緩和ケア

緩和ケア 悪性消化管閉塞
緩和ケア 悪性消化管閉塞
特集
2023年10月3日
2023年10月3日

悪性消化管閉塞への対応【がん身体症状の緩和ケア】

がんの進行に伴って生じることの多い悪性消化管閉塞。治療には外科手術、経鼻胃管やイレウス管の留置などがありますが、患者さんの全身状態や予後によって慎重な検討が必要です。どこまでどのような治療を行うのか、患者さんやご家族とよく話し合うことが大切でしょう。今回はがんによる消化管閉塞への対応を考えていきます。 子宮体がんが疑われる佐藤さん 認知症で寝たきりの佐藤さん(90歳)。主治医からおそらく子宮体がんだろうと診断されています。現在は止まっていますが、血性帯下が出現するようになり、腹部エコーで子宮内の液体貯留と壁の凹凸不整が指摘されたためです。当初は萎縮性腟炎*を疑い、ホルモン剤を投与しましたが効果はなく、触診でも腟内に異常は認められませんでした。痛みについてははっきり分からないのですが、顔をしかめることがあると、フェンタニル貼付剤1日用を2mg/日で投与されています。 主治医は病院に行って診断してもらうことを提案していましたが、同居して介護を行う娘さんは病院での検査を希望していません。これ以上の医療も望んでおらず、強い苦痛がないように対応してもらい、母親がこのまま自宅で旅立つことを希望しています。 *萎縮性腟炎とは: 加齢や閉経によって女性ホルモン(エストロゲン)の分泌が低下し、内性器や外性器などが萎縮し、皮膚や粘膜が薄くなる疾患。ホルモン薬の投与により改善する。 繰り返す嘔吐 佐藤さんは1日中ベッド上で過ごし、自分で歩くこと、寝返りを打つこともできません。食事は流動食のみで、1日300~400mLほど摂取しています。しかし、内服薬は吐き出してしまい、飲み込むことができない状態です。 普段は在宅で娘さんがかいがいしく世話をしています。訪問看護師であるあなたが笑顔で声かけすると、佐藤さんはニコリと笑ってくれます。この笑顔があなたにはたまらなく愛おしく感じられるのです。訪問看護としては週1回の訪問で、健康管理(心身の状態観察、異常の早期発見など)、保清ケア、可能な範囲での拘縮予防を行っています。 そんなある日、佐藤さんが嘔吐したとの連絡が入り、訪問看護師が呼び出されました。訪問すると佐藤さんは嘔吐を繰り返し、シーツも汚れた状態です。発熱の症状があり、痰がらみもみられました。幸いほかのバイタルサインに大きな変化はなかったので、主治医に連絡を取り、往診を依頼しました。 消化管閉塞と診断 診察後、主治医は佐藤さんが消化管閉塞を起こしたのではないかと話し始めました。 主治医: おそらく消化管閉塞を起こされていると思います。腸雑音がひどく亢進しているので、痛みも伴っているはずです。子宮体がんが腸に浸潤して、腸が細くなり、最終的に詰まってしまったのでしょう。 あなた: 先生、消化管閉塞と診断するために病院ではいつもレントゲンを撮っていました。レントゲンなしでも診断できるのですか? 主治医: よい質問ですね。佐藤さんの腹部をみてください。いつもよりやや膨隆して、打診をすると空気が充満している音がしますよね。これを腸に空気が入った状態、つまり「鼓腸」といいます。これが急に増えていることがまず一つ。次に、腸雑音を聞いてみてください。ゴロゴロとすごく亢進しているでしょう。それが少し高い音になってゴロゴロというよりギリギリ、あるいはキリキリという音に聞こえませんか? これが金属音と呼ばれる消化管閉塞を疑う一番の所見です。もちろん立位の腹部レントゲンを撮れればよいのですが、佐藤さんは立位をとることも困難ですし、病院に搬送することもご家族の意向に反します。後で腹部エコーを持ってきて、腸管が拡張している所見がみられれば、ほぼ確定ということでよいと思います。 患者さんにとって最善の治療を あなた: 先生、佐藤さんの治療はどうされるのですか? 先生: そうですね、薬を持続皮下注射して対応してみましょう。 あなた: どのような薬を使用するのですか? 主治医: オクトレオチドとステロイドです。嘔吐物で誤嚥性肺炎を起こしている可能性もあるので、今日は抗菌薬も使用しましょう。しばらくは毎日訪問して経過観察を行います。 あなた: オクトレオチドという薬、あまり聞いたことがありません。どのような薬なのですか? 主治医: オクトレオチドは、ソマトスタチンという消化管ホルモンとほぼ同じ活性を持つ薬です。ソマトスタチンは消化管の運動と分泌を停止させるホルモンですね。消化管閉塞になると腸管は貯留した腸液を肛門方向に流すため腸管運動が活発になります。また、腸の表面積が増えると、それに応じて腸液分泌も亢進するといわれています。このため、腸が閉塞すると「腸が拡張し腸液の分泌がさらに増える」→「腸の表面積が広がる」→「さらに腸液の分泌が増える」という悪循環が起こってしまうのです。そこで、オクトレオチドを使用して、悪循環を抑えるのですよ。ちなみに、ステロイドは腸管浮腫を改善させるために使います。抗菌薬と一緒に持続皮下注射します。 あなた: そうなのですね。消化管閉塞というと鼻からイレウス管や胃管を挿入することが多いと思うのですが、佐藤さんにも行いますか? 主治医: 経鼻胃管の管を入れても、不快なので佐藤さんは自分で引き抜いてしまうかもしれません。医学的には多少のエビデンスはありますが、強い医学的推奨はありません。経鼻胃管なしで治療を進めましょう。 あなた: ほかに行ったほうがよい治療はあるのでしょうか? 主治医: 娘さんと相談して了解が得られるなら、500mL程度の輸液を持続皮下注射するのがよいでしょう。不完全な消化管閉塞なら排便で急に解消されることもあります。文献的にはほかにブチルスコポラミン、ヒスタミンH2受容体拮抗薬、プロトンポンプ阻害薬、化学療法に用いる制吐薬に弱い推奨はありますが、オクトレオチドとステロイドが効くケースが多いので、私はあまり使用したことがないのですよ。 あなた: 今後、消化管閉塞が改善しなくてもオクトレオチドの投与はずっと続けるのですか? 主治医: そういう場合もあります。医療保険も適応されると思います。しかし、佐藤さんの現在の状況を考えると、ご家族と相談して輸液を最小限にする必要があるかもしれませんね。 あなた: 以前そのような病状で、高カロリー輸液を点滴しながら、PTEG(経皮経食道胃管挿入術)やPEG(経皮内視鏡的胃瘻造設術)でドレナージを行っている患者さんを見かけたことがあるのですが、佐藤さんもそのような治療をする必要があるのでしょうか? 主治医: 2~3ヵ月以上の予後が期待できるのであれば考える必要があるかもしれませんが、寝たきりの佐藤さんには基本的には苦痛を与える医療は行わないほうがベターではないかと考えています。これもご家族と相談して決めていきましょう。 あなた: 先生のお考え、よく分かりました。よろしくお願いします。 症状緩和で食欲も回復 主治医がオクトレオチドの持続皮下注射を開始すると、1時間半ほどで佐藤さんの嘔吐が消失し、腹部の腸雑音もほとんど聞こえなくなりました。38度の発熱もその日の夕方から平熱に戻りました。 翌日から主治医が毎日訪問。オクトレオチドとステロイドの投与を継続したところ、6日目に大量の下痢便がみられ、以後定期的に排便がみられるようになりました。主治医の指示で水分ゼリーから食べてもらうと、問題なく嚥下し、嘔吐も生じません。さらに、少量の栄養剤をスプーンで与えると飲み込みます。結局その日は100mLほどの栄養剤を口にされました。 主治医はオクトレオチド投与量を半分にしても次の日嘔吐がないことを確認し、投与を中止しました。それから佐藤さんは以前と同様に過ごしています。多いときには栄養剤を1日で約300~400mL摂ることもあり、食欲も戻ってきたようです。便秘については、状態に応じてピコスルファートを栄養剤に混ぜて投与し、対応しています。すると時に嘔吐することもあるのですが、排便があると改善する状態を維持しています。 あなたが訪問して笑顔で呼びかけると笑顔で返してくれる佐藤さん。痛みの表情もなく、穏やかに過ごしています。あなたは少しでも穏やかな時間が続くことを祈りながら日々のケアを行っています。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

