TPPV療法 病院と在宅の呼吸器の違いは? 在宅ならではの特徴を解説
病院と在宅で行なわれる人工呼吸療法は、一体何が異なるのでしょうか?例えば、医療従事者が常時いない、ケアの頻度が異なるなど環境の違いは何となく想像できるかと思いますが、使用する人工呼吸器の性能も異なります。いずれにしても人工呼吸療法が行なわれていることに変わりはなく、違いをしっかり理解しておかないと思わぬトラブルに遭遇することも。今回は、気管切開下陽圧換気(tracheostomy positive pressure ventilation:TPPV)療法について、病院で用いられる人工呼吸器と比較しながら在宅に合った機種や設定などを解説します。 人工呼吸療法の種類と適応 人工呼吸療法は図1のように分類されます。今回お話しするTPPV療法は、気管切開下で人工呼吸療法を行う方法であり、侵襲的陽圧換気(invasive positive pressure ventilation:IPPV)療法の仲間です。院内で侵襲的な人工呼吸管理を開始する場合、まずは気管挿管を行いますが、長期人工呼吸管理となる在宅や重症心身障害施設などでは挿管によるデメリット(安全面・感染面)が大きく、気管切開が選択されます。 図1 人工呼吸療法の種類 人工呼吸療法の適応と挿管・気管切開の適応 人工呼吸管理においては、人工呼吸療法の適応と、挿管や気管切開の適応を分けて考えます。人工呼吸療法の適応には以下が挙げられます。 酸素投与だけでは酸素化が不十分な場合自発呼吸だけでは換気が不十分な場合呼吸仕事量の増大を認める場合侵襲的な手術後の管理が必要な場合 など 一方で、挿管や気管切開の適応は自分で気道保護ができない患者さんとなり、例えば、以下のような場合に気管切開が行なわれます。 上気道閉塞自分では喀出できない大量の気道分泌物がある長期の侵襲的な人工呼吸療法が必要(例えば、重度脳性麻痺をはじめとした中枢神経系疾患による中枢性呼吸障害や神経筋疾患に伴う呼吸障害など) など まずは「なぜ人工呼吸療法が必要か?」「なぜ気管切開が必要か?」を常に頭の片隅で考えながら患者さんと向き合っていきましょう。 NPPVからTPPVに移行することも 神経筋疾患では人工呼吸療法の第一選択としてマスクで行う非侵襲的陽圧換気(non-invasive positive pressure ventilation:NPPV)療法が選択される場合もありますが、病態の進行に伴い気道の保護が困難となり、換気不全が増悪します。NPPV療法で換気補助が不十分になってくると、TPPV療法への移行を検討する必要があります。その際には患者さんの状態をしっかりと評価し、適切なタイミングを見極めることが重要です。 在宅用人工呼吸器は家族目線で選択 在宅TPPV療法の場合、日々の管理はご家族が行います。「ご家族でも安全に、簡単に管理できるか」が機器選択のポイントです。ここで紹介する「ソフト面」「ハード面」の双方から十分に安全性を評価した上で、「ご家族の希望に沿った人工呼吸器」を選択していくことが必要です。医療者目線での選択が必ずしも安全なTPPV療法の提供につながるとは限らないため、人工呼吸器の性能もしっかりと理解しておきましょう。 ソフト面の違い ソフト面とは、設定、モニタリング、オプションなどの機能を指します。 病院において、特に急性期の患者さんは呼吸状態が病態に応じて変化します。そのため、変化に応じた設定ができる人工呼吸器が使用されます。 一方、在宅では、基本的にご家族でも管理できるような安定した呼吸状態の患者さんが対象です。患者さんの呼吸に合った設定ができる人工呼吸器を選択することは大前提ですが、院内で使用する人工呼吸器ほどに高性能なものは必要ありません。 表1に、病院と在宅で用いられる人工呼吸器のソフト面における違いを示します。 表1 病院(ICU、一般病棟)と在宅で用いられる人工呼吸器のソフト面での違い ハード面の違い 次に、ハード面の違いを見ていきます。ハード面とは、電源・バッテリー、酸素供給の方法などの設備を指します。 近年、想定外の災害も頻繁に起こっており、電源の確保は特に重要です。在宅には病院とは異なり一般的なコンセント(商用電源)しかありません。この商用電源は、電力会社からの電力供給が停止すると、電気が止まってしまうため、その際は、人工呼吸器の内部バッテリーのみの稼働となります。明確な基準は示されていませんが、人命救助のタイムリミットとされる72時間程度は無停電装置や自動車のシガーソケットから電力確保ができるようご家族と定期的にシミュレーションを行っておくと安心です。 表2に、病院と在宅で用いられる人工呼吸器のハード面における違いを示します。 表2 病院(ICU、一般病棟)と在宅で用いられる人工呼吸器のハード面での違い 回路構成の違いを押さえトラブルを予防 人工呼吸器関連のトラブルの多くは、実は人工呼吸器本体より呼吸器回路(以下、回路)や加温加湿器などの付属品で起こっています。