
麻痺に伴う痙縮とは~治療のフェーズと実際~【セミナーレポート後編】
2024年3月15日、御所南リハビリテーションクリニック院長・児玉万実先生を講師に迎え、オンラインセミナー「麻痺に伴う痙縮とは〜その症状には治療法があります!〜」を開催しました。セミナーレポートの後編では、ボツリヌス療法の6つのフェーズや、ボツリヌス治療の実際と目指すことなどをご紹介します。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。※帝人株式会社・帝人ファーマ株式会社・帝人ヘルスケア株式会社による共催セミナーです。 >>前編はこちら麻痺に伴う痙縮とは~基礎知識~【セミナーレポート前編】 【講師】児玉 万実(こだま まみ)先生京都大原記念病院グループ 御所南リハビリテーションクリニック 院長/京都府立医科大学 臨床講師/日本内科学会 認定医、日本リハビリテーション医学会 専門医、代議員。獨協医科大学 医学部を卒業後、大学病院、民間病院での勤務を経て、2006年から京都大原記念病院で診療にあたる。2015年には御所南リハビリテーションクリニックに移り、2018年に同院の院長に就任。 ボツリヌス療法6つのフェーズ 私は、ボツリヌス療法は以下の6つのステップに大きく分けられると考えています。 STEP1 お困りごとに患者自身が気づき受診 患者さんご自身が「この筋緊張の症状には治療法があるんだ」と知り、受診いただくことから治療が始まります。 この段階できちんとボツリヌス療法について説明を行います。症状に関係する筋肉に複数の注射を打たなければならないこと、注射をしてもすぐに手足が動きだすわけではないこと、継続が必要なこと、リハビリにも取り組む必要があることなども伝えます。 STEP2 客観的評価 医師や療法士(リハビリスタッフ)が客観的な評価を行い、ボツリヌス治療の適応かどうかを判断。痙縮評価指標のMAS(Modified Ashworth Scale)やMMT(Manual Muscle Test/徒手筋力テスト)だけでなく、装具の適合性や使用頻度、疼痛の有無なども確認します。 STEP3 目標をもとに治療戦略を立てる どんな症状で悩んでいるのか細かくヒアリング。STEP2の評価の内容に加え、どういう目的で手足をスムーズに動かしたいか、患者さん自身の現実的な目標に基づき、治療戦略を立てます。中枢をメインにするか、末梢を多めにするかなども考えていきます。 STEP4 施注(注射) 戦略に沿って注射を打ちます。 STEP5 情報共有 注射後は、すぐにマンツーマンのリハビリを行います。注射した箇所の筋肉をしっかりとストレッチしつつ、自宅での自主トレーニングのやり方をお伝えします。 ただし、疾患別リハビリテーション期限を越えている方で介護認定がおりている患者さんの場合、基本的には医療保険を使ったリハビリはできません。そこで、注射した箇所や単位、在宅で必要なリハビリなどについて申し送りをしています。情報共有は患者さん本人だけでなく、訪問看護師のみなさんをはじめとした、在宅で患者さんを支える方々にも行っています。 ちなみに、医療保険によるリハビリには期限の定めがあります。脳卒中をはじめとした痙縮の原因になる病気を発症して急性期の病院での治療が落ち着くと、回復期リハビリテーション病院に転院して本格的なリハビリテーションが始まります。しかし、国が定めた「医療保険を使って医療機関で密度の濃いリハビリができる期間」は、発症した日から半年のみ。これは制度上仕方のないことなのですが、ボツリヌス療法と濃いリハビリを組み合わせることが難しいのが問題点です。半年を過ぎた後の生活期は、介護保険を使った訪問リハビリや、デイケア(通所リハビリ)などを利用することになります。ですので、介護保険サービスの担当の方々ともしっかり連携を取ることが重要です。 STEP6 効果的な自主トレとフィードバック 指導に沿った自主トレーニングを患者さんに行ってもらい、訪問リハビリやデイケアの方などとも連携をとり、3ヵ月後に2回目の注射をします。来院時にフィードバックをし、注射とリハビリを繰り返し、3回目、4回目と続けていきます。 施注(注射)の実際 施注について、もう少し詳しくご紹介しましょう。 筋緊張が見られる箇所を針筋電図や超音波で細かく確かめながら注射を打っていきます。私は痛みのない超音波を選択することが多く、注射針が狙った箇所に刺さっているか、液体(薬剤)をきちんと注入できているかも超音波で確認。左手に超音波の機器を持ち、右手で注射を打ちます。なお、筋肉に注射すると体が反射的に動くこともあるので、療法士と看護師さんと3人1組で治療は行います。 注射箇所を見極めるためどうしても施注時間が長くなりがちですが、患者さんにとっては苦痛が大きい時間。なるべく短い時間で終えられるように心がけています。正確に、でもなるべく早く。そうやって患者さんの苦痛を最小限にすることが、継続のためのコツだと考えています。 ご本人と介護者のよりよい生活を目指して 痙縮へのボツリヌス療法は、医療従事者でも知らない方がまだまだ多いのが現状です。訪問看護師のみなさんには、ぜひ、痙縮に悩む患者さんをボツリヌス療法につなげてほしいと考えています。 経験豊富な医師に超音波で確認しながら施注してもらうのが理想ではありますが、比較的大きな筋肉や触診でわかる筋肉にはブラインドで注射を打つことも可能です。「オムツの交換が難しいので、硬くなっている太ももの内側の筋肉に注射する」といったやり方でも、筋肉の緊張を緩和し介護負担の軽減につながる可能性はあります。困難を抱えている患者さんや介護者の方に、まずはボツリヌス治療にどうにか結びついていただきたいと思っています。 訪問リハビリの担当者さんから、ボツリヌス治療を受けた患者さんが「新聞をとりにいったり、食器を洗ったりと、家庭での役割が増えた。IADL(手段的日常生活動作)が着実に拡大している」といったうれしい報告をいただくことが多々あります。 ボツリヌス治療の目的は、数値の改善ではなく、ご本人や介護者の生活が変わっていくこと。痙縮に悩む方々がひとりでも多くよりよい毎日を過ごせるよう、お伝えした知識をぜひ現場でいかしていただけたらうれしいです。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア