に吸気弁と呼気弁が搭載されています。吸気時に、吸気弁が開き、呼気弁が閉じることで患者さんへ空気を送ります。一方、呼気時には、吸気弁は閉じ、呼気弁が開くことで患者さんの呼気を人工呼吸器本体へ回収します。 呼気弁にはフローセンサが搭載されており、急性期の人工呼吸管理では呼気の量を測定できるメリットもあることから、病院では2本の回路を用いて、吸気口、呼気口それぞれに接続する形式になっています。そのような回路をダブル回路といいます(図2)。 図2 ダブル回路の人工呼吸器の例と吸気時・呼気時の空気の流れ 次に在宅用の人工呼吸器の空気の流れを見ていきましょう(図3)。在宅用の人工呼吸器では、吸気時は大気からフィルターを介して空気を取り込み患者さんへ送られます。一方、呼気時は、人工呼吸器本体ではなく、1本の回路の先端に呼気弁や呼気ポートを接続して、そこから呼気を排出します。 このような回路は呼気弁付きシングル回路といいます。在宅で使用する人工呼吸器は、取り付けが容易で軽量かつコンパクトで持ち運びに便利なことから、シングル回路が数多く使用されています。ただし、呼気弁を布団などで塞いでしまうと呼気の排出ができなくなる恐れがあるため、ご家族への十分な指導が必要です。 図3 シングル回路の人工呼吸器の例と吸気時・呼気時の空気の流れ 人工呼吸器の画像提供:レスメド株式会社 加温加湿器 人工呼吸器からの送気は、空気に比べてほとんど水分を含まない乾燥したガスが送られます。そのため、気管切開カニューレ内の分泌物が乾燥することによって、分泌物の排泄が困難となり、窒息のリスクや感染症の原因につながります。また、気管切開カニューレの挿入自体が分泌物を増やす要因の1つにもなるため、人工気道が留置されている場合、吸気ガスを適切に加温・加湿する必要があります。 人工呼吸管理における加温・加湿には一般的に加温加湿器が使用されます。加温加湿器のチャンバーに蒸留水を入れ、ヒータープレートで温め、人工吸気からの吸気ガスがこの水面を通過する際に湿度と温度を加える方式です。 また、加温加湿器には吸気回路にヒーターワイヤーが挿入されているタイプと、挿入されていないタイプがあります(図4)。ヒーターワイヤーは熱線とも呼ばれ、回路内の吸気の温度を一定以上に保ち、結露を防止します。どちらを使用するにしても、在宅では室温の変化が大きいため、回路内に結露が発生し、加温加湿器の誤作動によりアラームが鳴り止まないといったトラブルが起こる場合があります。 ヒーターワイヤーが挿入されていないタイプでは、結露を回収するためのウォータートラップを回路内に組み込まなければなりません。ウォータートラップ内の水の廃棄は、ご家族の負担につながるデメリットも挙げられます。 加温加湿器は有効な効果が得られれば、痰詰まりによる窒息を回避できるメリットがあります。ですが、蒸留水の管理はご家族の負担も多く、使用する際は痰の性状だけではなく、生活環境も考慮し使用を検討する必要があります。 図4 加温加湿器とヒーターワイヤー ご家族と情報共有し安全な在宅TPPV療法を 医療機器や付属品が最新になったとしても、トラブルが起こらないというわけではありません。本当に重要なことは、ご家族との密なコミュニケーションだと思います。常に情報共有することが異常の早期発見につながり、その結果、安全なTPPV療法へとつながっていくのではないかと考えます。ご家族と一緒に安全なTPPV療法の構築を目指していきましょう。   執筆:平野 恵子JA広島総合病院 臨床工学科 主任山田 紀昭済生会横浜市東部病院 TQMセンター 係長監修:森下 裕地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター 呼吸ケアセンター センター長竹川 幸恵地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター 呼吸ケアセンター 副センター長編集:株式会社照林社 【参考文献】〇平野恵子.「在宅用人工呼吸器の仕組み-ICU呼吸器との比較、インターフェイスなど」.人工呼吸2018;35:120-125.〇春田良雄.「小児在宅人工呼吸器の実際と特徴」,寺澤大祐,松井 晃,尾﨑孝平 監修,日本呼吸療法医学会 小児在宅人工呼吸検討委員会 編著,『小児在宅人工呼吸療法マニュアル』,メディカ出版,大阪,2017:167-170.

CPAP療法とは?知っておきたい適応や禁忌、治療継続につながる対応
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特集 会員限定
2024年10月8日
2024年10月8日

CPAP療法とは?知っておきたい適応や禁忌、治療継続につながる対応

睡眠時無呼吸症候群は、いびき・日中の眠気・倦怠感などの症状がみられる疾患で、在宅診療でも遭遇することがあります。上気道の狭窄が原因であることが多く、CPAP(持続陽圧呼吸)療法が行われています。今回はCPAP療法の適応・装置・メンテナンス法などを紹介します。 CPAP療法の適応疾患・基準 睡眠時無呼吸症候群の治療に用いられる 睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome:SAS)は、夜間の断続的な低酸素血症・高二酸化炭素血症・睡眠の分断などが原因で、いびきのほかに日中の眠気・倦怠感などを感じるようになる疾患です。2003年の新幹線オーバーラン報道がきっかけで、SASは世間一般にもよく知られるようになりました。 日本人を対象とした研究では、男性で約24%、女性で約10%に睡眠呼吸障害が報告されており1),2)、SASは有病率の高いcommon diseaseであると考えられています。心血管イベントや認知機能低下などのリスクも高くなることから、適切な治療が必要です。 SASは、上気道が閉塞してしまう「閉塞性睡眠時無呼吸」と、気道閉塞を伴わない「中枢性睡眠時無呼吸」に大きく分類されます。CPAP(continuous positive airway pressure)療法は、持続的に気道へ圧力をかけることで上気道の閉塞を解除し無呼吸を改善する治療法で、閉塞性睡眠時無呼吸に対して有効となります(図1)。 ただしCPAP療法はあくまで対症療法であり、根本的な原因治療ではないことを知っておかなければいけません。肥満であれば減量を試みる価値がありますし、扁桃肥大・アデノイドなど耳鼻科疾患があれば、その切除を検討することが必要です。 図1 CPAP療法のしくみ AHI20以上で在宅CPAP療法が適応に 在宅CPAP療法の使用基準は診療報酬上、以下に該当することとされています3)。 (1)無呼吸低呼吸指数(apnea-hypopnea index:AHI、1時間あたりの無呼吸および低呼吸数)が20以上であること(2)日中の傾眠・起床時の頭痛などの自覚症状が強く、日常生活に支障を来していること(3)睡眠ポリグラフィー上、頻回の睡眠時無呼吸が原因で、睡眠の分断化、深睡眠が著しく減少または欠如し、CPAP療法により改善する症例であることC107-2 在宅持続陽圧呼吸療法指導管理料 ただし、睡眠ポリグラフ検査(polysomnography:PSG)は、睡眠時にさまざまなセンサーを取り付ける煩雑な対応が必要で、入院で実施する必要があります。そのため、自宅で実施可能な施設外睡眠検査をはじめに行うことも多く、AHI の代わりに呼吸イベント指数(respiratory event index:REI)40以上の結果が得られ、かつ上記の(2)の症状を認めれば、CPAP療法の導入を行うことができます。 CPAP療法が使用できないケース CPAP療法は、嚢胞性肺疾患(巨大なブラがある、肺リンパ脈管筋腫症、Birt-Hogg-Dube症候群など)、気胸、病的な低血圧症、脱水症、脳脊髄液の漏れ・頭部外傷歴・頭蓋内気腫がある患者さんには使用できません。 またSASの症状があっても、AHIが5〜20の場合はCPAP療法の適応とはなりません。ただし、歯科で作製してもらった口腔内装置(マウスピース)を用いた治療は行うことができます。 CPAP療法の標準装備 CPAP装置は、メーカーによりデザインの違いはあるものの、そのしくみはほとんど同じです。CPAP装置に加え、加湿器(CPAP装置と一体型になっているものも多い)、チューブ(もしくは加温チューブ)、マスクが標準装備です(図2)。 図2 CPAP療法に必要な装置 マスクの形にも種類があり、鼻全体を覆うタイプ(ネーザルタイプ)、鼻腔に当てるタイプ(ピロータイプ)、鼻と口全体を覆うタイプ(フルフェイスタイプ)があります(表1)。ネーザルタイプが一般的ですが、それぞれにメリット・デメリットがあるので、適切なマスクを選択することが必要です。 表1 CPAPマスクの種類と特徴 マスクの装着方法 マスクのタイプ、メーカーによって装着方法は少し異なりますが、よく使用されているネーザルタイプの標準的な装着方法を紹介します4)。(1)マスクはチューブから外し、単体で装着する(2)マスクの左右の方向を確認し、マスククッションを鼻に当てる(3)ストラップあるいはヘッドギアを装着する(4)マスクからリークがないよう、また痛みを感じることがないよう、バンドを調整しマスクをフィットさせる(5)最後にチューブをマスクに接続し、CPAP装置を起動させる 各メーカーがマスクの装着方法を動画で紹介しているので、一度確認しておくとよいでしょう。 ネーザルマスクを用いる際に、開口が問題となる場合には、顎が下がらないようにチンストラップや細いテープの使用を考慮します。 CPAP療法の実際 患者さんごとの最適な圧力調整が必要 CPAPの陽圧値は、固定圧あるいは自動圧調整(Auto CPAP)で設定します。固定圧は、それぞれの患者さんに適した一定陽圧を調整し決めなければならないので(タイトレーションといいます)、適切な管理ができるまで細やかな調整が必要となります。 それに対しAuto CPAPは、装置内のセンサーを用いて無呼吸や気流制限を解析し、睡眠中の圧力を自動的に増減させるしくみです。基本的に最低・最高圧を設定するだけでいいのでタイトレーションが簡便であり、近年頻用されるようになっています。しかし、圧力変動で違和感を覚える場合があること、睡眠状況の変化を察知してから圧力調整が行われるため予防的効果が低くなってしまうことがデメリットとして挙げられます。 陽圧そのものが不快に感じられることは多く、CPAP開始後にゆっくりと圧力を上昇させるramp機能や、呼気時に圧力を下げる機能が備わっているものもあります。 アドヒアランス低下の要因に適切に対応 CPAP療法は、患者さん自身が治療方針に賛同し、積極的に治療を継続する「アドヒアランス」が大切です。アドヒアランスが低下する原因として、鼻閉感、鼻の刺激、口の乾燥、腹部膨満感、リークの刺激、マスク痕や皮膚の炎症などが挙げられます。抗ヒスタミン薬の導入、加温加湿器の使用、マスクフィッティングの調整、圧設定の調整、皮膚保護など、患者さんの訴えに合わせた対応をすることで、アドヒアランスの向上が期待できます。 CPAP療法を継続できない患者さんには、顎矯正手術や植え込み型舌下神経刺激療法を行うことがあります。高度肥満患者さん(BMI 35以上)には腹腔鏡下スリープ状胃切除術の適応があり、減量することでAHIを低下させられる可能性が報告されています5)。 なお、マグネット付きストラップのマスクは装着が容易ですが、マグネットと相互作用する医療機器(ペースメーカー、植込み型除細動器など)を使用している患者さん、器具(脳動脈瘤クリップ、塞栓コイルなど)が体内に存在している患者さんには使用禁忌となっており、注意が必要です。 治療継続とAHI5以下が目標 CPAP装置の設定は医師が行います。患者さんは寝る直前にマスクを装着し、CPAP装置を起動させるだけでよいです。訪問看護師さんをはじめとした医療従事者は、CPAP装置に記録されたデータをもとに、CPAP療法が適切に行われているか評価します。装着日数を増やすこと、AHIが5以下になること、4時間以上の使用日数が70%以上になるように、アドヒアランス改善を目指します。リークが多いようであれば、マスクフィッティングの再確認が必要です。 CPAP装置は毎日のメンテナンスが必須 CPAP装置使用後は、チューブ差込口や空気取り入れ口にほこりが詰まっていないか毎日確認が必要です。清潔を維持するため、マスク本体はパーツごとに分解し、中性洗剤を用いてぬるま湯で毎日洗います。チューブは使用後吊り下げて保管し、週に1回はぬるま湯と中性洗剤で洗います。加湿器のチャンバーも、毎日使用後にぬるま湯と中性洗剤で洗います。これらの洗浄処置を怠ると、細菌・真菌などが繁殖し感染症の原因となります。なお、実際のメンテナンスは、使用している装置の取扱説明書や添付文書に従い行うようにしてください。 また、マスクやチューブに傷がないか毎日確認する必要があります。問題があればメーカーに問い合わせし交換してもらいます。 執筆:細野 裕貴地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸器内科 診療主任 監修:森下 裕地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター 呼吸ケアセンター センター長竹川 幸恵地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター 副センター長 編集:株式会社照林社 【参考文献】1)Matsumoto T,Murase K,Tabara Y,et al. 「Impact of sleep characteristics and obesity on diabetes and hypertension across genders and menopausal status: the Nagahama study」. Sleep 2018;41(7):1-10.2)松本健. 「本邦の睡眠呼吸障害―ながはまコホートの結果から」. 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌 2021;30(1):33-38.3)厚生労働省:「医科診療報酬点数表に関する事項」. 20244)帝人ファーマ「操作動画「AirFit N20 マスク」」.https://medical.teijin-pharma.co.jp/product/zaitaku/airfit-n20/movie.html2024/03/29閲覧5)西島宜生.「閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)におけるCPAP以外の治療」. 日本内科学会雑誌 2020;109:1082-1088.