がん身体症状の緩和ケア4
がん身体症状の緩和ケア4
特集
2023年9月19日
2023年9月19日

悪心・嘔吐への対応【がん身体症状の緩和ケア】

がん患者さんが経験する身体症状の中でも発症頻度が高い悪心・嘔吐。原因のアセスメントと原因に応じた治療、そして患者さんの病態に応じた制吐薬の使用が対応の基本です。今回は悪心・嘔吐の緩和ケアについて解説していきます。 Bさんを苦しめる悪心・嘔吐 訪問看護師であるあなたは、新たながん患者さんを担当することになりました。75歳女性のBさんです。Bさんはご主人と2人暮らし。娘さんたちがいますが、みなさん結婚して家を出ています。 Bさんはステージ4の肺腺がんと診断され、抗がん剤治療を2クール受けましたが、あまり効果は得られず、副作用で苦しい思いをされました。本人の希望もあり、現在はご自宅で療養生活を送られています。 Bさんは要介護2の認定で、屋内では伝い歩きで移動できますが、一人での外出は難しい状態です。また、体動時に息が切れるため、在宅酸素療法(1L/分)を受けながら生活されています。 Bさんは身体の痛みはそれほどないようですが、肝臓への転移が見られ、退院後から悪心を訴えることが多くなりました。実際に嘔吐してしまうこともあります。Bさんの悪心・嘔吐への対応が必要と考え、あなたはケアマネジャーと相談し、Bさんの自宅でケアカンファレンスを開くことにしました。 悪心・嘔吐のメカニズム(図1) Bさんに出現した悪心・嘔吐。がん患者さんではよく見られる症状です。カンファレンスの前に、まずは、悪心・嘔吐のメカニズムを押さえておきましょう。悪心・嘔吐は、さまざまな神経伝達物質(ドパミン、ヒスタミン、ムスカリン、セロトニンなど)が、大脳皮質、前庭器、化学受容器引金帯、末梢の4つの経路を経て、嘔吐中枢を刺激することによって生じます。 図1 悪心・嘔吐のメカニズム 三橋由貴.「悪心」.林ゑり子編著,上村恵一監修,『緩和ケア はじめの一歩』,照林社,東京,2018.p.83.より転載 原因をアセスメントし状態に応じた治療を カンファレンスでは、最初に医師からBさんのこれまでの病状説明が行われました。あなたが心配している嘔気・嘔吐について、医師も治療が必要と考えているようです。 医師: Bさんは、便秘もなく腹部膨満の症状も見られませんが、退院してから吐き気を訴えることが多いように思います。これは今後、治療をしていこうと考えています。また、肺がんは脳転移を起こすことがあるため、悪心・嘔吐の原因を探るためにも、病院を受診し、頭部CT検査を受けていただく必要があると思います。 ケアマネジャー: 了解です。受診のときは介護タクシーが必要ですね。手配しますので、検査日が決まりましたら教えてください。 医師: わかりました。検査日が決まればお伝えしますので、調整をお願いします。 あなた: 先生、悪心・嘔吐の治療としてはどのようなことを行うのでしょうか。 医師: 悪心・嘔吐の原因をアセスメントし、原因に応じた治療を行い、制吐薬も使用していきます。制吐薬は、神経伝達物質の受容体をブロックすることで症状を改善させる薬剤です。Bさんの病態に応じた制吐薬の選択が必要です。 あなた: Bさんの場合、どういった治療方法が考えられますか。 医師: そうですね、いくつかパターンが考えられます。Bさんの肺がんは肝臓に転移しています。肝転移によって腸管の血流が不良になっているとしたら、消化管運動改善薬を使います。ドパミンD2受容体拮抗薬のメトクロプラミドが代表的です。あるいは、がんが脳に転移しており、脳腫瘍が嘔吐中枢を刺激しているなら、同じくドパミンD2受容体拮抗薬の抗精神病薬ハロペリドールを用います。脳圧の亢進が考えられる場合はステロイドも使いますね。めまいや前庭神経異常を伴う時にはヒスタミンH1受容体拮抗薬を使用します。これらを組み合わせて使うことも大切です。Bさんは今のところ便秘の症状は見られませんが、便秘も悪心を引き起こす原因の1つなので、今後は便秘も重要な観察ポイントです。 あなた: 先生としては何から使用されるのですか? 医師: まずはメトクロプラミドを投与して経過を観察します。そして脳転移が見つかればステロイドの使用を検討してみてもいいですね。 Bさん: 皆さん、先生、よろしくお願いします。吐き気がよくなれば、もっと楽に過ごすことができると思うのです。 その後、Bさんは頭部CT検査を近隣の病院で行い、脳転移が指摘されました。 Bさん: よくなるわけがないと思っていても、脳に転移してしまったのはがっかりだわ。このまま頭がおかしくなるかもしれないと思うとすごく不安で…。 あなた: 不安なお気持ちは当然のことと思います。ただ、脳転移を起こした患者さんすべてに認知機能の衰えが出現するわけではないですよ。先生が、吐き気に関しては原因が分かったので、対策をしっかり行えると話していました。むしろ体調はよくなるかもしれません。 悪心・嘔吐を誘発しないケアも大切 制吐薬による治療を進めるとともに、あなたはBさんの悪心・嘔吐が少しでも改善するようににおい対策や服薬タイミングの調整を提案することにしました。 あなた: Bさん、療養の方法を整えることで吐き気が起こりにくくなることもあります。例えば、においの強いものを近くに置かないようにし、できれば窓を開けて新鮮な空気を取り入れるのはどうでしょう。また、お薬は先生や薬剤師さんとも相談し、食事の前に飲めるようにしてみましょう。特に吐き気止めのお薬は食前の服用がよいと聞いています。お薬が効いてくれば今よりも食べられるようになりますし、体調も回復するのではないかと思います。 Bさん: ありがとう。あなたの言うとおりにやってみましょう。実は娘が持ってきてくれたユリの香りがきつく感じていて…。でも、家族がせっかくもってきてくれたものだから言い出せなくて。 あなた: Bさんは優しい方なのですね。 Bさん: そんなことはありませんよ…。 症状の回復とともに前向きな変化も その後、Bさんには制吐薬としてステロイドのデキサメタゾンが処方されました。服用は錠剤1錠なので、Bさんにとってそれほど負担もないようです。メトクロプラミドは無効とされ、就寝前にハロペリドールも服用しています。Bさんの症状は随分よくなり、少しずつ食事も取れるようになってきました。 あなた: Bさん、だいぶ食べられるようになりましたね。すごくよいことだと思います。 Bさん: あなたや先生が励ましてくれたおかげです。ありがとう。もう少しがんばってみたいわ。家の中のことも整理しておきたいし。 あなた: 無理のない範囲でお願いしますね。ご主人にもおいしいご飯を作ってあげなきゃ、ですよね。 Bさん: そうなの、みんなに食べさせてあげたい。そうだ、食事会を開いて、みんなに声をかけてみようかしら。あなたもぜひ参加してね。 あなた: ありがとうございます。ぜひ参加させてください。楽しみにしています。 翌週、Bさんの家にご家族が集まり、食事会が開かれました。本人も張り切っていましたが、一品作ると疲れたようで、ベッドに戻られていました。他の料理は娘さんたちが作り、お孫さんも参加し、楽しい会になりました。居間に置かれたベッドの上でBさんも満足気に見えます。 あなた: お招きいただき、ありがとうございました。本当に楽しい会でしたね。まだまだご家族とのお話もあると思いますので、私はこれで失礼します。 Bさん: もっといてくださればいいのに…。でも、家族にはこれからのことも話しておきたいし、ここからは家族だけにしたほうがいいかもしれないわね。 あなた: もしよければ、どのようなことをご家族に話されたいのか教えていただけませんか。 Bさん: これまでは自宅で過ごすことが家族に迷惑をかけるのではと思ってきたけれど、あなたや先生のおかげでだいぶ身体が楽になって、自信もできたの。家族に「入院しないで最期までこの家で過ごしたい」と話すつもりなのよ。 あなた: そうだったのですね。素晴らしいご決断です。私たちもしっかりサポートして行きます。これからもよろしくお願いします。 Bさん: 夫には少し迷惑をかけると思うけど、娘もできるだけ泊まり込んで手伝ってくれると言うし…。家族の顔が見えるのが一番安心なの。 あなた: よくわかりますよ。 Bさんの家を後にしたあなたはすぐにBさんの意向を医師に報告し、他の職種にも共有しました。食事会から数日経ったある日、Bさんの家には訪問看護師であるあなたと医師、薬剤師、ケアマネジャーが集まりました。 医師: Bさん、最期までご自宅で過ごすことで問題ないですね。私たちもできるかぎりのことをいたします。苦しいこともできるだけ軽減できるように努めます。よろしくお願いします。 Bさん: ありがとうございます。私のわがままかもしれませんが、よろしくお願いします。 ケアマネジャー: 私もお手伝いします。 薬剤師: もちろん私もお手伝いします。 その横で、あなたはずっとBさんの背中をさすっていました。できればこの時間がもっと続くことを願いながら…。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

緩和ケア がん身体症状
緩和ケア がん身体症状
特集
2023年8月29日
2023年8月29日

悪性腹水の原因と対応【がん身体症状の緩和ケア】

末期膵臓がん患者のAさん(49歳)。痛みも落ち着き、倦怠感も以前ほどではなくなりました。しばらくは症状がうまくコントロールでき安定していましたが、最近、腹部の膨満感が出現するようになりました。在宅主治医によると、膵臓がんが腹膜に播種したがん性腹膜炎による腹水であろうとのこと。今回はがんの影響によって生じる腹水の緩和ケアについて解説していきます。 悪性腹水のメカニズムと緩和ケア 悪性腹水は進行がん患者においてしばしば見られる症状です。たまった腹水が少量であれば自覚症状はあまりありませんが、大量にたまると外観の変化やさまざまな自覚症状が出現します。主な症状は腹部膨満感や腹痛、胸やけ、悪心・嘔吐、食欲不振などです。 腹水がたまる原因には、滲出性と漏出性の2つがあるといわれています。例えば、がん性腹膜炎で腹水がたまるのは滲出性によるものです。腹膜上にがん細胞が拡散すると、それぞれのがん細胞の周囲で、がん細胞と戦うため炎症が起こります。この炎症の結果、滲出液と呼ばれる液体が出てきて腹腔内に蓄積されていきます。 漏出性の代表例は肝硬変やネフローゼです。腹膜自体に異常はなく、血液中のタンパク質濃度が低下することによって浸透圧が低下し、血管から水分が漏れ出し、腹腔内にたまってしまう状態です。この場合、利尿薬を使用して水分貯留を改善させることが少なくありません。 しかし、がん緩和ケアの現場では、どちらか一方のみが原因というよりは、これら2つが重なりあって腹水が生じるといわれています。どちらの原因が主体なのかはケース・バイ・ケースです。抗炎症薬としてのステロイドで症状が軽快するケースもあれば、利尿薬が有効なケースもあり、両者を組み合わせることもあります。 さて、訪問看護師であるあなたは、今日は在宅主治医に同行し、Aさんのご自宅に訪問しています。在宅主治医はAさんの腹部の状態を確認し、悪性腹水であることを確信したようです。 在宅主治医: 触診でも波動を感じますので、ほぼ腹水で間違いないと思います。次回は携帯型の腹部エコーを持参して詳しく検査してみましょう。 Aさん: 腹水ですか……。次から次へとおかしなことが起こるので不安です。どのようにすればよいのでしょうか? あなた: 確かに次から次に嫌なことが起こりますよね。それでもAさんはこれまで一つひとつ、乗り越えてこられたと思います。Aさんのつらさが少しでも楽になるように私たちが協力しますので、つらいときは遠慮なく教えてください。 Aさん: はい、ありがとうございます。  症状に応じて利尿薬の投与、腹腔穿刺を行う 在宅主治医: Aさん、まずはお腹に水がたまりにくくなるように利尿薬を使用しましょう。それでも水がたまり、苦痛が強いようであれば、お腹に針を刺して水を抜く治療もあります。腹部膨満感がすみやかに解消されるので、楽になる方は多いですよ。(利尿薬の使用については【ワンポイントメモ】「利尿薬を使用すると患者さんは脱水状態にならないの?」参照) Aさん: そうなんですね。少し安心しました。今はそれほどつらくはないのですが、悪化したときにどうなるのかが不安でした。 あなた: 利尿薬が開始されるとトイレに行く回数が増えると思います。Aさん、トイレに行くのは大変ではないですか? Aさん: 自分で歩いて行けるのですがよろけることがあるので、トイレにも手すりがあればいいのにと思うことはあります。 あなた: 確かにそうですね。ケアマネジャーさんに連絡して、手すりの設置を相談しましょう。ベッドの近くにトイレを置くこともできますが、それはいかがでしょうか? Aさん: 手すりはお願いしたいのですが、ベッド脇のトイレはまだ必要ないと思います。 あなた: わかりました。 Aさんの自覚症状の程度や環境整備への要望を確認したところで、あなたと在宅主治医はAさんのお宅を後にしました。帰り道の途中で、あなたは気になっていた腹腔穿刺について医師にたずねました。 あなた: 先生、腹腔穿刺は在宅でも可能なのですか? 在宅主治医: もちろん可能です。腹部エコーで腹水がたまっている場所を確認してから、局所麻酔を行い、血管留置用のプラスチック留置針を用いて穿刺します。量が多いときには2Lほど抜けることもあります。 あなた: 処置のとき、私たちがお手伝いできることはありますか? 在宅主治医: 通常、腹腔穿刺は1時間程度かけて行います。最初の30分くらいは私たちも患者さんを観察していますが、それ以上の時間になるとほかの訪問診療があるので、ずっと付き添うことは厳しいのです。急激な腹腔穿刺中に血圧が下がることもありますので、患者さんの苦痛の確認とバイタルサインのチェックを行っていただくと助かります。訪問看護ステーションによっては、排液がなくなったことを確認し、留置針を抜いて消毒し、創処置をしてくれます。 あなた: 私たちも管理者と相談して、お手伝いしたいと思います。先生、もう1つ教えてください。抜いた腹水を処理して、体内に戻す治療があると聞いたことがあるのですが……。 CARTや腹腔静脈シャントについても知っておこう 在宅主治医: CART(cell-free and concentrated ascites reinfusion therapy)、腹水濾過濃縮再静注法のことですね。腹水を抜けるだけ抜いて、がん細胞や細菌などを取り除き、タンパク質(アルブミンやグロブリンなど)の有用成分を濃縮して体内に戻す治療です。一般には在宅ではできないので、通常は病院で1泊から2泊入院して行います。点滴をしながら腹水をできるだけたくさん抜きます。腹水のたまるスピードが速く、何回も穿刺が必要になるならAさんと相談してもよいかもしれませんね。 あなた: CARTはすべての病院が対応してくれるわけではありませんよね? 在宅主治医: それぞれの病院ごとに異なるのが実情ですが、一生懸命情熱を持ってCARTに取り組んでいる先生もいらっしゃいます。そんなドクターのことを知っておくことも大事かもしれませんね。 あなた: はい、わかりました。先生、いろいろと教えていただきありがとうございました。お引き止めして申し訳ありませんでした。 あなたはステーションに帰り、がん看護専門看護師の先輩Bさんにもう1つ気になる治療法があったので質問してみました。 あなた: 先輩、最近Aさんに腹水がたまるようになってきたのです。以前、何かの本で読んだことがあるのですが、お腹にカテーテルを埋め込んで静脈に戻すポンプのようなものがあるようなのです。この治療法について何かご存知ですか? Bさん: それは腹腔静脈シャント、別名「Denver(デンバー)シャント」のことね。手術を行って、腹腔内と鎖骨下静脈を直接つなぐ特殊なカテーテルを埋め込むの。そのカテーテルには逆流防止弁が付いていて、腹水が静脈内へ流れるようになっているのよ。腹壁に固定した小さな風船状のポンプがあって、それを患者さん自身が何回も押し込むことで腹水がくみ上げられて静脈の中に押し込まれるの。 あなた: 大きな手術が必要になるのですね。 Bさん: そうなの。Aさんの今の状態では手術を行うことは難しいかもしれないわね。症例数も少ないから、がん性腹膜炎に対してこの治療を行うことに対してまだ評価が定まっていないのよ。がん細胞も静脈の中に入る可能性があるし、心臓にも負担がかかるかもしれない。 あなた: そう簡単にはできないことがよくわかりました。 苦痛症状の緩和には看護ケアの力を Bさん: そうね。でもあなたがAさんに寄り添い、彼を支援することはまだまだできるはずよ。徐々に症状が進んできて、Aさんは不安を感じているはず。なるべく腹部膨満感が強くならないような食支援を行ったり、腹部が張っていても安楽に過ごせるような環境を整えたり、Aさんが少しでも安心して過ごせるように私たちにできることはたくさんあるわ。おそらくご家族もすごく不安を感じているのではないかしら。ご家族のケアをしっかりやっていくこともとても大切よ。 あなた: そうですね。Bさん、ありがとうございます。まだまだやれることがありますよね。もっとAさんとご家族に寄り添って1日1日が生活しやすいように援助していきます。 * その後、Aさんは腹腔穿刺を数回行いました。全身の衰弱が進み、約1ヵ月後にご自宅で旅立たれました。オピオイド投与もうまくいき、大きな苦痛を感じることなく過ごされたことが、ご家族にとっての救いになっていたように思われました。担当訪問看護師であるあなたにとってもよい仕事ができ、大きな学びがあったケースとなりました。 【ワンポイントメモ】 利尿薬を使用すると患者さんは脱水状態にならないの?確かに少し脱水気味になります。だからといって大量の輸液を行うと、逆に腹水が増えてしまうとの報告があります。また、がん緩和期では患者さんが乾いた状態(ドライサイド)で管理したほうが、より苦痛が少なくなるといわれています。ほかに胸水や気道分泌物が多い場合も輸液が多いと悪化すると指摘されています。その意味からも輸液を最小限にして、ドライサイドにしたほうが苦痛の軽減につながると考えられているのです。強い脱水や電解質異常で患者さんが苦しまないように、採血を行い、その程度を評価し、投薬量や投薬内容を調整します。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

緩和ケア がん身体症状
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特集
2023年8月22日
2023年8月22日

がん悪液質には集学的な治療が必要【がん身体症状の緩和ケア】

あなたが担当する末期膵臓がん患者のAさんは、近頃、体重減少と食欲不振がみられ、がん悪液質の状態にあるようです。Aさんの症状緩和について先輩訪問看護師に相談したところ、治療薬「アナモレリン」について教えてもらいました。あなたは治療に関してさらに詳しく知りたいと思い、在宅主治医に相談してみることにしました。 >>前回の記事はこちらがん悪液質とは【がん身体症状の緩和ケア】 がん悪液質の薬物的治療 あなた: 先生、Aさんのことで相談があります。最近、Aさんにがん悪液質と思われる体重減少や体動困難が見られるようになり、横になっていることが多くなりました。せっかく痛みがよくなっているので、家族との思い出づくりもしていただきたいのですが、それもできず、食欲も低下しています。そこで調べたのですが、「アナモレリン」という薬が食欲改善に有効と聞きました。先生、Aさんにこの薬を投与してみるのはどうでしょう。 在宅主治医: よく勉強しましたね。私もその薬をそろそろ使うべき時期と考えていました。使用してみましょう。それ以外にも有効とされる薬剤があるので、アナモレリンの効果を見ながら試してみるとよいかもしれません。 あなた: 先生、「それ以外の薬剤」には、どのような薬剤があるのですか? 在宅主治医: まずはステロイドです。炎症性サイトカインの放出ががん悪液質の原因の一つという話は聞いたことがありますね。ステロイドは炎症性サイトカインの放出を抑制し、炎症反応を減少させることでがん悪液質の全身倦怠感、食欲不振といった症状を改善させてくれます。 あなた: ステロイドには糖尿病や骨粗鬆症といった副作用がありますが、Aさんに投与しても問題ないのでしょうか? 在宅主治医: Aさんに残された時間はそれほど多くありません。長期間の投与になるわけではないので、副作用も限られるでしょう。血糖値が上昇すれば対応しますが、厳密なコントロールは必要ありません。高血糖で昏睡に陥るようなことにならなければよいのです。 あなた: ひどい高血糖にならないように、私たちも血糖チェックを行うことにしますね。先生、ほかにはどのような薬剤が使用されているのでしょうか? 在宅主治医: アナモレリンとステロイドも含め、がん悪液質に有効とされる薬剤を整理してみましょう(表1)。 表1 がん悪液質に有効とされる薬剤 あなた: 漢方も使用されているのですね。とても勉強になりました。ところで先生、Aさんは現在もリハビリテーションを継続していますが、体力的に問題はないのでしょうか。どうも無理をさせているような気がするのです。  がん悪液質の非薬物的治療 あなたはリハビリテーションがAさんの体力をさらに消耗させているのではないかと心配しています。ところが、在宅主治医の見解はまったく異なるものでした。 在宅主治医: 本人がリハビリテーションをやめたいと言っているのであれば、やめてもよいのですが、私は継続するほうがよいと思っています。もちろん、筋肉減少がリハビリテーションだけで解決できるわけではありません。運動療法以外にも、先ほど説明した薬剤の投与や栄養対策を行って、がん悪液質の進行をできるだけ抑えることが重要だと考えています。それに、リハビリテーションはAさんの「自分でトイレもいけなくなった」といった人生への無意味感につながるスピリチュアルペインを和らげてくれる可能性もありますよね。 あなた: なるほど、そうだったのですね。教えていただきありがとうございます。リハビリテーションはこのまま続けたほうがよさそうですね。先生、栄養対策のお話がありましたが、栄養対策としてはどのようなことを行えばよいのでしょう? 在宅主治医: そうですね。十分量のエネルギーとタンパク質の摂取が必要ですが、進行したがん患者さんは味覚も低下します。味のはっきりした食事のほうが食べやすいこともあるので、さまざまな味の栄養剤を併用したり、甘いアイスやプリン、ゼリーといった食材を追加したりする方法もあります。タンパク質であれば、料理に加えるだけで手軽に補給できる市販品を試してみるのもよいでしょう。 また、口の中のことも考える必要があります。歯の調子が悪くて食べられなかったり、ステロイド投与中に口腔カンジダが発症して食事量が低下したりすることもあります。歯科医や歯科衛生士との連携も大切だと思いますよ。 あなた: なるほど。栄養士さんの栄養指導も必要そうですね。ありがとうございます。Aさんやケアマネジャーさんとも話し合ってみます。 * がん悪液質の非薬物的治療において、栄養療法単独の介入ではあまり有効性は指摘されていません。運動療法では身体機能やQOLの改善が得られたとの報告はあるものの、エビデンスが得られたリハビリテーションプログラムは週に2~3回、1回60~90分の運動であるため、高い脱落率が問題と考えられています1),2),3)。現在、栄養療法、運動療法を同時に介入させる試験が進行中です。 がん悪液質には集学的治療が必要 がん悪液質は進行すると治療に反応しにくくなります。在宅で療養する患者さんの場合、かなり進行した状態であることが多いですが、治療に反応することも少なくありません。がん悪液質にはステージ分類があり、EPCRC(European Palliative Care Research Collaborative:欧州緩和ケア共同研究)によって前悪液質、悪液質、不応性悪液質の3つに分類されています4)。前悪液質と悪液質のステージでは早期介入が求められる段階で、不応性悪液質のステージでは緩和的治療がメインになります。この分類でいうとAさんは悪液質から不応性悪液質の状態ですので、治療による症状改善が期待できる状況です。 がん細胞による炎症は全身のさまざまな臓器に影響を及ぼします。脳に働き食欲を抑制したり、骨格筋の分解を促進し筋量を減少させたりします。肝代謝にも影響し、栄養成分の代謝が不良になります。また、脂肪が非効率的に消費され、急速に減少します。そこに高齢や併存疾患、抗がん剤の治療毒性、廃用症候群といった要素が加わるため、臨床像は一人ひとり異なります。そのため、がん悪液質の治療には、薬物療法や栄養療法、運動療法などを含めた集学的な治療が必要とされています。 したがって、その治療には医師、看護師、栄養士、理学療法士、臨床心理士、歯科医、歯科衛生士などの多職種によるチーム連携が必須であり、これらを在宅で機能させることが重要です。その中でも訪問看護師の役割は大きく、それぞれの職種を結びつける役割が期待されています。また、患者さんの揺れ動く思いに寄り添い、失った機能に対する落胆にも寄り添い、共感し、ときには励まし、一緒に歩む姿勢も求められているといえます。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】1)Oldervoll LM, et al. Physical exercise for cancer patients with advanced disease: a randomized controlled trial. Oncologist 16(11), 2011, 1649-1657.2)Adamsen L, et al. Effect of a multimodal high intensity exercise intervention in cancer patients undergoing chemotherapy: randomised controlled trial. BMJ. 2009; 339: b3410. doi: 10.1136/bmj.b3410.3)Rummans TA, et al. Impacting quality of life for patients with advanced cancer with a structured multidisciplinary intervention: a randomized controlled trial. J Clin Oncol. 24(4), 2006, 635-642. 4)Fearon K, et al:Definition and classification of cancer cachexia:an international consensus. Lancet Oncology. 12(5), 2011, 489-495.

緩和ケア 悪液質
緩和ケア 悪液質
特集
2023年7月25日
2023年7月25日

がん悪液質とは【がん身体症状の緩和ケア】

末期膵臓がん患者のAさん(49歳)、病院での治療を終え、現在は在宅で療養生活を送られています。訪問看護師であるあなたはAさんの担当です。退院直後のAさんの問題は疼痛コントロールでした。オピオイドの処方を調整し、Aさんの痛みはだいぶ緩和されてきたのですが、また新たな問題が。今回からはがん患者さんにみられる疼痛以外の症状を取り上げ、緩和ケアについて解説していきます。 食欲がなく体重も減ってしまったAさん オピオイドの増量後、Aさんは夜間痛みのために目が覚めることはなくなり、体を動かしてもそれほど痛くはなくなってきたそうです。たまに背部にしびれるような感覚があるものの、特段つらくはないとのこと。疼痛管理がうまくいっているようです。 ところが、最近Aさんから「だいぶ痩せた」「体力がなくなった」との訴えが聞かれるようになりました。確かに、この半年の間に63kgあった体重が5kgも落ち、現在は58kg。食事量も減り、以前に比べると半分の量も食べられず、好きだった肉料理も残すことが増えているようです。体力面では、主に下肢の筋力維持を目的に、週1回1時間の訪問リハビリテーションを継続していますが、室内を歩く速度が遅くなり、ふらつくことも増えてきました。 「何かできることはないのかなぁ……」、訪問から戻ってきたあなたはステーションでため息をつきました。そのため息を聞いた訪問看護師のBさんが「どうしたの?」と聞いてくれました。Bさんは、がん看護専門看護師の資格を持つ、ステーションのみんなが最も頼りにしている先輩です。 あなた: Aさんのことで悩んでいます。痛みはよくなったのですが、最近だるさを訴えています。元気がなくて、痩せて弱ってきているように思えるのです。何かできることはないのでしょうか……。 Bさん: Aさんといえば肝転移もあって、治療が終了した方ね。痩せてきているということはがん悪液質かもしれないわね。 あなた: 「悪液質」ですか? がん悪液質発生のメカニズム がん悪液質とは、がんの進行に伴う筋肉減少によって引き起こされる食欲不振や体重減少、体力の低下、倦怠感などを含む症候群のことをいいます。体重減少の要因には低栄養状態も考えられますが、それとは異なり、がん悪液質の場合、安静時の代謝の亢進や筋肉の分解を伴うことが大きな特徴です。老年領域でよく聞かれるフレイルも筋肉減少症(これをサルコペニアと呼びます)を伴いますが、代謝異常や筋肉分解は起こらないことが多いです。 では、どうしてがん患者さんはがん悪液質の状態に陥るのでしょうか。そのメカニズムはすべて解明されているわけではありませんが、がん細胞から分泌される炎症性サイトカインが代謝の異常や食欲不振を引き起こすと考えられています。 「アナモレリン」が症状緩和に期待 あなたは、体重が減少し、筋肉が減っているのであれば、筋肉を作れるようにすればよいのでは、と考えました。そこでBさんに「タンパク質の摂取をすすめるのはどうか」とたずねてみました。 Bさん: それはそのとおり。でも食欲が落ちて、好きだった肉料理もあまり食べられない今のAさんに、無理矢理食べさせるのは簡単なことじゃないわ。 あなた: 確かに……。「食べたくても食べられない」、そんなAさんにどのようにアプローチすればよいのでしょうか。 Bさん: そうね、できることはまだあると思う。「グレリン」というホルモンのことは聞いたことがある? あなた: はい。確か、食欲を引き起こすホルモンだったような。 Bさん: 正解。グレリンは胃から分泌されるホルモンで、摂食亢進作用や成長ホルモンの分泌促進作用があるといわれているの。このホルモンが分泌されることで食欲が刺激され、さらに成長ホルモンが代謝異常を改善させる可能性も指摘されているのよ。 あなた: どうすればグレリンの分泌を促せるのでしょうか? Bさん: 「アナモレリン」という薬剤が治療薬として使われているわ。アナモレリンがグレリンの分泌を促進するといわれているの。 あなた: それはすごい! アナモレリンを処方してもらうのがよさそうですね。さっそく在宅主治医の先生に相談してみます。 Bさん: ちょっと待って。薬だけですべて解決されるわけではなく、これはあくまで一つの方法。アナモレリンの処方によって逆に調子が悪くなる人もいるから、ケース・バイ・ケースで考えてみてね。 あなた: わかりました。いつもありがとうございます。 Aさんの症状緩和に希望を感じたあなた。いつも穏やかに話を聞いてくれる在宅主治医にさっそく連絡してみることにしました。この続きは、次回、お伝えします。 >>次回の記事はこちらがん悪液質には集学的な治療が必要【がん身体症状の緩和ケア】 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

がん身体症状の緩和ケア
がん身体症状の緩和ケア
特集
2023年7月4日
2023年7月4日

オピオイドスイッチングとタイトレーションとは【がん身体症状の緩和ケア】

前回に引き続き、Aさんを交えた投薬内容を見直すカンファレンスからスタートです。Aさんは膵臓がんで、つらい痛みが続いています。Aさんの鎮痛効果を高めるために何ができるのか、一緒に考えていきましょう。オピオイドスイッチング、タイトレーションについても解説します。 前回までのあらすじ 痛みのコントロールがうまくいっていないAさん。その状況を在宅主治医に伝えたところ、主治医からカンファレンス開催の提案がありました。早速、訪問看護師であるあなた、薬剤師、ケアマネジャー、在宅主治医がAさんの自宅に集まり、Aさんの投薬内容を見直す話し合いがスタートしました。 まずはオピオイドの量を増やし、便秘症状を緩和するためオピオイド誘発性便秘症治療薬であるナルデメジンの併用が決まりました。さて、カンファレンスの続きはどうなったでしょうか。 >>前回の記事はこちら鎮痛薬使用の4原則とWHOの三段階除痛ラダーとは【がん身体症状の緩和ケア】 カンファレンスメンバー 画像素材:PIXTA あなた: 先生、痛くなったときの対応はどうしたらよいでしょう。処方されているロキソプロフェンナトリウムではあまり効果がないように感じます。 在宅主治医: 確かにあまり効果はなさそうですね。膵臓がんの場合、腹腔神経叢への浸潤を多く認めるため、侵害受容性疼痛だけではなく、神経障害性疼痛も混ざっている可能性があります。ロキソプロフェンナトリウムから神経障害性疼痛にも有効といわれているオキシコドン速放性製剤に切り替えましょうか。Aさん、突然起こる痛みのときは、かなり強い痛みだったのではないですか? Aさん: はい、みぞおちあたりとその反対側の背中がじくじくと痛くなり、急に耐えられなくなるほど痛くなることがあります。その痛みが20~30分ほど続くことが1日に数回あります。 在宅主治医: 今回、徐放性製剤の量を倍の20mgに増やすので、その反応を見きわめましょう。増量は、通常1日投与量の30~50%量が目安ですが、これにあまりこだわる必要はないでしょう。そして、疼痛時にオキシコドン速放性製剤を10mg服用してみてはいかがでしょうか。まずはAさんの痛みを何とかしましょう。 薬剤師: オキシコドンは神経痛にも効果があるといわれていますので、私もオキシコドン速放性製剤の併用に賛成です。 あなた: 神経障害性疼痛には鎮痛補助薬と呼ばれる神経痛に効く薬があると聞きました。それを使うのはどうでしょうか? 薬剤師: では、ミロガバリンベシル酸塩を使用してはいかがでしょうか。鎮痛補助薬は比較的ゆっくり効いてくるお薬です。痛くなってから服用するよりも、定期的に服用していただいて、急な神経痛が出にくくなるように調整したほうがよいでしょう。 ケアマネジャー: Aさんの痛みが抑えられたとして、リハビリテーションは可能でしょうか? Aさんは少しでも歩いてご自身でトイレに行きたいと希望されているのですが、最近足もとがおぼつかない様子です。廊下に手すりを設置しているのですが、トイレに行くときもつらそうで…。 在宅主治医: リハビリテーションは大歓迎です。痛みをコントロールしながら、ご自身でトイレに行けるよう、可能な範囲で歩行や起立訓練を行いましょう。 Aさん: 足腰が弱ってきて、自分でトイレに行けなくなるのはつらいなと感じていました。リハビリテーション、楽しみです。ぜひお願いします。 あなた: 腹水も少し増えているようですが、腹水が増えて苦しくなったときはどうすればよいのでしょう? 在宅主治医: そうですね、自宅で腹水を抜く処置が可能です。ほかには、腹水が増えすぎないように、定期薬の中で利尿薬やステロイドを使用してみてもよいかもしれません。当院では困難ですが、抜いた腹水をろ過濃縮して体に戻す治療もあります。Aさんがご希望なら、1~2泊の入院で対処できる病院を紹介できますよ。 Aさん: 皆さんがまとまって私をサポートしてくれるのですね。こんなに心強いことはありません。 あなた: Aさん、これからお薬が少しずつ変わっていきます。その中で不愉快な症状が出てくるようであれば教えてください。例えば、食欲不振や眠気、吐き気、便秘、痛みがまだ残っているかどうかなどです。Aさんの症状やご希望を伺って、できるだけ早く解決できるようにしていきます。よろしくお願いします。 * こうして、投薬内容を見直すカンファレンスは終了しました。では、何がどう変わったのか、詳しく解説していきます。 Aさんの処方はどう変わったのか? カンファレンス前とカンファレンス後のAさんの処方内容を比較してみましょう(図1)。 図1 Aさんのカンファレンス前とカンファレンス後の処方内容 (赤字は追加・変更された薬剤および投与量を示す) オピオイドの増やし方 オキシコドンを10mgから20mgに増量しました。服用する時間もある程度指定しました。これは通過点かもしれず、Aさんの痛みの状態に応じてもう少し量を増やす必要があるかもしれません。 Aさんのケースのように、鎮痛効果と副作用の出方を観察しながら、患者さんにあった投与量を調節し、至適用量を決めることをタイトレーションといいます。薬剤を変更するときにも行われます。痛みを和らげるオピオイドの量は患者さんによって異なるということを意識しましょう。 増量方法について教科書的には、定期投与されていたオピオイドの量を30~50%増やすことが推奨されています。しかし、Aさんのケースではかなり強い痛みが存在しており、もともとの投与量自体も少なかったので、今回は10mgから20mgへと100%増やしています。 これで痛みのコントロールが不良な場合、オキシコドンの量をさらに30mgに増やし(50%増量)、その後40mg(25%増量)としても問題ないと考えられます。 オキシコドンの副作用である便秘への対策 ここではナルデメジンを使用しました。酸化マグネシウムは継続していますが、下痢や軟便が問題になるのであれば中止します。ナルデメジンと酸化マグネシウムを併用しても便秘が改善されない場合は、Aさんのようにセンノシドといった刺激性下剤を使用します。 オキシコドンの副作用である嘔気への対策 プロクロルペラジンマレイン酸塩という向精神薬を使用しました。悪心や嘔吐への対策としては、ほかに非定型向精神薬やハロペリドールが用いられることが多く、中枢性制吐薬の方がより有効です。 鎮痛補助薬 今回はミロガバリンベシル酸塩を使用しました。神経伝導路における神経興奮を抑える薬です。鎮痛補助薬にはほかにも種類がありますが、下降抑制系と呼ばれる、中枢を介して痛みの広がりを抑えるデュロキセチンも推奨薬として知られています。 利尿薬 腹水のコントロール目的で使用しました。全例に有効というわけではありませんが、腹水が増えるスピードを和らげる可能性があります。 ステロイド ステロイドは、通常、がん終末期の食欲低下や倦怠感の緩和を行う目的で処方されています。糖尿病を悪化させる可能性もあるので、全例というわけではありませんが、しばしば中等量が処方されます。 オピオイドスイッチング 患者さんの中には、投薬ではコントロールできない強い嘔気が出現してしまい、オピオイドを服用できない人や、別のオピオイドが持つ効果を求めて、その薬にシフトしたり、併用したりする人がいます。このように、投与中のオピオイドから別のオピオイドへ変更することをオピオイドスイッチングといいます。 オピオイドスイッチングを行う際、オピオイド導入時と同様に少量から投与して調整すると、患者さんの痛みがぶり返したり、逆に効き過ぎて呼吸抑制が生じたりする可能性も。そのため、変更後の投与量にはある程度の目安があります。ここで「がん疼痛マネジメントの原則-WHOがん疼痛治療ガイドラインとは」のところでも紹介した「オピオイド換算の目安」を再度示しておきましょう(図2)。以下の換算方法は、覚えておいて損はありません。 図2 オピオイド換算の目安 例えば、Aさんが40mg/日のオキシコドンを服用していたとします。がん性胸膜炎により、酸素投与していても呼吸困難がつらい場合、呼吸困難改善作用のあるヒドロモルフォン12mg/日に切り替えます。そうすると、痛みの緩和を同程度に行え、呼吸困難も改善できる可能性が出てきます。 痛みに対する対処だけでなく安心感を与えるケアを がんの痛みに対するオピオイドの使用は大切です。しかし、それ以上に、どのような人が、どのような人生を経て、どのように病気と闘い、今ここにいるのか。その人が、今何ができて、何ができないのか。それらに寄り添いながら、穏やかな笑顔で、少しでも安心していただけることが何よりも大切です。看護の力はこの時期の患者さんにとって大きな支えとなり得ます。これからの皆さんの支援に大きな期待を寄せています。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