不適切な使用は患者さんの呼吸に影響を及ぼす恐れがあるので、付属品の機能や役割を習熟している必要があります。 特に付属品は、メーカーごとに取り扱いのできる種類が異なります。患者さんが使用する人工呼吸器のメーカーが、どのような付属品を取り扱っているのか、事前に情報収集しておくことが重要です。ここでは、回路と加温加湿器について理解を深めていきましょう。 回路の違い まずは病院用の人工呼吸器がどのように患者さんに空気を送っているのか見ていきましょう(図2)。 病院用の人工呼吸器は、本体の内部に吸気弁と呼気弁が搭載されています。吸気時に、吸気弁が開き、呼気弁が閉じることで患者さんへ空気を送ります。一方、呼気時には、吸気弁は閉じ、呼気弁が開くことで患者さんの呼気を人工呼吸器本体へ回収します。 呼気弁にはフローセンサが搭載されており、急性期の人工呼吸管理では呼気の量を測定できるメリットもあることから、病院では2本の回路を用いて、吸気口、呼気口それぞれに接続する形式になっています。そのような回路をダブル回路といいます(図2)。 図2 ダブル回路の人工呼吸器の例と吸気時・呼気時の空気の流れ 次に在宅用の人工呼吸器の空気の流れを見ていきましょう(図3)。在宅用の人工呼吸器では、吸気時は大気からフィルターを介して空気を取り込み患者さんへ送られます。一方、呼気時は、人工呼吸器本体ではなく、1本の回路の先端に呼気弁や呼気ポートを接続して、そこから呼気を排出します。 このような回路は呼気弁付きシングル回路といいます。在宅で使用する人工呼吸器は、取り付けが容易で軽量かつコンパクトで持ち運びに便利なことから、シングル回路が数多く使用されています。ただし、呼気弁を布団などで塞いでしまうと呼気の排出ができなくなる恐れがあるため、ご家族への十分な指導が必要です。 図3 シングル回路の人工呼吸器の例と吸気時・呼気時の空気の流れ 人工呼吸器の画像提供:レスメド株式会社 加温加湿器 人工呼吸器からの送気は、空気に比べてほとんど水分を含まない乾燥したガスが送られます。そのため、気管切開カニューレ内の分泌物が乾燥することによって、分泌物の排泄が困難となり、窒息のリスクや感染症の原因につながります。また、気管切開カニューレの挿入自体が分泌物を増やす要因の1つにもなるため、人工気道が留置されている場合、吸気ガスを適切に加温・加湿する必要があります。 人工呼吸管理における加温・加湿には一般的に加温加湿器が使用されます。加温加湿器のチャンバーに蒸留水を入れ、ヒータープレートで温め、人工吸気からの吸気ガスがこの水面を通過する際に湿度と温度を加える方式です。 また、加温加湿器には吸気回路にヒーターワイヤーが挿入されているタイプと、挿入されていないタイプがあります(図4)。ヒーターワイヤーは熱線とも呼ばれ、回路内の吸気の温度を一定以上に保ち、結露を防止します。どちらを使用するにしても、在宅では室温の変化が大きいため、回路内に結露が発生し、加温加湿器の誤作動によりアラームが鳴り止まないといったトラブルが起こる場合があります。 ヒーターワイヤーが挿入されていないタイプでは、結露を回収するためのウォータートラップを回路内に組み込まなければなりません。ウォータートラップ内の水の廃棄は、ご家族の負担につながるデメリットも挙げられます。 加温加湿器は有効な効果が得られれば、痰詰まりによる窒息を回避できるメリットがあります。ですが、蒸留水の管理はご家族の負担も多く、使用する際は痰の性状だけではなく、生活環境も考慮し使用を検討する必要があります。 図4 加温加湿器とヒーターワイヤー ご家族と情報共有し安全な在宅TPPV療法を 医療機器や付属品が最新になったとしても、トラブルが起こらないというわけではありません。本当に重要なことは、ご家族との密なコミュニケーションだと思います。常に情報共有することが異常の早期発見につながり、その結果、安全なTPPV療法へとつながっていくのではないかと考えます。ご家族と一緒に安全なTPPV療法の構築を目指していきましょう。 執筆:平野 恵子JA広島総合病院 臨床工学科 主任山田 紀昭済生会横浜市東部病院 TQMセンター 係長監修:森下 裕地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター 呼吸ケアセンター センター長竹川 幸恵地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター 呼吸ケアセンター 副センター長編集:株式会社照林社 【参考文献】〇平野恵子.「在宅用人工呼吸器の仕組み-ICU呼吸器との比較、インターフェイスなど」.人工呼吸2018;35:120-125.〇春田良雄.「小児在宅人工呼吸器の実際と特徴」,寺澤大祐,松井 晃,尾﨑孝平 監修,日本呼吸療法医学会 小児在宅人工呼吸検討委員会 編著,『小児在宅人工呼吸療法マニュアル』,メディカ出版,大阪,2017:167-170.