NPPV療法 Q&A/治療継続のポイント、治療中の観察、トラブル対応 サムネイル
NPPV療法 Q&A/治療継続のポイント、治療中の観察、トラブル対応 サムネイル
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2024年7月30日
2024年7月30日

NPPV療法 Q&A/治療継続のポイント、治療中の観察、トラブル対応

在宅NPPV(非侵襲的陽圧換気)療法を行う患者さんは、病院で学んだNPPVを生活に取り入れようと一生懸命です。しかし、NPPVを行う夜間に医療従事者は不在のため、さまざまな不都合や困難に遭遇したときに対応できず、アドヒアランスが低下することが少なくありません。患者さんが在宅でアドヒアランスを維持し、効果的にNPPVを継続していくために必要な看護をQ&A形式でお伝えします。 Q1 患者さんが在宅NPPV療法を継続するために、医療者にはどのような支援が求められますか? A 患者さんとのパートナーシップの構築と、自己効力感を高め、アドヒアランスの維持・向上につながる支援が求められます患者さんが在宅NPPV療法を継続するためには、アドヒアランスの維持とセルフマネジメント能力が不可欠です。医療者は、患者さんにとってNPPVを生活に取り入れることがいかに大きな課題であるかを理解する必要があります。その上で、パートナーシップを構築させながら、心から応援する思いでアドヒアランス、セルフマネジメント能力を高める支援をしていくことが重要です。 パートナーシップの構築 患者さんのNPPVへの思いや不都合などの体験を傾聴・共感します。また、効果的なNPPVを実施できるように共に考え、問題に迅速に対応する姿勢で伴走します。 自己効力感を高め、アドヒアランスの維持・向上への支援 患者さんにNPPVがどういった治療法であるかをわかりやすく説明しましょう。例えば、「NPPVはマスクを通して空気を送り、呼吸を楽にする画期的な素晴らしい器械です」と息を楽にする器械であることを強調します。 さらに、患者さん個々におけるNPPVの必要性、期待される効果とその機序を説明しましょう。例えば、料理が好きなCOPD患者さんには、胸鎖乳突筋に触れながら「働きすぎて疲れているこの筋肉を休めながら、二酸化炭素を減らすことができる唯一の器械です。息切れが軽くなって好きな料理を作っている方がおられます。あなたも作ることができますよ」と望む生活と結び付けてほかの患者さんのことを伝えます。そうすることによって、患者さんはNPPVをポジティブに捉えられるとともに自己効力感が向上します(代理的経験)。 また、短時間でもNPPVを継続したり、リークが少なかったりといったできていることを称賛し、頑張りを称えましょう(成功体験、言語的説得)。頭痛や頭重感などの自覚症状の軽減があれば、それはNPPVの効果であると伝えて症状の軽減を実感してもらいます(情動的状態)。こうしたかかわりの中で患者さんの自己効力感が向上し、アドヒアランスおよびセルフマネジメント能力の維持・向上につながるだけでなく、患者さんとのパートナーシップが強化されます。 Q2 NPPV患者さんの観察の視点とアセスメントのポイントは何ですか? A 患者さんの訴えを丁寧に聴き取り、治療履歴データやログデータといった客観的情報を活用し、患者さんの呼吸状態を把握することが大切です 患者さんの訴え(主観的情報)を聴き取る 夜間のNPPV実施中の患者さんを観察できない訪問看護師にとって、患者さんの主観的情報は、増悪徴候の早期発見だけでなく、NPPVが効果的にできているか、至適設定であるかを評価するために重要です1)。 息切れの増強、SpO2の低下、頭重感・眠気などの高二酸化炭素血症の症状、NPPVの継続時間や同調性、リークの状況、マスクの不快感、中途覚醒の有無などを丁寧に聴き取りましょう。安静時にSpO2が普段より低く、息切れが強い場合は、CO2が上昇していることもあります。安易に酸素流量を上げるのではなく、NPPVを施行し医師に連絡しましょう。 機器との同調性について患者さんはどのように違和感があるのか表現できないことがあります。そのため「息を吸っているのに入らないのか?」「息を吐きたいのに空気が入ってくることがあるのか?」など具体的に尋ねます(表1)。また、患者さんに「あなたの主観的情報が至適設定につながる」という重要性を説明することで、治療への積極的な参画意識が芽生えてくるようになります。 表1 主観的情報から考えられる原因と対処方法 文献2)を参考に作成 客観的情報から呼吸状態を把握 夜間に問題となる気道閉塞や無呼吸、リーク状況は、機器の治療履歴データを見るとよいでしょう(図1)。 図1 治療履歴データの例 画像提供:帝人ファーマ株式会社 患者さんはリーク量でNPPVが効果的にできているかを判断することが多くあります。そのため、治療履歴データを提示しながら、患者さんとともに評価し、リークが少ない時は称え、ともに喜び、リークが多い時は、観察ができていることを称えた上で対策をともに考えます。これは自己効力感・自己コントロール感・パートナーシップの向上につながり、NPPVを在宅で継続するための大きな力となります3)。 また、可能であれば、医師に気になる状況を伝え、データマネジメントツール(ログデータ)の活用を依頼するのもよいでしょう(図2)。ログデータは、見えないNPPV実施状況を詳細に可視化するため、患者さんの呼吸状態を把握するのに有効です。 その他の客観的情報については表2に示します。 図2 ログデータの例 表2 客観的情報の観察項目 Q3 NPPV実施中によく起こるトラブルは何ですか? また、具体的な対処方法を教えてください A 皮膚トラブルの頻度が高く、医療関連機器圧迫創傷(MDRPU)の予防が欠かせません。トラブルの予防と早期対応はNPPVの継続にとって必須です NPPVの合併症を表3に示します。ご覧のように皮膚に関連する合併症が多く発生していることが分かります。 表3 NPPVの合併症 文献4)を参考に作成 医療関連機器圧迫創傷(MDRPU)の予防と対処方法とは 皮膚トラブルの頻度は高く、アドヒアランスの低下につながるため、トラブルの予防と早期対処が重要です(表4)。マスクによる圧迫は、医療関連機器圧迫創傷(medical device related pressure ulcer:MDRPU)の危険因子といわれています。 予防における必須事項は、適切なマスクサイズとヘッドギアを用いて、マスクフィッティングの基本を遵守すること、ゆるくかつリークが少ないフィッティングです。 発赤ができたときは、マスクフィッティングの状況をチェックするとともに、発赤の原因を探り、マスクの種類、サイズ、固定方法を検討します。鼻根部の発赤の場合、マスクのタイプをOTM(Over-the-Nose)からUTM(Under-the-Nose)に変更するのもよいでしょう。 創傷に至ってしまった場合は、ハイドロコロイドやポリウレタンフォームなどの創傷被覆材を使用します。陽圧が高い場合は、やむを得ずストラップをややきつめに締めることがあります。鼻根部などに発赤を認めたら皮膚保護材や専用パッドなどで保護しましょう(図3)。 表4 在宅NPPV実施中に起こる皮膚トラブルとその対処方法 文献5)を参考に作成 図3 専用パッドの例 画像提供:レスメド株式会社鼻梁にパッドを乗せ、マスクを装着する。取り外しや再利用が可能 Q4 リークが出現したらどうすればよいですか? A リークはさまざまな原因によって出現します。原因を丁寧に探り、ベルトやアームを微調整したり、マスクのサイズ変更を検討したりするなど、個別に対処する必要があります リーク出現時は、すぐにヘッドギアを締めるのではなく、リークの原因を探り対処します。マスク鼻根部のシリコンにしわがなく膨らんだ状態になっているか、マスクの位置が適切かなど、基本通りにマスクフィッティングができているか確認し調整します。MDRPU予防として、先に皮膚保護材を使用する必要はありません。 リークが出現する場所によっても対応が異なります。リークの種類と対処方法の具体例を示します。また、リーク対策の工夫例も図4で紹介します。ぜひ参考にしてください。 マスク上部からのリーク:眼球の乾燥をきたすため、リークを消失させることが大切です。ヘッドギアやアームで調整します。痩せや義歯除去による頬側のリーク:頬の肉をタオルやガーゼなどでマスク側に寄せて隙間を無くします。開口リーク:チンストラップや口元にテープを貼り、マスクがずれるほど大きく開口しないようにしてもらいます。チンストラップはずれやすいため、ストラップに縫製するとよいでしょう。気道閉塞がある場合:枕を低くする、あるいは側臥位を可能な範囲でとっていただきます。マスクの劣化:マスクのシリコン部が劣化することで、クッション性が失われます。また、ストラップの劣化によりゆるみが生じます。患者さんの体型の変化:頬が痩せることでマスクサイズが合わなくなるとリークが生じます。適宜マスクやヘッドギアが患者さんに合っているか確認し、必要に応じてサイズや種類の変更も検討します。マスクのずれ:頭頂部にベルトがないマスクの場合、ヘッドギアにもう1本ベルトを追加し、ずれないように調整します。 図4 リーク対策の工夫例 陽圧換気に伴う合併症にも注意 口渇や高い陽圧に伴う呑気による腹部膨満などの合併症が生じることがあります。口渇は不快だけでなく去痰困難に影響するため、加湿を強めたり、飲水、含嗽を促したりします。人工唾液は乾燥や違和感を生じることがあるため慎重に検討します。腹部膨満感の影響として、腹部不快や嘔吐、食欲低下をきたすため、IPAPを下げる設定変更やガスを排出しやすくする薬の相談、便秘をしないように排便のコントロールを行います。 Q5 アラームが患者さんやご家族の不安を高めてしまうことも。在宅でのアラーム設定はどうすればよいですか? A 在宅でのアラーム設定は必要最低限とし、訪問時に治療履歴でアラーム履歴を確認しましょう アラームにはさまざまなものがありますが、在宅では、表5に示したアラームを最低限設定しておくのがよいでしょう。さらに減らすことも可能ですが、アラームの状況を医師に報告して変更していただきましょう。 表5 主なアラームの原因と対処方法 文献6)を参考に作成※NIP ネーザルは、レスメド株式会社の商標登録です。   監修・執筆:竹川 幸恵地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター 副センター長慢性疾患看護専門看護師監修:森下 裕地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター センター長編集:株式会社照林社 【参考文献】1)竹川幸恵.「慢性期NPPVの継続看護」.みんなの呼吸器 Respica 2019:夏季増刊;205-210.2)竹川幸恵.「慢性期導入患者のモニタリングポイント」.呼吸器ケア 2014:冬季増刊;181.3)竹川幸恵ほか.「呼吸器看護専門外来における在宅NPPV患者に対する機器モニタリング活用の有用性」.日呼吸ケアリハ会誌 2015:25(3);482-487.4)Mehta S,Hill NS. Noninvasive ventilation.AM J Respir Crit Care Med 2001; 163:540-577.5)藤原美紀.「急性期NPPVのケア(ストレス緩和)」.みんなの呼吸器Respica 2023:20(6);40-47.6)小山昌利.「在宅用機器のアラーム対応と設定」.みんなの呼吸器Respica 2019:夏季増刊号;193-198.