緩和ケア がん疼痛
緩和ケア がん疼痛
特集
2023年6月13日
2023年6月13日

WHOの三段階除痛ラダーと鎮痛薬使用の4原則とは【がん身体症状の緩和ケア】

退院後、痛みがうまくコントロールできていない様子のAさん。処方されている鎮痛薬の種類や量は適切なのでしょうか。また、ほかにできることはないのでしょうか。今回は、鎮痛薬の選択と使用に関する基礎知識を中心に解説していきます。 >>前回の記事はこちらがん疼痛マネジメントの原則-WHOがん疼痛治療ガイドラインとは【がん身体症状の緩和ケア】 WHOの「三段階除痛ラダー」(図1) 「三段階除痛ラダー」とは、軽度の痛みにはオピオイド以外の鎮痛薬を使用し、軽度から中等度の痛みには弱いオピオイドを併用、そして中等度から高度の痛みには強いオピオイドの追加を段階的に行う方法です。つまり、強い痛みには強い薬を使用し、弱い痛みには弱い薬を使用するという考え方です。 2018年に改訂された「WHOがん疼痛治療ガイドライン」からはなくなりましたが、がん疼痛の緩和においてとても重要な考え方だと思いますので解説します。 しばしば、副作用のある強いオピオイドは最後の手段と捉えられ、その前段階の軽い薬で痛みを解決しようとすることが少なくありません。しかし、がん緩和ケアでは、強い痛みであると判断したならば、はじめから強いオピオイドを投与してもよいとされています。むしろ、弱い薬でいつまでも痛みがコントロールできない状態は、患者さんの生活の質(quality of life:QOL)を大きく妨げてしまうと考えられているのです。もちろんNSAIDs(非ステロイド性鎮痛薬)や鎮痛補助薬は併用しても問題ありません。 ラダーそのものが弱い薬からの使用を推奨しているようにも見えるために、ラダーの考えは削除されました。しかし、「強い痛みには強いオピオイドを使用する」という本質はまったく変わっていません。 図1 WHOの三段階除痛ラダー World Health Organization. 『WHO guidelines for the pharmacological and radiotherapeutic management of cancer pain in adults and adolescents』. 2018.を参考に作成 鎮痛薬使用の4原則 「WHOがん疼痛治療ガイドライン」のがん疼痛マネジメントの1つ、「鎮痛薬使用の4原則」も重要ですので確認しておきましょう。 (1)「経口で」 オピオイドには注射を含めてさまざまな投与経路があるなかで、最も簡便で多くの国、多くの場面で利用できる経口投与が推奨されています。例えば消化管閉塞の合併等の事情で経口的にオピオイドが服用できない場合には、経皮投与や持続注射など別の方法を検討します。 (2)「時間を決めて」 時間を決めて鎮痛薬を使用します。WHO方式のがん疼痛治療法が登場する前は、原則として痛みが出てから鎮痛薬を使用していました。ところが、予防的に鎮痛薬を使用すれば、より効果的に痛みを緩和できることが発見されました。痛みが出る前に時間を決めて鎮痛薬を使用する、これは非常に画期的で大変重要な要素です。 (3)「患者ごとに」 患者さんの痛みに応じて、鎮痛薬の投与量や投薬内容を調整します。同じがんといっても病態はさまさまで、治療方法も変わってきます。痛みの感じ方も異なり、副作用の出方もそれぞれです。患者さんごとに評価を行い、投与量や投薬内容を調整します。 (4)「その上で細かい配慮を」 配慮とは、オピオイドの副作用や患者さんの症状や状態に合わせて、オピオイド以外の薬剤の投薬内容を調整することです。例えば、便秘や嘔気の症状があれば、オピオイド誘発性便秘症治療薬や制吐薬などを使用します。骨転移による強い痛みがあれば、ジクロフェナクナトリウムやメフェナム酸などNSAIDsの併用も有効です。時には、ステロイドが症状緩和に役立つケースもあります。一人ひとりの患者さんに応じて、その人が少しでも生活しやすくなるように、投薬内容を細かく調整していきます。 もちろん患者さんとご家族の不安を軽減するために、薬物療法のレジメンについて理解できるよう十分な説明も必要です。 Aさんの投薬内容をどう調整するか ここまで除痛ラダーや鎮痛薬使用の原則について説明してきました。その内容を踏まえて、Aさんの投薬内容の調整について考えてみたいと思います。 ある日、あなたの訪問看護中にAさんは背中の強い痛みを訴えました。指示されていたロキソプロフェンナトリウムを服用してもらいましたが、あまり効果がないようです。10分経ってもAさんはベッドの上でうめき声をあげています。 20分ほど背中をさすっていたら、少し痛みが落ち着いたので、あなたはステーションに戻りました。戻ってすぐに、まずは在宅主治医に今日のAさんの様子を連絡。すると、主治医からすぐにカンファレンス開催の提案がありました。 翌日、訪問看護師であるあなた、薬剤師、ケアマネジャー、在宅主治医がAさんの家に集まりました。 画像素材:PIXTA あなた: 膵臓がんのAさん、痛みが退院したときより強まっているようです。お薬の調整をした方がよいと考え、みなさんにご相談します。ご意見を聞かせてください。 在宅主治医: 膵臓の真ん中に4cmの腫瘍を認め、肝臓に多数の転移が見られます。腹水も少し増えているように思います。痛みが出るのは当然かもしれませんね。オキシコドン徐放性製剤を増量した方がよいと思います。 Aさん: 薬を増やすのは副作用や体に悪い影響があるのではないか心配です。今飲んでいる薬は麻薬と聞いていますので…。大丈夫でしょうか? あなた: Aさん、確かに心配ですよね。お気持ち、よく分かります。今使用している薬は確かに医療用麻薬と呼ばれていますが、この薬は、慢性的な痛みを感じている人が痛みを和らげるために使用する場合、依存症や精神障害にならないことがわかっています。なぜなら、体の中で痛みを感じているときと、感じていないときに使用する場合では別の効き方をするためです(参照:ワンポイントメモ)。そうですよね、先生。 在宅主治医: そのとおりです。今こうして痛みを感じているAさんが服用する量を増やしたとしても、依存症状のご心配はいりませんよ。医療用麻薬には吐き気や便秘などの副作用がありますが、きちんと対策を立てておけば乗り越えることが可能です。その上でAさんが生活しやすいように、痛みや呼吸困難などのつらい症状を最小限度に抑えましょう。少し薬の量を増やしてみるとよりよいと思いますよ。 Aさん: そうなんですね、やめられなくなるのではないかと心配していました。痛みの治療に使用していれば依存症にはならないのですね。 在宅主治医: まずは現在のオキシコドン10mgの量を20mgに増やしてみましょう。30~40mgが目標です。痛みが残るのであれば、また少しずつ増やしていきます。 薬剤師: Aさん、便秘気味ではないですか? Aさん: そういえば、退院してからまだ一度も便が出ていません。 薬剤師: それならオピオイド誘発性便秘症治療薬であるナルデメジンを併用するのはいかがでしょう。 在宅主治医: 確かにそれはよいアイデアですね。オピオイドを服用していると便秘は必ず発生しますので、ぜひ使用しましょう。それと、吐き気止めもあった方がよいと思います。 * カンファレンスはまだ続きます。この続きは次回に。 >>次回の記事はこちらオピオイドスイッチングとタイトレーションとは【がん身体症状の緩和ケア】 【ワンポイントメモ】 なぜ医療用麻薬は依存症にならない?痛みのない人が医療用麻薬を服用すると、脳からはドーパミンと呼ばれる物質が放出され、興奮状態となり快楽を感じます。このドーパミンが放出されている状態が繰り返されると、依存症になるといわれています。しかし、痛みのある人が医療用麻薬を服用しても、すでに脳内には疼痛を抑制する物質、すなわち内因性オピオイドが放出されており、ドーパミンの放出は起こりません。このため、がん性疼痛を訴える人が医療用麻薬を服用しても依存症にはならないのです。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

がん身体症状の緩和ケア
がん身体症状の緩和ケア
特集
2023年5月23日
2023年5月23日

がん疼痛マネジメントの原則-WHOがん疼痛治療ガイドラインとは【がん身体症状の緩和ケア】

がん患者さんにどのように寄り添い、症状を緩和していくか。痛みの種類について理解したら、次はその痛みをどう緩和していくのか。今回は疼痛緩和法を学ぶ際に必ず必要となる知識を解説していきます。 >>前回の記事はこちらがん疼痛の種類を知ろう【がん身体症状の緩和ケア】 Aさんのこれまでの経緯 膵臓がんのAさん、病院を退院して自宅に帰ってから痛みが強くなってきました。初回訪問時、痛みをアセスメントして、Aさんの痛みには内臓痛、体性痛、神経障害性疼痛が混合している可能性が高いと考えられました。 がん疼痛がコントロールできていないAさんについて>>がん疼痛の種類を知ろう【がん身体症状の緩和ケア】参照 ここでもう一度、Aさんが退院時に処方された薬剤を図1に示します。どのような薬剤がどのくらい処方されているのか、詳しく見ていきましょう。 図1 退院時に処方された薬剤 Aさんにはどのような薬がどのくらい投与されている? Aさんには、オキシコドンというオピオイド(医療用麻薬)が投与されています。問題は、オキシコドンの投与量です。1日量10mg(5mg錠を1日2回服用)という投与量は、投与できる範囲で最小量です。Aさんからは痛みの訴えがあるので、この投与量を増やしていく必要性があるとアセスメントできると思います 緩和ケアに携わる医療者にとって、オピオイドの投与量が多い、少ないというのは、経口モルヒネ量に換算して考えることが多いです。さまざまな医療用麻薬が使えるようになったためです。オピオイドの換算にはある程度の目安が存在します(図2)。この目安をもとにオピオイドの投与量を計算してみると、オキシコドン10mgは経口モルヒネの15mgに相当します。 図2 オピオイド換算の目安 さらに、セレコキシブというNSAIDs(非ステロイド性消炎・鎮痛薬)も処方されています。これは、胃粘膜障害の出現頻度が少ないことが特徴です。さらに、便秘対策として酸化マグネシウムとセンノシドが投与されていますが、Aさんは「この5日ほど排便がない」と話していました。実際、酸化マグネシウムとセンノシドを服用していても便秘になってしまうことは少なくありません。何か対策が必要かもしれません。 また、ラベプラゾールナトリウムという胃酸を抑えて胃粘膜を守る薬も処方されていますが、Aさんに食欲はあまりなく、一日数口程度の摂取量です。Aさんは腹水も指摘されているので、これも食欲不振の原因になり得ます。 以上のことから、投薬内容について医師、薬剤師、ほかの専門職と相談し、痛みや不快な症状がコントロールできるよう、より適切な方法を考えることが必要でしょう。カンファレンスの開催を急いだほうがよさそうですが、その前に、ケアチーム全体でがん疼痛コントロールに取り組むときに必ず知っておいてほしいWHOがん疼痛治療ガイドラインについて最新の知識を交えて説明します。 WHOがん疼痛治療ガイドラインとは 「WHOがん疼痛治療ガイドライン」(WHO Guidelines for the pharmacological and radiotherapeutic management of cancer pain in adults and adolescents)は、世界保健機関(World Health Organization:WHO)から1906年に公表されました。世界各国でがん疼痛治療の基本となっている指針です。 ここで、WHOがん疼痛治療ガイドラインにまとめられている、7つのがん疼痛マネジメントの基本方針を紹介します1)。2018年に改訂されたので、最新の内容を反映させて解説も記載しました。もしかすると、以前勉強された方は少し変わっていると感じるかもしれません。 がん疼痛マネジメント基本方針1) (1)痛みの最適なマネジメントの目標は、許容できるレベルまで痛みを軽減し、生活の質(quality of life:QOL)を維持できるようにすること ■解説当初、がん疼痛は患者の痛みがゼロになるところを目標にするべきであるとの考え方が主流でした。しかし、実際には痛みが完全になくなる人は一部で、多少の痛みが残存するケースが多かったのです。この残存する痛みを取り去ろうとすると、眠気といったオピオイドの副作用が患者さんを逆に苦しめることも少なくありませんでした。このため、今回のような表現となったのです。 (2)患者の全体的な評価が治療の指針となるべきであり、人によって痛みの感じ方や表現のしかたが違うことを理解する ■解説日本人のオピオイド使用量が他の国に比べて少ないことが長らく問題となっていました。しかし、日本人は比較的少ない量で痛みのマネジメントができるケースが多いと感じています。その一方で、痛みに対してトラウマをもち痛みをより感じやすくなってしまう方もいます。痛みの感じ方は人それぞれです。このことを踏まえて痛みのマネジメントを行っていくことが大切です。 (3)患者、介護者、医療従事者、地域社会、社会の安全を確保する ■解説患者に対して使用したオピオイドがほかに流通し、ほかの目的で使用されることや、意図せず子どもが服用してしまうようなリスクをできるだけ避けるべきです。これは処方を行う医師のみならず、薬剤師を含めた地域社会全体で確立すべきことでしょう。 (4)がん疼痛のマネジメント計画には薬物療法が含まれ、心理社会的およびスピリチュアルなケアが含まれることもある ■解説全人的な痛みのマネジメントが必要です。時には福祉との連携が必要になることもあります。スピリチュアルペインへの対応も必須であると考えられますし、心理的な抑うつや病的な不安への対応も重要になると考えられます。 (5)オピオイドを含む鎮痛薬は入手可能かつ安価でなければならない ■解説世界の中では、オピオイドの入手が困難な国がまだまだたくさんあります。そのことを踏まえた上での項目です。 (6)鎮痛薬の投与は「経口で」「時間を決めて」「患者ごとに」「その上で細かい配慮を」 ■解説今回の改訂で除痛ラダーという有名な考え方がガイドラインから外されました。このため、以前は5つの原則と呼ばれていたものが、「ラダーに沿って」という項目がなくなり、4つになっています。痛みが生じる前に定期的にオピオイドを経口服薬し、痛みをできるだけ抑えることが大切です。なお、今までは症状が出てから薬を使うことが一般的でしたので、痛みが出る前に薬を使う考え方は当時革新的でした。 (7)がん疼痛マネジメントはがん治療の一部として統合されるべきである ■解説今でも緩和ケアはがん治療が終了したときに行われるものという理解が日本でもあるように感じることがあります。そうではなく、がん疼痛マネジメントはがん治療の一部として、がんと診断された後、いつでも提供できるものと指摘しています。 >>次回の記事はこちらWHOの三段階除痛ラダーと鎮痛薬使用の4原則とは【がん身体症状の緩和ケア】 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ、在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【 1),(1)~(7)の引用】○World Health Organization. 『WHO guidelines for the pharmacological and radiotherapeutic management of cancer pain in adults and adolescents』. 2018, p.21-24.(筆者翻訳)