NPPV療法の適応や設定モード、マスクフィッティングのコツとは? サムネイル
NPPV療法の適応や設定モード、マスクフィッティングのコツとは? サムネイル
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2024年7月9日
2024年7月9日

NPPV療法の適応や設定モード、マスクフィッティングのコツとは?

NPPV(非侵襲的陽圧換気)療法は気管挿管を行わず、マスクを介して行う人工呼吸療法です。一般的に在宅では、夜間にNPPVを行い、換気改善を図り、QOLを改善する効果が期待できます。NPPVの適応疾患や効果、設定項目や換気モード、マスクフィッティングなど基礎知識を分かりやすく解説します。 NPPV(非侵襲的陽圧換気)とは NPPVは、挿管下人工呼吸(IPPV:侵襲的陽圧換気)に比べて非侵襲的ですが、患者さんにとっては陽圧による不快とマスク使用による不快などがあり、完全に非侵襲的とはいえません。IPPVと比較したNPPVのメリットとデメリットを表1に示します。患者さんがNPPVの必要性を理解し、自らNPPVに取り組むことが不可欠となり、アドヒアランスの維持が重要な看護となります。 表1 IPPVと比較したNPPVとメリット・デメリット 在宅NPPVの適応はⅡ型呼吸不全が中心 在宅NPPVの導入が適応となる病態は、高二酸化炭素血症を伴うⅡ型呼吸不全が中心となります。NPPVの効果は以下のとおりです。 呼吸仕事量の軽減酸素化の改善換気の改善夜間睡眠呼吸障害の是正呼吸調節系のリセッティング(呼吸調節系:NPPVによりPaCO2が低くなると呼吸調節系がより低いPaCO2を維持する) 表2には在宅NPPVの対象となる主な疾患別にエビデンスレベルと推奨度をまとめました。 表2 在宅NPPVの対象となる主な疾患別エビデンスレベルと推奨度 文献1)を参考に作成(同文献のエビデンスレベル、推奨度についてはMindsの評価法が基本とされている) NPPVの設定項目(図1) IPAPとEPAP 吸気時にかける圧をIPAP(inspiratory positive airway pressure:吸気圧)、呼気時にかける圧をEPAP(expiratory positive airway pressure:呼気圧)、IPAPとEPAPの圧格差をプレッシャーサポート(pressure support:PS)といいます。IPAPを上げてPSが高いほど換気補助が大きくなります。PSには呼吸仕事量の軽減、吸気呼吸筋疲労の軽減、PaCO2の改善(PaCO2を下げる)といった効果があります。 EPAP 狭窄した気管や虚脱した肺胞を開き、酸素化を改善します。内因性PEEPが発生している場合、過膨張を防ぎつつ吸気トリガー感度を改善し、静脈還流量の減少により心負荷の軽減を図ります。 ライズタイム 気道内圧がEPAPからIPAPに到達するまでにかかる時間のことです。一般的に、閉塞性換気障害で0.05~0.1秒、拘束性胸郭疾患は0.1~0.2秒程度に設定します。 図1 NPPVの設定項目と効果 在宅NPPVの換気モード ここではS(spontaneous)モード、T(timed)モード、S/T(spontaneous/timed)モード、VAPS(volume assured pressure support)モード、Auto EPAPについて解説します(図2、3)。 Sモード 患者さんの自発呼吸に合わせて、吸気時にIPAP、呼気時にEPAPが入り換気を補助します。自発呼吸がない場合は換気を補助しないため、在宅NPPVではS/TモードやVAPSモードが多く使用されています。 Tモード 設定された呼吸回数で強制換気を行うモードで、自発呼吸に同期しません。 S/Tモード SモードとTモードを合わせたものです。自発呼吸に合わせて換気を補助し、自発呼吸を感知できない場合は、設定された呼吸回数に切り替えるバックアップ換気が入ります。 VAPSモード SモードやS/Tモードなどの固定圧モードに、目標換気量を維持するように設定した最大サポート圧(PS max)と最小サポート圧(PS min)の間でPSが変動するモードです。目標換気量の設定は、機種により一回換気量か、肺胞換気量か異なります。固定圧で、治療効果がみられない場合や圧の不快が強い場合などに使用されます。 VAPSモードの注意点として、リークが換気量に換算されてIPAPが上昇しないことがあるため、リークを最小限にする必要があります。 図2 在宅NPPVで使用する主な換気モード Ti min(最小吸気時間)は、IPAPを供給する時間の下限。頻呼吸で吸気時間が短い場合、IPAP時間を確保する。Ti max(最大吸気時間)はIPAPを供給する時間の上限。リークで吸気終了が検出できない場合、必要以上にIPAPが長引くことを防ぐ。また、COPD患者さんの場合、吸気終末に吸気流速が減弱しにくく、吸気終末が感知されにくいため適切な設定が必要。 Auto EPAP(図3) 睡眠時の上気道閉塞により換気が不十分な場合、最大EPAP圧(EPAPmax)と最小EPAP圧(EPAPmin)の設定範囲内で変動するAuto EPAPを併用します。睡眠中にEPAPが上昇しますので陽圧の苦痛を感じることなく気道閉塞を改善し換気量を上げることができます。VAPSモードで目標換気量が満たない場合は、PS minとPS maxの設定範囲内でIPAPも上昇します。 図3 Auto EPAP NPPVマスクは適切な種類とサイズを選択 在宅NPPVでは、フルフェイスマスク(鼻口マスク)を使用することが多いです。表3にフェイスマスクのメリットとデメリットを示します。 また、フルフェイスマスクには、鼻口全体を覆うOver-The-Noseタイプと鼻根部を覆わないUnder-The-Noseタイプがあります(図4)。Under-The-Noseタイプは、鼻根部にマスクが当たらないので褥瘡予防になり、眼鏡をかけることもできます。 表3 フルフェイスマスク(鼻口マスク)のメリット・デメリット 図4 NPPVマスクの種類 マスクやマスクの固定に使うヘッドギアには、それぞれいくつかのサイズがあります。サイジングゲージを使って、患者さんに適したサイズを選定します。サイジングゲージがない時は、軽く開口してもらった状態で、以下の点を確認します。 マスクが目に当たらないマスクに圧迫されて鼻孔が閉塞しないマスクより口角がはみ出さない少し開口しても下唇がはみ出さない リークが少なくゆるいフィッティングが必要 マスクフィッティングの是非が、NPPVの効果とアドヒアランスの維持、在宅でのNPPV継続に大きく影響します。ポイントはリークが少なく、かつゆるいフィッティングです。患者さんは、入院中に適切なマスクフィッティングを学び退院しますが、在宅に帰るとリークを気にしてベルトをきつく締めたり、マスクの位置がずれてしまった状態で装着したりすることがあります。 医療者はマスクフィッティングの基本とコツ、リークの原因を理解しておくことが重要です。ここではマスクフィッティングのポイントをお伝えします。 マスクのシリコン部にしわがないか 鼻根部に当たるシリコン部にしわが寄らないように、シリコン部の形を整えて、軽く顔に当てます。シリコンにしわがあるとリークの原因になるためです(図5)。また、フルフェイスマスクの場合、下顎あるいは正面からマスクを当てることがポイントです(図6)。 図5 シリコン部にしわをつくらない 図6 フルフェイスマスクの当て方 顔の真正面、もしくはし下顎からマスクを当てる。マスクを上側(頭側)からスライドするように当ててしまうと、ひだが鼻に突き刺さり発赤が生じたり、しわができリークにつながったりする。 ヘッドギアを締めすぎていないか ヘッドギアは指が1~2本入る程度に余裕をもたせ、きつく締めすぎないようにします(図7)。 図7 ヘッドギアを締めすぎない マスクの位置は適切か マスクの位置が顔面の正中にあること、ヘッドギアが左右対称、上下平行となっていることを確認します(図8)。前からだけでなく、後ろもチェックしましょう。 図8 フルフェイスマスクやヘッドギアの正しい位置 マスクと皮膚の間に指1本分のゆとりをもたせることも大切。 エアクッションは機能しているか(図9) フルフェイルスマスクは、マスクのフラップと内側のクッション部分に空気が入り込むこと(エアクッション)でより顔面にフィットします。マスクを強く締めつけず、IPAP時にエアクッションができるように調整します。 図9 エアクッションの有無の確認 IPAPの時にマスクのシリコン部分(斜線部)が膨らみ、マスクが顔面から少し浮く感じになるとよい。 アーム調整できるマスクの場合 アーム調整ができるマスクの場合は、額とマスクの間を一番あけた位置から電源を入れたときに眼側のリークが消失する位置までゆっくり締めていきます。 リークへの対応 リークには2種類ある リークにはインテンショナルリーク(意図的リーク)とアンインテンショナルリーク(非意図的リーク)があります(図10)。 インテンショナルリークは、マスク内に貯留した呼気に含まれるCO2を排気するためのリークで、必要不可欠なリークです。CO2は呼気排出孔(呼気ポート)から出ますので、呼気ポートは絶対に塞いではいけません。 アンインテンショナルリークはマスクと皮膚の隙間や回路の途中から出るリークです。不要なリークのため、できるだけ少なくすることが大切です。 なお、リークはモニター上に示されます。表示方法はトータルリークとペイシェントリークがあり、どちらを表示するかは機種によって異なります。トータルリークはインテンショナルリークとアンインテンショナルリークを合わせたもの、ペイシェントリークはアンインテンショナルリークと同じです。使用している機種の表示を確認し、許容リーク量を超えないようにしましょう。 例えば、V60 ベンチレータ(フィリップス・レスピロニクス合同会社)やVivo50(チェスト株式会社)はトータルリークが表示され、許容リーク量は60L/分以下です。NIPネーザルV-E※(レスメド株式会社)はペイシェントリークが表示され、24L/分以下です。 ※「NIPネーザル」は、レスメド株式会社の商標登録です。 特にアンインテンショナルリークの量が多いと、吸気トリガーエラーを引き起こし、非同調をきたします。患者さんの苦痛につながるだけでなく、酸素化や換気効率を悪化させるため、マスクフィッティングの技術がカギとなります。また、一回換気量によって患者さんへの影響も異なるため、リークの数値のみにとらわれるのではなく、同調性などを観察し、できるだけリーク量を少なくすることが大切です。 図10 2種類のリーク リークの原因をアセスメントし対処 リークの原因には、マスクフィッティングの不備(マスクのずれやベルトの緩みなど)だけでなく、回路や機器の異常、気道閉塞や無呼吸などがあります(表4)。 リークがあるとベルトをきつく締めがちですが、きつく締めすぎることでエアクッションを消失し、よりリークが起こってしまいます。医療者が適切なマスクフィッティングの方法を理解し、ゆるいマスクフィッティングに慣れること、リーク出現時にはベルトをすぐに締めるのではなく、なぜリークが起こっているのか原因をアセスメントし対処することが重要です。具体的な対処法については、次回ご説明します。 表4 リークの原因の例 監修・執筆:竹川 幸恵地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター 副センター長慢性疾患看護専門看護師監修:森下 裕地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター センター長編集:株式会社照林社 【参考文献】1)日本呼吸器学会NPPVガイドライン作成委員会.『NPPV(非侵襲的陽圧換気療法)ガイドライン 改訂第2版』.東京,南江堂,2015.〇石原英樹,竹川幸恵編.『医師・ナースのためのNPPVまるごと事典』.大阪,メディカ出版,2019.

在宅ハイフローセラピー Q&A
在宅ハイフローセラピー Q&A
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2024年6月25日
2024年6月25日

在宅ハイフローセラピー Q&A/装着のコツ、トラブル対応、アドヒアランス支援

在宅において患者が「高流量鼻カニュラ酸素療法」(high flow nasal cannula oxygen therapy:HFNC)を継続していくためには、不快感やトラブルへの早期対応とアドヒアランスを維持するための支援が必要不可欠です。そこで、今回は、装着時のコツや不快・トラブル時の対応、アドヒアランスを支えるための精神的支援のポイントをご紹介します。 Q1 訪問看護で初めて在宅HFNCの患者さんを担当することに。使用方法や装着のコツや注意点は何ですか? A 基本的な機器操作の流れと適切な鼻カニュラの装着方法を押さえることが大切です 在宅HFNCを快適かつ安全に使用するためには、加温加湿器を事前に温めることや鼻カニュラを締めすぎないように装着することなど、使用上の注意点・コツがあります。すなわち、基本的な機器操作の流れと適切な鼻カニュラの装着方法を押さえることが装着のコツをつかむことにつながります。在宅HFNC装着の流れを表1に示します。 表1 在宅HFNC装着の流れ 図1 加湿チャンバーの取り外しと取り付け時のポイント 例:Fisher&Paykel Healthcare社製 myAIRVO™ 2フィンガーガードを押し下げながら加湿チャンバーの取り外しと取り付けを行う必要がある。また、取り付け時はカチッとはまるまで加湿チャンバーをしっかりと押し込む。 図2 鼻カニュラのサイズと適切なフィッティング 図3 取り外しツールの活用 例:Fisher&Paykel Healthcare社製 myAIRVO™ 2チャンバードームとベースプレートの間の溝に取り外しツールの先端を差し込んでひねると、比較的容易にチャンバーを分解できる。 Q2 患者さんがHFNC施行時に不快感を訴えます。どう対応すればよいですか? A 不快感の原因には加温・加湿によるもの、高流量に伴うもの、鼻カニュラによるものなどさざまあります。不快感は治療の継続に大きく影響するため、原因ごとに適切な対応が必要です 在宅HFNCが通常の在宅酸素療法と異なる点は、「加温・加湿」した「高い流量(風)」を「少し重めの専用鼻カニュラ」で投与する点です。そのため、通常の在宅酸素療法で感じることのない以下のような不快感が出現することがあります。 加温・加湿による熱さ・水滴の不快感高流量に伴う不快や圧迫感鼻カニュラの締め付けによる疼痛や皮膚トラブル鼻カニュラが容易にずれることへのわずらわしさや不安 など このような不快感は継続に大きく影響するため早期に対処する必要があります。それぞれの不快感に対する対応を以下に示します。 加温・加湿による熱さ・結露の不快感への対応 熱さや発汗に対する対応 室温や寝具、衣服の調整をする冷却材でクーリングする(頭、首、顔周囲など)設定温度を下げる(下限34℃)。ただし、温度を下げたい場合は医師へ相談する 結露に対する対応 HFNC機器の回路の作動保証は室温18~28℃。室温の設定が適切かを確認し、逸脱している場合は、室温設定を調整するように説明する。冬季で暖房を切って就寝し、室温が非常に低くなっていたり、夏季で冷房の送気が回路に直接あたっていたりすると回路に結露が発生する可能性がある回路に結露が溜まっていたら加湿チャンバーに結露を戻す(鼻腔へ水滴が入ると不快なため) 高流量に伴う不快や圧迫感への対応 強い風が呼吸を助けてくれること、また強い風による不快は慣れることを伝え、励ましながら、苦手意識を緩和する働きかけを行う不快が強く継続が困難な場合は流量を下げる(高流量に伴う苦痛が強いことを医師へ連絡する)乾燥の不快を訴える場合は鼻用保湿スプレーを使用する 鼻カニュラの締め付けによる疼痛や皮膚トラブルへの対応 ヘッドストラップを締めすぎないように適切なフィッティングを行う(図2) 顔の皮膚の状態を良好に保つ(保湿が重要)・洗顔を行い、皮脂や汚れを落とす・化粧水やクリームなど肌に合ったものを塗り、肌の乾燥を防ぐ皮膚トラブル時は皮膚保護剤を使用する。特に皮膚トラブルの好発部位に注意する(図4)訪問時に、鼻カニュラの締め付けによる疼痛や皮膚トラブルがないかを確認し、上記対策を早期にとる 図4 皮膚トラブルの好発部位 鼻カニュラが容易にずれることへのわずらわしさや不安への対応 適切に鼻カニュラを装着できているかを確認する(図2)チューブクリップが衣服やベッドカバーなどに適切に取り付けられているか、寝る環境、姿勢などに問題がないかを確認し、ずれない対策を患者とともに検討するチューブクリップが硬いために上手く装着できない場合は「洗濯ばさみ」を紐で回路に取り付ける方法が有効である(図5) 図5 チューブクリップが使用できない場合の工夫 洗濯ばさみを紐で回路に取り付ける Q3 HFNCにあまり積極的でない患者さんがいます。どのようにアプローチすればよいですか? A 患者さん自身が治療法を理解・納得した上で治療に参加できるよう、アドヒアランスの支援に取り組んでみましょう アドヒアランスとは「医療者が提案する治療方針等の決定に患者が積極的に参加し、その決定に従って治療を受けること」1)を意味します。つまり、アドヒアランスは医療者の指示にただ従うのではなく、患者さん自身が治療法を理解・納得した上で、積極的に治療に参加することです。また、在宅HFNCを患者さんが継続していくためにはこのアドヒアランスの維持・向上が不可欠です。アドヒアランスを支える支援として、ここでは3つポイントを解説します。 在宅HFNCに対する受け止め方を知り、支援する まず、患者さんが在宅HFNCをどのように受け止めているのか(理解や受け入れ状況、思いなど)を丁寧に尋ね、思いや感情に共感することが大切です。 医療者の説明不足や患者さんの理解不足などがあると、患者さんが在宅HFNCを継続する必要性を見いだせず、アドヒアランスが低下してしまうことがあります。このような場合には、患者さんの自覚症状や病態を踏まえながらどのような効果を期待して導入しているのかを補足説明します。 在宅HFNCは、呼吸困難や去痰困難、頭痛・頭重感などの症状緩和、PaCO2の低下、増悪回数の低下、運動耐用能・QOLの改善などの効果を期待して導入します。これらの効果を患者さんが納得・理解できる表現で説明を行い、在宅HFNCを「自分に必要なもの」と捉えることができるように支援していくことが大切です。 在宅HFNCの効果に対する自覚を高める 在宅HFNCを使用する患者さんにおいて、症状の緩和感とデバイスの使いやすさの両方が、治療アドヒアランスの強力な動機付けである2)といわれています。つまり、患者さんが在宅HFNCをスムーズに使えて、効果を実感していることがアドヒアランスを維持するためには重要であると言い換えることができます。 しかし、在宅HFNCはNPPVほどの換気補助効果は期待できず、患者さんが効果を実感していないケースも多くあります。よって、その場合は、看護師が患者さんの気づいていない効果を見つけ出し、それを言語化して伝え、効果が出ていることを実感してもらうように支援します。在宅HFNCの効果を図6に示します。わずかでも効果が認められたら「それが効果である」と強調して伝えていくことで患者のアドヒアランスを高めていきましょう。 図6 在宅HFNCの効果 ● 呼吸困難の軽減(「以前より息が楽になった」、「パニックになることが減った」)● 努力呼吸の軽減(頸部の呼吸補助筋の緊張が軽減)● SpO2の改善● 呼吸数の減少● 脈拍数の減少● 去痰困難の改善(「痰が柔らかくなった」)● 起床時の頭痛や頭重感の軽減● 増悪回数の減少● 睡眠の改善(「以前よりも眠れるようになった」)● 元気の回復(「以前より元気になった」「力が少し余っている」)● 日常生活の活動性の向上(「外出が増えた」、「食事量が増えた」、「会話が増えた」、「できなくなっていたことができるようになった」) など 直面している障害を共有し、ともに対策を立てる 日常生活の中で困っていることや不安なことはないか、どのような障害に直面しているのかなどを丁寧に尋ねることが大切です。そのかかわりの中で、患者さんが必要としている知識を提供しつつ、よい方法を患者さん自らが選択し、実施していけるように支援します。 Q4 在宅ならではのHFNC管理の注意点は何ですか? A HFNCは室内の温度や湿度の影響を受けやすい機器です。室内環境を整え、未然にトラブルを防ぎましょう 在宅HFNCで使用する機器は、室内の空気を取り込み加温・加湿するため、室内の温度や湿度の影響を受けやすくなっています。退院後、室内環境の影響で起こり得るトラブルとしては、冬季の室温が低下した際の結露トラブルや水切れのトラブルなどが挙げられます。それ以外にも、鼻カニュラのずれや皮膚トラブル・痛み、回路・鼻カニュラの破損やカビなどがあります。 このようなトラブルを避けるためには、機器を使用する自宅環境、加湿水の減り具合、アラーム内容、起こっているトラブルなどを詳細に確認し、安全・安楽に使用が継続できるように患者さんと調整することが大切です。図7に在宅における確認項目を示します。 図7 在宅における確認項目   執筆:鬼塚 真紀子地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター 主任慢性呼吸器疾患看護認定看護師監修:森下 裕地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター センター長竹川 幸恵地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター 副センター長編集:株式会社照林社 【引用文献】1)World Health Organization(WHO).Adherence to Long-Term Therapies: Evidence for Action. Ann Saudi Med 2004;24(3):221-222.2)Storgaard LH,Weinreich UM,Birgitte Schantz Laursen BS.COPD Patients’Experience of Long-Term Domestic Oxygen-Enriched Nasal HighFlow Treatment:A Qualitative Study.COPD 2020;17(2):177. 【参考文献】〇鬼塚真紀子.「在宅ハイフローセラピー導入時のケア」.みんなの呼吸器 Respica 2023;21(6):115-120.〇今戸美奈子,北 英夫,鳳山絢乃,他.「ハイフローセラピーの装着感及びスキントラブルの実態」.日呼吸ケアリハ会誌 2018;27(2):163- 167.〇今戸美奈子.「在宅ハイフローセラピーの患者支援・退院支援・観光整備のサポートと継続看護」.みんなの呼吸器 Respica 2023;21(6):121-128.〇門脇徹.「在宅ハイフローセラピーセッティングのポイント」.みんなの呼吸器Respica 2023;21(6):106-111.〇富井啓介,門脇 徹,北島尚昌,他.「在宅ハイフローセラピーの現状」.日呼吸ケアリハ会誌 2019;28(2):291-297.

「ハイフローセラピー」のしくみや効果 在宅医療での設定や管理のコツ
「ハイフローセラピー」のしくみや効果 在宅医療での設定や管理のコツ
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2024年6月11日
2024年6月11日