緩和ケア がん疼痛
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特集
2023年4月25日
2023年4月25日

がん疼痛の種類を知ろう【がん身体症状の緩和ケア】

最近は多くの病院からがん末期の患者さんがご自宅に退院されます。中には強い痛みやオピオイド(医療用麻薬)の副作用に悩む患者さんがいらっしゃいます。そのような患者さんにどのように寄り添い、症状を緩和していくか。この連載では、ときに基礎的な話も織り込みながら、がんの疼痛緩和について解説を進めていくことにしましょう。 がん疼痛がコントロールできていないAさん Aさん49歳。膵臓がんの方です。がんが発見されたときには、すでに肝臓全体に転移していました。妻と子ども2人(小学生と高校生)と生活していましたが、入院して、抗がん剤治療を行うことになりました。 しかし、抗がん剤の効果はあまりありませんでした。2種類目の抗がん剤を使用しても、病変はむしろ拡大し、がん性腹膜炎も発症。医師からこれ以上の治療は意味がないと退院をすすめられました。 Aさんは自宅療養を選択し、ご自宅に帰られました。歩いて外出するのは困難であったため、訪問看護と訪問診療を導入し、介護保険を申請。ケアマネジャーも紹介されました。 Aさんが退院時に処方された薬剤は図1のとおりです。 図1 退院時に処方された薬剤 Aさんの痛みや状態をアセスメントする Aさんの退院時、まず訪問看護師であるあなたが訪問しました。Aさんが実際にどのような痛みを感じているのか、詳しく伺うことにしました。Aさんに、痛みの部位や痛みの経過、痛みの強さやパターン、性状について確認してみると、自宅に帰る数日前から、心窩部から背部のじわじわした痛みに悩まされるようになったとのこと。入院中はそれほど痛くなかったものの、退院してから1日中じくじくと痛むようになったそうです。場所はだいたい同じ位置です。また、時々強い背中の痛みが生じ、ベッドに横になることしかできなくなってしまうとの訴えもありました。 食欲もあまりなく、好物のステーキも2口程度しか食べられません。便秘に対する薬を服用していますが、この5日ほど排便がありません。腹部も張っているので常に苦しい感じがあるとのことでした。 このようなケースをどう考え、解決し、看護していくか。一緒に考えてみましょう。 痛みの原因を探る がん疼痛は「侵害受容性疼痛」と「神経障害性疼痛」に分けられます。まずは、Aさんの痛みがどのような痛みなのか、痛みの種類を整理しましょう。痛みの種類が分かれば、治療法の検討に役立ちます。 侵害受容性疼痛 侵害受容性疼痛とは、体の組織の損傷による痛みです。組織には痛みを感じる侵害受容器があり、それが刺激されることによって痛みが生じます。切り傷、骨折、擦り傷などの痛みも含まれます。がんの場合は、がんが内臓に浸潤したり、転移して臓器が傷ついたりすることで痛みが生じます。 障害受容性疼痛は、「体性痛」と「内臓痛」に分けられます。 ■体性痛体性痛は、比較的太い神経線維で伝えられる痛みです。そのため、骨や皮膚、筋肉、結合組織といった「体性組織」への刺激が原因となることが多いです。腹腔内臓器でも、被膜や腹膜まで達した炎症で生じる場合はこの痛みとなることがあります。例えば、虫垂炎や腹膜炎の痛みです。太い線維で伝えられる痛みなので、局在がはっきりしていること、体動時に悪化することが特徴です。痛みが体動で悪化する際のレスキューがポイントになります。 ■内臓痛内臓痛は、比較的細い線維で伝えられる痛みです。局在がはっきりせず、鈍い痛みとして感じられます。例えば、膵臓がんの痛みも上腹部全体、背部(胃の裏側辺り)の痛みとして感じ、その局在は比較的広くなります。 神経障害性疼痛 神経障害性疼痛は、神経そのものが障害されたり、刺激されたりすることによって起こる疼痛です。しびれや異常感覚を伴うことがあります。代表的な神経障害性疼痛の異常感覚は、痛む部分を少しだけ刺激することによって強い痛みを誘発する「アロディニア」という現象です。 * がん疼痛は、体性痛、内臓痛、神経障害性疼痛の3種の痛みが時には混合して疼痛として感じられることがあります。例えば、膵臓がんでは、膵被膜に浸潤する痛みや腹膜に転移して生じる痛みは体性痛、膵臓がんによって膵液の流出が妨げられ、膵内圧が高まった痛みは内臓痛にあたります。さらに、膵臓がんは腹腔神経叢へ浸潤することもありますので、浸潤した痛みは神経障害性疼痛に分類されます。このとき、強い腹痛や背部痛が出現します。オピオイド(医療用麻薬)ではコントロールしにくくなり、腹腔神経叢ブロックが必要になることがあります。 Aさんの痛みの特徴を理解する Aさんの痛みの訴えをもとに、痛みの種類を考えてみましょう。 まず、Aさんの痛みは、じわじわした境界不明瞭な痛みです。何となくこのあたりが痛い、言われてみれば心窩部や背中が痛い、というものです。これは内臓痛の成分が強いと思われます。また、時々起こる強い背部痛は、痛い場所がはっきりしているので、内臓痛に加えて、体性痛を合併している可能性が高く、侵害受容性疼痛とも判断でき、神経障害性疼痛の可能性も否定できません。先述のとおり、膵臓がんの場合、腹腔神経叢に浸潤し、神経障害性疼痛を起こしやすいことが知られています。 Aさんの痛みの特徴を理解したら、次はその痛みをどのように緩和していくのかを考えていきましょう。この続きは、次回、お伝えします。 >>次回はこちらがん疼痛マネジメントの原則-WHOがん疼痛治療ガイドラインとは【がん身体症状の緩和ケア】 執筆 鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ、在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】 〇日本緩和医療学会 ガイドライン統括委員会編 『がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2020年版)』 東京,金原出版株式会社,2020.

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