「ハイフローセラピー」のしくみや効果 在宅医療での設定や管理のコツ

2022年4月の診療報酬改定で「在宅ハイフローセラピー指導管理料」が新設され、これまで病院内のみで行われていた「高流量鼻カニュラ酸素療法」(high flow nasal cannula oxygen therapy:HFNC)が在宅で行えるようになりました。現在利用者が増えつつありますが、どのようなものか今ひとつ分からないとの声をよく耳にします。そこで、今回は在宅ハイフローセラピーとはどういったものなのか?を解説します。 「ハイフローセラピー」は診療報酬上の名称 最初にこの治療法の名称を確認しておきましょう。「ハイフローセラピー」(high flow therapy:HFT)は診療報酬算定要件の名称です。また、一般的に器具の名称として「高流量鼻カニュラ」(high flow nasal cannula:HFNC)、治療法として「高流量鼻カニュラ酸素療法」(High flow nasal cannula oxygen therapy:HFNC)という名称を用います。ここでは高流量鼻カニュラ酸素療法、HFNCを使用します。ちなみに、医療現場で普及している呼称「ネーザルハイフロー」はFisher & Paykel Healthcare社の製品名称です。 加温・加湿した酸素を高流量で投与 HFNCは、専用の鼻カニュラを介して、加温・加湿した高流量の空気と酸素の混合ガスを投与する治療法の1つです(図1)。 図1 HFNCのしくみ 通常の鼻カニュラは、鼻腔の刺激や乾燥につながるため、6L/分の酸素投与が限界でした。HFNCは乾燥した酸素ガスを性能のよい加温加湿器で加温・加湿することでこの問題を解決し、高流量(30~60L/分)のガスを経鼻から投与することを可能にしました。 低流量システムと高流量システムの違い 健常成人の一回換気量は約500mLで、吸気時間は約1秒なので、吸気流速は500mL/秒となります。これを1分間あたりに換算すると500mL×60秒=30,000mL/分、つまり30L/分となります。この「30L/分」は境界量として重要な数字であり、酸素ガスの供給量が30L/分以下のものを低流量システム、30L/分以上のものを高流量システムと呼びます(図2)。 低流量システムの鼻カニュラや酸素マスクは、患者さんの呼吸パターンが変化すると吸入酸素濃度(FiO2)も変化します。すなわち、一回換気量が増加すると室内気の吸い込み量が増えるためにFiO2は低下し、一回換気量が低下すると室内気の吸い込み量が減るためにFiO2は上昇します。 一方、高流量システムに分類されるHFNCは患者さんの吸気流速以上の混合ガス(酸素と空気)を供給します。そうすることで、室内空気を吸い込むことがほとんどなく、設定した酸素濃度を安定して供給することができます。 図2 低流量システムと高流量システムの違い I:inspiration、吸気相  E:expiration、呼気相 HFNCの特徴がもたらすさまざまな効果とは HFNCは「高流量」の「加温・加湿」したガスを「鼻カニュラ」で吹き入れるため、以下のような生理学的特徴からもたらされるさまざまな効果が期待できます(図3)。 1.解剖学的死腔の洗い出し 解剖学的死腔の呼気ガスを洗い出すことで、CO2の再吸入を防ぎ、ガス交換、換気効率を上げ、PaCO2を低下させる1)-3)ことができます。そのため、高二酸化炭素血症の症状である起床時の頭痛や頭重感の改善効果が期待されます。 2.軽度のPEEP効果と肺容量の増加 呼気終末に軽度の気道内陽圧を生じ、肺容量の増加をもたらす4),5)ため、酸素化が改善します。 ※1および2の効果は呼吸仕事量を減少させ、呼吸数の低下や呼吸困難の軽減にもつながります。 3.安定した吸入酸素濃度(FiO2)の供給 高流量を流すことで、患者さんの呼吸パターンによる影響を受けずに、安定したFiO2を供給できます。慢性Ⅱ型呼吸不全では通常の酸素カニュラなどの低流量システムによる酸素投与の場合、呼吸状態の変化による予想外の高いFiO2に起因するCO2ナルコーシスのリスクがあり、ハイフローセラピーは在宅におけるより安全な酸素投与法である6)といえます。 4.線毛機能の維持 最適な加温・加湿により線毛運動を維持するため、分泌物の排出を促進します。また、HFNCでの長期加湿療法は、慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease:COPD)患者さんおよび気管支拡張症患者さんの増悪日数の短縮と最初の増悪までの期間の延長、肺機能およびQOLの改善が期待できます7)。 5.患者の快適性 最適な加湿により高流量の酸素を鼻腔への刺激を抑えて快適に投与できます。また、鼻カニュラであるために会話や飲食、排痰、口腔ケアなどを容易に行うことができ、QOLも維持できます。 図3 HFNCの特徴と効果 在宅におけるHFNCの実際 COPD患者さんへの効果 在宅HFNCが導入適応となるCOPD患者さんに対する効果としては、QOLの改善、高二酸化炭素血症の改善8)、増悪の減少9)が報告されています。また、患者さんの自覚症状としては、呼吸困難の軽減や起床時の頭痛・頭重感の改善、排痰の促進効果など期待されています。 適応をあらためて確認 現在、在宅HFNCの保険診療上の適応は、在宅酸素療法を実施しているCOPD患者さんで、表1の条件を満たす必要があります。 表1 在宅HFNCの対象患者 対象となる患者は、在宅ハイフローセラピー導入時に以下のいずれも満たす慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者であって、病状が安定し、在宅でのハイフローセラピーを行うことが適当と医師が認めた者とする。ア 呼吸困難、去痰困難、起床時頭痛・頭重感等の自覚症状を有すること。イ 在宅酸素療法を実施している患者であって、次のいずれかを満たすこと。(イ)在宅酸素療法導入時又は導入後に動脈血二酸化炭素分圧45mmHg以上55mmHg未満の高炭酸ガス血症を認めること。(ロ)在宅酸素療法導入時又は導入後に動脈血二酸化炭素分圧55mmHg以上の高炭酸ガス血症を認める患者であって、在宅人工呼吸療法が不適であること。(ハ)在宅酸素療法導入後に夜間の低換気による低酸素血症を認めること(終夜睡眠ポリグラフィー又は経皮的動脈血酸素飽和度測定を実施し、経皮的動脈血酸素飽和度が90%以下となる時間が5分間以上持続する場合又は全体の10%以上である場合に限る。)。 C107-3 在宅ハイフローセラピー指導管理料(「診療報酬の算定方法の一部を改正する告示」(令和6年厚生労働省告示第 57 号)より引用) 在宅HFNCに使う器具 在宅HFNCに用いる器具は、主に、加温加湿機能を搭載したフロージェネレーター(装置本体、加湿チャンバー)、回路、専用鼻カニュラで構成されています。使用時には必ず加湿チャンバーに入れる「水」の準備が必要です。酸素吸入と併用する場合には、酸素濃縮器と在宅HFNC装置本体をチューブで接続します(図4)。 使用時には、医師が装置の設定ボタンで流量(フロー)と温度を設定し、以降、患者さんは電源のON/OFFボタンのみを操作します。また、酸素濃縮器から流す酸素流量や装着時間は医師の指示に従い実施してもらいます。COPD患者さんの在宅導入では、主に夜間睡眠時の使用が広まりつつあります。 図4 在宅HFNCの主な構成 HFNC装置としてFisher&Paykel Healthcare株式会社製 myAIRVO™ 2を例に在宅での設置方法を提示 加湿について ●設定温度は基本37℃にHFNCは、加温加湿器を通して吸気ガスを加温・加湿して供給することで、線毛運動を最適化させ、排痰を促します。低い温度では、加温・加湿の効果が出ないばかりでなく、鼻腔粘膜の刺激や不快感の原因にもなり得るため、設定温度は基本37℃とします。しかし、暑さによる不快や夜間の発汗が著明な場合には34℃に下げることが許容されます。●装置の管理において注意すべきこと電源スイッチを入れた直後に鼻カニュラを装着しない電源を入れた直後は、まだ加温加湿器が温まっておらず、冷風が送気され、鼻腔粘膜の刺激や不快感につながります。使用前には、必ず電源を入れて暖機運転を行い、装置から供給される混合ガスが十分に加温・加湿された状態となってから(準備完了の表示が出てから)使用します。 加温加湿器の水が空にならないように注意する在宅HFNCは短時間で加温加湿器の水がなくなるために頻回の水の交換・補充が必要です。そのため、水切れに十分注意し、水の補充までの時間をある程度予測して流量・温度を設定し、使用する必要があります。病院では起床時まで水切れなく過ごせていても、在宅療養移行後の睡眠時間や室内の温度・湿度の影響を受けて水切れが起こることも考えられます。そのため、在宅療養移行後は水切れなく使用できているかを確認することが大切です。もし、起床時に加湿水がなくなってしまう状況が起こったら、在宅ハイフローセラピーの処方箋を出している病院へ連絡が必要です。 加温加湿器や回路にカビが生えないように適切に管理する加温加湿器や回路は高温多湿になりカビが生えやすい環境となります。そのため、使用後の回路と鼻カニュラ、加湿チャンバーの乾燥や週1回の手入れ(機器のふき取りや洗浄可能部品の洗浄)、定期的な交換が患者さんもしくは家族が行えているかを確認することが大切です。   執筆:鬼塚 真紀子地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター 主任慢性呼吸器疾患看護認定看護師監修:森下 裕地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター センター長竹川 幸恵地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター 副センター長編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Bräunlich J,Beyer D, Mai D,et al.:Effects of nasal high flow on ventilation in volunteers, COPD and idiopathic pulmonary fibrosis patients.Respiration 2013;85(4):319-325.2)Fraser JF,Spooner AJ,Dunsteret KR,et al.:Nasal high flow oxygen therapy in patients with COPD reduces respiratory rate and tissue carbon dioxide while increasing tidal and end-expiratory lung volumes:a randomised crossover trial.Thorax 2016;71(8):759-761.3)Möller W,Fenget S,Domanski U,et al.Nasal high flow reduces dead space.J Appl Physiol 2017;122(1):191-197.4)Parke RL,McGuinness SP.Pressures delivered by nasal high flow oxygen during all phases of the respiratory cycle.RespirCare 2013;58(10):1621-1624.5)Mauri T,Turrini C,Eronia N,et al.:Physiologic effects of high-flow nasal cannula in acute hypoxemic respiratory failure.Am J Respir Crit Care Med 2017;195(9):1207-1215.6)富井啓介,門脇 徹,北島尚昌,ほか.「在宅ハイフローセラピーの現状」.日呼吸ケアリハ会誌 2019;28(2):291-297.7)Rea H,McAuley S, Jayarame L,et al.:The clinical utility of long-term humidification therapy in chronic airway disease.Respir Med 2010;104(4):525-533.8)Nagata K,Kikuchi T,Horie T,et al.:Domiciliary high-flow nasal cannula oxygen therapy for patients with stable hypercapnic chronic obstructive pulmonary disease.A multicenter randomized crossover trial. Ann Am Thorac Soc 2018;15(4):432-439.9)Storgaard LH,Hockey HU,Laursen BS,et al.:Long-term effects of oxygen-enriched high-flow nasal cannula treatment in COPD patients with chronic hypoxemic respiratory failure.Int J Chron Obstruct Pulmon Dis 2018;13:1195-1205. 【参考文献】〇桑平一郎,橋本修.「高流量鼻カニュラ High flow nasal cannula(HFNC)」,日本呼吸ケア・リハビリテーション学会 酸素療法マニュアル作成委員会,日本呼吸器学会 肺生理専門委員会編.『酸素療法マニュアル(改訂版)』,メディカルレビュー社,東京, 2017:60-64.〇山本桂.低流量システムの概要.呼吸器ケア 2016;冬季増刊:55.〇門脇徹.「在宅ハイフローセラピーセッティングのポイント」.みんなの呼吸器respica 2023;21(6):106-111.〇富井啓介監修:「ハイフローセラピー 高流量鼻カニュラHigh flow nasal cannula(HFNC)」帝人ファーマ株式会社,帝人ヘルスケア株式会社,2022:1-2.

HOT(在宅酸素療法)Q&A/メンテナンス、酸素ボンベ持ち時間、チューブ整理
HOT(在宅酸素療法)Q&A/メンテナンス、酸素ボンベ持ち時間、チューブ整理
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2024年6月4日
2024年6月4日

HOT(在宅酸素療法)Q&A/メンテナンス、酸素ボンベ持ち時間、チューブ整理

今回はHOTに関するよくある相談やアドバイスを集め、Q&A形式でお答えします。日ごろ感じている疑問や不安を解決します。 Q1 酸素濃縮器のメンテナンスはどのようにすればよいですか? A フィルターの掃除と加湿器の洗浄を行います 酸素濃縮器のメンテナンスとして、主にフィルター掃除と加湿器洗浄があります。 現在はフィルターが内蔵され、手入れが必要のないタイプもありますが、フィルターが外付けの場合は毎日布や掃除機などで埃を取り除くようにします。週1回は中性洗剤で洗浄後水洗いし、乾燥させておきます。 加湿器の洗浄は、水道水を使用している場合は毎日、蒸留水を使用している場合は週1回の洗浄が必要です。 半年に1回程度、酸素業者による機器内部の点検がありますが、内部異常のアラームが鳴った場合はすぐに業者に点検を依頼してください。 Q2 酸素ボンベの持ち時間はどのように把握すればよいですか? A ボンベサイズ、吸入量、呼吸同調装置の有無を確認の上、使用可能時間の早見表を参考に持ち時間を把握します 酸素ボンベの持ち時間に影響するのは、ボンベの内容量(L)、内圧(MPa)、呼吸同調装置の種類や使用の有無、患者さんの呼吸回数です1)。 呼吸同調装置を使用している場合と使用していない場合では、使用時間が4倍程度の違いがあるため、必ず同調か連続使用かを確認します。また、患者さんの呼吸回数が多い場合は、酸素機器メーカーが作成している酸素ボンベ使用可能時間の早見表より短くなる可能性があるため、注意します。外出時には必ずボンベサイズ、吸入量、呼吸同調装置の有無を確認の上、各メーカーが作成している早見表を参考に持ち時間を把握しておくことが重要です。 Q3 HOT使用中の患者さんに対して注意することは何ですか? A 処方された酸素流量を守れているか適宜確認することはもちろん、訪問時には酸素チューブのねじれや破損の有無、鼻カニュラによる皮膚障害の有無も確認します。また、日頃から停電時の備えについて話し合い、酸素ボンベの使用上の注意点も説明しておきます 処方酸素流量を守れているか自宅での酸素使用に慣れてくると、呼吸困難の状態やわずらわしさなどによって患者さんが処方酸素流量を守れないことがあります。Ⅱ型呼吸不全の場合、安静時に長時間高流量を吸入し続けると高二酸化炭素血症になる可能性があります。患者さんが処方された酸素流量が守れているか、適宜確認します。酸素チューブに問題はないか酸素チューブは、コネクタとチューブを接続し、最大20mまで延長します。そのため、自宅訪問時には、コネクタとチューブのつなぎ目が抜けていないか、チューブ自体が折れ曲がっていないか、ねじれていないか、破損がないかの確認を行います。鼻カニュラに問題はないか鼻カニュラは長期間使用すると、チューブが硬くなり、皮膚損傷の原因となります。チューブが汚染したり、硬くなっていたりする場合には交換をしましょう。停電時の対応は決めているか酸素濃縮器は電気を使用するため、停電すると酸素供給が停止します。そのため、停電時にパニックにならないよう、事前に停電時の対応について話し合っておくことが大切です。具体的には、濃縮器の側にボンベを置いておく、慌てずにボンベへ切り替える、高流量の酸素を使用している患者さんの場合は停電時用の大きめのボンベを設置しておいてもらうといったことです。火気・炎天下厳禁であることを把握しているか酸素ボンベは、火気厳禁はもちろんですが、高温炎天下の車内に放置しないようにしましょう。内部の酸素が膨張し、爆発事故につながる恐れがあります。外出を予定している患者さんには、事前に説明しておきます。 Q4 患者さんが快適に日常生活を送れるよう工夫できることは何ですか? A 酸素チューブの取り扱いに注意し、転倒予防や動作のしやすさに配慮した管理ができるとよいでしょう チューブ整理で転倒防止自宅では、生活範囲や動線に合わせてチューブを延長します。常にチューブが足元にあるため、歩くたびに足に絡まり、高齢者に限らず、転倒するリスクが高まります。廊下の壁に引っ掛ける、S字フックを使用する、洗濯かごを利用するなどしてチューブを整理し、転倒を予防することが大切です。図1、図2に、患者さんが実際に行っている工夫を紹介します。また 、酸素濃縮器や液体酸素の親機の設置場所を確認し、動線に合わせ、チューブが必要以上の長さにならないように配慮します。運転時は酸素ボンベを後ろに運転時には、運転席の後ろ側に酸素ボンベを起き、真後ろからチューブを出すようにします。そうすることでボンベの出し入れもスムーズに行え、チューブも引っ張られずに運転できます。障害物を置かない酸素濃縮器のリモコンが赤外線タイプの場合、間に障害物があると使用できないため、注意が必要です。 図1 手すりを利用したチューブが濡れない工夫 図2 洗濯かごを使用したチューブ整理 Q5 HOTを使用しながら旅行するときに、必要な手続きや注意することはありますか? A 移動手段を確認し、公共交通機関を利用する場合は持ち込める酸素ボンベの本数に注意します HOT導入後にも旅行を楽しむ患者さんは多くいます。旅行には、事前の準備が必要です。主治医の許可をとり、酸素吸入量に加え、移動時間や距離、移動手段を確認し、どのサイズのボンベが何本必要かをメーカー作成の換算表を参考に患者さんと相談しておきます。その後、各酸素業者指定の旅行届を事前に酸素業者に提出します。 移動手段が公共交通機関の場合、酸素ボンベを持ち込める本数などが決まっているほか、事前の届け出が必要な場合が多いです。詳細は使用する公共交通機関へ問い合わせし、事前に確認します。ただし、液体酸素は飛行機へ持ち込めませんので、飛行機利用の際には酸素ボンベに変更しなければなりません。 Q6 患者さんが酸素を指示通り使用してくれません。どうしたらよいですか? A HOT導入後も、さまざまな理由から処方通りに使用できない場合があります。だからといってアドヒアランス不良と安易にレッテルを貼らず、患者さんの話をよく聞き、アドヒアランスを阻害している要因をアセスメントした上でかかわることが大切です 信頼関係の構築とパートナーシップの形成 患者さんはHOTを導入することで、多くの場合、これまでの生活の再編を余儀なくされます。また、呼吸困難による活動範囲の制限やそれに伴い社会的役割を果たせなくなることでの自尊心の低下、自己コントロール感の喪失などを体験します。医療者は、HOT導入によってさまざまな病いの体験をする患者さんの心理を理解した上で、アドヒアランス支援を行っていく必要があります。支援をする上で、最も重要なことの1つは信頼関係を築くことです。 患者さんの病気に対する思い、HOT導入への思い、これまで大切にしてきたことなど、ナラティブ・アプローチで患者さんの語りを促します。語りの中から患者さんの価値観や希望を知り、理解していきましょう。その過程で患者さんは価値観を承認されたと感じ、相手を信頼できるようになります。 また、病気によって変化した生活の中でも、患者さんにとって「欠かせない」と思うことを一緒に探してくれる人がいることで、限られた選択肢の中で生活を再構築でき、成長につながります2)。そのため、信頼関係の構築とともにパートナーシップの形成も非常に重要です。 アドヒアランスに影響する要因3) アドヒアランスに影響する要因として、患者さんに関連する要因、治療に関連する要因、社会/環境に関する要因(表1)があるといわれています。各要因の具体例は次に示すとおりです。  患者さんに関する要因患者さんの健康に対する考え方、HOT管理をするにあたっての認知能力、心理的状態、病気やHOTに対する認識など治療に関連する要因HOTを実施する期間や酸素吸入に伴う身体的な不快感、鼻カニュラ装着による外見の変化に伴う周囲の反応、HOTに伴う費用、HOT導入に伴う呼吸困難の軽減の程度など社会/環境に関連する要因医療者との関係性、フォローアップ体制、医療機関へのアクセスの利便性、HOT患者さんを支えるサポート体制が整っているかなど HOTを処方通りに使用できない患者さんに対し、ただ単に使用を促すのではなく、アドヒアランスの低下の要因をアセスメントし、その要因に対してアプローチしていくことが重要です。 表1 アドヒアランスに影響する要因 文献3)を参考に作成 【参考文献】1)塚田さやか.「HOT患者の在宅療養がわかる(導入/外来/訪問)HOTで起こりやすいトラブル」,石原英樹,竹川幸恵編著,『病棟・外来・在宅医療チームのための在宅酸素療法まるごとガイド』,メディカ出版,東京,2021: 104-107.2)高橋綾.「『患者の価値観に寄り添う』と私がモヤモヤする理由」.緩和ケア 2018;28(2):84-89.3)Bourbeau J,Bartlett SJ.Patient adherence in COPD.Thorax 2008;63(9):831-838.   執筆:平田 聡子地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター慢性疾患看護専門看護師 監修:森下 裕地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター センター長竹川 幸恵地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター 副センター長 編集:株式会社照林社

訪問看護師が知っておきたいHOT(在宅酸素療法)導入の進め方と患者・家族指導
訪問看護師が知っておきたいHOT(在宅酸素療法)導入の進め方と患者・家族指導
特集
2024年5月14日
2024年5月14日

訪問看護師が知っておきたいHOT(在宅酸素療法)導入の進め方と患者・家族指導

HOT(在宅酸素療法)を導入することで患者さんの呼吸困難が軽減されQOLの向上が期待できますが、さまざまな理由から受け入れが難しいケースも少なくありません。今回は患者さんが納得してHOTを導入できるような進め方や、患者さんのアドヒアランスを高める支援やセルフマネジメント支援について解説します。 HOT導入において必要な支援 HOT(home oxygen therapy:在宅酸素療法)導入の目的には、呼吸困難の軽減や運動耐容能の向上、QOLの向上、生命予後の改善などがあり、HOT自体は患者さんの望む生活を叶えるための医療資源の1つです。しかし、医療者は患者さんにとって有効であると考えていても、鼻カニュラ装着の見た目や日常生活上でのわずらわしさなどからHOTの受け入れが難しい患者さんも多くいます。 患者さんの思いをまず傾聴し、HOTが自分の望む生活を叶えるために欠かせないものであると理解できるよう支援していくことが大切です。その上で、生活に取り入れていくために必要な情報収集や酸素流量の決定、手技習得への支援、在宅環境調整などを行っていく必要があります。ここでは、患者さんを理解すること、病状やHOTの必要性の説明、実際の酸素流量設定の方法、セルフマネジメント支援についてお話しします。 病状やHOTの必要性の理解 HOT導入時には、患者さんの普段のバイタルサインに加えて、換気障害の種類(閉塞性、拘束性、混合性)や肺拡散能、呼吸不全の種類(Ⅰ型、Ⅱ型)、呼吸補助筋の使用の有無など身体的側面を確認します。さらに、どのような生活をしてきたのか、どのような場所で生活しているのか(自宅の間取りや階段の有無など)、今後どのような生活を望むのか(仕事や趣味など)、HOTの捉え方など、患者さんを理解するための情報収集をていねいに行うことが重要です(図1)。 特に、患者さんやご家族の病状の理解度は、HOTの必要性の理解にも影響を与えます。そのため、患者さんやご家族が病状をどのように捉えているか確認し、理解度に合わせ、身体的な状態として低酸素血症が起きていることを説明する必要があります。 パンフレットや実際のSpO2、脈拍、呼吸機能検査、血液ガス分析の結果などを視覚的に示しながら説明すると、患者さんやご家族はより理解しやすくなります。特に低酸素血症が進行することで起こる肺高血圧症や心不全の進行、運動耐容能の低下、全身の臓器機能低下などの身体的影響については強調して説明します。このように自分の病状とHOTの必要性が関連づけられるようにすることが重要です。 さらに、身体への必要性に加えて、患者さんが望む生活を送るために必要な資源であることも説明します。患者さんが大切にしている趣味や生きがいなどが継続できるといった具体的な説明を行うことで、HOTの必要性の理解促進につながりやすくなります。 図1 HOT導入時に必要な情報 酸素流量の決定と指導 過ごし方に応じて細かく必要な酸素流量を見極める 酸素流量の決定では、自宅での日常生活場面をイメージした設定が必要になります。事前に自宅でどのような過ごし方をするのか、主に過ごす場所や活動量、外出頻度、間取り、動線などを詳細に情報収集します。その後、安静時や労作時、入浴時、入眠時と細かく必要な酸素流量の見極めを実施します。 必要酸素流量を見極める際の重要なポイントは、生活場面において具体的に「安静時や労作時とは何か」を患者さんと話し合い、共通認識をもっておくことです。患者さんによっては、自宅内は「安静時」、外出のみを「労作時」と捉えることもあるからです。 また、入浴時の酸素流量の見極めでは、より細かな観察が求められます。入浴ではSpO2低下につながる動作が連続で続くため、洗体や洗髪、着替えといった1つひとつの動作によってSpO2の低下をきたす可能性があります。休憩のタイミングの検討や息切れを増強させる4つの動作(参照:訪問看護の呼吸ケア 安定期を長く過ごすための療養法・支援方法 基礎知識)を避ける等の指導も合わせて行った上で、入浴動作で低酸素にならないような流量設定にします。 酸素流量を守ることの必要性を説明 酸素流量が決定したら、患者さんに酸素流量を守ることの必要性について説明します。Ⅱ型呼吸不全患者さんの場合、指示された以上の酸素流量を長時間吸入することで、高二酸化炭素血症を引き起こす可能性があることを説明します。労作後には安静時の酸素流量に必ず戻すことや、呼吸困難があるからと安易に酸素流量を上げずに医療者へ相談するといった指導をします。 逆に、高二酸化炭素血症を心配するあまり、労作時に必要な酸素流量よりも少なく吸入し、低酸素状態が持続している場合もあります。その場合は、低酸素による合併症を引き起こす可能性について説明し、酸素流量を守るよう指導します。HOT導入時のみならず、患者さんが生活の中でどのように酸素流量を調整しているかを適宜確認していく必要があります。 ご家族が管理しやすい方法も検討 ご家族が主に酸素流量調整をする場合には、ご家族にも同様の指導を行います。認知機能や介護面で細かな酸素流量の調整が難しい場合は、安静時と労作時を同じ流量にできるかなど、管理しやすい方法を多職種で検討していくことも必要です。 セルフマネジメント支援 スタンフォード大学のケイト・ローリッグ(Kate Lorig)教授は、病気とともに生きていく上で患者には取り組むべき3つの課題があると述べています。 1つ目は、病気に関する課題です。内服薬や吸入薬を正しく服用したり、HOTを生活の中にうまく取り入れ、病気によって起こる呼吸困難などの症状をコントロールしたりすることで対処します。2つ目は、日々の生活活動を継続するための課題です。これは、HOTや疾患によって出現する呼吸困難などの症状と付き合いながら、仕事や地域での役割など社会生活、家事、趣味などを続けていくことで対処します。3つ目は感情面の課題です。HOTとともに生活する中での怒りや恐れ、孤独感、不安といったさまざまな感情の変化に対処します。 セルフマネジメントは、呼吸困難をはじめとした身体的要因、病気の認識や不安などの心理的要因、社会的役割の喪失や社会的孤立などの社会的要因、生きる目的や意味などの実存的要因の影響を受けています。これらの要因をアセスメントした上でセルフマネジメントを支援します1)。 セルフモニタリングの活用 セルフモニタリングとは、症状や測定などによって得られた客観的・主観的データを記録し、そのデータの意味を疾患や症状に関する知識と合わせて解釈し、自分の状態に気づくこととされています2),3)。常に医療者がいる環境ではない自宅では、セルフモニタリングによるセルフマネジメント方法を身につけることが有効だといわれています。患者さんに対して、急性増悪をできるだけ予防し、病状が安定した状態で長く過ごすためのセルフマネジメントの必要性の説明するとともに、可能な限り療養日誌の活用を推奨しています。 療養日誌は、体調の変化(普段のバイタルサイン、脈拍やSpO2の値)、症状の変化(息切れの程度、咳嗽や喀痰の量、喀痰の色の変化など)、日常生活の変化(睡眠の程度、食欲や入浴、外出の有無など)、頓用薬使用の有無を記載、またはチェックを付けられるようになっています。また、自由記載欄もあり、患者さん自身の気持ちや気づきも記載してもらいます(図3)。 療養日誌は、医療者とともに内容を確認できることが大きなメリットです。医療者からのフィードバックを受けることで、増悪の兆候など患者さんの気づきが促され、早期受診につながります。患者さんの自己効力感や自己コントロール感の維持・向上にも有効です。また療養日誌は、患者さんと医療者だけでなく、病院や在宅の医療者間でのケア継続のツールとしても使用できます。自由記載欄に訪問看護師や外来看護師が聞きたいことや伝えたいことを記載し、患者さんの情報を共有することで連携を可能とします。 図3 当センターで使用している療養日誌 自己効力感向上への支援 HOT導入時では患者さんの手技習得がうまくいかないこともあります。また、HOTを継続する中では疾患の進行に伴う呼吸困難の増強などが原因で自分でできることが少なくなったり、社会的な役割喪失などで自己効力感の低下を招いたりすることがあります。セルフマネジメント支援において、自己効力感の維持・向上の支援はとても重要です4),5)。 自己効力感を高める情報源には成功体験、代理的体験、言語的説得、生理的・情動的状態の4つがあり、特に成功体験が重要です(表1)。うまくできていることを称賛し、小さなことでも成功体験として捉えてもらうようなかかわりが必要です。HOT患者さんにおいて自己効力感を高めることは、HOTを「望む生活を送るための大切な資源」として捉えてもらうことにつながります。加えて、病気や治療を自分自身で管理できるという自己コントロール感が生まれ、QOLの向上につながります。 表1 自己効力感を高める情報 文献4)-6)を参考に作成 執筆:平田 聡子地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター慢性疾患看護専門看護師監修:森下 裕地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター 呼吸ケアセンター センター長竹川 幸恵地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター 呼吸ケアセンター 副センター長編集:株式会社照林社 【参考文献】1)ケイト・ローリッグほか著,日本慢性疾患セルフマネジメント協会編,近藤房恵訳.「自己管理って何だろう」,『病気とともに生きる 慢性疾患のセルフマネジメント』,日本看護協会出版会,東京,2008:9-11.2)Wilde MH,Suzanne G:A concept analysis of self-monitoring.J Adv Nurs 2007;57(3):339-350.3)森菊子.「セルフマネジメント教育」.みんなの呼吸器Respica 2019;17(2):293-297.4)日本呼吸ケア・リハビリテーション学会 酸素療法マニュアル作成委員会,日本呼吸器学会 肺生理専門委員会編.「酸素療法と看護」,『酸素療法マニュアル(改訂版)』,メディカルレビュー社,東京, 2017:111.5)竹川幸恵.「看護ケアの実際 看護介入」,大阪府立呼吸器・アレルギー医療センター編,石原英樹,竹川幸恵,荻野洋子監修,『在宅酸素療法ケアマニュアル』,メディカ出版,東京,2012: 238-239.6)安酸史子,鈴木純恵,吉田澄恵編.『セルフマネジメント 第4版』(ナーシング・グラフィカ 成人看護学),メディカ出版,大阪,2022.

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